詐欺師は狐と仲が良い


良い案件だと思った。
詐欺師でありゴーストバスターでありはたまた普通の一般男性である貝木泥舟は久方ぶりの成果に心を踊らせていた。
彼は詐欺を働く。
その方法や手段は様々で同じ様で同じではない。
騙す相手が、仕事相手が人間だからである。
人間だから様々な者がおり、様々な思惑がある。そこに付け入るのが彼の仕事だ。

今回彼が標的にしたのは、とある宗教団体だ。
団体と言っても、大学のサークルの延長らしいが行っていることは明らかにオカルトのそれである。
人狼ゲームを主に行うので、そのサークルのシンボルは狼らしい。
そのシンボルを信仰しているとういうネットの情報だ。
すなわち一般から見れば奇妙な、おかしな集まりなのである。
普通の人間は到底触れなくてもいいものに信仰心を抱き、そして仲間を集う。それだけで普通から逸脱していくのだ。

その宗教団体の発端は、とある大学内のサークルである。
もはや何の目的があって集められたサークルかは分からないが、メンバーは週末に必ずゲームをしていた。
大人数で行えるゲームの類いだ。
設立メンバーの中に一人、そういうゲームに詳しい者がいた。
だからそのサークルは、ゲームを行うサークルへと変化した。
そしてあっという間にメンバーが増え、それは大学内の範囲に収まらず、みるみるとうちに規模を大きくしたのだ。
初めは趣味で集まっていただけのものが、今や参加料金を支払わなければいけないほどのものになっている。
貝木はそこに目をつけた。

ど素人の小金稼ぎに便乗して、大金をかっさらってしまおうと。


そして彼は巻き込まれたのだった。
人狼遊戯殺人事件に。



「あーそれは止めといた方がいいな」
菊弘は、貝木の話を途中で遮ってそう言った。
彼女にしてみれば珍しいことだった。
貝木の発した『宗教団体みたいなサークルがあって、人狼ゲームをやってるんだがそこで不可解な事が起きているらしい』というちょっとした情報に、彼女は感じ取ったのだ。

「なんか嫌な感じがする」
「まさか。俺が調査する限り本当に大学生の奴等が小遣い稼ぎにゲームをやってるだけだぞ。確かに狼を祀るとか、ゲーム参加者で怪我人や自殺者がいたとかそういう噂はあるが…」


貝木は己の調査結果を信じた。
菊弘が優れた第六感の持ち主であると知らなかったからではない。詐欺を働いているとたまにこうやって彼女が釘を刺してきて、自分に悪事をさせまいとすることがあるのだ。本当にたまにだが。
だから今回のこれもそれと同じように、脅しなのだと思ったのだ。

「その大学って○○大学だろ?」
菊弘は貝木のその態度を余所に、珍しく会話に乗り込んでくる。
「そうだ、発端サークルの出身大学はそこだが…それがどうした?というか何故それを知っている?」
「いやまぁ、守秘義務があるから詳しいことは言えないけど、白智の報告でそんな内容のが上がってた気がするんだよなあ…。あんまり関係ないからいつも流して聞いてるんだよ〜。あー!何だったっけなあ!」

シラチ。

貝木は聞いたことのない名前に首を傾ける。
報告が上がっていた、というのなら菊弘の部下か何かだろうか。

「気になる、気になるが思い出せない。白智の案件だしなぁ…うーん、なんか本当に嫌な感じだ。よし、今回の仕事私にも担がせてもらう」

というわけでそうなった。



菊弘が一緒に行動すると言うのなら、貝木には考えがあった。
単独行動でやるのならば、参加した者に『自分もこれから参加しようと思っているのだがどういうことをやるのか教えて欲しい』と、自慢気にペラペラと何でも喋ってくれる輩から情報を仕入れ、そして参加者としてではなく、主催側として影で動き、参加料金とは別に何かしら言いくるめて新参者から小金を奪い取ろうという算段であった。

しかし、自慢気にペラペラ喋ってくれたかと言っても。
それは客側の視線でしかないので、貝木としては客を騙すのだから主催の視線を一度詳しく知る必要があると考えていた。

ならば、自らが参加して主催の動きをこの目で見るほかあるまい。

そう考えていたところに昨日の菊弘に繋がった。
菊弘は便利である。なんでもできる。なんでもできるし、それ以上にイレギュラーなことに対して冷静に判断し行動できる。
唯一できないことといえば、先日―貝木が巻き込まれた生き霊ストーカー事件―のことぐらいであろう。

菊弘は、幽霊が見えない。存在が分からない。
生命―人間の持つ魂のことをエネルギーとして表現した場合をプラスエネルギーと称する。とすれば幽霊や、死んだ者の魂の残滓の発するエネルギーをマイナスエネルギーとする。
マイナスエネルギーは特定の人間にしか感じることができない。
波長が合えば見えたりするとかよく言うが、菊弘の場合は必ず、絶対、何があっても誰とも波長が合うことがないのだ。

菊弘は、マイナスエネルギーを退けることができないのだ。

「お前と俺は新婚という設定だ」
「なにそれ、動きにくいんだけど」

貝木はいつもよりもラフな格好で臨んでいた。
その真逆で菊弘はというと、いつも通りスーツだったので慌てて貝木がブランドショップに連れ込み適当に服を選んで自分に合うファッションに変えさせた。
大きめのセーターにスキニーという細身の菊弘に似合いの格好だったが、本人は不服のようで先ほどから機嫌が悪い。

「会場についたら、すぐに面接がある。そこでは別行動だがそのあとの講演会とか交流会とかは自由行動になる、出来るだけ二人で動くことにしよう」
「ま、その都度その都度考えて行動しますわ」
「最終的には主催陣に気に入られ、そこでの交流を深めることが目的だからな。間違っても問題は起こすなよ」
「へえへえ」

菊弘はガシガシと後頭部を掻いた。
すぐに貝木が「セットが崩れる」と制止する。
まあ、端から見れば新婚さんとまでは行かないが、カップルには見えるだろう。



「それでは今から、ゲームをするに当たって役割を分担しなくてはならないので何個か質問をして、我々主催側でその役割を決めたいと思います」
「よろしくお願いしまぁす」

若い男子大学生だろう。
菊弘の座る椅子から少し離れた場所に、そう高価では無いセミナーテーブルがひとつ。そして面接官が一人。

「ではまずお名前からどうぞ」

菊弘はニコニコと楽しそうに答える。
「貝木菊子です」
「生年月日と自分の性格を教えてください」

面接官は、あらかじめ提出させておいたプロフィールの書かれた用紙を見ながら確認していく。
会社の面接などではないので、性格とか心理テストのような、人柄を知るための質問がされる。

菊弘は、特におかしな点は無いなと少しだけ安心した。
ここで自己暗示に関することや、他になにか呪術めいたことが行われているのだと思っていたが、面接においては不審なものはない。

「では最後に、なにか悩みごとはありますか」
「悩みごとですか…」

菊弘は少し考える素振りをする。
新婚で、夫とともにイベントに参加する妻。高いブランド物に身を包んでいる。お金には困っていない。ならばやはり…

「ああ、守秘義務がありますから、なんでもお気軽にお話しくださって結構ですよ。なんなら女性の面接官に変わりましょうか?」
「え、えっと…じゃあ女性に変わっていただけますか」

言うと、面接官は『では私は失礼しまして』と部屋から出ていってしまった。そしてすぐに違う面接官が入ってくる。
こちらも若い大学生だ。

「お待たせいたしました。ではどうぞ、なんでもいいですよ」
にこにこと笑っている。
黒髪の清楚な印象の女性。菊弘よりも―今の姿は20代後半である―若い。

「こんな若い人に話すと笑われちゃうかもしれないなぁ」
菊弘ははにかむ。
すると面接官は慌てて、
「では、菊子さんと同じくらいの女性にしましょうか?」
と立ち上がってしまったので菊弘は止める。
「い、いえいえ!大丈夫です大丈夫です、お手数ですしね!」
「はあ、申し訳ございません…失礼ながら私がお相手させていただきますね」
「はい、よろしくお願いします!でもすごく丁寧ですね〜まるでカウンセリングされてるみたい」
「プレイヤーの悩み事が改善されるようにと行われるのが、この人狼遊戯ですから」
「へえ〜すごーい」
「と言ってもゲームをやる楽しさの相乗効果を狙った、ストレス発散のようなものなので、皆様全員に効果が現れるとは限らないんですが…」
「あはははは、まあそうですよね。じゃあ話しちゃおっかな…まあ、ほんと若い子には恥ずかしい話なんだけど」


菊子は、夫との関係について相談した。
相談と言っても愚痴のようなもので、どう対処しようとかどうやって改善しようかなどというアドバイスを求めた相談ではない。
仲が悪いわけじゃないの、ちょっとだけ昔より冷たくなったかなあって。と、まあ適当に話したのだ。

面接官は新味になって聞いてくれた。
相づちを打ちながら、たまに言葉を交わしながら。

そうして面接は終わった。
だいたい一時間未満だろうか。

会場の廊下に出ると、貝木も既に戻っていたので早速声を掛ける。

「面接の内容なんだが」
「ちょっと待て」

貝木は菊弘の唇を手でそっと押さえる。
いつもならこうやって言葉を制するなら、もっと無理矢理にでも口を手でバチーンと叩くように塞ぐのに、新婚設定だからかバチーンではなくムニュッだった。

「今日は帰るまで新婚だ」

なんだか菊弘は、貝木のその態度にイラっとしたので新婚であるというのなら…とさっき自分が相談した内容を思い出した。

「あっそう、あなたっていつもそうよね!最初に言ってくれればいいのに!」
「は?…っておい、ちょっと待てよ」

周囲は、菊弘が急に声を荒げたので注目する。
慌てて貝木がそれに合わせて演技をするが、急だったので彼も本当に焦った。
しかしそれが逆に演技だとは思わせないリアルさが出ていて、誰も変に思わなかった。

その後は、講演会のようなゲームのルール説明があった。
ルールは人狼ゲームと一緒だが、選ばれるプレイヤーは先程の面接で選抜され限られてくる。
選ばれたプレイヤーはすでに面接官に役職が決められており、選ばれたと同時にカードを配られ知らされる。もちろん役職は秘密だ。

ここで人狼ゲームの説明をしておく。
ゲームは人狼チームと市民チームに分かれて、総勢12人で行う。
会話をしながら、相手の正体を見抜かなければならないが人狼チームは自分の仲間があらかじめ知らされているので協力しながら市民チームに紛れてやり過ごすのが目的だ。
逆に市民チームはお互いに協力して誰が人狼なのかを探るのが目的で、総プレイヤーの多数決で容疑者を処刑する。ここまでが『昼』のターン。
『昼』のターンが終わると『夜』のターンで人狼が殺す市民を一人選択する。そして再び『昼』のターンに戻り、人狼に殺されたプレイヤーと、人狼だと疑われているプレイヤーの名前が発表されるのだ。
そして残されたプレイヤーが再び会話をして、容疑者を決める。

ゲームの勝利条件は、市民チームは『すべての人狼を討伐』すること。人狼チームは『市民と同数の人狼が生き残る』ことだ。

そして役職のなかには、特殊な役職がある。
占い師。
毎晩怪しいと思うプレイヤーの正体を一人だけ確認できる。
霊媒師。
前の『夜』ターンで処刑されたプレイヤーが人狼かどうかを確かめることができる。
騎士。
毎回『夜』のターンで人狼から市民を一人だけ守れる。
多重人格。
人狼チームに属する市民で、人狼チームが勝利したときに一緒に勝利する。市民にとけ込み、人狼チームをサポートする。

これが普通の人狼ゲームである。
講演会が終わると、選抜されたプレイヤーにこっそりとカードが渡され、別の会議場に集まるように言われた。
貝木と菊弘は選抜され、二人で会議場へ向かった。

(選ばれる基準が分からないな…)
菊弘は会議場に集まった12人を見渡した。
観察するかぎり、貝木と菊弘以外はそれぞれ接点が無いようだ。

「お待たせしましたプレイヤーの皆さん、ではそれぞれ好きなお席に座ってください」

長方形を描くように置かれたセミナーテーブルに、等間隔でパイプイスが並んでいる。
ホワイトボードの前に、二人の大学生が立っていて進行を始めた。
で、肝心のゲームだが。

なんの変哲もない人狼ゲームだった。
結果としては人狼チームの勝利だった。
騎士の役職である貝木が、多重人格の菊弘を守り続けたので市民はどんどん人狼にやられてしまい、市民と人狼の数が同じになってしまったので市民チームは負けた。

貝木はあくまで、自分が本当に菊弘の夫だったならば、しかも人狼から守る力があるのなら他の市民には構っていないだろうと判断したための行動だった。

「本当に何もない状態でゲームに参加していたなら、俺は勝ってたさ」
後でそんな負け惜しみを言っていたが。

「皆様お疲れさまでした。次のゲーム開催は○日ですが、皆様は二回休みしてもらわないといけませんので、次の次の次に参加資格が戻りますので。ああ、もちろん次でも来ていただいて構いませんが、プレイヤーに選ばれることはありませんのでご了承ください」

進行していた大学生がそう説明した。
確かにそのようなルールを設ければ、初参加の人の方が選抜されるだろう。
ゲームが終わったので、プレイヤーたちはそのまま他の参加者がいるバイキング会場へ向かった。

貝木と菊弘は、明日ふたりとも仕事があるからと断り先に抜けることにした。
「はぁ、面白かった。先に会場出ててくれる?私お手洗い行ってくるわ」
「おう」

菊弘は肩を回しながらトイレへ消えた。
彼女は彼女で慣れない変装をしたので疲れたのだろう。

貝木は、未だ人の少ないイベント会場の入り口で彼女を待とうと思い近くのベンチに腰かけた。
既に辺りは真っ暗で、あたりには仕事帰りの人たちがまばらに歩いている。

ぼーっと行き交う人たちを眺めていると、気になる姿が目に入った。

真っ白な着物に、ふわふわと揺らめく獣のような黒い尾。
コスプレか?
貝木は立ち上がって、その姿を目で追った。
なぜか曳かれてしまった。
よく見ると、着物は狩衣だった。獣の尾は黒い、そしてその黒いのが四本。揺れている。

疲れているのかもしれないと目を擦ると、次に見たのはその狩衣の人物の耳に当たるところに生えている、獣の耳だった。やはり黒い。
そしてピコピコと動いている。

「…なんだあれ」
信じられない光景に思わず声が出る。すると背後からいきなり
「なにが」
と声が掛かったので貝木は上に2、3センチ飛び上がった。
菊弘である。
トイレで髪型だけ直してきたらしく、いつもの右目が隠れたヘアスタイルに戻っていた。

「あ、あそこに変な生き物がいる」
「はあ?生き物?」

貝木は、例の狩衣を指す。
しかし菊弘は見つけられないようで、ずっときょろきょろと見回している。
「あれだよ、黒い尻尾のやつだ」
「黒いしっぽ?なにそれ、ゆるキャラの着ぐるみでもいるの?」
「違う違う、コスプレみたいなのだ。ほらそこに居……あ、見失った」
「えー?分かんないなー…て、んんん?」

菊弘はやっと見つけたのか、眉をひそめてそこを見ていた。

「見つけたか?すごいなあれ、動いてるよな」
「あれって白智じゃ…」

シラチ。
貝木はその名前に聞き覚えがあった。
じゃああの黒い尾のコスプレしているのが、菊弘の部下の白智なのか?
「ああ、やっぱり白智だ。おーい!摂津の!」

菊弘は声を張って、歩き出した。
貝木も後を追う。

菊弘が声を掛けたのは、普通の女の子だった。
大きめのリュックを背負って、キャップを被りスタジャンを来てショートパンツにカラータイツ、そしてショートブーツ。
そして手にはスケッチブックを持っていた。

貝木はそれも気になったが、それよりもその女の子の隣で笑う狩衣の男に目が行ってしまった。
さっき見かけたコスプレの…と思ったが、その耳と尾はやはり生きているように動いている。
顔も、アイラインが赤と派手なのでコスプレしているように見える。男だ。裾から除く手は武骨で、しかし爪が長くしかも綺麗にピンクのネイルが塗ってある。
コスプレ男は、貝木の目の前でにこにこと笑い、そして相変わらず黒い耳と黒い尾は動いている。

「ほらな、やっぱり白智の案件だった。貝木くん、こりゃ本当に関わらない方がいいぜ……って、どこ見てんだ。白智はここだぞ。この子だぞ」

菊弘は貝木の顎を無理矢理掴んで、女の子―白智の方を向かせた。
白智は、少し恥ずかしそうに顔を赤らめながら、スケッチブックを何枚か捲ると、胸の前で掲げた。

{はじめまして、摂津白智です。17歳です。}
「こいつはこうやってコミュニケーションを取るから。まあ気にするな事情がある」

菊弘が白智のキャップを取って、その頭をわしゃわしゃと撫でる。
白智はいやいやと頭を振って抵抗する。

「白智、こいつは例の貝木。詐欺師」
「どうも」

貝木は一言だけ言った。さっきから自分のことを好奇の目でらんらんと見つめる狩衣のコスプレ男が非常に鬱陶しい。

「ごめんな白智、仕事の邪魔だろうから我々はもう関わらないようにするよ。お前はお前でやってくれ、この詐欺師は小金を巻き上げようとしてただけだから私が止めさせるよ」

菊弘の言葉に、白智は新しいページにマジックで書き込む。
{あのゲームに参加したなら話を聞きたい。あとはあたしがやるけど。}
「まあそのくらいなら協力する、けど本当に何も分かってないよ?それでもいい?」

菊弘の言葉に、白智はうんうんと頷く。

「チロちゃん、この男の人(しと)。あたしが見えてるよ」
急にコスプレ男が、白智にそう言った。
すると白智はその声にはっとし、目を見開いて貝木を見た。
「いや見えてるだろ、何を言っているんだ俺はさっきからあんたのことを菊弘に話してたんだが」
「は?なに、急にどうしたの」
「あーははは、きっちゃんにはあたしが見えないから話がこんがらかるねえ!」
{この人、あたしの狐が見えてる}

白智が菊弘にスケッチブックを見せた。
「はあ!?嘘でしょマジで!?」
菊弘はここ一番の驚きを見せた。
「ちょっと待て、見えるとか見えないとか狐とか意味が分からん。分かるように説明してくれ」

とりあえず、貝木と菊弘の滞在しているホテルに皆で集まった。


後編へ続く






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