陰陽師は人恋沙汰には必要ない


こちらの作品は某様に差し上げたものを改筆させていただいたものです。特別に掲載の許可を頂いております。




陰陽師は人恋沙汰には必要ない


最近何かと物騒だ。
白昼堂々と通り魔が人を傷付け、夜更けの公園で若者が家無き老人をいたぶる。犯罪が蔓延るのは都会だからではない。田舎でも犯罪は起こる。いつでも何時でも犯罪が起きている。だが人々はそれに恐怖しながらも暢気に生活を送っているのだ。
嘘の平和に騙されながらのんびりと人生を楽しんでいる。

「だからって詐欺を働くのには賛成できないんだけどねえ」
忍野は俺の演説をひととおり聞いて言う。
「貝木くん、君のはただの言い訳にしか聞こえないよ?それでまかり通ろうとしているのなら詭弁だ」
「勿論詭弁のつもりで話したからそのとおりだ。この大演説はただの言い訳に過ぎない」
「はっはー、僕の忠告は聞く耳持たないってアピールか」
「よく分かったな褒めてやる」

俺を説得するのを諦めた忍野は小さくため息をついた。まあこいつは恐らくこれからもずっと俺に詐欺はやめろと言い続けるのだろうが。今日だけは早々とこの話題は終わったらしく、すぐに別の話題を振ってきた。

「最近おかしな事件、多いよねえ」
「…お前の言う事件がこの前起きた大学近くのコンビニ強盗の話ならば、特別多いいえるような事件ではないと思うが」
「あー、貝木くん。悪かったよ、君の定義での事件はそうだね…被害届が出て立証されている事件は、確かに多くは無いね」
「そうだ。被害者がいて届けが出されて警察が動いているのであればそれは事件だ」
「ごめんってば、全くもうしつこいんだから…」

そう、事件でなければ警察は動かない。
被害者が、被害を受けた者が届けを出して意思表示をすることで初めて罪を滅せよと警察が動く。だから俺に騙された人間が被害を受けたと自覚しない限り、騙されたと気が付かない限り俺の罪は露呈しない。

「忍野、お前が言いたいのは例の箱のことだろう」
「そうそう、変な悪戯する人もいるもんだねえ。最初はどこだったかな、確か駅近くの公園で」
「ベンチの上だな」

そうそう、と。忍野は何だか嬉しそうに続ける。
「昼下がり、公園のベンチの上に箱が置いてある。誰もそこに近づかない、誰もその箱の持ち主を知らない。箱が爆発するわけでもない、ならば貝木くん、一体何が起こるのかな」
「何も無いんだろ?誰かが通報して警察が来たが箱の中には金魚が一匹、それだけだ」
「なんだ、貝木くん詳しいじゃないか」

テーブルの上に雑に置かれた俺の私物、冷えた麦茶の入っている水筒を忍野が勝手に飲むので俺はそれを睨みつける。
忍野はその視線を無視して、音を立てて喉を潤した。
6月後半。
まだ梅雨入りだというのに日中は真夏のように暑い。
そんな中で金魚の入った箱をそんじゃそこらじゅうに置いて周る変人がいるんだから、俺には理解できない。

「何でなんだろうねえ。涼しいからかな?風流な感じを醸したいのかな。はっはー、もしそうならちょっとだけ粋だねえ」

忍野は煙草に火をつけながら言った。
確かに、風流な感じがするといえばそうかもしれない。だが、それでもその箱は最初のひとつから増えに増えて今や4つだ。発見されていないものもあるかもしれない。
俺たちの通う大学では、金魚の箱の噂で持ちきりだった。





臥煙先輩は影縫を連れて、しばらく大学を休むと俺たちに話した。そして本当に二人は少し早いバカンスに行ってしまった。
だからオカ研の活動も疎かで―特に今まできちんと活動していた事は無いが―俺と忍野はただただ暇を見つけては部室でだらだらしていた。

「そうそう、箱が大学にも置かれてたらしいよ」
最近忍野はその話ばかりしている気がする。
俺はいい加減うんざりしてきた。
「忍野、お前だいぶその件に関して入りこんでるな。探偵気取りかよ」
「先輩たちが居たらもっと盛り上がってた気はするねえ。いいじゃないか、僕たちオカ研だよ?オカルトな事が起きていたら首をどんどん突っ込むべきだと思うんだよね」

確かに言い分としては否定できない。
先輩たちも居なくて暇は暇していたので、俺と忍野はなんとなくこの金魚の箱を追うことにしたのだった。それこそ探偵気取りで。

箱が初めて置かれたのは、大学の近くにある何の変哲も無い公園のベンチの上だ。
そして2回めはそれから3日開けて、同じ公園のブランコの上。
ここで俺たちは公園の設立した年や建設された理由など公園にまつわる事をワザワザ市役所にまで足を運んで調べたが、特にこれといったふさわしい理由は無かった。
建設会社の人間はリストラされていないし、公園の出来る前の土地はいわく付きだったとかそういう事件が起こるにふさわしい理由が、動機が無かった。
場所に固執していないのならば3回めの現場が駅の待合室なのも納得する。
犯人が何を思って駅の待合室など人の目の多いところで犯行に及ばないといけないのか。
愉快犯である可能性があるのか。
そして4回め、大学の門のすぐ下。

「門に箱が置かれていたのを発見したのは警備員さんで、時間は早朝六時頃。彼から話を聞いたけど初め箱を見つけた時には爆弾でも置いてあるのかと思ったらしいよ」

「お前はフットワークが軽いな、それに人脈も広いこういう時だけ役に立つ」
俺が正直に褒めてやると、忍野は少しだけ複雑そうな顔をしていたが得意のすまし顔で応えた。
「ま、僕は貝木くんと違って友人も多いしね」
「じゃあ引き続き聞き込みは頼む」
こうして面倒ごとは全て忍野に押し付けるのだ。
「えー?じゃあ今日の探偵会議はおしまい?」
「残念ながらそうだ。俺は今週末提出の課題があって忙しい、今日はもう帰らせてもらうぞ」

俺は忍野の引き止めるのを綺麗にスルーして、真っ直ぐ自宅へ帰った。
課題があるのは本当だったが、それを今週末提出するのに俺は急がなくてはいけないことは嘘だった。課題はもう仕上がっている。
忍野と一緒に思案を続けると、見えてきそうな答えがどんどんはぐらかされているようで前に進めないのだ。
深い霧が立ち込め、そこに俺はどんどん引き込まれていく。
恐らく忍野はこの金魚の箱事件を、本当に解決する気も無い。
暇つぶし。
いや、それよりももっと酷い。
先輩と影縫がいないのもそうだが―正弦?誰だそれは知らん―忍野はここぞとばかりに俺との二人きりの時間を増やそうと画策しているのだ。俺が気付かないとでも思っているのだろうかあの変態ホモ野郎は。

考えている事が分からない。まるで分からない。

今回の金魚の箱もそうだが、一体何を思ってそうするのか。
金魚を暑い日差しの下に箱に詰めて放置する。箱の中に水はあれど酸素は無い、その密室に閉じ込めて、生きながらえさせようとしない。残酷な仕打ち。
悪戯にしては悪質だ。
無抵抗の生き物に、ナイフで.とどめを刺すわけでも無く。
命を放り出し、天に任せるというのだ。これが金魚ではなかったら?猫、犬、ねずみ。逃げる意思や手足があるのならまだ助かる見込みはあるだろう。
逃げようとする意思もはっきりせず、手足はあるが箱から逃げ出せる力が無い赤ん坊だったなら?
これは事件になるのだろう。



その日は気持ちの悪い夢を見た。

桐箱を持っている。

表面がさらさらしていて、撫でると気持ちがいい。


テーブルの上に置いて蓋を開けるとそこには金魚が水の中を泳いでいた。

魚の生臭さがリアルで、俺は顔を背けてしまう。


金魚は真っ赤だった。

血溜りが水中に漂っているようだった。


その血には、真っ黒な  あざが   

あざが



俺を 見












次があると思ったら大学付近だろうと予想はしていたが、まさかその現場がオカ研の部室だとは考えてもみなかった。

第一発見者は俺。

なんのことはない、授業が1限からなのでその前に少し部室に寄って、部屋にある冷蔵庫にコンビニで買ったとろろそばを置いていこうと思って寄ったら、箱がテーブルの上にあった。
実物は初めてしっかり見たが、何の偶然か昨日見た嫌な夢と同じような桐箱で、やはり生臭かった。寒気を覚えた。
すぐに警備員を呼んで対処していると忍野がいつの間にかやって来て何故だか神妙な顔をしていた。

「よお、忍野」
「やあ、貝木くん。調子はどうだい?」
第一発見者として是非ともお話をお伺いしたいねえ、と忍野はいつものにやにや顔で言った。
「調子も何も、びっくりしたな」
「なーんか、あれだよねえ。漫画とかだとこういう展開なら僕たち狙われちゃってるのかな?はっはー」

忍野の言うとおり、偶然にしては気持ちの悪い展開だとは思った。
警備員がおろおろしながら独りで、どうしようかーこれ…勝手に片付けたらダメだよなあ…とか言っている。頼りない。
まあ悪質な悪戯にしろ、俺が来るまで部室は鍵が掛かっていて密室だったわけだから大学内に不法侵入した輩が居るというこうとだ。最早これは警察沙汰だろう。
忍野と二人で他愛も無い会話をしながらわたわたする警備員を見ていると、いつの間にやらオカ研部室の周りには騒ぎを聞きつけて何事かと学生たちが集まってきていた。
箱の話は大学内にも広まっていたので尚更だ。

俺は面倒な事に巻き込まれてしまった事を、とても後悔した。軽い気持ちで探偵ごっこはやるもんじゃない。

「ちょっと、どいて。通しなさい、あっ君たち!そう君たち!今、すぐ!理事長室に来なさい!ね!」

遠くから、神経質な中年男性のかすれ声が聞こえた。
俺のとろろそばは多分昼にはもうだめになっているだろう。コンビニ袋の中でどんどん蓋に水蒸気が溜まっていくのを、俺は見ているだけだった。

「貝木くん、最早これは本物の探偵に来てもらうしか救いはないねえ」
忍野は何だか楽しそうに言った。冗談じゃない。


理事長は酷くストレスが溜まっていたようで、物凄く強い口調で俺たちを尋問した。
疑われるのはしょうがない。
大学内で俺たちは―主に忍野―金魚の箱について聞きまわっていたのだから。
しかもオカ研だ。わざとこの箱を部室に置いたのだろうと思われても仕方がないと思う。
だから俺たちは変に歯向かう事はせず、ハァ疑われるのはごもっともです、心中お察しいたしますだとかしおらしく反省の態度を取った。反省する要素など無いのに。
ヒートアップしていた理事長はやがてその俺たちの冷静な態度に、自らも冷静になり尋問はやめてくれた。
そこで忍野が色々と助け舟を出し始める。
「警察には?」
あまり大げさにはしたくない。誰かが怪我したとかそういう案件なら少し考えるが今回は部室の中に箱が置いてあっただけ。金魚の入った桐箱が。
「相談くらいはしても大丈夫でしょう」
相談はするが、被害届は出さない。それよりも大学内に誰かが鍵を開けて侵入したという方が今はどうにかしないと…
「でもそれじゃあ」

忍野が言いかけた時、理事長室の扉がノックされた。返事も待たずに扉は開く。
「おそくなりまして」

深緑の和服を着た細身の男性が、よく通る声で言った。
「ああ!お待ちしておりましたよ!くま」
「氏方相です、こんにちは。では理事長、私は彼等に話を聞きたいので失礼します後はお任せをではさようなら」

理事長が何か言う前にその“ウジカタアイ”という人物は、ニコニコと笑いながら早口で言った。そして素早く俺たちの手を強引に引き、理事長室を出た。
後ろで理事長が何か言っていたが、氏方が扉の前で待機していた黒尽くめの長髪の女に「あとよろしく」と声を掛け、女が入室する。
その後の理事長と女のやり取りは、氏方がさっさと歩いて行ってしまうので聞き取れなかった。
展開が早過ぎてついていけない。

「君たちの部室へ行こうそこで話を聞かせて貰うよ。歩きながら自己紹介させてもらう。私は氏方相、平氏源氏の氏にどちらか片方の方、そして相容れぬの相で氏方相だよろしく」
氏方はやはり早口で言うので忍野が慌てて自分の名を名乗ろうと口を開けるがそれさえも遮られる。
「いい、言わなくてもいい。とりあえず話がしたい」
きっぱりと言って俺たちに喋らせなかった。
俺たちは顔を見合わせるしかなかった。

部室に着くなり氏方は部室の窓を勝手に開けて換気を始めた。
俺は呆気に取られてただぽかんと突っ立っていた。
忍野は何故かそれを手伝うように何かしようと勇んでいたが結局右手が胸の高さであがったまま止まっている。
氏方はその小柄な体でぱたぱたと室内を動き回りあれこれ勝手をしていた。
何故かテーブルの上にあったはずの金魚の箱は無くて、かわりに小ぶりな水槽が置いてあり中には―箱の中に居た―金魚がゆらゆらと泳いでいた。
水槽の中には下のほうに砂利が敷き詰めてあり、水草や金魚の隠れるスペースもあった。

「これ、いつの間に」
「理事長から大学付近での悪戯の相談をされてね、かと思えば大学の門の下に箱が置かれたと連絡を受けてはるばるやって来たが、いつの間にか事件が発展していたようなので急ぎ水槽やらその他諸々を揃えて訪問したのだ」

忍野が水槽をまじまじと見詰める。
氏方は自分が持ってきたのであろう手提げ―何故か部室のソファーの上に置いてあった―からハンカチを取り出して汗を拭いていた。

「…あんた、理事長室に来る前にここに来ていたのか」
「そうだとも」
「氏方さんそれはおかしい、何故あんたがオカ研…この部屋に箱があると知っている」
「貝木くん、きっと理事長が」
「黙ってろ忍野。理事長は前回の門の下の箱について相談したんだ、今回の事はまだ知らないはずだろ」

「おやおや探偵ごっこは懲りたんじゃなかったのかね、か…オールバック君。まあ座りたまえよ、君たちにはとても分かりやすくかつ簡単に説明してあげるから。まず私が探偵で、君たちは容疑者だそれを理解していただきたいね」

氏方はなんとも偉そうな態度で、先にソファーに腰掛けた。
言われるがまま、忍野と俺は向かいのソファーに座る。
容疑者と、探偵のように。
そして探偵は、長々と語りだすのだった。
さて、という前置きと共に。

「さて、君たちがオカルトを研究している学生であることを前提として話を進めていくが。まずこの事件は、精神身体その他諸々に悪影響の無い無害な呪いの一種であり、発信者から伝言ゲームのように広がりそしていつか終わるものだ。私の思うとおりの事件であるのならばこの金魚の箱事件は今日、君たちで終わる。ここまでは理解出来るね?無理なら知らない、置いていく。では次だ」

俺が何か言う前に、氏方はそれを制した。置いていく、と。
ならば必死についていくしかない。
この金魚の箱事件は、呪いであると。伝言ゲームのように発信者から広がり、そして氏方の思うとおりであるのならばその伝言ゲームは、呪いはここで終わると。
それは氏方が伝言ゲームを止めるからなのか、発信者をどうにかするからなのかは分からない。
呪いがこの事件の発端、動機、方法、手段であるのならば発信者を殺すか、その呪いを止めさせるかで解決するはずだ。
忍野も俺と考えていることは同じようで、うんうんと氏方の話に相槌を打っていた。

「では事件の大まかな仕組みは分かった、ならば後は簡単だ。大学付近で事件が起きるのだから大学付近に発信者が居る。まんまと大学内ではこの噂で持ちきりだ影響を受けているに違いない、これまでの全ての実行者は大学内の人間だろう。なんなら街の防犯カメラを確認してきっちりと犯人探しをしてもいい。だからやらない、やる必要が無いからね。発信者が呪いを発する、それを誰かが受信する、そして発信する、受信する。で、不作為に不確定に不規則に金魚の箱が置かれるわけだ。では発信者の呪いとは何か?はい、おし…じゃなくてえーっと金髪君」

忍野が指差される。
びくっと体を硬直させた後、忍野はそろそろと発言した。
「金魚の、箱を置かせるという呪い?」
「うん、そうだ。じゃあ、えー…オールバック君、発信者は何故金魚を箱に入れてそこらじゅうに放置しなくてはいけなかったのか?」

俺は答えなかった。
分かっていないからではない、なんか答えたくなかったから口を開かなかった。
視線だけで氏方に意思表示する。

「答えることが 出来ないか」

氏方はなるほどねと呟いて、立ち上がり忍野に声を掛けた。
「金髪君、ちょっと来てくれるかい」

そしてさっさと部室を出て行ってしまった。
忍野は俺をちらりと見る。

「…行って来いよ、俺はここで待ってる」
「そっか。まあ遅くはならないと思うから」

何を心配しているのか、忍野は名残惜しそうに部室を後にした。

俺はやっと一息をついて、昼食の入ったコンビニ袋を冷蔵庫に入れた。
まだ初夏だしあれからそこまで時間も経っていない、ならば腐敗は進んでいないだろう。

聞きなれない音に耳があざとく反応した。
何かと思って振り返ればそこには例の水槽がある。
そして俺は思案を始めた。

氏方は怪しい。
分かっていない事知りえない事を、既に手に入れていたというような顔で情報を語っていた。確信していた。
理事長の最初の相談を受けて、そして大学の門の下に置かれた箱の話を聞いて伺いますと返事をして、そしてやってきた。
なのにだ。
氏方は既に大学内のオカ研部室に箱が置かれていると確信して、水槽を手に入れ持ってきた。俺たちと出会う前にそれを済ませて、そしてここへ連れて来た。
素性も分からない。
出で立ちはお習字の先生みたいだ。何故そんな人物に理事長は相談をする?

金魚はまさに水を得た魚とばかりに、水槽を泳いでいる。
特にやる事も無く―とっくに1限は終わっているし後の授業も受ける気にならない―俺はただただぼうっとしていた。

「貝木くん、ただいま」

どれくらい時間が経ったか分からないが、忍野は元気無さげに帰ってきた。
おかえりと答えてやる義理は無い。

「で、そのー本当に急で悪いんだけど僕は君の呪いを解かなくちゃいけないんだ」

「………は?」

忍野はばつが悪そうに微笑む。

「うん分かるよ、分かる。急にこんな事言われてそういう反応するのは当たり前だ。でも僕に出来るらしいから、やるしかないんだ」

そして忍野はそのまま俺の隣りに座ると、嫌に距離を詰めてきた。
俺が少し後ずさると忍野もそれと同時に俺に近づく。

「待て待て待て!なんだ!なんでてめえはそんなに距離を詰める!」

「黙って貝木くん」

忍野は急に真剣な顔つきになった。だから俺も言われた通り口を閉じた。

「まず君に言わなきゃいけないことがある。ひとつは、オカ研に金魚の箱を運んだのは貝木くんということ。つまり貝木くんは受信者だ、貝木くんが呪いを受信したのは僕自身からだって。つまり僕は発信者、まさかとは思ったけど話を聞く限り納得したよ、はっはー…僕はその呪いを止めるために氏方さんにいろいろと話を聞いたよ。方法は簡単だって」

理解しがたい事をたらたらと並べて、俺が反論する前に忍野は俺の唇を奪った。
唇を奪ったってなんだ表現が乙女過ぎて気持ちが悪いな。
とにかく俺は忍野にキスされたんだ。
ああもうこうなってはどんな表現も気持ち悪い。


















「それで、どうした」
黒尽くめの長髪の女―セルは、つまらなさそうな顔をして戻ってきた氏方相―菊弘に話しかけた。
理事長とのやり取りは既に終わっていたらしくセルは廊下で待っていた。
廊下に面した窓を背にしながら、読んでいた文庫本にしおりを挟む。

「どうしたもなにも、呪いの感染をこれ以上広めないようにとどめを刺しただけだ。なーんにも、対した事はしていないさ」
「だが理事長の話を聞いただけでよく分かったな、わたしはいつもお前のそういう直感的なものに感心するよ。では早速、大探偵様の解説を聞かせてくれ」

二人は大学の廊下を歩きながら話す。

「直感も何も、金魚ならペットショップに売ってあるじゃないか。じゃあペットショップの店長が事の犯人だろうに。当たり前のことを当たり前に思いついただけだ」

普通、一般人として平凡な人生を生きている人間はそういう思考にはならないのだが。
セルは思った事は口にしなかった。

「実際この大学の近くのペットショップは何故か朝の七時に開店していて、私が金魚用の水槽が欲しいと頼んだら喜んで用意してくれた。金魚も付けようとしてくれた、無料でな。既に入れる予定の金魚はいるから断ったが、あの勧め様は以上だったし勧めるにしては店の中に金魚は一匹も居ない。で、大学へ来てみれば金魚の箱が置かれていると騒いでいるからこの犯人予想は確定に変わったのだ。簡単なこと、金魚が売り物にならないとかそういう事情があってペットショップの店長は始末に困っていた。処分するにも大変なんだろうな、仕入値とか売値とか色々…詳しい事は知らんがね。そのあたりは完全に妄想だ」

「始末に困っていたは正解のようだな菊。例の箱の中に入っていた金魚は皆、黒斑病を患っていたよ。病気とは名ばかりで人間でいうかさぶたのようなものだから害は無いのだがね。水温が上がってしまえば自然に治るものだ、しかしまあ売り物としては嫌がられるよな。これから金魚を買おうと勉強をしてきた者から見てみれば、黒斑病の金魚のいる水槽は水質が悪くなっていることも、金魚の免疫力が落ちていることも知っている。ならば捨てるしかあるまいよ」

大学を出ると、外は日差しが強く蒸し返すような暑さだった。

「普通に処分すればいいのに、そこに工夫をしてしまったという事は何か他に後ろめたいものでもあるのだろうな」
「大方、ペットショップを運営する資格を持っていないとかそういうことだろう。理事長にもその話をしておいたからどうにかするんじゃないか?あの男この件に関しては何故か強気で取り組んでいたぞ」

「ま、あのオカルト研究に取り組んでいる探偵見習い二人が調査を止めてしまえば大学内の呪いの発信受信は終わるし。今回の受信者…貝木くんは凄く呪いを受けやすいタイプだからねえ、影響を受けやすいと言った方がいいか。金髪の若者の方、おしめノノが」

「忍野メメな」

「忍野くんが金魚の箱の存在を教えてそれで自然と受信体制が整った、大方ペットショップの前でも通りかかったんじゃないかな?この手の呪いは無差別に広げられるからね」

そして二人は例のペットショップの前に居た。

「どうやって呪いを解いた?忍野にやらせる必要は無かっただろうに」

「これだから魔人は、人の気持ちといいものは複雑なのだよ。あの二人を見て分からなかったか?どう見ても忍野は奴に執着してたじゃないか。恐らく今回の探偵ごっこは忍野が奴と二人きりになりたいがためにやり出した事だろう。分かったときはびっくりしたがねぇ奴は男にモテるらしい。だから言ってやったのさ、彼にキスでもしてみれば驚いてしまって呪いなんか飛んでいくとね」

「…恋のキューピッドをしたわけだ、まあ意外だこと」

気まぐれ気まぐれ、菊弘はそう笑いながら言ってペットショップの中へと入っていった。




「どうも、こんにちは。魍魎を祓いに来ました方相氏(ホウソウシ)です」














エピローグ

「で、俺はその後忍野に好き勝手弄ばれたわけだがそれはお前のせいだったというわけだな菊弘」
「おお、上手くいったのか。それは良かった」
「うま……知らん。あいつは勝手に俺の事を好いて勝手にして勝手にどっかに行っちまったんだ良く分からん」
「ちょっと勝手に色々何をしたのかお姉さんに詳しく教えて欲しいものだがね」
「絶対に、何も、話さん。ところで腑に落ちない点がある」
「なんだよ。ふっと思い出した昔の事を話し出したかと思えば“氏方はお前か”とブチ切れて殴りかかってきて…」

「なぜお前は俺が受信者だと分かった?」
「簡単だ、私が用意した水槽の中で泳いでいる金魚の事を“箱の中の金魚だ”と君ははっきり言っただろう?おかしいじゃないか、金魚の柄は複雑で形も様々だ見分けが付くかね?私は付かない。だからおかしいなあと思ったんだ。で、聞く限り君が第一発見者だし密室だし…となれば箱を置いた犯人は君じゃないか」
「…暗示が掛かっていて、俺は箱を置いたのか」
「何度も言ってるだろう?君は影響を受けやすい。大方前日に例のペットショップの前を通って呪いを受信したんだ。おしめノノのせいで金魚の箱の事を詳しく知り受信する準備出来ていたからね」
「忍野メメな」
「そうそれ」

「…忍野のせいで散々な目に会ったわけだ、ホント腹立つ。あ、それと偽名だ。何故ちゃんと名乗らなかった?」
「私の名前を知るということは、私の暗示に掛かるということなんだ。だから無闇に他人に本名は名乗らない」
「…理事長は知っている風だったが、何かに利用したのか」
「ま、色んな仕事をやっていてね。特に呪術方面だが。少しだけ使ったかな」
「その原理で行くと俺はお前の名前を知ってしまっているわけだ変な事に利用したら殺すからな」
「とりあえず私に暴力を振るわないように暗示掛けとこうかな」

「あの後は本当に散々だった。忍野は調子に乗るし俺のとろろそばは結局傷んでいたし」
「あ…!」
「なんだよ」

「そういえば言うのをすっかり忘れてたなあ。暗示に掛かってる君は恐らく呪いを受信したその次の日、つまり事件当日だな。朝七時に開店するペットショップへ行き金魚の箱を受け取る。そしてコンビニに行ったんだろうな、無意識下でいつもの通り昼飯を買う。だが呪いのせいで時間にズレが生じる。そりゃあ腐るさ」
「分かって、いたのか」
「コンビニの袋を持っていたのを見た、で中身も見えたし。結露凄かったし」
「言えよ!」
「忘れてたんだよ!すまん!」
「ふざけるな、俺がその日何時間トイレに篭ったと思ってるんだ」
「丁度良かったジャン、全部出て。浣腸して出すよりかは楽だろ」
「…!!お、ま!!!!!」
「ちなみに偽名の氏方相は、魍魎を退治する方相氏から来ているわけだがやはり箱に何か入っていて〜という事件はあの武蔵野連続バラバラ」

悠々と話す菊弘の小柄な軽い体は、貝木によってぶん投げられた。
チャンチャン。





ほんとに終




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