女の中身




絡みつくような女の接吻と、体臭混じりのキツい香水。目を瞑れば、体感と匂いだけが在る。

「…ねぇ、早く中入ろうよ。最近は気味悪いしさ」

さっき出会ったばかりの娼婦は、すでに体を擦り寄せて媚びてる。とろりとした瞳、否―眼球。
水分を含んで、舐めれば粘液が舌を………


「ねえってば、あんた何ずっと見てんの」

さして悪くもないという風に言う。嗚呼、見とれてしまった。いけない、最近はどうも人肉の誘惑に負けそうになる。

「ああすまない、綺麗な目だったから」
「いやだよもう…あんた貴族かい」

娼婦は、私の腰に抱きついた。白い、腕。

「そんなに紳士的かな?私は」

ジョークを言ってみる。
「育ちが良さそうだね、でも…今は違う。今はなんか……悪いことしてる」

女は、細い指で私の唇をなぞった。

「悪いことって?」

私は、その指をちろちろ舐める。舐めれば、女が身を引いた。頬を赤らめて喜んでいる。

「んもぅ、あんた女の扱い解りきってるねぇ。悪いことったら、悪いことさね」

私は、女の腰に手を回して古びた扉を押した。
安い売春宿。

「あんた見る限りさ、カタギじゃないね」

ジグソーパズルを解いてゆく快感で、私の素性を漁る。

「私はただの、ただの」
女が、子供のように


目を輝かせている。



私は、










そう。
ただの死神協会の派遣員だ。

ボランティア。

古い知人のよしみで、人間の魂を回収している。
私は、女の腹の肉に噛みついた。甘く噛みつく。柔らかい。
柔らかくて良い匂いがする。女はみんな同じ匂いがする。
どんな香水をつけていても、最後には、全部洗い流した後は

同じ匂いがする。

ただ中身が違う。

中身……内臓だけは異なる。食べ物が違えば何もかも違う。だから内臓には手は出さない。
一度、内臓を食した時に最悪に不味かったのを覚えている。

私は、噛みちぎりそうになる衝動を抑えた。
べろりと肌を舐めると、ガタガタと震え恐怖に怯える娼婦を見据えた。

私が馬乗りになっているから動けはしない。

さるぐつわが、娼婦の唾液で塗れている。

嗚呼なんと悪趣味な。
いやしかし、仕方がない。急に叫ばれたら困る。

「まぁ少しはリラックスしてくれ」

私はニコリと笑ってから言った。

「生きている君に私は手を出さない」

胸のポケットの鋏を取り出しながら、娼婦の顔色を伺う。
青ざめていた。
鋏で何するの?という顔だった。

………やれやれ。


私といえば、特に暴行はしていない。一緒に部屋に入ってすぐに女の自由を奪って、拘束しただけだ。殴ってもいないし襲ってもいない。

さっきの行為?

あぁ、それはただの味見である。いずれ食す故の、行為。


娼婦が何か言いたそうだ。


「叫ぶのと喚くのと、唾を吐くのと舌を噛みちぎるのは禁止、だ」

私が言うと、娼婦は頭をブンブン振った。それを信用する。

ヒュウッ、と喉で息をして、娼婦は喋り出した。

「あ、あんた切り裂きジャックかい?」

娼婦の瞳が、銀色の鬼を映し出していた。

「今、娼婦がたくさん殺されてるだろ。あんた………それかい」

「違う」

私は短く答えた。

そして、笑った。


「嘘だろッ!!あ、あたしを殺すつもりなんだろ!!」


「喚くな小娘。今から特別に話してやろう」

嗚呼女と云う生き物は、
なんと面白いものか。



女の脳味噌は、とても利口に出来ている。
男よりも、第六感に優れ
男よりも、生きる術を知っている。

女は力が無い。
しかしその美しさ、愛らしさは
男の力より勝る。

そんな、世界の頂点である女はこの娼婦は

己の人生に、気がついた。

「私はお前を、助けてやろうとしている」


娼婦が呆然と私を、見上げていた。

「切り裂きジャックに、無残に引き裂かれるのと」



「私に一撃で昇天させられるのと、」





“どちらを選ぶ?”

「バカ言ってんじゃないよ、このキチガイ…!」

女は吐き捨てた。

「狂った馬鹿野郎!!変態だあんた、女舐めんのも大概にしなッ」

「…………馬鹿野郎はどちらだ、やれやれ」
「イエスを信じるか小娘」

「い、イエス?」


女はやはり呆然としている。

「神を信ずるならば、私のことも信じよ。否、信じないならば聞き流すがよい」



神の気まぐれ。

「貴様は今から7分42秒後…41秒後に切り裂きジャックとやらに殺害され、この世を去る」

「嗚呼哀れな。狂ったジャックに殺される」



女の顔は、恐怖に染まった。悟ったか己の死期を…。



「だ…から、あんたがジャックなんだろ…………………?」

まだ言うか女。

「……私はただの死神だ」

残り、3分57秒。

「私が狙っているのは…ジャックが散らかした肉だよ、レベッカ」
(冗談だがね)


彼女の幼いときの、あだ名を呼んでやった。
呼んでやると、女は泣き出した。



女は子宮で物事を考えるときいた。



目の前で、急に少女に戻った娼婦。
鼻水もただ流し。ひどく醜い嗚咽。だが、どこか

愛おしい









私は少女の下腹を撫でた。暖かい。ここに、やや(子供)が出きる。

このような身になった私は

もう、ややはできぬだろう。





ああ切り裂きジャック。

もしや貴様








ややが欲しいのか














1分38秒。




私は少女の頬に
口付けた。

少女は、泣きながら私に抱き付く。ギリギリまで抱き締めてやるとしようか。



少女からは、





香水の匂いがした。














素早く、娼婦の拘束を解き立たせて
突き飛ばした。


あまりもの速さに、娼婦は声もあげれぬ。

どたり、と床に転んだ。





ぎぃいいい、



古いドアが、軋んで開いた。






娼婦は、現れた人物を見上げる。

“ジャック”は


ニタリと笑った。



「い、いやあぁああああああッ」


娼婦は、這いつくばりながら逃げる。何処へ?逃げる場所などないのに。

「いやッいやいやあいやああああいやいやだこないでえ!!誰かぁああ!!」

ひひひひひ、と
引きつった笑い声。
切り裂きジャックが笑っている。


「来ないでッたらぁ!!!あああたすけ」

娼婦は、つかまった。


後ろから馬乗りになられて、もう動けない。

光る凶器。血塗れたナイフ。



「こ、殺してぇええええええ!!!!」



おや、


私の一撃を選んだか








鋏。
二つに別れる刃。



ひゅいん、と


音がして女の首筋が切れた。溢れ出す鮮血。
“ジャック”は返り血を浴びながらも、腕でそれを回避した。
驚きたじろぐ。

ああしかし時間はないのだ。
叫び声を聞きつけて
他の人間が駆けつける

時間がないぞ、切り裂きジャックとやら。





“ジャック”は、小さく舌打ちをした。

そして、ガラス窓を打ち破って

逃亡した。



月の中を駆けてゆく。
狂ったように笑いながら。けたけたと、壊れたように笑いながら。


否、…ように、ではなかろうな。

私は、窓を突き破って逃亡した“切り裂きジャック”を
捕まえた。


がしゃあん、と

屋根がすこし崩れた。
生憎そこは空き家。

誰の迷惑にもなるまいよ。


狂った、壊れた“切り裂きジャック”は

笑っていた。


「あは、あははははははははッ!!やぁだもう、やっぱアンタだったのネ!!ひぃひははははは」

ぜいぜいと、喉を鳴らす。肩をガタガタと震わせて、双眼はぎょろぎょろと動いている。


「だ、だあって無理だもの、あんな!!あんな早くアタシより早く殺すなんてネあははは」

私は黙ってそれを見る。

「………何ぬすけてんのヨ、高貴なカミサマにはお目汚しかしらァ?切り裂き魔の行為は!?ばぁか!!アンタの大好きなグレル・サトクリフは狂ったジャックだよざまぁ!!」

私は、グレルの下腹を見た。そして撫でた。

「どこ触ってんのヨむっつりスケベ」

グレルは悪態をついた。が、抵抗はしない。
ただ私の下に、寝転んでいた。

「なぁに?」


グレルが、上半身を起こして耳元で呟いた。

「女の中身を見たことあるかい」

「………えぇあるワ、面白いワよ?アンタ食べたことあるでショ。ンフッ…ンフフフフ!!」

かすれた高い声で、笑うグレル。黄色い瞳が、ぎゅるんと歪んだ。笑っている。

「…内臓は嫌いなんだ」

答えると、もっと笑った。
「なにそのカミサマジョぉク、馬鹿みたい」

私は笑った。

「女の中身はね、悪夢だ。外側はあんなに美しいものでも、中身は酷く醜い。あの腐臭、食物が溶け出した匂い………血液なんて外に出るから美しいのであって、中身にあるものは別だ。まるで別物だ」

「いやぁね、ど変態。詩人。狂ってるワ。…………あははははははははッ」


“アタシもなんだけどね”


切り裂き魔は、ギザギザの歯を見せて笑った。

ぐるんっ、と


視界が回転する。



「ねぇねぇ。愛しのグレルが、かの有名な切り裂きジャックって知ってたんでショ」

私は、グレルに見下されながら、頷いた。

ゆるゆると、私の両手を左手で拘束する。

「じゃあ、アタシが謹慎処分ですむわけだ。アンタがお上に言ってくれてるんでショ?ンフッ…優しいのネ、シシー」


私は、



笑っている。


「ねぇだって、愛しのグレルだもんねえ?大好きな愛しい愛しい………………“切り裂きジャック”!!あはッ」


「ひははははは!!…………ばぁかッチキン野郎が!!可哀想にシシーちゃんったら、恋人が狂った殺人鬼だから苦労しちゃう。大変ねぇ…グレル・サトクリフのお相手は」


嘲るように、吐き捨てるグレル。口をへの字に歪めて、流れ出す言葉は止まらない。


「恋人を助けるのは、庇う…という方法のみ。とんだチキン野郎!!まぁ?そもそもアンタみたいなナベ女に期待してないケド。……………ねぇ、泣いてみなさいヨ」


「涙、流してアタシに哀願してご覧?そしたら一緒に、お家に帰ってアゲル」



お高くとまった女王様。まるでそんな役を演じているように振る舞うグレル。切り裂きジャック。

ジャック・ザ・リッパー


「ほお、何と哀願すれば良いのかな」

「もぉ止めてッて、言えばいいんじゃない?」

グレルはにんまりと、笑った。尖った歯が、月光を浴びて青く輝いていた。
今宵の月は十六夜。


「いや、いい」



私は静かに笑いかけた。
「止めなくていいよ、グレル」

「やめなくてもいいよ、グレル」



私がそう云うと、
真っ赤な死神は
笑顔をひきつらせた。

怯んだ。

「…困るでショ」

「何を心配してるのか…そんなことない」


私は、上半身を起こし
グレルに近づいた。

グレルは、少し身を引いた。

「お前が殺していった娼婦は、紛れもない“死亡予定者”さ」

「は?」

「己が、死亡予定者ではない人間を殺したとでも思っていたかね」





「……どういうことなのヨ」

グレルは、立ち上がった。顔は青ざめている。


「切り裂き魔は実在し、そして殺された娼婦たちは、その切り裂き魔に命を奪われる運命だったんだ」


私も、対峙する。

微笑みは顔に張り付いていた。このような状況に対して、私は、


愉快で愉快で


愉快でたまらず

心の臓は高まり
体は激しく脈打っていた

さぁ喰らえ、喰らってしまえと

私の中身が呟いている


「さっき殺したのは、私が手を出したから違反になるがね。…あぁ、グレルが処分を受けるわけじゃない」


「それでもレベッカは、さっきの娼婦は“切り裂き魔に殺される”と、死亡予定者リストに書き込まれていた」


私は懐から、死亡予定者リストを取り出した。

グレルがそれをひったくる。

ぎょろぎょろと、懸命に目を動かし
死亡予定者リストを凝視する。

「うそ、だろ」


グレルが低い声で言った。

「嘘じゃない。切り裂きジャックは実在し、今までグレルに殺された娼婦は、正当な死亡予定者となったんだ」


私はね グレル



「別にお前のために何をしたというわけではない」

「私が、お前を助けるとでも」






思っていたのかい?








真っ赤な切り裂き魔は、

自慢のデスサイズを取り出した。
ああ、また申請書を出さずに勝手に持ち出したな?



私は両手を広げた。


「助けて欲しかったのかい?ジャック・ザ・リッパー」



唸るチェーンソー。

冷たい刃が


私の体を引き裂いた。










鋭いエンジン音が、虚しく流れている。
なんのリズムも無い、ただの機械が出す音。

目の前に横たわるのは、唯一そばにいて欲しかったヒト…。

もう死んじゃってるわよね、だってこれ死神の鎌だから。なんでも切れちゃうから。
鬼の神様だって死ぬわよね。いや死んでよ。死んでよラクシャーサ。もうアタシに構わないでお願いだから。だって、助けてくれないんでショ。救ってくれないんでショ。じゃあいいわヨ。もう、死んでよ。

狂った神様。ね?お揃いなのに、アタシたち。






チェーンソーでぐちゃぐちゃに切り開いた、先刻まで対峙してた見ていた喋っていた愛していた同類。ねえ、



ねぇ、あんたの中身は酷く冷たい。

ガバガバに開いた皮膚。あちらこちらに飛び出た内臓。途方を見ている双眼。ああ、嗚呼最後の景色は、


何だったのかしら








ジャック・ザ・リッパーは、死体に乗りかかった。どうにかして目を合わせようとするが、なかなかうまくいかない。


「ンフッ…ちゃんとこっち、見なさいよバカ」













―と、愛しい愛しい者が言うものだから


眼球を動かして視線を合わせてやった。



「ッひ、」



短く


叫んだ。

喉の痙攣、体が固まる。否、固まったのは私の体のせいか。
はみ出した内臓や血が
体内に戻り始めている。それらが、グレルごと引き込もうと張り付き離れない。嗚呼、なんともおぞましく蟲惑的な光景か…。



「い、いやッ」

グレルは、か細い声で言う。もがく。
私は上半身を起こした。しかし切り開かれた腹がまだ回復していないので、よろよろと頼りない。

「言ったではないか。…………女の中身は」









悪夢だ、と。












おんなのなかみは
ぴんくいろ
まっかなちがでるのに
きれいなきれいな
ぴんくいろ

おんなにしかない
ないぞうは



ぴんくいろのあじがする




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