中巻
中
5
「あらアズサちゃんいらっしゃい、久しぶりねえ」
アイカちゃんのお母さんは、急に来た私に対して何の変哲もない態度で接してくれた。
「お久し振りですおばさん。アイカちゃんに用があって」
「アイカはねえ、今日ちょっと体調が悪くて部屋で寝てるのよぉ。ごめんなさいねえ」
おばさんは笑いながら言った。
そして扉を閉めようとする。
私は慌ててそれを制止する。
「あ、会えませんか」
「ごめんなさいねえ」
「えっと、どうしても今すぐ必要なものをアイカちゃんに貸してしまっていて」
私は思い付いた嘘を言う。しかしおばさんは変わらぬ笑顔で「ごめんなさいねえ」と言うだけだ。
私は不安になって背後のイツカさんに視線を送る。
待ってましたと言わんばかりに両手を合わせて、イツカさんはずいと前に出た。
「アイカさんのお母様!何ゆえにそうまで我々を家へ入れてくれないのですか?」
「ごめんなさいねえ」
「なるほど、とにかく家には誰も入れないようにされているのですね」
「ごめんなさいねえ」
「分かりました!じゃあ帰ります!」
「ええ、また来てねぇ」
イツカさんはくるっと向きを変えて、すたすたと歩いて行ってしまった。
おばさんとイツカさんを交互に見て、私はおろおろ狼狽えた。
「あっイツカさん、待って!」
私がイツカさんを追う前に、玄関の扉は固く閉ざされた。
「帰っちゃうんですか!?」
「玄関から入れないから、別の場所を試してみよう」
「別の場所?」
「うーんと、大きい窓があるといいなぁ」
アイカちゃんの家の周りをぐるりと一周して、また玄関に戻ってくる。
「マスターはもう一度玄関でおばさんと押し問答してくれるかな?大丈夫、ここは外結界の中だから、他のサーヴァントの襲撃は無いよ」
「そと、けっかい?」
イツカさんは右の掌の上に、左手で握りこぶしを作る。
「この家の周囲五百メートルに外結界が張ってあって、この家自体に内結界が張ってある。二重結界だから、魔力が弱くてもある程度は防げるんだよー」
イツカさんは軽い身のこなしで、そのまま中庭に侵入していった。
…その外結界に私たちは入れているのだけど。
それは大丈夫なんだろうか。
それとも、イツカさんだから結界の中に入れたのだろうか。
私は疑問に思いながらも、玄関のチャイムを鳴らす。
驚いたことに、今度はアイカちゃんのお父さんが出てきた。
でも、話す内容はさっきと同じで、どうしても説得することはできなかった。
扉を閉められないように、会話を続けていると中からイツカさんが出てきておじさんの肩をぽんぽんと叩いた。
「もういいですよお父様!お疲れ様でした!リビングへお戻りください!」
「ああ、そうですか。では」
おじさんは、にこにこ笑いながらリビングの方へと戻って行った。
イツカさんに招かれて、私は混乱しながらもアイカちゃんの家の中に入った。
「簡単な暗示が掛けてあったから、わざとエラーを出してその隙間に入り込んだの。じゃあ二階のアイカさんのお部屋に行こう!最後の難関!」
イツカさんに手を引かれて二階への階段を上がると、リビングが見えた。
リビングでは、アイカちゃんのお母さんとお父さんがにこにこと笑いながらソファーに座ってテレビを見ていた。
その笑顔が、さっきとまるで同じなのでゾッとした。
「こんにちはー、キャスターオルタのイツカですけどもお」
ドアノックをして、声を掛けるが返事はない。
返事どころか、中から人の気配がしない。
「キャスターの魔人セルの得意な能力は、空間操作。部屋を別次元に作り出したり空間を空間で区切ったりすることなんだ。まあ他にも神様かよってくらい万能なこと出来るんだけど、今は菊弘の契約が無いから恐らくそこまで強くない」
「その通り」
イツカさんの説明に、私の隣に立っていた女性が答える。
急に隣で声がしたので私は驚いて小さく悲鳴を上げながら、イツカさんの背後に逃げ込んだ。
涼しげな顔で、微笑を称える女性。
赤茶の長髪は、微かに蠢いていてその人全体の輪郭がぼやけて見えてしまう。
目を凝らしてそれをはっきり見ようとする度に、それは難しくなっていった。
「あっ、遠目に見た方がいいよ。酔っちゃう」
イツカさんがアドバイスをくれる。
確かにくらくらと気分が悪くなっていた。
「その姿でその口調、そしてその気配ということは貴様ネ」
「今はイツカだよ!菊弘は死神に斬られちゃった!」
イツカさんは女性の声を遮り言った。
「やはりか。通りで現界した途端に魔力が減ったわけだ、となるとそちらのマスターも魔術師では無いんだな?ふむ…まあ立ち話もなんだ、中に入って話そう」
言うと、その人はアイカちゃんの部屋の向かいの壁に手を触れて、入り口を開いた。
ぐわんと空間が歪んで、真っ暗闇がそこから見える。
イツカさんが「わーい!異空間なんて初めて入る!」なんて無邪気にはしゃぎながら私の手を引くので、私が拒絶するのも虚しくい空間へ吸い込まれていった。
入った瞬間、そこは暗闇でなくなり洋風のアンティーク調な一室に変わった。
高そうな椅子に座って優雅にティーカップに口を付けていたアイカちゃんが、私たちを見るなりその中身を吹き出した。
「ちょ!!誰も入れないんじゃなかった!?」
「マスター、紹介しよう。これが本来わたしの主である菊弘だ。今は違う人物が中身だが」
「アイカちゃん!」
私が声を上げると、アイカちゃんは身構えた。
その態度にはっとする。
そうだった、今私たちは敵同士なんだった。
「安心しろマスター、この人たちは味方だ。むしろこの人たちが居ないと君は死ぬ」
「セル!話が違くない!?私たちは戦争が終わるまでこの部屋に隠れているんじゃなかった!?」
セル、と呼ばれた長髪の女性は私の肩を持って言う。
「それは菊が、菊弘が存命だった場合だ。しかし現状、菊弘は死んでいる。正しくは菊弘の魂は持っていかれた、か。このまま隠れていてもいずれはバーサーカーかセイバーにやられるだけだ。ならば協力した方がいい」
セルさんの言葉に、アイカちゃんは少しだけ落ち着いたらしい。
しばらく黙っていたが、ぽつりと言った。
「わかった、怒鳴ってごめんなさい。アズサ先輩」
6
テーブルについて、四人で情報を交換する。
アイカちゃんにも、キャスター…セルさんから事前にあれこれ説明を受けていたらしく、静かに話を聞いていた。
「アイカちゃん、その…ご両親は」
「ああ、セルが現界したのがリビングで二人が居るときだったんで。とりあえずああやって催眠を掛けて閉じ込めてるんです。下手に騒がれたり、外に出たりされると人質に取られた時困るんで。あっ先輩のご両親も眠ってるとは言え心配ですよね、セルに結界張ってもらいましょうか」
アイカちゃんの冷静さに、脱帽だ。
そういえば、放課後やったあのカードゲームでもすぐにルールを理解して上手く立ち回っていた気がする。
私はというと、そうでもなかった…と思う。
必死にゲームの流れに付いていっただけ。
「で、セイバーの居る常陸院さんが黒幕で決まりなわけでしょ?セル」
「そうである可能性は高い。だが、もしかすると他からの力が掛かっている可能性もある」
セルさんは長い髪を耳にかける。
「バーサーカーとセイバーは菊弘の制止力無しでは何をするか分からない、その証拠にバーサーカーは菊弘を斬った。これは本来の契約違反に当たる。通常だったらペナルティが発生して活動停止になるはずなんだ」
「そうだよねえ、それなのにバーサーカーは僕のところに現れた。ということはこの世界線ではその契約自体無かったことになってしまっている。おかしいんだよねえ、あのサキュバリエス…セイバーにはそこまでの力は無いと思うんだけど」
「え!?バーサーカーと会ってたんですか!?」
私が驚くと、イツカさんは「あっ話すの忘れてた、ごみんごみん」と軽い調子で言った。
知らないところで命拾いしていたことに、二度びっくりだ。
「我々は本来、菊弘を中心としてそれぞれサーヴァントのクラスを獲得しこの世界へ現界する予定だった。しかし菊弘は、サモナーでなくキャスターオルタとして現界してしまった。魔力の低下と支配権の剥奪、それは恐らく黒幕の狙い通りだったんだろう。菊弘と対峙しなくても、放っておけば支配の無くなった羅刹天…いや今はラクスを名乗っているのだったな。…奴が菊弘の魂を取りに行くのは黒幕にも分かりきっていたわけだ」
バーサーカーには複数の名前があるようだ。
死神であり、鬼であり、悪魔。
あの禍々しい気配に納得の肩書きだ。
セルさんは難しい顔で言う。
「それに本来聖杯戦争とは、魔術師同士で行うものだ。それなのにわたしのマスターと君は普通の一般人だ。明らかに異常だ」
「すいませんね一般人で、おかげで強いはずのセルは普段の二割しか力が出せないんだっけ?」
嫌味ったらしく、自虐的にアイカちゃんは笑う。
「一割だよマスター」
それにすんなりと訂正をするセルさん。
でも一割でこんな風に部屋を作り出したり出来るんだからすごいと思う。
「へっへ〜ん、僕はマスターが何だろうがいつもベストコンディションだからね!」
イツカさんが偉そうに胸を張った。
「そう!そこだわ、何でアズサ先輩のサーヴァントはそんなに優秀なの?」
自分のサーヴァントを憎らしげに睨み付けながら、アイカちゃんは尋ねる。
「僕は魔力云々関係ないからねー、超能力者だから!」
超 能 力 者 !
「えっとね、物を動かしたり人の考えを読んだり色々と出来るよ」
イツカさんはアイカちゃんのティーカップを指差して、そのまま私の方に動かした。
するとその動きと同時にティーカップが動いて、私の手元にあるティーカップにカチンと音を立てて当たった。
呆然とする私とアイカちゃん。
「…まあ、魔人とか見ちゃってるからもう驚かないけどさ…それは、すごいわ。超有利だわアズサ先輩」
「でしょー!?」
イツカさんは誇らしげだ。
「いつもの体への負担は無いのかイツカ」
「今は菊弘がいないからねぇ、悲しいかな僕らは共存しないと生きていけないけど、共存しているとお互いを攻撃し合っちゃうからね」
イツカさんの言葉にセルさんが考え込むように腕を組んだ。
「…わたしがマスターたちを守護するとして、単身あちらへ乗り込むという作戦はどう思う?」
セルさんの提案に、私とアイカちゃんは分かりやすくテンションを上げた。
いける、いけると思う!
だが、イツカさんは無邪気に答える。
「無理だね!あっちには夢魔、サキュバスがいるだろう?菊弘はともかく僕は男だし、それにあいつの力に飲み込まれないのは菊弘を主体として僕や他の人たちが脳みそを共有してるから、その影響を分散できるわけで。今は僕一人の状態なんだ、だから無理!バーサーカーの方も<ラクス>を名乗っているということはれっきとした<死神>だ。生身の体に魂が入っている僕はあいつの<死神の鎌>で斬られたら間違いなく死ぬだろうし。そもそもあえて死神を名乗って鬼を装っているかもしれないし。真名が分かっててどういう人物なのか把握してても、あいつらには勝てないよ」
会話が色々と複雑で、私はついていけなかったが私たちがあちらに対抗できないというのは分かった。
常陸院トウ。金指シズヨ。
二人の顔が脳裏に思い浮かぶ。
「……マスターの方を、どうにかするっていうのは?」
私はそれにピンときた。
アイカちゃんが話し出す。
「これ、聖杯戦争ってマスターが戦闘不能になっても負けなんでしょ?てゆうか普通なら人間の方を狙うよね?…常陸院さんや金指さんが魔術師っていっても、死ぬもんでしょ?」
「だが、そうさせまいとそれぞれのサーヴァントは必死に動くぞマスター」
セルさんがぴしゃりと反論する。
「じゃあ、やっぱり隠れてるしかないの…?」
私の問いに、私のサーヴァントは笑顔で答える。
「だとすると滅茶苦茶長期戦だ!それは無理だ、絶対にどちらかが痺れを切らして攻めてくる。セルには侵入を妨げることは出来ても、今は戦うことは出来ないし、そもそもあいつらと真っ向から勝負するってのは分が悪すぎるね」
四人は押し黙った。
「とりあえず、もう休みましょうよ。気を張って疲れた…先輩にも別室用意しますから、休んでください」
アイカちゃんが言うと、セルさんが奥の方の壁を撫でて扉を作った。
その行動の早さに驚く。
もしかしてさっき私の両親の話が出たときも、すぐに結界を張ってくれたのだろうか。
アイカちゃんとセルさんにお礼を言って、イツカさんと二人でその部屋に入った。
「自室に近いと混乱するだろうから、とりあえずはビジネスホテルの一室のような造りにしておいた」
セルさんが優しく笑いながら、そう言った。
7
「そうだ、学校に連絡しないと」
あれこれと荷物をベッドの上に広げていると、ふとそんなことを思い付いた。
隣のベッドでうたた寝していたイツカさんが、あ、と短く呟く。
「なんて言い訳しよう…、アイカちゃんは何て話すのかな。ちょっと相談してきますね」
「あのねマスター。学校はもう、いけないと思う」
イツカさんは、いつになく静かな声で言った。
どういうことだろう、私は素直に疑問に思って聞く。
ベッドの上に座り直して、イツカさんはその隣に私に座れと誘う。
言う通りに、その隣に座ると肩を持たれた。
力強く、ぐっと握られる。
不思議と、そこからポカポカと温もりが伝わってくる。
まるでイツカさんが熱を発しているかのように。
「僕らは度々この世界のことを世界線と称していたけど、気付いた?」
言われてみれば…と答える。
「世界には、様々な時空があって数えきれない程の世界が存在するんだ。パラレルワールドって言うだろ?例えば、この世界線が上地アズサという女の子が生まれてきた世界線だとすれば、他にも上地アズサが男の子として生まれてきた世界線もある。または生まれてこない世界線もある。そうやってもっと細かく条件が振り分けられて様々な世界が存在するんだ。分かるね?」
何となく察していた。
菊弘さんやイツカさん、セルさんは他の世界からやって来た人なんだと。
だけど、この世界、私が生きている世界が主体だと勝手に思い込んでいたから、こうやって説明されると不思議な気分だ。
「つまりね、この世界は世界線は、とある人物が聖杯戦争をするためだけに作り出した世界線なんだよ」
そこまでバカじゃないから分かる。理解できる。
不思議と驚くことはなく、納得したという気持ちの方が強かった。
「自分自身に、中身を感じませんでした」
ぽつっと言った意味不明な言葉は、イツカさんにはきちんと伝わったようだった。
「だからこの世界線を作り出した人物、黒幕、常陸院という魔術師自身か、それに力を貸した人物を退ければ、この世界線は消える。だから最早学校というシステムは機能していない。電車に乗ったとき、日曜日なのに人が少なかったよね?あれはある程度のプログラムに従っているだけだからそういう風になる。恐らく明日になれば、君達の両親は消滅する」
残酷なことを言われた。
それなのに私は、ニュースで遠くの国の死亡事故を聞いているかのような気持ちだった。
悲しいはずがない。だって私にそんな細かいプログラムはされていないのだろう。
それでも、涙は出た。
むなしい、と思った。
「ごめんね」
イツカさんが悲しそうに言った。
「イツカさんのせいじゃないでしょう、謝らないで」
私が涙を拭きながら笑うと、やっぱり悲しそうな顔をした。
この人は、他者が悲しいと自分も悲しいんだ。
8
お風呂まで用意してくれたセルさん。
せっかくだからとアイカちゃんはとても大きな大浴場を注文していた。
外国のセレブが入るような高級なお風呂に、二人で年甲斐もなく歓声をあげる。
先に頭や体を洗ってしまって、ゆったりと湯に浸かりながら二人で他愛もない話をした。
やっぱりアイカちゃんもセルさんにこの世界のことを聞いていたらしく、自然と思出話とか、これから何をしたかったとかそんな話をした。
何故か湯に長く浸かっていてものぼせることはなく、白濁したとろとろの湯が肌に馴染んで心地よい。
「なんか、悲しいとかそういうんじゃなくて。ただただ怒りなんですよね」
「うん、分かる気がする」
「でしょ!?自分勝手過ぎるでしょ!しかも私たちだけ一般人て!どんだけ自分にイージーモードだよって話!」
アイカちゃんの言葉に笑ってしまう。
「だから絶対に勝ちましょうね先輩。勝つっていうか、あいつらぶっ倒しましょうね!」
「うん、倒そう」
二人で意気投合した。
「僕も入るけどいいよね!」
急にイツカさんが入ってきたので雰囲気はちょっと壊れたけど。
「あんた男なんだろ!?」
アイカちゃんが私を庇いながら叫んだ。
あ、そういえばそんなことを言っていた気がする。
「体は女だからいいじゃん!それに僕の恋愛対象は男の人だもん!」
「え、なにそれちょっと詳しくオネシャス」
「同じく」
あまりにも長風呂なので、セルさんがもう上がりなさいと途中でタオルを持ってきてくれた。
お風呂から上がると、テーブルには晩御飯が並んでいた。
「あるもので作ったぞマスター」
「えー?そういうのは自由に出せないんだ?」
「菊がいれば出せたけどなぁ」
文句を言いながらもアイカちゃんは嬉しそうだ。
豚肉の味噌ソース焼き。白いご飯。ワカメと卵のスープ。キャベツとキュウリ、トマトの乗ったサラダ。
これを一人で完璧に作ったセルさんはすごい。
女子力高い。
暖かい緑茶か冷たい麦茶かセルさんに聞かれて、暖かい方を選んだ。
「僕はジュースがいい!」
「ない」
イツカさんは唇を尖らせていた。アイカちゃんが「健康志向一家でごめん」って謝っている。
「何でだ!果汁百パーセントなら健康でしょ!?」
「はい、みんな席について。いただきます」
セルさんの掛け声に合わせて、三人はいただきますをした。
食べ出すと、おいしいおいしいとイツカさんはすっかり機嫌が良くなっていた。
本当に子供みたいな人だなぁ、と思った。
10
「やっぱりさぁ、菊弘居ないと詰みだと思うんだよねえ」
食後のデザートに、フルーツゼリーを頬張っていたイツカさんは言った。
「だがどうしようもない、地獄にはわたしも手出しできないからな。それは貴様だって同じだろう」
セルさんはため息をついた。
私たちは二人の会話を静かに聞いている。
「だからさ、正当なやり方でやればいいんじゃないかなーと思って」
フルーツゼリーを口の中にかきこむイツカさん。
「…まさか、貴様」
セルさんは立ち上がった。
その顔は狼狽えている。
私は状況がさっぱりで小首をかしげる。
「え?つまりどういうこと?その菊弘って人は死神に連れていかれてるわけで、それをセルやあんたにはどうにもできないんでしょ?正当なやり方って何の?」
私が疑問に思っていたことをアイカちゃんが代弁してくれた。
「<はんごんほう>をやるのか!」
セルさんは、変わらず狼狽えた表情だったが、なぜか少しだけその口角は上がっていた。嬉しそうだ。
「出来るぞ、僕にはたぶん」
にっかりとイツカさんが笑った。
「…出来るな、おそらく。貴様の力は底知れない。それに貴様は<陰陽師>だ、<生命存続の法>が出来る」
「な?できるだろう?やろう」
やろうよ。
そう言うイツカさんは、今までとうって変わって不気味だった。
無邪気に笑う子供が、その天使の笑みを称えたまま、悪事を行っているかのような。
「菊が復活するのならば、マスター達は下手に動かさないでこの結界に籠城してもらうのがよかろうな…」
セルさんが呟いた。
私たちは、ゲームや映画みたいに敵と戦うこともなく。
いやに現実的に戦線離脱した。
複雑な気持ちで、二人のサーヴァントの背中を見送った。
あの人たちが戻ってくることはない。
戻ってきたとしても、私たちはきっといない。
もし。
もしも私たちの存在がきちんとした状態に戻ったとしても。
いや、そんなことはありえない。
だって私たちは都合よく作り出された存在なんだから。
私とアイカちゃんは、一言も会話を交わさなかった。
ただただ、黙って過ごしていた。
いつかくる終わりに、気付かないように。
自分の気配を薄めることで自然に無くなることを、必死に努めていた。
続く
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