上巻


プロローグ

まったく理解できなかった。
放課後のお遊びの延長で、ただのおふざけだった。
トウさんが中心となって、私たち四人は<マスター>となってそれぞれの持つ<サーヴァント>を使って<聖杯>を勝ち取る。

ゲームだ。

「これはゲームよ」

トウさんは言った。
自分であるマスターとサーヴァントはそれぞれライフが5、そしてサーヴァントによるシールド効果で+5。
マスターライフは5、サーヴァントライフは10。
それぞれカードを引いてサーヴァントを決める。
サーヴァントにはクラスがあって、パワーバランスが定められている。
得意不得意、弱点などが細かく決めてあって、実際プレイしてみるととてもやりがいがあって楽しいものだと思った。
トウさんが説明をしながら、一度流してプレイしてみて、他のメンバーも楽しそうにしていた。

それは、他愛もないカードゲームだったからだ。
聖杯を奪い合う、殺し合いではないから、楽しかった。


今は、吐き気と目眩に犯されて死んじゃいそう。





「あ、ごめんなさい。もう塾の時間だ」
トウさんは、カードを回収しながら言った。
つり目がちの目は、笑うとお狐様のお面みたいになる。
でも、それが私は好きだった。
密かに。本当に密かに。

別にレズビアンってわけじゃないけど、女子高のお姉さまって感じで他の生徒にもちやほやされていたし。
私はミーハーだから、きゃあきゃあ言われている人にはすぐに好意を持ってしまう。

トウさんは、常陸院という難しい名字だ。
それさえも彼女の魅力の一部で、トウという名前も<藤>と書いてトウと読むから少女漫画の登場人物みたいだ。

同じクラスだったけれど、喋ったことは無かった。
だが、トウさんは私たち三人に手紙を寄越した。
私、上地あずさ(ウエチアズサ)。
隣のクラスの金指静代(カナザシシズヨ)さん。
一年生の高草木愛夏(タカクサキアイカ)ちゃん。

接点は無い。
たしかシズヨさんは、トウさんと同じくお姉さま扱いで人気のある生徒の一人だった気がする。
茶道や華道、武道も勉学も優秀なお嬢様。
ご実家は大きな企業をいくつも立ち上げている会社だ。
トウさんとは、仲が良いというよりは対立していたと思う。

ひとつ下の後輩のアイカちゃんは、小学校が同じだったから知ってはいるけれど、高校デビューなさったんでその面影はない。
毎朝長い髪を一生懸命カールアイロンで巻いているのだろう、ふyわふわとした髪が、本人のあどけない顔立ちに似合っている。

私はというと、手入れするのもおしゃれするのも、自分が不器用なせいで嫌になったので特に何もしていない。
肌のお手入れはある程度やるが、髪の毛は肩くらいの長さで切り揃えて、前髪は邪魔になってきたら自分で切ってた。

そんな、性格も性質も違う三人が、同時に同じ人物に呼び出された。

みんな、手紙に書かれている『金曜日の放課後、お話があるので文芸部室に来てください』という言葉に素直に従った。
差出人は、あの<常陸院 藤>だ、三人とも好奇心が勝った。

なぜ自分なのか、なんの話があるというのか。
疑問は浮かんだが、すぐに消えた。


「え?あ、こんにちはー…」
私が文芸部室に来たときには、すでに二人が、長机の前に座っていた。
まさか他にも呼ばれていると思っていなかったから、私はびっくりしていた。二人はすでに自己紹介もし合っているようで、私よりかは驚いていなかった。

三人でトウさんが来るまで、世間話をした。
シズヨさんは、なんだか近寄りがたい第一印象を持っていたから、こんなに会話が弾むとは思ってなかったので二度びっくりだ。

アイカちゃんも見た目が派手になってはいるけど、根は優しくて気遣いの出来る子だから、私の話を一生懸命聞いてくれていたし、話題もどんどん提供してくれた。

三人が打ち解けきった時、手紙の差し出し人がやっと現れた。



「お友達になりたかったのよ」
トウさんは、笑いながら言った。
その顔は、恥ずかしさも混じっていてとても可愛らしいと思った。

私はとても嬉しくなって、すごく舞い上がっていた。
だから、トウさんの腹の底なんか読めるわけもなく、純粋にカードゲームを楽しんでいた。
トウさんが考えた、聖杯戦争というカードゲーム。
元ネタは外国のカードゲームらしくて、それにトウさんが改良を加えたと説明を受けた。
文芸部の部長であるトウさんは(部長だったなんて初めて知った)、こういった交流もどんどんやっていきたいと思っていたらしい。
ゲームでは、私はキャスター・オルタというサーヴァントを引き当てた。
トウさんに「あなたは運がいいのね」と誉められたのを覚えている。
シズヨさんはバーサーカー、アイカちゃんはキャスター。
トウさんはセイバー。

説明回も合わせて三回、私たちはカードゲームを楽しんだ。


そしてその日の夜。

鞄の中からキャスター・オルタのカードを見つけて、私は慌てた。
間違えて持って帰ってしまったらしい。

トウさんに連絡しようか。
スマホを取り出して電話帳を開くが、トウさんは愚か、シズヨさんやアイカちゃんの連絡先さえ知らない。
友達になりたいの、とトウさんは言ったが、そういえば連絡先を交換するというイベントは一度もフラグが立たなかった。
とりあえず、同じクラスの友人にトウさんの連絡先を知らないかメッセージを送ってみた。

だが、しばらく待っても返事はない。既読もつかない。
…明日、返せばいいかな。
面倒くさがりの性分が出て、すぐに諦めてしまった。

「キャスター。オルタかぁ」
ふう、と息を吹いてカードの肌を撫でた。
普通の紙ではなく、高価そうなしっかりとした紙で出来ている。
新品さは見受けられなくて、トウさんが自分で作ったゲームとは言え、元ネタである外国のカードゲームのカードをそのまま使ったのだろう。

オルタってどういう意味なんだろう。

友人の返事を待つ間、検索してみる。
ベッドに寝転んで、カードを手元に並べる。
カードの英字は、オルタナティブと読めた。
もう一つの、とか代わりの、とかいう意味らしい。

「もう一つのキャスター?代わりの…キャスター」
声に出してみる。
意味合いがよく分からない。

そういえば、アイカちゃんの引き当てたサーヴァントは<キャスター>だ。そのキャスターとは違うキャスターってことなのだろうか。

「キャスター、オルタね…」


ぎゃおん!
映画とかで宇宙人が撃つビームみたいな音。
その表現がぴったりな爆音が、部屋中に響いた。
叫び声をあげる前に、目の前が真っ白に光って、とにかく頭を守ろうと咄嗟に布団を被った。

こんな大きな音と、眩しい光が私の部屋で喧騒を起こしている。
だけどいつまで経っても、下の階の両親が駆けつけてこないし、外にはパトカーも救急車も消防車も来ていない。
全くもって静かな夜。

おそるおそる、布団から出るとカーペットの上にしゃんと正座している和服の男性が居た。
右目は長い前髪で隠れている。

あっこれは不審者だ。
叫び声を上げようとも、そんな度胸はない。
さーっと血の気が引いているのが分かる。心臓がばっくんばっくん音を立てて、目眩がする。

「キャスター・オルタ、召喚に応じ現界しました。マスターよろしくお願い致します」

よく通る声。
凜とした雰囲気に押される。

「え…あ、あの…えっと…」
だけど言ってる意味が理解できなくて、私はただただ布団を抱き締める。
「ん?どうした、自分がサーヴァントのマスターで、私がそのサーヴァントであることは理解しているだろう?これから聖杯を巡って他の奴等を出し抜かなくてはいけない、先手を打たなければ」
「ちょ、ちょっと待って…それって、カードゲームの?え、どういうこと?あなた、誰な…誰なんですか?」

私の憔悴っぷりに、男の人は驚いていた。
驚いていたし、すごく焦っていた。
「どういうことだ、私も分からない。マスター…貴女は訳も分からず私を召喚したというのかい?」

うん、うんと頷く。
「…あ、そのカードだ。そのカードに息を吹き掛け、名前を呼ぶことでサーヴァントを召喚でき……ちょっと待てここ見た感じ現代だな?平成だな?日本だな?…これは、予想とは違う…」
「え、あの…キャスター、オルタさん…?」
「ああ、すまない。考え事をしていた。マスターの事情を聞こうか」

訳も分からないが、どうやらトウさんのカードが原因らしいので、今日の放課後のことを話した。
ちょいちょいキャスター・オルタさんが訂正をしてくれる。
カードゲームと言われていたが、これはれっきとした黒魔術らしい。

魔術師が中心となってサーヴァント…<英霊>を召喚し、聖杯を求めて戦い合う。
聖杯を手に入れた者は、何でも願いが叶うという。

キャスター・オルタさんは、その聖杯戦争が始まるのを阻止するため、半ば無理矢理に自分をキャスターの英霊として召喚される手はずを整えていたそうだ。
召喚したマスターと協力して、聖杯そのものを破壊し、二度と聖杯戦争が起きないように働きかけるのが目的だ、と彼は語った。

その話を聞きながらも、私は全く現実味を感じなかった。
夜中に放送されている映画を、ぼーっと眺めているかのような。

「しっかりしてくれマスター、私はこのままの状態だと召喚師としての資格を失ってしまっている。それでは他のサーヴァントを制止出来ない。そうだな、せめて私の存在を信じるところから始めてくれないか?貴女がそう現実逃避してしまうと、貴女の潜在している魔力が弱る故に私は何も出来ない」
「え、あ…えっと、ごめんなさい…その、話がよく分からなくて」
「混乱するのも無理ないな、しかし事は急を要するんだ。私を召喚したのが貴女で、そして私が召喚師の資格を無くしていて、無力であると他のサーヴァントが気付いたら危」

「ええ、ええ。危険で御座いますよ菊弘殿」

窓は開いていなかった。
でも、その人は、窓の方からにゅっと出てきて、キャスター・オルタさんの首を日本刀で斬った。
何も見えなかった、早すぎて、顔に凄まじい風圧を感じて、それが刀を振られた衝撃だとは気付かなかった。

血も出ず、首も落ちず、キャスター・オルタさんの体だけがその場に崩れ落ちた。
糸を失った操り人形のように、ぐしゃっと倒れ込んだ。

私が息を飲んで、思いっきり叫ぼうとすると、日本刀を振るった人物がその口を塞いだ。
優しく、ふんわりと包み込むように、信じられないくらい丁寧に。
上質な黒の皮手袋が、唇に触れるか触れないかの圧力で私の口を覆う。

「ここで声を上げられては困ります。我がマスターの術で貴女のご両親が眠っているとはいえ、流石に叫び声を聞かれたら、勘づかれるでしょうからねえ」

両親のことを言われて、現状に凄まじい恐怖を感じた。
今、私は命を握られている。両親も、その気になれば…。

キャスター・オルタさんを手に掛けたように、やられるのかもしれない。

視線だけ、キャスター・オルタさんの方を見る。
そこからは生命力の欠片も感じられない。
物だ。無機物が転がっているのだ。

「申し遅れました。菊弘殿―ああ、ここでは、キャスター・オルタでしたね。キャスター・オルタのマスター殿、私めはバーサーカーのサーヴァントでございます。以後お見知りおきを。ひとまずは貴女のサーヴァントを始末する命令が出ておりましたので、手に掛けさせて頂きました。いやはや、現界した世界線で念願の魂を斬ることが出来たことは、この上ない収穫でございます」

日本刀を真っ赤な鞘に仕舞うと、バーサーカーは恭しく礼をした。
喪服だ。銀髪に赤の混じる長髪。
顔を上げると、その毒々しい銀の目が私を捕らえた。

「いやね、このお方は前々から死ぬべき人間だったのでございます。私めは魂を回収する仕事を生業としておりますので、その関係上、そして彼女との関係上、私めはその魂を回収する役目があったのでございます。念願でございました。悔しゅうございました。我が身人外ゆえに彼女に悪影響を与えてしまった…責任は私めにありますから、私めが彼女の魂の解放を―」

バーサーカーは、まるで私に言い訳をするみたいにぺらぺらと語り出した。
でも、言い訳というよりかは、自分の行いを正当化しようと必死に弁解しているように見えた。
いや、それも違うかもしれない。
キャスター・オルタさんを殺して、とても興奮しているのだ。

「その、彼女…というのは…?菊弘さん、とおっしゃるのですか…」
私の声は馬鹿みたいにか細くて弱い。

「真名を教えてもらう時間さえありませんでしたか、いやはや私が少し早すぎましたね。これは申し訳ない、私ったら好機好機と年甲斐もなくはしゃぎましたからねえ。マスターも呆れていました。そうでございます、彼女は菊弘さんと言います」

びゅうと冷たい風が吹く。
窓は開いていないはずなのに、ひんやりとした冷気が私を刺激する。
目の前にいる、化物から、じわじわと黒い何かが這い出ている。

これは、恐怖の具現化だ。
「奇麗な方でございましょう、女性らしさと男性らしさの美しさ、強さ、儚さ。彼女は死なないから素敵だった、今はもう只の屍でござ」
「わぁー!菊弘が死んだか!!」

突如、似合わない歓声が部屋に響いた。
バーサーカーが刀を抜いてその声の主に斬りかかった。

だけど、その刀身はぴたりと止まった。
微塵も動かない。

そこに対峙するのは、さっき殺されたキャスター・オルタ―菊弘さんだった。
「やっぱり君かぁ死神さん。残念だったねえ!菊弘は死んだけど、僕は死んでないよ!やったぜ!菊弘の体は僕の物になった!」
「な、…!?菊弘殿の魂は斬った…この<死神の鎌>で!今や魂は地獄のはず…」

菊弘さんであって、菊弘さんでない何者かは、右手を伸ばしてバーサーカーに手のひらを見せている。
制止しろというようなポージング。

その通り、バーサーカーは動けていない。
「あーそうか、君たちは知らされていないのか。僕は<何者でもない>、そういうものだ」
「…ここは、一旦退きます」
「あっそう?じゃあ逃がしてあげるよ」

手のひらで何かを掴み、それを放り投げるようなジェスチャー。
そしてバーサーカーは、何か見えない力に押されてよろよろと後退した。
一体何が起きているのか分からない。

今度はちゃんと窓を開けて、バーサーカーは外に身を乗り出した。
夜風が侵入してくる。
「面白い事になってまいりましたねぇ…願わくば我がマスターが貴女の魂を斬れと命じませぬよう…他の者に貴女が殺されませんよう願っております」

にっこりと笑って、不吉な言葉を残して去っていった。

「なんだぁアイツ、変態さんかな?困ったねえ、でももう大丈夫だよ!僕がこの体に居るから君を守るよ!…そういうことだよね?マスターとサーヴァントって?ん、あれ?ちょっとどうしたの?大丈夫?ねえ、ねえってば!おーい!」


私は気絶していた。






「ねー、ねえってばぁー。だーいじょうぶでぇーすかー?」

「あ、鮎は藻の美食家…!!」
意味不明な寝言を言いながら、私は覚醒した。
あのまま意識を失ってしまったらしい。
いつの間にか朝になっていた。
「あっお母さんと、お父さんは…」

目の前で体育座りしているキャスターオルタさん…もとい、菊弘さんは、子供のような表情でいきいきと答えてくれた。

「眠ってるよ!」
「ねむ…、え?」

私は起き上がる。壁の時計はお昼をとうに過ぎている。
父と母は共働きで、朝の八時には出ていってしまう。
休みは不定期なので、日曜日は休日と限らない。
仮に休日だったとしても、どちらかが私を朝の10時には起こすはずだ。

不安を感じる。
急いで階段を降りて、両親の寝室のドアを開けた。
乱暴にドアを開けたのに、ダブルベッド眠る両親は起きる気配は無い。

「眠ってるんだってば」
菊弘さんは、背後で言う。いつの間に付いてきたんだろう。
階段をかけ降りた時は、部屋の中で小首を傾げていたのを視界の隅で見たはず。

「瞬間移動…!?」
「ねえねえ、説明するからご飯でも食べながらお喋りしない?」

人懐っこい顔で笑う菊弘さん。
眠り続けている両親も気になったが、それよりも聞きたいことはたくさんあった。

昨夜の出来事のことも。

「昨日の、バーサーカー?でしたっけ…その人に貴女は」
「トーストを焼いて食べよう!」

菊弘さんは私の声を遮って、キッチンへと強引に連れていく。
あまり体格差は無いはずなのに、ぐいぐいとものすごい力で引っ張られる。

「食パン焼いて、マーガリン塗って、紅茶があると、嬉しいな」

菊弘さんは勝手に冷蔵庫を開けて、食パンとマーガリンを取り出した。
リズムに合わせて歌いながら、私をちらっと見る。
仕方なくお湯を沸かす準備をすると、菊弘さんは親指を立てて「ナイスアシスト!」と言った。

なんか、昨夜とは全く別人だ。

「そうだよ、僕は菊弘とは違う人間だからね」

はっとして顔をあげると、焼き上がったトーストを並べる菊弘さんと目があった。
「それって、どういう…」
「あのね、魂は一人の人間にひとつじゃない?」
「…はい」
「でも僕と菊弘は特殊でね、ひとつの体に複数の魂を持つんだ。まあいわゆる、簡単に言うと、別名、便宜上、多重人格だね。昨日の夜、バーサーカーが菊弘の魂を持っていったけど」

日本刀が、菊弘さんの首元を咲く映像が、脳裏によみがえる。

「それは菊弘の魂を斬っただけで僕の魂を斬ったんじゃないからねぇ。菊弘が死んで僕がこの体の支配者になったのさ!ああ、だからって任務は放棄しないよ。楽しそうだからね、僕は君のサーヴァントだ。キャスターオルタ、上地あずさちゃんの命令を聞きます」

菊弘さん、ではない人は敬礼をした。

「えっと、じゃあ貴女の名前は何と言うんですか?」
「ああ、真名は明かせないんだ。たとえそれがサーヴァント―僕の仕える主、マスターでもね。僕は菊弘との約束を守らないといけない、真名は僕でなく菊弘にしか明かせないんだ。でも仮の名前はあるよ!イツカという立派な名前を菊弘に貰ってるんだ」

イツカさんは、とても嬉しそうにトーストを頬張った。

「じゃあイツカさん、そのマスターとサーヴァントのことなんだけど…」
「昨日菊弘が説明した通りだよ。聖杯戦争ってのは魔力を持った人間同士の、聖杯を巡った戦いなんだ。聖杯は何でも願いを叶えてくれる、でもそれは人間の摂理としては異常だ、それを正常に戻すために菊弘は配下の人外を従えてこの世界線にやってきた」

お湯が沸いたので、イツカさんの話を聞きながら戸棚を漁って紅茶を探す。
たしか市販のパックがあったはずだ。

「本来菊弘は、キャスターオルタというサーヴァントには属されないんだ。昨日言ってただろ?召喚師―サモナーというのが本来の菊弘のクラスだ。その名の通り、魔物を使役する人ってことだね」

「私が、その、存在を信じれていないから魔力が足りないってお話されてました」
「そもそも君みたいな普通の人間の元にサーヴァントは現界しないはずなんだ。まあそれは黒幕の仕業なんだろうけど。あ、信じる信じないで僕の力は薄れないから安心して欲しいな!ありがとう」

紅茶の入ったマグカップを渡す。
気持ちのよい『ありがとう』に、心がすっと軽くなった気がした。

「その、黒幕って言うのは…」
「まあ君たちに聖杯戦争のカードを配った人だろうね」

常陸院 藤さん。

なぜ彼女がこのようなことを?

「その黒幕もサーヴァントを召喚してるだろうから、これからはそいつらを倒すために奔走することになるね。これが菊弘で、しかもサモナーの力が存続されていたらとっても楽な仕事だったんだけど。今この世界線で現界しているサーヴァントは、全員菊弘の配下の魔物だからね、そもそも聖杯戦争が成り立たないように作戦を練っていたんだが…どこかでミスがあったんだな。それについては僕に詳しく分からないけど…菊弘の記憶は共有できても、思想は共有できないからね」

イツカさんはため息をついた。
「その、菊弘さんの配下のはずなのに、昨夜バーサーカーが襲撃してきたのは」
「菊弘に、奴等を縛る力が無くなっていたからさ。魔物と菊弘は強大な契約の元に関係が成り立っているからね、昨夜現界した時点でサモナーとしての力を失っていた菊弘は窮地に立たされていたってわけさ。あっ君のせいじゃないから!気に病まないでね!確かに大変で複雑なことになってきたけど、僕でもこなせる仕事だから不安にはならないで!まずは一番味方になってくれるだろう魔人と接触しなきゃ!ゲームでキャスターを召喚したのは誰?」

イツカさんは、察しがいいというかなんというか。
私の知っていること、疑問に思っていることを共有しているかのように話を進めてくれる。

「確かキャスターはアイカちゃんだ」
「ん、じゃあそのアイカちゃんに会いに行こう。アイカちゃんが殺されてなきゃの話だけど」

不穏な言葉に、血の気がさっと引いた。
「バーサーカーが昨夜の時点であれだけ暗躍しているんだから、恐らく奴のマスターは魔術師だよ。となると君やそのアイカちゃんのような普通の人を狙うだろうしね。昨日は運が良かったんだ、バーサーカー…あれは死神のラクスって奴。あいつは菊弘の魂を自分の手で地獄に送ることに執着していたからね」

「ちょっとまってイツカさん、両親が眠っているのは…もしかして」
手の中にあるマグカップは、熱々の紅茶が入っているはずなのに私の手はひどく冷えている。

「死んではいないだろうけど、起きないだろうね。魔術師が術を解かない限り。まあバーサーカーを倒すかそのマスターを殺すかもしくは戦闘不能にするかで解けると思うよ」

イツカさんの言葉にほっとする。
だが同時に背筋がぞわぞわとした。

ということは、マスターである私も命を狙われるのだ。
今更ながらに現状を把握し、がたがたと体が震えた。

「大丈夫だよ、僕は強いからね。守るから」
イツカさんは、私の背中をさすってくれた。




着替えて、ある程度の荷物を持って家を出る。
和服を着替えたいというイツカさんには、私の服は少し小さかったので母の服を貸すことにした。
ふわっとした白のチュニックに、黒のスキニー。
父のヘアワックスで前髪を後ろに流して、顔を露にした。
右目の傷に思わず驚いていると、それを気に咎めることもなく嬉しそうに説明してくれた。
「菊弘が終戦直後に身を隠すために顔をわざと怪我したんだよ」

終戦?
私が首をかしげると、長々と菊弘さんのことを説明してくれる。
私はそのイツカさんの話があまりにも現実離れしていて、まるで物語のようだったのでわくわくしながら聞いていた。

二人で、駅を目指す。
アイカちゃんの家は、電車に三十分揺られた場所にある。

「僕の話楽しい?」

イツカさんは優しく笑って、私の顔を覗き込んだ。
電車の車内の人はまばらだ。

「なんというか、気が紛れて楽しいです」
「そうかそうか!良かったぁ」

イツカさんは、他者が楽しかったり嬉しかったりすると、自分もとても嬉しいらしい。
常ににこにこと笑顔を絶やさない。
とても気持ちがいい笑顔だ。

私は、話を聞いているうちに眠くなって、そのままいつの間にか眠ってしまっていた。


「…役立たずとでも罵られてのこのこ再戦しに来たの?」

「少しばかりヒステリーな性格でございましてねえ、我がマスターは。私情で動くサーヴァントなど好きにしなさいと匙を投げられまして」

イツカの隣に、喪服姿のラクスが座っている。
「それで今度は僕を斬る?」
「いいえ、貴方様のお名前は死亡予定者リストのどこを探しても乗っておりませんので不可能でございますれば」
「じゃあ僕のマスターを殺そうって?」
「ええ、しかし貴方様がお相手では、私めには無理のようですねぇ。こうやって近くに座っているのもお話するのも精一杯でございます」
「僕は君をぐちゃぐちゃに潰すつもりでやってるんだけど、座ってお喋りしてるんだからすごいことだよ!流石に神様は違うね」

イツカはにこにこと笑う。
それにラクスも、綺麗な笑顔で返す。

「いやはや、私めとしましてはこちらに着くのが最善と思っておりましてマスターにも意見致しましたがねぇ…我がマスターは聖杯を独占したいそうなので叶わぬ願いでございます。まぁ、私は菊弘さんの魂をやっと正当に地獄に送ることができましたので最早満足なのですが。早くこの茶番が終わって、地獄へ帰り彼女を導きたいのですがねえ」

「ふぅーん、大変だねえ君も」
「ふふふ、労いのお言葉感謝致します。それでは、私ラクス・ネリテイはこれにて失礼」

バーサーカー…ラクスはイツカの力によって何も出来ず、姿を消した。
ちょうど、目的の駅に着いたのでイツカは肩に寄りかかって眠っているアズサを起こした。

続く



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