ラクシャーサ・ネリテイの過去


ラクシャーサ・ネリテイの過去

産まれた子供は、残念ながら女児であった。
殿の妾が産んだ子である。
名は、華皇丸常彦。

華皇丸の運命は、次の子が産まれることで決まる。次、産まれる子が男児だとしたら。
間違いなく華皇丸は追放され、幸せな暮らしは出来まい。それを嘆いたのは母親。
妾は、殿に訴えた。
『この子を男に育てればよろしいでしょう。きっとこの子は、どんな者よりも立派になりまする』 

ただの妾の言葉を、殿が信じたのか否か…。
数奇な運命ながら、華皇丸は男として、殿の跡継ぎとして育てられた。

それを疎んだのが、殿の弟君である。
華皇丸が失敗をしようものなら、そこを狙っていた。が、華皇丸はとても優秀で。
誰からも好かれ、誰からも頼られる存在になった。その時、齢十二…

幼き、美しき時代。


しかし転落の時代が移ろい始める。
殿が急病で倒れ、政権は、華皇丸ではなく

殿の弟君に移ったのだ。
弟君は、暴君と成り果てた。
妾は殺し、華皇丸は、

女子として、自分の姫として地位を確保した。
『お前は今日から、華皇丸の名を捨て‘華姫’と名乗れ』

『そして、殿らのお相手をするのだ』
卑猥な笑顔を浮かべ、そう告げる。
『貴様は、ただの玩具と成るのだ華姫』


地下の座敷牢で、男たちの玩具となった華皇丸。
嬲られ、弄ばれ、しかし抵抗はせず。何もせず。訴えもせず。
ただ、相手の行動を、表情の無い瞳で見ていた。

やがてそれが恐ろしくなり、暴君と成り果てた弟君は華皇丸を連れ戻した。
そして、自分だけで可愛がろうとした。己の姪でもある。少しの情が沸いた。


しかしとある事件で、華皇丸の死生が決まる。
公の場に出した華皇丸は男装。そして華皇丸は、一国の姫に見初められたのである。
その事態に焦りを覚えたのは、言うまでも無く暴君の弟君。
どうにかして、華皇丸を始末せねばならなかった。

ひとつ、毒殺。
だが盛った毒には即効性が無く、華皇丸の黒髪が白くなっただけであった。
それでも華皇丸の体は窶れ、見るも耐えられぬ姿となった。
弟君は、それでさえも満足したが。見初めた姫は、華皇丸を心配し見舞いにやったり、金一封を送ったりと尽くした。
弟君はそれがまた気にくわない。

ある日、その姫が暴君と成り果てた弟君に襲われそうになる。
姫は、離れで幽閉されていた華皇丸のもとへ逃げる。
泣き縋りつく姫を、護ろうと

剣を振るった。死にかけの武士は、姫を護ろうと剣を振るった。


「姫君を襲うた者は何方か、何故なる訳があろうと、これは許されぬ事態でござるぞ!!」

父親から譲り受けた、名刀。刀身は白く、しかし後は、全て紅い。
「名乗られよ!直に身を差し出されよ!!拙者が斬捨ててくれる」


その行動は、やがて罪となる。
姫の弁解も効かず、華皇丸が打ち首極刑となることが決まった。


打ち首当日。
白装束の華皇丸は、後ろで手首を縛られ、ござの上に座した。
「華皇丸常彦。貴様の罪状は姫君の強姦容疑および、君主の暗殺容疑である。」

「最後に、君主じきじきのお言葉がある。心して聞け」


静かに、華皇丸は顔を上げた。
毒を盛られ、ぼろぼろで、やせ細っているはずの華皇丸の顔は、

何よりも白く、美しかった。
何故こんなにも生気が満ちているのかも、不思議な状態であるはずが…

暴君は、言う。
「この汚らわしき鬼よ。貴様は人の道など、生まれたときから歩めてはおらぬ」
(産まれは妾の子、でも可愛がられた。幸せな童子)
「儂がもろうてやったのに、まったく嬉しそうにもせぬ」
(可愛がっても狂うことなく、只、吾等の行為を冷静に見下す)
「しかも儂が見初めた姫までも奪う」
(自分が美しいことを利用して、復讐をしようとしているのか?)
「そして、この儂までをも殺すと!!」
(殺す、殺すと考えているはずだ!恨んでいるはずだ!!)
「貴様!!!この場において何を考えておるのだ!?」


それが、弟君の本音だった。
怯えきった弟君は、家来の者に支えられ華王丸の返答を待った。


「鬼と、仰いましたな殿。」

にたり、と口が歪んだ。
「鬼と。…汚らわしき鬼と」
「私めが、生まれながらにして鬼であると仰られるか」

黒き瞳は、銀に染まっていく。
「愚かな只の人間が…鬼に成れようか、只の、只の女が鬼に成れようか」

静かに、華皇丸という女が、震えていた。

「しかし、死すれば」



華皇丸は、目を見開いて叫んだ。
「鬼神にも成れましょうぞ!!」






華皇丸の首は、晒された。
しかし首は、腐ることもなく烏に突付かれ崩れることもなく。ましてや烏は、愛おしそうに懐いている。皆、恐れた。
そして、華皇丸の首が飛んでから七日目。丁度満月の日。

首の無い死体が、首を取り戻しにきた。

夜半、暗き街道にて、ごろつきが腰を抜かし。女郎は気を失う。
白装束の華皇丸の体。ただ、首を求め…

彷徨っていた。


そして同じ夜。
弟君の元に、鬼と成った華皇丸が現れた。
華皇丸の髪は灰色に染まり、毛先が血に濡れていた。
『私めの、愛刀を貰い受けにはせ参じました』

鬼は、そういって微笑むと目の前で尿を漏らす男を、捻じ切った。



家来の者が、駆けつけてみるが遅し…。
そこには、酷く散らかされた男の死体が転がっていた。





鬼は、戦国の世をただひたすら流れるように生きた。
人の肉も食らった。人食い鬼だから。人を食って生きる鬼だから。

華皇丸だった頃は、流したことも無かった涙を
鬼に成ってから、流し続けた。



ある日、神に救われた。
そして、名を羅刹天とし神となった。
鬼神・ラクシャーサとして…。




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