セル原作沿い



■脳噛ネウロ(のうがみねうろ)
謎を主食とする魔人。


■桂木弥子(かつらぎやこ)
ネウロの隠れ蓑、女子高生。


■怪物強盗X・I(かいぶつごうとうえっくすあい)
通称、怪盗X(サイ)
自分の正体を知るために人間を箱にする。


■棚田王子(たなだきんぐ)
棚田財閥の社長。弥子にXのことで依頼した。

※画像なし
■棚田姫(たなだぷりんせす)
王子の母でXの人質になっている可能性がある。


■棚田ナオジ(たなだなおじ)
王子の祖母。認知症を患っている。


■竹久聖司(たけひさせいじ)
工事の現場監督、責任者。


■橋本尚也(はしもとなおや)
姫の恋人。


■浜崎三郎(はまさきさぶろう)
ナオジに雇われた探偵。


■セル・オペラーテ
ネウロに化けていたネウロの友人。


第一話 招待状【はじまり】
それはひとつの招待状から始まった。
巷で噂の女子高生探偵、桂木弥子は学校のテストをなんとか乗り切り、羽を伸ばしている最中だった。近くに謎の気配はないらしく、ネウロからの呼び出しもない。…嫌がらせと八つ当たりをするために意味もなく呼び出すことは多々あった。
謎を主食にして生きている魔人・脳噛ネウロ。彼のせいで、人間・弥子の生活は激変した。しかし、そのなかでもプラスになることはあった。
例えば、出張と称して旅行に行くだとか。

「招待状…と、依頼の手紙が届いたぞ。そして微かな<謎>の気配がする」
あと5分で事務所に来い、と無理難題を押し付けた男は、弥子が事務所の玄関を開けるなりその頭を蹴っ飛ばした。ぐええ!と悲鳴をあげながら弥子は床に這いつくばるはめになる。
「自ら床を舐めて綺麗にするとは…さすがです先生!しかし今はそんなことをしている場合ではないぞナメクジおろし」
「な、ナメクジおろしってなによ…ナメクジがおろされちゃってるの?」
「読め」
有無を言わせず自分のペース。弥子はそれに合わせてやるしかない。
「…京都の、山奥にあるアミューズメントパーク?」
「まだ開発段階だそうだ」
招待状の方には、でかでかと派手な文字で『大正モダン館からの脱出』と書かれている。大正モダンな雰囲気の館からさまざまな謎を解いて脱出を目指すゲームのようだ。そこは宿泊施設も兼ねていて、プレイヤーたちはゲーム中の2泊3日を過ごす。
「このゲームが謎だっていうの?」
ゲームに夢中になるネウロを想像して、弥子は思わずクスリと笑った。それを察したネウロは、間髪入れずに弥子の頬を軽くスパンキングする。あっ!頬に蚊が!と大義名分を偽造するのも忘れない。
「依頼の手紙をよく読め、おろしナメクジ」
「ナメクジだったものからは離れられないのね…え、ええっと?なになに…」

そこには、あまり見たくない単語が書いてあった。


「ふむ、京都というところはこのような華美な雰囲気は似合わないと思うのだがな」
「…魔人のあんたもそう感じるんだ、なんか意外」
「失敬な、我が輩にだって美徳や芸術を感じる部分は備わっているぞ」
ふたりは、馬鹿に派手な門の前に立っていた。奥の方には券売機が。
「どーーーーです探偵さん!このきらびやかな入場門!まさに金閣寺を越えるとも言える代物でしょう!?」
「は、はぁ…」
最寄りの駅から送迎してくれた、アミューズメントパークの支配人・棚田王子きんぐは、興奮気味に言った。
「うちの土地は温泉も出ますからねえ!それに最高の漁師と最高の農家もついてる!美味しい水に美味しい食材!そして楽しい遊園地!あと例の脱出ゲームの館、あれはもう素晴らしいですよ〜」
すっかり事件のことは抜けてしまっているらしい。自分の<作品>を自慢げに話していた。入場を済ませると、そこは人気のない遊園地だ。まだ遊具も動いていない。
「あの山を潰して、そこは修学旅行や外国からのツアー観光客などの団体を泊めるための施設にしようと計画中でして…しかし例の……怪盗Xのせいで工事は止まっています」
やっと本題か、そんな顔でネウロは小さくため息をついた。
「その、オーナーさんはXのことをそこまで問題視していないように思えるんですが…」
弥子はお土産コーナーで売る予定の菓子を抱きかかえて食べている。しかし、高速で咀嚼しながらも会話の邪魔にならぬよう心掛けていた。
「ええ、犯罪予告が届いたので…そりゃあ盗まれるのは困りますけど。盗まれる予定の品は、今後想定される売り上げ金額とは比べものにならない作品ですしね。盗られても痛くも痒くもないというか、そりゃ盗られたら困るっちゃあ困るんですけど…」
弥子は、黒紙の<予告状>を思い出す。

─天知 英夫の『蒼の部屋』をいただきます。
追伸:警察を呼んだら棚田ぷりんせすの命はない。
特別に桂木弥子探偵を呼ぶことは許す。

「姫、はぼくの母です。ぼくとしては母のことはどうでもいいというか…」
その無神経な言い方に、弥子は少しだけ眉間にシワを寄せた。
「だからそんないたずら無視したらいいと言ったんですけどね。祖母のナオジがね…やっぱ娘なんで心配なんじゃないですか?でもね、母は奔放な人で事業をほっぽり出して海外に遊びに行くような人なんですよ。心配はいらないと思うんですけどねー」
「心配はいらない、ですか?…もし本当に、その…お母さまがXによって人質になっていたら?」
「ま、面倒ですよね。だから予告状のとおり貴女を呼んだんですよ!どうぞ、よろしくお願いしますね!」
「めんどう!?」
「ええ、施設がもうすぐ出来上がるというのに警察沙汰になってしまったら世間になんと言われるか…だから探偵さん!嫌がらせか、本当かは分かりませんけど怪盗はやっつけちゃってくださいね」
王子はにっかりと笑った。営業スマイルでも作り笑いでもない、心の底からの笑顔だった。
「…王子、探偵さんを例の部屋に案内してくださいね。宿泊もそこでお願いするのですから」
ネウロの背後に、小さな老人が立っていた。その気配を感じ取れなかった弥子は思わず悲鳴をあげる。
「あっ探偵さん、こちらがぼくの祖母…ナオジです」
「どうも…お世話さまです」
ぺこり、と軽く頭を下げて、それ以上は何もいわずさっさと立ち去ってしまった。施設の従業員入り口に消えていく。
「すみませんねぇ、祖母は少しボケてきてまして。ああやってうろついてるんですよ。あ、こっちです。例の館は」

大正モダン、と言うのだからそういうものだと思っていた弥子は、史上最高にがっかりする羽目になる。おしゃれな宿泊施設に泊まれて、なおかつ美味しいものも食べられるというのだから…と楽しみにしていたのに。
「こ、これは…」
入り口と同様、そこには大正モダンとはいえない不可解なものが建っていた。
普通のホテルを派手な色と模様で塗っただけの、ただそれだけの建物。
「中もすごいんですよー!ロビーは受付になっていて、ここでスタッフも寝泊りします。宿泊ルームは全部で10部屋、謎解きをしていただく舞台は別に用意してあるんです」
「それが例の、蒼の部屋がある場所ですね?」
ネウロが周囲を見回しながら言った。三人は、中二階の階段を登っていく。
「ええ、ゲームのコンセプトはありきたりなものです。宿泊者のなかの一人が犯人役に指名され、犯人役はこの施設の中のものをフルに活用して殺人を一件起こしてもらいます。被害者…死体役は必ずスタッフがやります。で、その殺人を行える部屋というものが用意してあって…」
王子は一室のドアを開けた。そこは、一面青に塗られた部屋だった。
「怪盗が言っている『蒼の部屋』は、この部屋のことを差していると思うんですが…」
「部屋を、丸ごと盗む気なんでしょうか…」
弥子は、それなりに広いその部屋を見渡した。特に何も特別なことはない。普通の部屋だ。壁と天井が青く塗られているだけで。
「作者は予告状にあった<天地英夫>という方なんですね?」
ネウロは、レプリカの暖炉の上にある絵を眺めていた。
「ええそうです、他の部屋も色を塗ってあるのですが…その天地という方は青い絵を描くことで有名な方でしてね。そういう宣伝も必要かと思って青い絵を描いてもらったんです。ぼくがそれを買い取って、そこに飾ってるんですよ」
王子はネウロの目線にある絵を指した。
「え?じゃあ壁や天井を塗ったのは?」
「もちろんこっちが雇った業者ですよ!」
弥子の問いに、あっけらかんと王子は即答した。
全部その人が塗ったわけじゃないんだ…弥子はなんだかがっかりしてしまう。
「…他の部屋にも、こうして作品が飾られているのですか」
ネウロは尋ねる。
「せっかくだから見て回りますか?」

赤、黄、緑、桃色、紫。そして黒の部屋。
それぞれに作品が飾られていることはなかった。ただ、高そうな壺や装飾品はあった。
「青の部屋だけ特別、なんですね」
ネウロは納得したように頷く。弥子は、ネウロの無意味とも取れるやりとりに少しだけ違和感を覚えた。だが、覚えただけでその後は特に気にしなくなる。
「そうなりますね!まぁ、他の部屋に置かれているものもそれなりに高価な品なので…しかし、それらが盗まれたとしてもぼくにしてみれば損失にならないんですよねえ…このアミューズメントパークが売れることは間違い無いので!」
すごい自信だ。弥子は、少し引いた。

「こちらがプレイヤーの皆様に泊まっていただく部屋になってます。今は工事の監督と…祖母が呼んだもうひとりの探偵さんが宿泊してらっしゃいます」
「もう一人の探偵さん?」
「ええ、予告状を見て探偵を雇わないとと思ったらしく…ぼくがそれに気付いたのは彼がここを訪れたあとで…ダブルブッキングってやつですね。申し訳ない」
「棚田さん?そちらは…?」
部屋の目の前で喋っていたので、中の人が出てきてしまった。慌てて王子が紹介を始める。
「こちら、京都で探偵をしてらっしゃる浜崎三郎さんです。浜崎さん、こっちがあの」
「ああ!桂木探偵ですね?お噂はかねがね…」
地味なイメージの眼鏡をかけた男…浜崎はにこやかに笑って弥子に握手を求めた。
「いやあ、オレみたいな浮気調査が精一杯の探偵があなたみたいな人と一緒に仕事できるなんて…光栄です!そちらは助手の方ですか?いいなぁ、オレも助手とか雇えればいいんだけど」
「よ、よろしくお願いします」
「いやあ〜僕みたいな穀潰しは先生の足でまといにしかなってませんので〜」
弥子は、自分の隣でしなくてもいい謙遜をしているネウロから目を逸らす。
「おいうるせえぞ!?こちとら他の業者と連絡取ってんだからよお!ちったぁ静かにしてくれねえか!」
隣の部屋から、ドアを乱暴に開けて男が出てくる。
「ああ!すみませんねぇ竹久さん、ほらこちらが噂の女子高生探偵ですよ!」
「……あ?お、おう…あの探偵さんな。まぁなんだ、うるさくしねえでくれよ?こちとら怪盗のせいで仕事行き詰まってんだからよ」
「すみませ」
「申し訳ありません!すぐに先生が事件を解決しますので!」
弥子が何か言う前にネウロはその頭を掴んで深々と下げさせた。
「おいおい、なんだかにぎやかになってきたじゃあねえの〜?こりゃおもしれえことになったな」
「! あなた…何しにきたんですか」
王子は突然現れた男に対し、にこやかな雰囲気を一変させた。
「おーおー、あの女子高生探偵も揃ったわけだな?じゃあいよいよ怪物強盗さんもお出ましか?オレはこいつの母親の恋人の橋本っつーもんだ、よろしくなあ」
「橋本さん!あなたは関係ないでしょう!帰ってください!」
「バカいうんじゃねえよ、予告状によれば姫が誘拐されたそうじゃねえか?それなのに警察にも連絡しねえで…どういうつもりだ?ええ?」
「母はいつもの放浪癖ですよ、心配いりません。母の恋人のくせに母の行き先を知らないあなたが何を偉そうに…」
「ま、まぁまぁおふたりとも…事情はよく知りませんがここは落ち着いて。喧嘩している場合ではな」
「うるせえ!触るんじゃねえ!!」
橋本は、思いっきり肘を後ろに引いた。それに、浜崎の顔面がクリーンヒットしてしまう。
「わ!?だ、大丈夫ですか浜崎さん!」
弥子はよろけた浜崎を支える。
「チッ、ばあちゃんが雇った探偵だかなんだか知らねーが、オメーは一番無関係じゃねえかよ!」
「おやおや、仲間割れはいけませんよ皆さん。我々は怪盗から蒼の部屋を守らねばならないのですから…」
ネウロはすっと前に出た。そして、橋本の肩に触れる。橋本は再び激昂した、する…はずだった。怒鳴ろうとしていた口は、ネウロに触れられてみるみるうちに小さく閉じた。そして、目を逸らし、今にも逃げ出したい足が行き場を失いそのまま貧乏ゆすりになった。
「お、オレはこの部屋に寝泊まりするからな!テメー、女子高生探偵!姫を取り返せなかったら裁判だぞ!クソッ!」
「あっ橋本さんちょっと!」
宿泊部屋の一室に入ると、橋本は内側から鍵を掛けた。王子はため息をつく。
「すみません皆さん、騒ぎ立ててしまって…浜崎さんも大丈夫ですか?」
「ハハハハ…心配いりませんよ、こういうのは慣れてるんで…」
鼻を赤くしながら、浜崎は苦笑した。
「なんだってんだあのチャラ男、急に態度変えやがって。気味が悪ィ」
竹久の言独り言。弥子だけが、橋本の急変に心当たりがある。
ネウロが何かしたのだ。


「ねぇネウロ、本当に警察に連絡しなくてもいいのかな…」
弥子は自分の荷物をベッドの上に広げて整理しながら、窓の外を眺めているネウロに声を掛けた。
「依頼主がするなと言っているのだ、我々が勝手に通報してしまったら契約違反だろうに」
「それでも…本当にXの仕業なら私たちだけじゃ手に追えないんじゃ……」
弥子は、絵石家の家での事件を思い浮かべる。
隙をつかれてXの攻撃を受けたネウロ。なんとかその後は勝って帰ってきたのだが、手を切断し、そして回復に時間を要した。あの時は笹塚たちもいたが、今はふたりだけだ。
「心配するな弥子。なにもXと再戦しなくてはならないというわけではない。我が輩たちに来た依頼はなんだ?」
「…え?Xを捕まえることじゃ?」
「依頼主である棚田キング…王子と書いてキングと読む事に関しては毎回ツッコミたいところだが。まぁそのキングが言うには、盗まれる予定の作品なんてどうでもいいのだ。だが放っておくと面倒なことになりそうだからどうにかしてくれ、という依頼になった。では、我が輩は何をすればいいか……そもそも、なぜこのような場所に呼ばれたのだと貴様は考える?まさか、本当にあのXが青い部屋を盗みたくて呼んだと思っているのか?」
「盗みがついでかどうかは…正直よく分からない。前は、絵石家の人たちの事件では、作品を見たかっただけみたいだし…」
「Xは、我が輩のために謎を用意して待つはずだ」
ネウロの言葉に、ハッとする弥子。
「我が輩を謎で釣ったのだからな、その気配に間違いはない」
にたり、とネウロは笑う。
「じゃあ、誰か…ここで殺されるってこと?」
「ああ、毎度お馴染みだがそういうことだ」

こうして、Xとの再戦が始まった。
「作品が失われるのは惜しいが、あれが盗まれたところで依頼主が怒ることはない。どうせ前回と同じだ、我が輩は奴が用意したコロセウムに向かえば良い」
「……大丈夫なの?」
弥子の不安げな言葉を、ネウロはフハハハと笑い飛ばした。
「策はある」



─ったく、なんだってんだ次から次に…。
男はメモ書きを扉の下に忍ばせた。そうして時間までそこで待つ。
「とにかくアイツから話を聞き出さねえと…」

現場監督である竹久は、大きな水槽の前でイライラとタバコを吸っていた。
水が入った水槽には、まだ何もいない。ここには、ジンベエザメが入る予定だ。そして熱帯魚が少々。棚田は水族館も建てていたのだ。
「こんなに使い勝手がいい現場はなかなか無え…これを失うわけにはいかねえんだ…」
ぎりり、とタバコの吸口を噛みしめた。
月明かりに、水槽が照らされている。ちゃぷちゃぷと、静かに波打つ音が聞こえる。
竹久は、ぼんやりと水面を眺めた。そして、そこにはあるはずがないものを見つける。
「な、なんで…!!」

そこには、男の死体が浮いていた。

第二話 水槽【みずのなか】
第一発見者は、竹久だった。
水槽に浮かぶその<死体>を、彼は勇敢にも水槽に飛び込み、そして彼を担ぎ上げた。
「そ、そのあと…心臓マッサージもしたんだが…」
「僕が来た頃にはもうお亡くなりになられていましたよ」
「そんな……事故でしょうか…」
竹久の怒鳴り声を聞きつけてやって来た棚田王子は、ネウロの冷静な声に落ち着きを取り戻していた。さっきまではオロオロと何を言うでもなく、何をするでもなくその場で狼狽るだけだった。

ぐったりと横たわるのは、浜崎三郎…だったもの。

「こいつぁヤベーんじゃねえの…?さすがに警察を…」
橋本は親指の爪を噛みながら言う。その隣で、ナオジが茫然と立ち尽くしていた。
「いえ、それはいけませんね。人質の棚田姫さんを見捨てることは出来ませんので」
ネウロは皆を制した。
「ねぇ…ネウロ…」
真夜中に電話で叩き起こされた弥子は、寝巻きにカーディガンを羽織ったままだった。水槽の近くは寒い。少し震える肩を抱いて、こっそりとネウロに耳打ちをした。
「これってXの…仕業じゃ、ないよね」
「フン、さすがの単細胞にもわかるか。この間の絵石家の事件で学んだようだな」
「褒めてるんだか貶してるんだか…」
「貶しているのだ」
きっぱりとネウロは言った。その目は冷たい。
「でもさ、Xはネウロのために謎を用意するって言ってたよね?これがそれ、っていう可能性もあるんじゃないかな」
「まあ、その可能性も捨てきれん。かすかな謎の気配を感じて来てみればこうなっていた、ころし であることは間違いない」
「……こっそり、笹塚さんたちに連絡しようよ。あんたなら出来るでしょ?」
弥子は皆の様子を観察しながら、ネウロに頼んだ。しかし、男の答えは意外にも冷たかった。
「この謎を我が輩が解いてからだ。いやなに、時間は掛からん。既に犯人を追い詰める用意は出来ている」
「えっ」

「さてみなさん!ここは冷えます、ナオジさんもいらっしゃいますので暖かい室内で話をしましょう。先生も早く早く!」

ネウロは弥子の背中を強めに押して、ずんずん進んでいった。慌てて残りのメンバーがついてくる。
「犯人!?事故ではなく事件だと…?犯人が、分かったと言うのですか!?」
王子は慌てて事務所内の椅子をかき集めた。こういうところはかなり気が効く男らしい。
浜崎を水中から救い出すために飛び込んだ竹久は、ずぶ濡れだった。薄着の弥子よりも凍えている。橋本がストーブに火をつけた。そこの前に座り込む竹久。ナオジがタオルを持って来ていた。
「ええ、僕にはすべて分かっています」

弥子は、先ほどのネウロの言葉を頭の中で反復していた。

─犯人を、追い詰める。

「まず浜崎三郎さん、彼が亡くなってしまったことは残念でした。今回の事件、これは彼が死んだことによって起きた殺人事件です…そのあたり皆さん認識は同じでしょうか?」
ネウロの言葉に頷く一同。竹久がくしゃみをした。
「ところで竹久さん、第一発見者の貴方から皆様に発見当時のことを詳しくお話ししていただけませんか?」
「お、オレはただ……水族館の点検をだな…してたんだよ。気になる箇所があってな…」
「ああ、そういえばそんな報告がぼくの方にもあがってましたね…なんでも、隙間風がひどい箇所があるとか」
「そっ、そうそうそれだよ!それを確認するために水族館に向かったんだ。そしたら…」

「浜崎さんが…」
弥子の消え入りそうな声に、竹久は頷く。
「水面にぷかぷか浮いてたんだよ…あの眼鏡の兄ちゃんの、死体がな…」
「こういうのってよぉ、第一発見者が怪しいんじゃねえのか?」
橋本の言葉に、皆がハッとした。
「ば、ばかやろう!なんで俺が怪しまれねえといけねえんだ!オレは助けに水槽に飛び込んだんだぞ!?」
「竹久さん、もう一度最初から発見時の様子を確認してもいいですか?」
ネウロは静かに続けた。
「昨夜。貴方は水族館へ向かった、点検のために」
「おう、そうだ。そのとおりだ」
竹久は自信満々に頷いた。
「するとこの水槽に、なにが浮かんでいたんです?」
「だっ、から言ってんだろ!?死体だよ死体!!死体が浮かんでたんだよ!浜崎三郎の!!…………!?」
自分で言って、そして彼は気が付いた。さあっと血の気が引いている。凍えているだけではないようだ。弥子はそれを見逃さない。
「…そして、竹久さんは浜崎さんを<助けるために>飛び込んだ…?」
「あのう、皆さんさっきから変ですよ?竹久さんの言ってることっておかしいですか?ぼく全然分からないんですけど…何か、変ですか?」
「変ですよ」

ネウロは言う。そして続けた。
「なぜ<死体>を助けるんです?」
そして弥子。
「…竹久さん、どうして浜崎さんが死んでいるだなんて…浮いているのが死体だと、分かったんですか?」
「だ、だからそれは……!あ、ああ!違うんだよ!オレは混乱してるんだ!溺れていたあの兄ちゃんを助けて、でも死んでて…それでオレは、死体だって…最初に言っちまっただけなんだよ!なあ!そうだよ!」
「もう無駄ですよ竹久さん、ボロは出ています。貴方は敗北している」
ネウロは、ずいと体を前に出した。竹久の目の前に、その高身長が立ち憚る。
「最後の質問です、浜崎三郎は…浮いていたんですよね?水面に、プカプカと」
「そうだって言ってるだろ!何が質問だ!?オレが言ってることを再確認してるだけじゃねえかよ!!」
「溺死している人間は浮かないのです、沈みます。別の死因で死んだ人間は、肺に空気が溜まっているので浮くんですがね」
つまり、とネウロは畳みかけた。
「貴方は彼、浜崎三郎を殺して水槽に投げ捨てた…しかしその死体には回収しなくてはいけないものが残っていた。だから貴方は死体を<救出>しなくてはいけなかったのです。第一発見者になるリスクはありましたが、溺れている彼を助けようとした…という立派な理由が出来ますからね。ま、一日ちょっと考えたど素人のトリックにしては上出来なんじゃあないですか?………あ、そうだ。先生、ではよろしくお願いします」
くるり、と弥子の方を振り返って、ネウロは彼女の手に魔力を込める。魔力で導かれるその指先は、竹久の方にしめされた。
「…は、犯人は、お前だっ!」

「な、な、な…お、オレが…オレが殺しただって!?」
「動機も分かっていますよ」
ネウロは、ナオジに歩み寄った。細めた目で、彼女は竹久を睨んでいる。
「ナオジさん、浜崎三郎を雇ったのは彼を…竹久さんを調べてもらうためですね?」
「本当か、ばあちゃん」
橋本がナオジの肩を揺すった。ナオジは、何度も頷く。
「ちゃあんと彼は仕事をしていましたよ。これは昨日の夕方、僕が彼から預かった書類です。自分に何かあれば、これは王子さんとナオジさんに渡してくれ…と」
ネウロは懐から書類を取り出すと、王子に渡した。
「これは……工事の費用の見積もり?…あれ、でも待てよ?あきらかにぼくが見た数値と違う…」
「竹久さんは安価な材料で建物を建設し、余った金をギャンブルにつぎ込んでいたようです」
ネウロの言葉に、王子はぎょっとする。書類を何枚か飛ばすと、そこに写真と浜崎が書いたのであろう竹久の行動が細かく書かれていた。パチンコ屋に通う証拠だ。
「まだ建設途中の建物があったはずですね?そうです、怪盗Xの騒ぎで作業が止まっているあの建物…そこの壁を剥いでみましょう。そうすれば中身がスカスカで柱も安物であることが一目瞭然でしょうね」
「ち、ちが………!オレは…!」
「テメーこの野郎!!なんてことしやがった!!」
橋本が竹久を殴り飛ばした。慌てて王子がその間に割って入る。
「落ち着いてください!今はそれどころじゃ…」
「それどころも何もねえよ!コイツは縛って身動き取れなくして、部屋に閉じ込めておくぞ!!姫の命だって危ねえのに、コイツ…!とんでもねえことしでかしやがった!ばあちゃんの土地を好き勝手しやがって!!」
橋本は、目に涙を溜めながらナオジを抱きしめた。
「ばあちゃん!オレが姫を助け出すからな!!絶対だ!」
ナオジは、もごもごと何か口元で話していただが、それは音にならなかった。だが、すーっと一筋、涙が流れていた。


「……ま、まってくれ……!オレは、オレはやってない!!やってないんだよ!!」
竹久は、部屋に監禁されてもなお叫び続けていた。
「オレは浜崎三郎を殺しちゃいねえんだ!!殺そうとは思った、思ったが…!オレが殺す前に死んでたんだよ!真犯人がまだ野放しだぞ!?いいのか!お前らみんな殺されちまうぞ!!」

「まだあんなこと言ってやがる。おい、俺たちであいつをここで見張るんだからな。不便だろうが、ばあちゃんをひとりにするわけにはいかねえ、俺と一緒の部屋でしばらく寝泊りしてもらうぜ。ばあちゃん構わねえだろ?」
橋本の言葉に、ナオジは頷いた。
「……ぼくはまだ仕事が残っているから、怪盗Xや竹久さんのことはみなさんに任せますよ?いいですよね?」
王子は少し呆れたように言った。
「クソ!わかってるよ、お前はそういう人間だもんな。勝手にしろ」
「じゃ、お言葉に甘えて」
「…………なぁオイ、女子高生探偵」
橋本に突然呼ばれて、弥子は朝ご飯の卵かけご飯を吹き出しそうになった。
「なっ、なんでしょうか!」
「嬢ちゃんも、その助手のあんたも昨日から休んでないだろ。俺が最初に見張ってっから、二時間後に交代だ。休んでろよ」
「僕は怪盗Xがいつ動くか分かりませんので…先生だけお休みになっていてください」
ネウロはにこにこしながら、弥子の背中を押す。部屋に無理矢理押し込んだ。
「あっ!ちょっとまってよネウロ!確認したいことがあるの」
「…?」


「竹久さんって、本当に犯人なのかな?」
ベッドの上で、寝転びながら弥子は呟く。
「…確認したいことはそれか?」
「それも、だよ。ねぇ、もう一回現場を見に行かない?何か、引っかかるんだよね…それに、竹久さんが自分は殺していないって言うのも…なんか嘘じゃないっていうか…嘘付いてるように思えないの」
「貴様のカン、というやつか?やれやれ、それに付き合わされる我が輩の身にもなって欲しいものだ…昨夜から寝ずにあれこれと動いているというのに。コキ使いが上手くなったなぁ下等生物?いつから貴様は我が輩を使役できる立場になったのだ?」
ネウロは、弥子の頭を拳で挟んでぐりぐりといじめた。
「あいてててててて!そ、そんなに疲れてるんなら一人で行くからいいよっ、もお!……あれ?さっきの、竹久さんの謎は…」
食べたんじゃないの?と言葉が続く前に、ネウロは答えた。
「あんなもの腹の足しにもならん」

上から覗き込むと、そこはまるで異界の入り口だった。
照明が落とされているので、不気味さが増している。
「浜崎さんは…竹久さんに殺されるとわかってあんたに書類を渡したんだよね」
「ああ、貴様が晩ご飯にうつつを抜かしている時にな。その時から様子がおかしかったので、我が輩は注視していたわけだ」
「ふぅん」
立ち上がって、上の天井を眺める弥子。きらり、と光るものを見つけた。それは飛び込み台だった。
「ねえ、あそこ」
弥子はネウロに駆け寄って、そして上空を指差した。
「…フム。何かあるな」
ネウロは素早く弥子を抱きかかえると、そこへ飛んだ。突然の出来事に、弥子は色気のない悲鳴をあげる。
「やかましいな、貴様少しはおしとやかに出来んのか」
「おっ、おしとやかにできるかぁ!突然空飛んだんだよ!?出来ないよそんなの!」
飛び込み台のてっぺんについた弥子は、文句を言いながらそこに降り立った。しばらく無言になって、そしてハッとする。さっき見つけたものを探した。そこで、ずるりと足を滑らせた。
特に滑り止めのついているわけでもない靴だ。そのまま弥子の右足は、水中目指して落っこちる。
「いっ」
「あぶないぞ」
びん!と何か紐のようなものが突っ張った。
それは、弥子の体に巻きついており、赤黒い色をしていた。その紐はネウロへの髪へと続いている。
「死体の気持ちを体験したかったのか?」
「だ、あ、あぶな、あぶ……!あ、ありがとう……ありがとうネウロ…!」
その場にへたり込んで、弥子はやっとのことでお礼を言った。
「見ろ。貴様が見つけたのはコレだ」
「え?なになに?」
「鳥の糞だ、光って見えたのは白いからだろう」
ずごー、と滑りたい気分だったが、さっきそれは体験したのでやめておいた。弥子は、がっくしと肩を落とす。
「まったく、骨折り損のくたびれ儲けとはこのことだな弥子」
「もー…ごめんってば。……………あのさ、ネウロ…」

弥子は、二人きりの今なら話すタイミングだと思った。
これは賭けである。こんな危険な場所で二人きり。だが、彼は助けてくれた。殺すつもりはないのだ。
「なんだ」
ネウロは、いつものように無表情でこちらを見下ろしている。それに変わりはない。なんの変化もない。なにもおかしいところはない。しかし、違和感はある。ぼんやりとした夢のようなものが正夢になり、そしてそれはしっかりと形作られた。
「あ」
『皆さんすぐに集まってください!!建設途中の建物です!!』

弥子の声は、王子の園内放送によってかき消されてしまった。

第三話 中身【ねうろ?】
園内放送を聞いて集まったのは、ネウロと弥子、そしてナオジだけだった。
「は、橋本さんはどうしたんです!?…あ、あぁそうか、彼は竹久さんの見張りですね?じゃあ仕方ないか…」
顔を真っ青にした王子は、ひとりで慌てている。背後にはコンクリートの壁だ、建設途中ゆえにブルーシートが掛かっている。
「一体どうしたんです棚田さん、何があったんですか?」
ネウロに手を引かれて全力疾走をした弥子は、ぜえぜえと息も絶え絶えだ。ナオジは不安げに皆を見ている。涼しい顔で王子を見ているのはネウロだけだ。
「これを見てください!探偵さんに言われて、建設途中だったこの建物をチェックしていたんですけど…竹久さんの不正はともかく、これ……これ…これは…!」
まるで大福のように顔を真っ白にして、王子は背後の壁にかかっていたブルーシートを剥がした。ぼろぼろに崩れた壁が現れる。そして、その中心にはぎゅうぎゅうに押し込んだ布団のような<人間のかたまり>があった。髪の長さで、かろうじて女性であることがわかる。それはかなり腐敗も進んでいた。
「!!こ、これ…!」
弥子は思わず口元を押さえる。
ナオジが声にならない悲鳴を飲み込んだ。王子がそれに駆け寄る。
「母です…!怪盗は、Xは母を殺して!ここに隠していたんですよ…!!人質にしているなんて嘘だったんです!!」
「………そ、そんな…Xが…?」
「…」
ネウロを見上げるが、何もリアクションを返してくれない。ただじっと、死体とその周辺を眺めていた。暗闇うずまく大きな瞳が、ぎょろり、と動く。何も見逃さないように。
─これって…!
弥子は警戒する。ネウロが死体をじっくりと観察しているからだ。見逃さないように。
「………ネウロ、気をつけて…」
「フン、死体に何ができる」
その言葉に、死体がXではないことが分かった。少しだけほっとした。だが、弥子が思い浮かべていた疑念が、明確になってしまった。

─やっぱりこいつ…。
じり、と弥子は一歩だけ小さく後退した。
「王子さん、警察を呼びましょう」
そして冷静にネウロは言う。王子はナオジを抱きしめながら、何度も頷いた。
「ええ、もちろんです!こうなってはもう怪盗の脅しも意味がありません…早く警察を呼びましょう」
「いいのですか?本当に?」
「ネウロ…?」
ネウロは、にたりと笑う。王子はきょとんと小首を傾げた。
「だ、だって…怪盗に母が人質に取られているから警察を頼れなかったんですよ!?今やその言いつけを守る必要はないじゃないですか!!早く警察を呼んでください!ぼくは怪盗なんて最初からどうでもよかったんだ…!それなのにこんなに事件がいくつも起きちゃもう、このテーマパークは…」
「王子さん、参考程度に話しておきましょう。日本の警察を舐めてはいけませんね、こんなやっつけ仕事の小細工では、簡単に真犯人が分かってしまいます」
ネウロの言葉に、王子はぎょっと目を見開く。
「やっつけ、仕事…?」
「壁の内部が安い建築材で作られていたことは間違いありません、見てください。大きなハンマーで何度か叩けば、簡単に壊れてしまうようなコンクリートです」
ネウロは壁の小さなかけらを拾うと、自分のかかとの下に落とした。靴底でぐりぐりと踏みつける。そっとどかすと、そこは砂の山が出来た。強度は弱い。
「だからなんだっていうんです?すみません…何をおっしゃいたいのかよく…」
「まだ分かりませんか?では、こちらの品物に身に覚えはありません?」
どこからともなく、ネウロは作業着を取り出した。青い作業着には、細かい粒子が砂がたくさんついていて汚れている。
「!? どこで!!どこでそれを!!」
「焼却炉です」
間髪入れずにネウロが答える。
「ちゃんと燃やしたはず!…あっいや、ちが……」
王子はうっかり口を滑らせる。それを待ってましたとばかりにネウロが続けた。捲し立てる。
「服の内側は汗で濡れたでしょうから、貴方のDNAが検出されます。そして作業着に付着している汚れを分析すれば、そこの死体の周囲の壁の成分と一致するでしょう。別の場所の壁のものだと反論なさいますか?ではこちらは?どう説明するんです?」
ネウロは再び背後から何かを取り出した。弥子からは異空間に手を突っ込み、それを取り出しているのが見えたが、王子とナオジには見えていない。
「そ、れ…は……」
ネウロの手には、包丁が握られていた。こびりついた赤錆はおそらく血痕だろう。
「こちらにご注目ください。あなたはこの凶器を丸ごと処分したので、指紋なんか気にしていないようですね。ほぉら…姫さんの血で汚れたあなたの指紋が、きちんと残っているんですよ」
にっこりと、ネウロは微笑む。
「さあ、王子さん。警察を呼びますか?ああ、もちろん証拠はこれ以外にもたくさん用意してありますよ。あなたのパソコンからそれ相応のデータも出てくるでしょう、姫さんから不当に相続した土地の権利書だって、隠されていた姫さんのパスポートだって、既に僕たちは見つけ出しているんですよ」
「いつの間に…」
ぼそりと呟くのは弥子だ。そんなことしている時間があったというのか?自分たちがここに来て、まだ一日しか経っていないというのに。
弥子は、じりじりと後退する。ネウロから、だいぶ距離を取れた。
「では先生?警察に通報してください」
それを察したかのように、ネウロはぐるりと振り向いて微笑みかけた。ぎくーっと体を強張らせながらも、弥子は電話をポケットから取り出す。
「させませんよ!電話をこっちに投げて!でないと祖母が死にます!!殺しますからね!!」
王子はナオジの首に腕を絡ませた。ナオジが苦しみもがく。
「無駄なことを。先生、ひるむことはありません。さっさと電話してしまってください」
ネウロはにこにこしながら言った。弥子はその真意に気付けない。とにかく笹塚への電話を急いだ。履歴を遡る。
「ほ、本気だ!本気ですよ!この老婆を殺す!!殺すからな!!」
「どうぞ、出来るものなら」
煽り続ける。弥子は混乱した。ネウロが止めないのなら、自分が止めなくては。
「わ!わかりました!電話しませんから!」
弥子は自分の電話を捨てた。

はぁーーーーー、と。誰かが大きなため息をつく。
安堵ではない。
呆れ、だ。

「んもぉ、めちゃくちゃだよ〜これじゃあさぁ…」

その少年のような声に、聞き覚えがあった。


弥子はネウロを見上げた。しかし、その視界のすみで、黒くて丸っこいものがごろんごろんと転がり落ちる。眼球が自然とそれを追った。
棚田王子の頭が、弥子の電話のそばに、足元に転がってくる。
「!?」
思わず飛び上がった弥子を、ネウロが片手で肩を抱いて支えた。その目線はナオジにある。
「めちゃくちゃじゃん!どうしてくれんのさ、ねえネウロ。これってあんたが仕組んだこと?俺の計画じゃあこうなるはずじゃなかったんだけど…」
ナオジだったものは、ぐちゃぐちゃと不愉快な音を立てながら元の姿─世間に知れ渡っている怪物強盗X I─に戻った。王子の首からどぷどぷと流れ出す血を浴びながら、笑っている。
「計画?どれがそれか分からんな、わたしに竹久の殺害を暴かせることか?それとも王子の殺害を暴かせることか?ちなみに橋本は何もないな、あの男だけが純粋な容疑者だ」
「そうだね、竹久って人が例のメガネくん殺しちゃったのは予想外だよ。あれは俺が仕組んだわけじゃない、竹久があれこれ不正を働いてたのは知ってたけどね。俺が用意してたのは姫殺害の謎なんだけど………」
うーん、と困ったようにXは肩を落とした。
「ねえネウロ、今回何かズルしてない?」
「さて。わたしが故郷のアイテムを使用することがズルというのであれば、ズルになるのかもしれないね」
「だって謎解きしようとしてないじゃん、変だよ」
「謎解きしたではないか、証拠を集めて事件の謎を解いたぞ」
「解いたって言わないじゃん、食べてないし!食べるの待ってたんだけど!」
「わざわざ二度も隙を見せる馬鹿はおらんだろうに」

ふたりは暢気に会話をしている。それを遮ったのは、弥子だ。少し震えている。Xに怯えるよりも、はるかに不可解なことに直面しているからだ。
─もう隠す気がない…!

「ねえ、まって…まってよふたりとも…」
「ん?あぁ、あんたには興味ないんだ。前回同様。黙って俺とネウロをほっといてよね。怪我したくないでしょ?」
「ネウロ、あんたXじゃないなら…誰なの?・・・・・・・・・・ ・・・・
弥子は震える指先を、ネウロに向けた。
否、ネウロなのだ。ネウロであることは間違いない。だが、違う。弥子の知るネウロではないのだ。
「………何言ってるの?これはネウロだよ?観察するのは得意だ、あんたはそりゃあ長い付き合いかもしんないけど、細胞レベルでネウロのこと観察したことある?ないでしょ?」
「本当にその通りだ、どこでわたし・・・がネウロではないと気付いた?」
ネウロは目をまんまるくして、弥子に向き直った。驚いているらしい。
その言葉にXは、え!?と声を上げる。
「何も間違っていないぞ、Xの言う通りこの体はネウロそのものの細胞で出来ており、言動も奴のそのままの行動を真似たものだ。真似た、といってもほぼ同じ。同人物の振る舞いのはずだが?なぜ分かった?…あっ、しまった。また犯人はおまえだーってやらせるの忘れてたな。うっかりうっかり。そこ?」
「い、いや…そこもなんだけど…」
「ネウロじゃないなら誰なの」

Xは不機嫌になった。元来子供のような性質だ。
視線を弥子に向けているネウロに、飛び掛かる。弥子がとっさに頭を庇ったが、全く意味がなかった。ネウロと弥子の前に、大きな壁がある。それを弥子とXは視認出来ていなかった。
「ぐえっ…!?」
自分の飛びかかった反動で強く体を打つX。地べたにびしゃり、と崩れ落ちた。
「それじゃないならどこだ、完璧だぞ?完璧な変装…いや、同等だ。わたしは今、完全に魔人・脳噛ネウロなのだが…おかしいと思われる言動があったのかな」
「えっと…そう、言動がおかしかったの…」
再びXが攻撃を仕掛けてきた。両手両足を刃物に変化させて。だが、無意味に終わる。透明な壁、透明な柱のようなものがXを叩き潰した。
「ちょいちょいなんか変だなぁって思うところはあったんだけど、決定的なことがあってね」
「ふむ」
「あの…ネウロは、私をお姫様抱っこしたりしない…から…」
なんだか恥ずかしくなって、弥子は少し目を逸らした。ネウロを模ったその人物は、ぽかんと口を開ける。
「…そ、そうなんだ」
「全体的に、あなたの<ネウロ>は変に優しいのよね…」
「………」

「あああああ!もう!何なんだこの見えない壁!あんた!ネウロと同じ魔人ってやつだろ!?いい加減正体見せてよ、あんたも中身…見せてもらわなきゃね!」
Xは壁に向かって叫んだ。彼のぶつかった肉片や血飛沫が、正体不明の壁に溶けていく。
<ネウロ>は困った顔で言った。

「やれやれしょうがない、遊んでやるとするか」
一瞬、炎に包まれた。そして姿が変わる。
暗い赤の長髪、気怠げな瞳。目元に落ちた影。黒いロングスカートが、残った熱で少しふわふわと漂っている。
「名乗ろう、よく聞くがいい。わたしは魔人…セル・オペラーテ。ネウロの友人だ」
「へぇえああ!?」
友人、という単語に弥子は驚き飛び上がる。
「あんな奴に友達がいたなんて!?う、うそ…!本当に友達なんですか!?奴隷とじゃなくて!?洗脳されて友達と思い込まされてるんじゃなくて!?」
弥子は思わずセルにしがみついて、必死に言う。
「うん、きみがそう思うのも無理はないな。あのドSの変態野郎にわたしのような最高の友人がいるだなんて天変地異も甚だしいものな…」
セルはうんうんと頷く。
「だが、事実は事実。わたしはあれの友人なのだよ弥子」
「話は終わった?」
Xは体を変化させて、再び飛び上がっていた。一点集中。見えない壁に出来た少しのヒビ目掛けて、思いっきり拳を叩きつける。
「ふふ、流石は箱にして観察したいなどとほざくだけある。観察力は素晴らしいものだね」
しかしセルには分かっていた。拳を叩き込み、Xがこちらの間合いに入った時、突如その目の前に扉を展開した。
勝手に開いたその扉に、勢い良く突っ込んできたXは自ら中に入ってしまった。ばたん!と力強く、扉が閉まる。
「よし!邪魔者はいなくなった、では行こうか」
セルは弥子の手を引いて、宿泊施設の方へと歩き出した。


「……X、お早いお帰りでしたね。連絡をくだされば迎えに行ったのですが…」
べちゃり、と床に這いつくばっているXに、アイが話しかける。
「…ただいま……」
「ええ、おかえりなさいませ」

Xはセルの作った異空間を通って、帰宅したのだった。

未完



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