夜空に花咲く


花火を見るのは、何百年ぶりだった。
時代が江戸と呼ばれていた頃。わたしは魔界から下界へ遊びに来ていた。
まだ、今よりも人間が小さくて。優しくて。綺麗だったころ。
夏の時期。蒸し暑い京の都。
たくさんの人だかりに、何事かと思えば。
屋台が道に立ち並び、夜空には…
花が咲く。



「すっご〜い!ここなら真正面だよ!セルさんの事務所ってめっちゃ穴場じゃん!」
隣の浴衣姿の娘が、はしゃいでいる。
桃色に赤の蜻蛉が飛んでいる浴衣。
事務所の、広い窓から覗く夜空には、花火が打ち上げられている。
「前まで目の前にビルが建っていたのだが。今年の春に壊されてな」
「よかった〜、今年の花火大会はどうしようかと思ってたの」
「来年もここに来れば良い」
わたしは娘に向かって笑いかけた。
娘の名を、桂木弥子という。巷で噂の女子高生探偵である。

「ふん、たまには役に立つものだ」
そんな憎まれ口を叩くのは、友人・脳噛ネウロ。
「褒めてくれてありがとう。ところでお前、土産も無しに来たんじゃなかろうな」
わたしは負けじと言い返す。
「安心しろ。奴隷二号が差し入れを持ってやってくる」
「それはそれは…抜け目の無いことだな」

奴隷二号。この憎たらしい友人に下僕扱いされている人間のことだ。
名を吾代忍。顔はまるっきり強面だが、根は優しい男である。
「そういえば遅いね吾代さん。ネウロ…いったいどこにお使い頼んだの?」
「花火大会のある会場だが?」
ネウロはいけしゃあしゃあと言う。
「…大会会場は、ここから五キロ以上は離れてるんだぞ」
「そ、そうだよ!なんで近くのコンビニにしなかったの!?」
「せっかくだからな。屋台のものを買うのがよかろうと思って……どうだ?我輩、とても気が利いているだろう?」

ネウロはふんぞり返る。

「おらぁ!買ってきてやったぞクソ野郎どもぉおお!」
噂をすればなんとやらだ。
吾代は額に青筋を浮かべ、肩で息をしながら事務所に入ってきた。
「ご苦労、下僕二号。なかなか早かったではないか」
「てめえが“遅かったら花火と一緒に打ち上げる”とか脅すからだろーがよッ!!」
吾代は机の上に土産を広げた。
「おらっ、焼きそばとかたこ焼きとか…いろいろ買ってきたぞ」
「うわぁあああ!吾代さんありがとー!!…あ、ちゃんと多めに買ってきてくれたんだね」
弥子がそれに飛びつく。
机の上は、焼きそばや林檎飴、綿菓子にたこ焼き。それらのもので埋まった。
「吾代、ありがとう。わざわざすまない」
「…別に。俺も花火、ここで見してもらうんだからよ」
吾代はぶっきらぼうに答えた。
「んんんん〜!!美味しい!」
弥子は次々に口の中に食べ物を運んでいく。
「ほらほらッ!セルさんも食べなよ、林檎飴とか食べたことないでしょ?」
弥子がわたしに真っ赤な林檎飴を差し出す。
「そうだね、見たことはあるが、食べたことは無い」
わたしは素直に受け取った。飴というのだから、舐めて食べるのだろう。
棒のところを持って、林檎を舐める。
砂糖の味が、口に広がった。
「甘いなぁ」
「甘すぎた?でもそれが林檎飴だよ」
弥子が焼きそばを頬張る。
「弥子、落ち着いて食べろ。まだいっぱいあるんだから…」
もきゅもきゅと音を立てながら、必死に食べるもんだから、わたしは思わず笑った。
「探偵、食ってばっかねえで花火を楽しめよな」
吾代は自分で買ってきたであろう、ビールを飲みながら言う。
ネウロはと云うと、窓の外の花火を見続けていた。花火が珍しいのだろう。
たしか、ネウロは花火を知らない。

「ふぁかってるよ、ごふぁいさん」

もごもごと喋る弥子。


どぉん、どぉん。

耳の奥底で鼓動が響く。
「あっそうだ吾代さん!屋上で見ようよ!」
弥子は焼きそばと林檎飴と綿菓子を抱え、吾代の手を引いた。
「ちょっおま…それ全部持って行くのか!?お前は屋上に何しに行くんだよ…」
“もちろん食べながら花火見るんだよ”
弥子は幸せそうに笑っていた。


「お前は行かないのか?」
「……どこへ?」
反応が少し遅かった。
そんなにかぶりついて見ているのだろうか。
「屋上だよ。そっちの方が見えるぞ」
「いや、ここがいいのだ」
ネウロは、ふっと笑った。


外から見る花火は、それはそれは巨大で偉大だ。
近づくことを許さない威厳さを放つ光の塊だ。

しかし建物の中に居れば、それは姿を変える。
窓という枠に限られた、花火という絵画だ。
放つ光は心なしか穏やかになり、誰にも描けぬ絵画となる。
「―“近づくなと警告をしていたそれは、今度は触れるほどに近くに感じるのだ。”」

ネウロは、ニタリと笑っている。
「お、お前…覚えていたのか」
わたしは自然と羞恥心が湧く。
「貴様があまりにも詩人じみたことを言うのでな。印象に残っていたのだ」
ネウロが云った言葉は、わたしが昔、ネウロに話したことだった。


花火を見たわたしは、どうしてもその美しさを伝えたくて、一生懸命説明した。
が、どうしてもその素晴しさというものは、言葉に出来ず。
結局、詩のような物言いしかできなかったのだ。

「“どぉん、どぉん、と耳の奥底で鼓動が響く”だったか?」
「もういい!わかったから、からかうな…」
わたしはネウロの肩を殴った。
「からかってなどいない。褒めている」
「…褒めているのか、それは」
「我輩は花火というものを、今ここで初めて見た。しかし貴様が説明したようなものと、この花火は」

どぉん 


どぉん


「結構合っている」
「そうか」
わたしは、なんだか恥ずかしくなったのでそっぽを向く。
「フハハハハ、照れているな?」
ネウロは私の頭をがつがつと小突いた。





夜空には、花が咲いている。







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