たなばたのたなぼた



友人の家には立派な笹の木があった。わざわざ私有地の山から刈り取って来て飾ったらしい。彼女がよくくつろいでいる縁側、そこの柱に麻紐で括りつけてあり既に折り紙で色鮮やかな飾り付けが施してある。彼女は変にこだわる、近所の子供たちのためだとは言うが自分が楽しむためのこれだろうに。わたしも願い事を書いて笹に飾った。てっぺんには夢魔の願い事があってちょっとだけへたってしまって、クシャクシャだった。

そしてその日の夕方、約束するでもなく七夕なので彼女の家を訪れて晩酌でもと思い、出掛ける準備をしていたら奴は現れたのだった。
「やあ我が最愛なる友人よ我輩わざわざ貴様の家を訪問してやったのだ、さあもてなせ」
友人―憎き謎食い魔人ネウロ―は何ヶ月かに一度、こうして度々訪れては何もせずに帰っていく。退屈しのぎの暇潰し。もてなせとは偉そうに言うものの特に何も求めてはこない。
挨拶をして自分は正式に招かれたと勝手に解釈しズカズカと家の中に入る。
「出掛けようと思っていたのだがね」
「先約があろうがなかろうが我輩を優先して貰うのだが?分かりきったことを何故問う。ああ、嫌味を言ったのだな!それは気付かなかった、申し訳ない」
にっこりと笑顔で言われれば、反論しようにも無駄なエネルギーを使うだけだ。わたしは仕方なく七夕の夜を彼と過ごすことにしたのだった。
彼は手土産も無ければ訪問する目的も無い。さて何の用だと訊いてみれば別に何もと決まった答えが帰ってくる。
「前来た時はいつだったかな、3月…5月かな」
自分用のグラスにりんごジュースを注いで飲もうとすると素早くひったくられ、彼の口の中に消えていった。飲めないだろうにと少し心配して彼を眺める。だが杞憂だった。ぐびぐびと喉を鳴らし胃に収めたかと思えば、ぺっと勢い良く吐き出した。ミンチだったはずのりんごが固形になって出てきた。
私はそれを手に取る。
「有り難く、頂戴する」
「3月3日と、あと5月5日だな。正月と2月14月は多忙で来ることが出来なかったのだ」
「あっそうなの。…え?ネウロお前祝日にわざわざ訪ねて来てたのか?」
「そうだが?…まさか気付いていなかったとは驚きだ。退化しているようだな、神業魔人サマは」
思い返してみれば彼はずっと前からそうだったかもしれない。我々二人がフリーになって周りに居た人間がいなくなってしまってそれから孤独を埋めるようにお互い頻繁に顔を合わせるようになっていた。どちらかが言い出す前に、自然に。私からそうしたのではなく彼が。
「日にちが少しズレたりもしたがイベント事がある時は必ず貴様を虐めに…おっと、貴様をからかいに…いや、ちょっかい出しに」
「うんうん分かった今更猫被る必要は無いぞ友よ。なんだ、じゃあ今日は七夕だから遊びに来たとでも言うのか」
「おお、そうだ遊びに来たのだ」
しっくり来る訂正を気に入り、彼は手を打った。今時そんなリアクションをする者などいない。
わたしは彼が修復生成したりんごを齧りながら、彼の無邪気な顔を見つめた。
「正直、その様な意図があったことに全く気付かなかったよ。ごめんな」
「良いのだ。貴様が気付くのはもっと半世紀あとの事だろうと思っていたからな」
「フン…悪かったな鈍感で」
「本当、鈍感とは罪だとさえ思うぞ」
「思い返してみれば…わたしはお前と会う時は何故か決まって節句の食べ物だとかお菓子だとかばかり食べていたな」
「ヤコほどでは無いとはいえ食い意地が汚いからなあ貴様は。…七夕は何も食べんのか」
「…りんごを、食ってる」
まあ何でもいいわ、と彼は呆れ顔で言った。

「願い事は書いたかセル」
彼は窓ガラスを挟んで星空を眺めている。あの魔人ネウロが風流に七夕の織姫と彦星を満喫しているのだ、わたしは少し面白かった。隠せずに笑っていると彼は不機嫌そうにわたしの髪をひっぱった。
「イテテテ、昔はわたしが笑われたものだったがな。花火や月見を楽しんでいると魔人が何を人間の真似事をしている、と憤慨しておったのに」
「進化したのだ、我輩は」
フフン、と鼻で笑って偉そうに胸を張るネウロ。
「そうとは微塵も思わないのだがね」
「ところで七夕の願い事の話に戻るが、何を願った?貴様のことだからキクヒロの元へ向かうところだったのだろう。あの女の事を書いたか」
「おやおや名探偵、鋭いが間違っているな。確かに菊の家には笹が準備してあって短冊を結んだよ。行こうと思ったのはまあ気まぐれだが。願い事は」
とそこまで話して自分の『スウィーツいっぱい食べたい』という願い事を思い出し、閉口した。不思議な間に彼は違和感を覚え、再びわたしの髪をひっぱる。
「どうした、何故願い事を言わん」
「せっ…せかいへいわ〜」
「嘘だな」
「金」
「我々には要らぬ」
「…モテたァいとか…」
「……貴様は何故こういう時の嘘が下手なのだ?というかどんどん下手になっていっておるな、ほとほと呆れるわ」
「じ、じゃあネウロの願い事を先に教えろよ!そしたらちゃんと話す」
「よかろう」
ネウロはわたしの髪を掴んだまま、そして腰をホールドして引き寄せた。思わぬ動作に驚愕し、わたしは冷静ではいられなくなる。まさか彼がこのようなことをするだなんて。確かに戯れで、はたまた好奇心で行為を迫られ受け入れたりはしたがこのように人間の男女が行うセックスアピールなど一度もやったことは無い。

「我輩の願い事は随分と昔から同じだぞ。だが短冊に願いを書くのは今年が初めてだ。実は先刻、キクヒロの元へ行ったのだ。そして少しばかり世間話をした。キクヒロは言うのだ、実行する事で叶う願い事は沢山あるとな。だから短冊を結んだ」

「き、菊の所へ行ったならわたしの願い事…見たんじゃないか!?」

「ああ見たとも。我輩はとてもとても落胆したよ…あの魔人セルが己の食欲を満たしたいがために天に願いを乞うとはなぁ。情けなくて情けなくて大きな溜息が出たぞ、キクヒロが同情するくらいのな。そして言うのだ、あの女は」

“実行する事で叶う願い事は沢山ある”と。

わたしの顔にネウロの大きな掌が添えられる。
動こうにも抵抗しようにも、彼の真剣な表情に応えなければならない気がして。

「我輩の願い事はな、セル。鈍感で愚鈍で色気より食い気の哀れな女が聡明で博識でセクシーで紳士的な美青年の意図に気付きますように、だ」

そして聡明で博識でセクシーで紳士的な美青年は、鈍感で愚鈍で色気より食い気の哀れな彼女に酷く優しい接吻をしたのだった。







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