Green Love


名前:萩 玄瑞(ハギゲンズイ)
通称:萩さん、萩、ゲン
年齢:25歳
身長:175p
体型:元SATなので着痩せする隠れムキムキ
所属:開発室研究員兼オールラウンダー

6歳の頃からアメリカに飛び級留学をし18歳で大学卒業後SATに入隊する。現場で左腕を切断する大怪我をし帰国。鬼怒田とのコネを利用しトリオン技術を医療に生かすために独自で研究を続けている。開発やその他サポートの面で功績を度々残しているので、ある程度の自由な振る舞いを許されている。城戸とも旧知の仲。

ステータス
トリオン:9
攻撃:7
防御援護:8
機動:11
技術:18
射程:5
指揮:3
特殊戦術:9

好きなもの:海外ドラマ、アメコミ、映画
嫌いなもの:納豆


「ハーイ、こんにちは」

影浦隊の影浦雅人の隣に、パンツスーツ姿の女性が座った。
しかも話しかけている。
それだけで訓練室の待合所に居る全隊員は、ざわついた。
「あァ?なんだてめー」
狂犬の影浦が噛みつく。
隣でにこにこと微笑みながら、影浦に怯えることもなく女は続ける。
「初めまして、わたしは萩玄瑞です。どうぞよろしくお願い致します」
そして深々と頭を下げる。
肩くらいの長さの茶髪が、サラリと流れ落ちてソファーに毛先が付いた。
待合所はざわつきながらも緊迫している。
ひそひそと小さな囁き声。
あの人影浦さんのこと知らないの?
影浦に挨拶してやがるぜあの女、一体誰だ?
隊員じゃ見ない顔だよな?

怪訝そうな視線、不安な感情。事がどう運ぶのか気になる野次馬、下劣な期待感。
影浦にはその全ての感情が自分に向けられて、受信が膨大な量になってすさまじく気持ち悪くなった。
立ち上がり辺りに怒なり散らす。
「ウルセーぞてめーら!!散れッ!集まってンじゃねえ!鬱陶しいんだよ!」
女が―、萩がやっと顔を上げた。
「オオ、目立ちますか?困りますですね、じゃあ場所を変えますか」
「あ?場所変えてまで長々と話す用事があるのか?」
影浦は、萩の向ける感情に苛立った。

それは、好奇心による興味。
サイドエフェクトを持つ影浦が、好奇の目に当てられたことが無いはずがない。
もぞもぞとしたこそばゆい感覚。
「俺のこのクソ能力のことだったら話すことはねえぞ、失せな」
「クソ能力とは、サイドエフェクトのことですか?そうです、そのお話です」

どこか少しだけ日本語がたどたどしい萩。
表情が、日本人のそれでなく、ころころと微表情が変わる。
影浦はそこまで観察できた。
「わたし、開発室の研究員です、急に失礼しました。独自で研究していることがありましてその事で影浦さんにご協力をお願いしたかったのです、でも今日は何だか日が悪いのでやめます。すみませんでした」

萩は申し訳なさそうに立ち上がり、また深くお辞儀した。
こんな風に謝られては、影浦は居心地が悪い。
舌打ちをすると、目の前にサッと名刺が出た。

「都合の良い日を教えてください、連絡先ここに書いています。わたし、大抵ボーダーに居ますから、いつでもダイジョブです」

「あ、ああ…」
影浦は、呆気に取られた。
さっきまで萩から自分に向けられていた好奇の感情が、急に感じなくなったのである。
もやもやっとしたものが、いきなり消え去った。
その違和感に驚いてしまって、既に悪態をつくことなど忘れていて、名刺を素直に受け取った。
受け取ったのを確認すると、無の感情を向けたまま、萩は人の良さそうな笑顔で颯爽と去っていった。

「…何だあいつ」
影浦は、名刺をポケットにしまった。


洗濯物が紙屑だらけになってしまったので、影浦は母親にとても怒られた。
自分で紙屑を掃除しろと罰を与えられたので、母には逆らえない影浦は素直に洗濯機の掃除を始めた。
紙屑の量は少なかったので、レシートか何かをポケットに入れたままにしてしまったのだろうか。
覚えがないので、紙屑を集めて元が何だったのかを頑張って組み合わせてみた。

「………あ、忘れてた」

かろうじて組み合わせた紙は、名刺だった。


口の中に空気がこもるのが嫌なので、マスクを下げる。
「おいゾエ、開発室の萩って女知ってるか」

学校から本部へ向かう道中、影浦は今朝思い出した女のことを同じ隊の北添に尋ねた。

「えー?開発室の人なんて知り合いいないしわかんないよー。どうしたの?」
「…名刺貰った、けど洗っちまった」
「もしかして連絡しなくちゃいけなかったとか?」
「と、思う」
思うってなんだよー。北添は苦笑する。
「ヒカリちゃんが知ってるといいね、カゲどうせ開発室に行く気はないでしょ」
「だな」
影浦はマスクを上げた。

「知らねーよ!開発室の人なんかほとんど学生いないだろー?知り合いなんか居ないし、その萩って人も知らない」
仁礼は炬燵でみかんを頬張りながら答えた。
「じゃあ直接行くしかないんじゃない?カゲ」
「めんどくせえ、あっちからまた来るだろ」

影浦はソファーに寝転ぶ。
トレーニング室から、ユヅルが出てくる。
「ユズルは開発室の人とツテあったりする?」
北添が世話を焼いている。
「え?なんで開発室?…いないけど」
「ユズルもダメか!じゃあもうダメだな」
「なにが?なんの話なの?」
「カゲが開発室の人に連絡くれって言われてたんだってさ。でもその連絡先の書かれた名刺を洗濯機で洗っちゃったんだって」
ユズルが微かに笑う。
「笑ってンじゃねーぞてめーユズル」
影浦はソファーから起き上がって吠えた。
「もしかしてカゲさん、サイドエフェクトの事でその開発室の人に話しかけられたの?」
「あァ?そーだけど」
「あの、玉狛第二の雨取さんが話してたんだけど。ほら、あそこにもサイドエフェクト持ってる人がいるじゃん」
「空閑な」
影浦はソファーの上で胡座をかく。
ユズルは向かい側に座った。
「そう、その人に開発室の人がサイドエフェクトのことを研究してて協力してほしいってお願いされたんだってさ」

丁度いい。
空閑とは個人ランク戦をする約束をしてある。
その時に聞けばいい。


「おっ、かげうら先輩早いね。待たせちゃった?」
「おう空閑、てめーのとこに開発室の女来てンだろ?連絡先教えろ」
「ん?ゲンさんのこと?」
「ゲンさん?萩、なんとかって女だぞ」
空閑は目を泳がせて考える素振りをする。
「ああ!ゲンさんだ、はぎげんずいさんでしょ?もうしわけないが、連絡先は分からないな…すまないかげうら先輩」
「あー、じゃあ空閑はもうそいつには会わねえのか?」
「うん、俺の番は終わったよ。かげうら先輩もサイドエフェクトのことでお願いされたんでしょ」
「おう。俺の番って…順番があんのか」

知らなかった。
空閑が言うには、その萩という女は本当にサイドエフェクトの力を他の機関で役に立てることが出来ないかどうかの研究をしているらしい。
のちには、トリオン技術を使用して医療やその他の技術にも生かせるようにしたいと話していた、と空閑は語った。
だが、一般人にはトリオンのことは秘密にしていることの方が多い。その思想が果たされるには膨大な時間が必要だろう。

「かげうら先輩、今日は調子が悪いね」

個人ランク戦は引き分けに終わった。
それでも空閑には、影浦の微妙な変化が分かるらしく、そんなことを言った。
「そうでもねえよ、ウルセエな」
「あ、ゲンさんのことだけど。あの人ご飯は本部の食堂で食べるらしいから行ってみたら会えるかもよ?いい人だぞ、あの人」

気が向いたら行く、ぶっきらぼうにそう答えて、影浦と空閑は別れた。

丁度夕飯時だ。
影浦は、たまたま気が向いたので、その足で食堂を目指した。


「げっ…影浦隊の…」

そうやって自分のことをヒソヒソと話し、避け始める面々。
いちいち気にしてられないので、無視して萩の姿を探す。

「ごちそうさまでした、とても美味しかったです。ありがとうございました」
聞き覚えのある、独特なイントネーションの日本語が食堂の返却口付近でした。

洗い場のスタッフに深々とお辞儀をする萩の姿を、影浦は見つける。
満腹なのか、満足そうな顔で出口を目指す萩。
影浦はマスクを下ろして、ポケットに手を突っ込んだまま萩を待った。
しかし、萩はさらっと影浦をスルーして食堂を出た。

「ッ!?おいてめー!無視してんじゃねえぞ」
まさか無視されるとは思っていなかったので、影浦の声は少しだけうわずった。

「おー?わたしに用事あるですか?」

きょとんとした顔で萩は言う。
影浦はブチ切れそうになったが、すぐに萩が言葉を繋いだ。
「影浦さんでしたか!気付きませんでした、申し訳ございません」

また深々とお辞儀をする。
影浦は完全にキレるタイミングを失った。

「おひさしぶりですね!どうしましたか」

萩が影浦に向ける感情は、やはり無だった。



「お話をしてくれる気になったみたいで、わたし嬉しいです」
萩は、影浦隊の作戦室のソファーに座って、深々とお辞儀をする。
「いや、連絡しなくて悪かった」
影浦が後頭部を掻きながら、言うと萩は驚いた顔をした。
「あっそれですが、わたし順番間違ってました。サイドエフェクトを持ている人、たくさん居ます。一番最初に影浦さんだと思ってしまいました。本当は、名簿あります」

萩はたどたどしく説明をする。
トートバックの中から、バインダーに挟まれた名簿を取り出した。

影浦以外の名前には、チェックが入っている。
名簿はあいうえお順ではなく、ボーダーへの入隊の早い順に並んでいるようだった。
一番最後は、空閑と雨取である。そこにもチェックが済んでいた。

「あとは俺だけってわけだな」
「そうです、影浦さんの順番来たけど、わたし名刺渡しました!影浦さんの都合の良い日にお願いしましたので、しつこくするのやめました」

萩はにこにこと笑いながら、影浦の顔を見る。
その人の良さそうな顔に、嘘はない。
しかしやはり、向けられる感情―受信している感情は、無だ。

「…気に食わねえな」
「犬も食わない?夫婦喧嘩ですか?」

ぼそりと呟いたので、聞き取れなかったらしい萩は、ちんぷんかんぷんなことを言う。
「違ェよ!テメーのその感情、気持ち悪いんだよ」

影浦が吐き捨てるように言うと、萩は今以上に顔をぱぁああああっと輝かせた。

「わかりましたか!?」

立ち上がり、影浦の座っているソファーへ座る。
ずずいと近寄られて、影浦は思わず後ずさる。
だが、両手をしっかり握られて遠くまで逃げることが出来ない。
「て、てめッ…!離せよ!」
「影浦さんは感情受信体質ですね!喜怒哀楽、怖い頼もしい憎たらしいありがたい最低なやつだかっこいい役に立つぞ大丈夫かな?それぞれ感じ方が異なり、負の感情になると感じ方も不快に感じる…!ではそれが<無>なら?」

萩は、輝かせていた目を、ぎらぎらと熱っぽく滾らせる。

「どのような感じ方をしたのかは、あとあと調べるにして!これは素晴らしいです!実証できました!うれしいですね!」
「じ、実証…?わざとだったって言うのか!?」
「わざと、はいわざとです。貴方に向ける感情をコントロールしていました。わたし、こう見えて元SATです!そのような訓練を受けていますです」

萩は相変わらず影浦の両手を自分の両手で包み込んで、いとおしそうににぎにぎと握りこんでいる。
いい加減馴れ馴れしいので、どうにか逃げようと影浦はもがくが、萩はびくともしない。
「だ、だから…!なんでもいいから離しやがれ!!」

ギザギザの歯を剥き出しにして、影浦は吠えた。
「おー、大きなお口です。かわいいですね」
萩はとても嬉しそうに笑う。まるで相手にされていない。
女を足蹴にするのは気が引ける、影浦は萩に頭突きをしようと少し頭を後ろに下げた。
そして、軽く、軽く頭突くつもりで顔を近付けたとき…

どさっ。


「…カゲが!女の人といちゃいちゃしてる!!」

仁礼が買い出しから帰ってきた。




「ハイ!こんにちは!わたし、開発室の萩玄瑞ですー!」

影浦が否定する前に、萩が先に動いた。
仁礼の落とした買い物袋を拾い、仁礼に手渡した流れで両手を握る。そして上下に振る。
大きな握手だ。
「おっ?えっ?例の開発室の人…ですか?仁礼光ですっ」
混乱している仁礼をよそに、萩は熱烈歓迎モードだ。
「そうでーす、れいの開発室の萩です!周りにはゲンさんと呼ばれています」
そして深々とお辞儀する。
「カゲ!何してたんだー!?ゲンさんに変なことしてないだろうな!」
仁礼は持ち前のコミュニケーション能力で、すでに萩とは旧知の仲であるかのように振る舞う。
「そのクソ女が勝手に興奮してただけだ、クソが」
萩を炬燵に誘いながら、仁礼は言う。
影浦はイライラと後頭部を掻きむしる。
「そうですよー、わたし大興奮でした!影浦さんはすごいサイドエフェクトの持ち主です!これはもう、いっぱい実験します!決まりです!影浦さんよろしくお願いします」

萩は炬燵に入りながら、熱く語っていたが、急に土下座した。

影浦は実験と聞いてあからさまに態度を悪くする。
誰でも、自分を実験動物扱いするのであればそりゃあ嫌だろう。
「誰が協力するかっての、俺は絶対にやらねえぞ」
「ええっそんなぁ…わたし悲しいです、どうしたらいいですか」
「おいカゲー、意地悪するなよな!協力すればいいだろ?」
「仁礼は黙ってろ」

どうしたらいいですか、と聞かれて影浦は少し考える。
実験をすると言われて腹が立ったが、これはもしかしたら良い条件かもしれないと思った。

「おいクソ女、てめー何が出来る?」

影浦が意地悪そうな笑みを浮かべると、仁礼が突っ掛かってきた。
「あー!カゲ!お前ゲンさんを利用する気だな!?サイテーだ」
「仁礼さんいいです、わたし出来ることやります!何でも言うこと聞きます!出来ることします!影浦さん、協力してくれるならー!」

「てめー後でやっぱりダメとか言うんじゃねえぞ」

影浦は萩に笑い掛けた。
萩は、その笑顔は好意的なものだと思い、素直に答えた。

「はい!ブシに二言はありませんよー!」

影浦は萩を利用する気満々だった。



再び仁礼がオペレーターのミーティングに出ていったので、影浦と萩の二人きりになってしまう。
炬燵でぬくぬくと暖まる萩は、鼻唄を歌っている。
「影浦さんも入るといいですよ!」
まるで自分の住み処であるかのように振る舞う萩に、影浦は舌打ちした。
「で、てめー何なら出来るんだよ」
「おー、例えば何して欲しいですか?あっ勿論お金出ます、協力費としてほんのちょと、今のお給料に手当て付きますですよ。あと、任務外で協力してくれる場合も残業扱いに出来ますから!わたし、鬼怒田さんにお願い出来ます」
「まあ金は別にどうでもいいんだけど。てめー上とのコネでもあんのか」
「はい!ある程度口利きできます〜、わたし結構偉い人ですよ。功績をいっぱい出してます!だからその分好きにさせてもらってます」

にこにこと笑う萩に、これは意外に本当に使えるかもしれないと思った。だが、実際何かして貰おうと考えると特に思い浮かばない。
「あっ、影浦さんマイナスされてましたね。わたしそれどうにか出来るかもしれません!」
一番に思い浮かんだのはその件だったが、当の影浦はポイントやランクに拘りは無かった。
ただ、自分より弱い奴は上に行かせたくない。
上に行きたいのなら俺を負かせてみろ。
そんな風に思っていたので、ポイント云々は頼む気が無かった。
しかし萩は、もうそれしかない!と思い立ったら吉日。
炬燵から出て、影浦の制止も聞かずに出ていってしまった。

「…人の話聞かねえ奴だな」
自分の荷物も置いたまま行ってしまった。
ふと、さっき萩に見せられたサイドエフェクト持ち主の名簿が視界に入った。
一度自分に見せてくれているし、炬燵の上に放って行っているので見ても大丈夫だろう。
バインダーには数枚、紙が挟んであって全部パソコンで打ち込んだものを印刷してあった。
手書きでメモが書かれているが、英語の筆記体で書かれているので影浦には読めない。
自分の欄には何が書かれているだろうかと思って見ていたのだが、さっぱりだ。

「影浦さーん!」

勢いよく作戦室の扉が開く。
萩が悲しそうな表情で帰ってきた。
「だめでしたー、規定違反なのでわたしでは無理ですと言われました…ごめんなさい」
その場に崩れ落ちて、萩は深く謝罪をする。
「だからよー、俺は別にいいんだってそのことは。てめーホント話聞かねえのな。ウゼェ」
「アーウ、すみませんです。影浦さんわたしに何して欲しいですか?影浦さんの言うこと聞いた方がいいですね」

とりあえず座れよ、と影浦は顎をしゃくる。
とぼとぼとソファーに腰掛ける。影浦の隣に。
距離が近いので、影浦が少し後退する。

「協力はしてやるよ、だけどあれだな。まだ何にも思い付かないからとりあえずてめーは俺の言うこと3つなんでも聞くってのはどうよ」
「おお!いいですね!魔法のランプですね!?」
言われて、影浦は脳裏に昔見たアニメ映画を思い出す。
「そうだ、それでいいならこのクソ能力のこと協力してやるよ。てめーの研究にな」

がしっと、再び掴まれる両手。
「ありがとうございます!わたしとても嬉しいです!ほんとに!」
「だぁっ!もう分かったからあんまベタベタすんな!」

今度は影浦が振りほどくと、萩は簡単にその手を離した。
だから影浦は、なんだか気に食わない。

それにずっと、こんなにも自分にしつこく言い寄るくせに、萩から伝わる感情は薄くて、肌にちくりともしないから気持ちが悪かった。

今、見えている相手の感情と、自分がサイドエフェクトで感じている感情があべこべで、ものすごく気持ち悪かった。




「では、また後日詳しくやりましょう!これから影浦さんは任務あります、わたし自分の仕事します」
そう言って萩はさっさと行ってしまった。
なぜ自分のシフトを把握しているのだろうかと少し疑問に思ったが、開発室の人間で、しかも上との繋がりがあるのなら簡単に分かってしまうのかもしれない。
影浦は今度こそ、自分のスマホに連絡先を登録した。


・・・

夜八時。
任務が終わって隊の皆がバラけた頃。帰路の途中で、影浦のスマホのバイブが鳴った。
隊の誰かかと思ったが、それは萩からだった。

任務お疲れ様でした。萩です。
明日のお昼からわたしの仕事空いていますから、
影浦さん 大丈夫でしたら会いましょう。

話し言葉がそのままになったような、相変わらずたどたどしい印象を受ける文だった。
バス停で、バスを待ちながら返信する。

明日は午前中ソロランク戦やるだけだから昼からなら平気だ
どこに行けばいい?

すぐに返信が来るもんだと思っていたので、しばらくスマホを手にしたまま待っていたらバスが来てしまった。
バスの中でもスマホを気に掛けていたが、一向に返信が来ない。
来たかと思って確認すると、別の友人からだった。

家について、夜食を食べて風呂に入る。
その間もずっと気に掛けていたが一向に返信は来なかった。
ベッドに入って、寝ようとしていた時にやっと来た。

わたしは食堂でご飯食べます
食堂のところで待っています
影浦さんはお昼ご飯はどうしますか?

返事が遅かったことから、あっちも仕事だったのだろうと影浦は思った。
するとこのまま返信してしまうとあっちも寝るところだったら悪い気がして、返事はせずそのままにしておいた。

回答的には、誰があんなとこで飯食うかよ、だった。


・・・

「あっ影浦さん!」

食堂につくと、壁際の四人掛けの席で萩が待っていた。
ノートパソコンといくつかのファイルを広げている。
仕事をしていたようだ。

大声で名前を呼ばれてしまい、いつも目立つのにもっと目立ってしまった。
影浦はそれに苛立ちつつ、暢気に笑いながら手を振る萩に怒れないでいた。伝わってくる感情的には、悪いものじゃない。
嬉しい、楽しみ、満足感。

萩から自分に向かってくる感情が、やっと人らしいものになったので、影浦は個人的に少しだけむず痒かった。
「チッ…こそばゆいんだよソレ」

悪態を付きながら向かいに座ると、萩はしまった、というような顔をしてすぐに罰の悪そうに笑った。
「あー申し訳ないです、思わず興奮するとうまく出来ません」

そして感情は、無になる。
「…なあ、俺に気ィ遣ってわざと感情を殺してるんだよな?そっちの方が気持ち悪ィ」

観衆の目があるところで待ち合わせされ、観衆の目のあるところで大声で名前を呼ばれる。それは許した。
だが、その違和感のある感情の向け方をされるのは少し嫌だった。

「え?影浦さん、感情を向けられるの嫌いです。針で刺されるでしょ?それは嫌だと思います、わたし聞きましたよ」

ノートパソコンを閉じて、驚いた顔で萩は言う。
「聞きました?…誰にだよ」
「えーっと、眠ると強くなる人です。えーっと…えーっと」
萩は名簿を漁る。
「…鋼だろ?村上鋼」
「おーそうです、たぶんそうです。その人にお話聞くとき、影浦さんとその人は仲良しでした!だから聞きました。影浦さん、わたしのこれ、嫌ならやめますね。わかりました」

別に仲良しってわけじゃあないが。
影浦はソファーにふんぞり返る。
だが、何でこいつは自分の交遊関係を把握しているのだろう。

初めて会ったときから、少しそういうところが引っ掛かる。

思考に更けるつもりだったが、どうしてもここでは人の目が多すぎて自分に突き刺さる感情が鬱陶しい。
「なぁおい、場所、変えていいか」
「やはり気になりますか、ではわたし会議室取ります、そこで話しましょう!その前にお昼ご飯です、食べましょう影浦さん」

ノートパソコンとファイルを机から下ろして、萩はわくわくしている子供みたいに体を揺らした。

「あァ?俺は作戦室で適当に摘まんだからいい、なんだ食ってねえのかよ」
「一緒に食べないですか!あー、わたし一緒に食べると思いましたー…おぅ、待たせてしまいますね」

影浦は昨日のメールに返信し忘れていたのを思い出す。
朝に一言、食わないと伝えておけば良かったか。

少しだけ悪い気がしたので、仕方なく待ってやることにした。
「いいよ、食ってろよ。待つから」
「ありがとうございます!つまみ食い大丈夫ですよ影浦さん!」

ぴゅーっと音がするように食堂の注文窓口に萩は走っていった。
時刻は13時、そこまで混んでいない。
それでも、人の目は、感情は影浦に突き刺さる。

萩と会話しているときは、少しだけ気が紛れて気にならないのだが、やはり一人になると症状が顕著に表れる。
だが、いつもよりも少ない気がする。

それは、影浦と仲良さそうに話す萩の方に、注目が行っているからだろう。

番号札を貰って、萩はスキップしながら帰ってきた。
「お好み焼きセットにしました!」

影浦は眉をひそめる。
「…なんで」
「わたし、両手で食べるもの好きです。アー…お好み焼き、両手でやりますよね?」
萩は、ヘラを持って返す仕草をする。
「それ、好きです、楽しいです。お好み焼きは野菜、肉、シーフード全部食べれます!ソース美味しいですね?鰹節も好きです」

萩はとても幸せそうに語り出す。
思い浮かべて、まさに食べている真っ最中な気持ちなのだろう。
シーフードとソースの発音だけ、少し英語っぽかったのが影浦はウケた。

「じゃあたこ焼きも好きなのか?」
笑いながら言うと、萩は大きく頷く。
「楽しいですね!でもたこ焼きはむつかしいです…だからレンジを使います、凍ってるですね?本当は自分で作りたい…でも、あまり機会がありませんね?」
難しい、が言えないらしく、むつかしいになっているので影浦は笑ってしまう。
「家でやりゃいいだろ」
「うーん、むつかしいです」
ゲラゲラと声を上げて影浦が笑うと、萩はきょとんと首を傾げた。



「じゃあ焼きそばも自分でやりてえの?」
むつかしい、が聞きたくて影浦はわざと話題を振る。
屋台などで作る―鉄板で作る料理は、萩にとって難しいものらしい。

「焼きそば美味しいです!知ってますか影浦さん、ヒロシマのお好み焼きは麺が入っています!あれも美味しいです…でも、とてもむつかしいですよ。お湯を入れるだけの焼きそばも美味しいですが、食堂ではどれも出来ないです、だから食べるだけ楽しみます」

「知らねえの?お好み焼きとか焼きそばは屋台だけじゃなくて店でも食えるんだぜ」
影浦は教えてやる。
「知ってますよー!でもお店、むつかしいです」

影浦は、ツボにハマってひーひー言いながら笑った。
「バカにしてるですかー」
萩がやっと自分のことを笑われているのに気付いて、唇をすぼめた。
「まあてめーの不器用さにはビックリだが。俺が笑ってんのは<むつかしい>だから」

言うと、やはり萩は首をかしげる。
そこで番号を呼ばれた萩は、今までのことをすっかり忘れて颯爽とお好み焼きセットを受け取りに行った。
それにも影浦は笑った。
子供みたいなやつだ。

ふと、実際いくつなんだろうなと思った。

「今日は豆腐とワカメのみそスー…ミソシルです!」
トレーを運びながら、萩は言う。
みそスープと言うのをあえて言い直した。
影浦がまたバカにするかもしれない、と思ったのだろう。

影浦の前に、さりげなくおしぼりと冷水の入ったコップを置く。
礼を言うのが恥ずかしくて、おうと呟くと萩が、ん?と言いながら影浦を見た。

「…で、むつかしいだけど」
自分で掘り返しておきながら、どうしても顔がにやけてしまう。
「むつかしい、変ですか?」
「難しい、だろ?」
「ん?えっと、むつかしいは different です」
そのくらいの英語なら、影浦にだって分かる。自信を持って答える。
「そうだ、てめーはむつかしいって言ってるけど、普通はむ・ず・かしいだぞ」
「む・ず・かしいですか。Zですね?」
「そうそう、ず。Zな」
「む、ず、か、しい。むずか、しい」
「出来てる出来てる」
「おー、むず・かしいは、とてもむつかしいですね」

コップに口をつけた影浦は盛大に吹くことになった。

・・・

お好み焼きを美味しそうに頬張る萩。
何度も「食べますか?」「影浦さんお腹空きますか?大丈夫ですか」と声を掛けられたが、その都度うるせえと一蹴した。

そこで思案に更ける。
なぜ、こいつはこうまで日本語がたどたどしいのだろう。
見た目は普通の日本人だ。
どこにでもいるような茶髪で、どこにでもいるような髪型。
目の色も、黒。顔の造りも日本人。

そういえば元SATだと言っていた気がする。
影浦はスマホを取り出して、SATのことを検索した。



SAT。Special・Assault・Team(スペシャルアサルトチーム)の略称。
特殊急襲部隊。
警察機構に作られた海外の軍隊ベースの特殊部隊。
海兵上がりの海外での特殊訓練と実戦経験のある隊員で、陸海空の軍隊とは格が違う。

殺し屋としての訓練を受ける。

「なあ、これ」
味噌汁を丁度飲み終わった萩に、影浦はスマホの画面を見せる。
「ん?」
萩はスマホを手に取って画面を見つめる。

「おー!SATですか?そうです、specialAssaultteamですよ!」
「外国に居たのか」
「はい!両親日本人ですが、もう国籍日本違います。わたしは帰ってきて日本の国籍貰いました」
「だから言葉むつかしいのか?」
「アー!むず・かしいですよ影浦さん」
ドヤ顔で、萩は言う。もちろん影浦はわざとだ。
トレーを返却口に運ぶ。影浦は手ぶらだったので、萩のトートバックを持ってやった。
自分としては自然な流れだったのだが、辺りが急にざわついたのではっとした。
「おー!優しいですね影浦さん!」
そしてとどめをさされる。
「ウルセェ!ちんたらしてるからだろーが」
ノートパソコンが入ったトートバックは重かったが、影浦から受け取っても萩は軽々と持っていた。
元SATなら、鍛えていただろう。
身長もそこまで自分と変わらない。
背中や足も、パンツスーツの下はどうなっているか分からないが、たるんではいないようだし。

<殺し屋としての訓練を受ける>

さっき見たSATに関する一文。
影浦は背筋がそくりとした。

こんな風ににこにこ笑っている人の良さそうな人間が、過去そのようなことをして金を貰っていただなんて。
人間の二面性には馴れていたはずだった。

だが、信じられないという己の勝手な感情のせいで、その衝撃は大きい。
感情に、振り回されている。

「わたし、小学校に入学する前にアメリカ行きました。飛び級するためです。両親、教育に熱心です。でもそこまで頭良くないですよ!飛び級しましたが、もっと天才いました。わたし18歳で大学卒業した、飛び級する天才より遅いです」

歩きながら萩が語る。
それでも十分すごいと影浦は感じた。
どんどん、雲の上の人になっていく気がする。

「勉強いっぱいしました、だから体を動かしたかったです!だから海兵なりました!」
「そんな理由かよ」
「そんな理由です!でもそんな理由の海兵、多いです。闘いたくて海兵なります、わたしそうです、楽しいですから」
影浦さんもそうですね?
萩は笑い掛ける。

たしかに自分も、それが楽しくてボーダーに居る。
才能とさえ思う。

「自分の力が生きていくの、楽しいですね?いっぱい強くなります、部下に教えます、楽しいです。でもわたし辞めました、それで似たようなことをしたくてボーダー居ます」
「へー…、ってあ?18歳で大学卒業!?じゃあてめー今いくつなんだ?」

ふと気になっていたことを、良いタイミングで聞けた。

計算すると、自分より年上であること自体が既に驚きなんだが。

「わたしですか?今年で25歳ですよ!」

七つも年上だった。



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