その執事、謙虚


その執事、謙虚


シエル・ファントムハイヴは、優雅な朝食後のティータイムを満喫していた。
手には、今朝から何度も読み直した新聞がある。

一面よりは目立たないものの、シエルにとってその記事は目を引いた。


『イタリア貿易商フェッロカンパニー。何者かに襲われ死傷者多数』

「……ふん」
シエルは鼻で笑うと、デスクの上に新聞を投げた。

「坊ちゃん、お手紙が届いております」

「入れ」


執事の声が扉の向こうで聴こえた。
シエルが短く返事をすると、漆黒の燕尾服に身を包んだ男が、入ってきた。
「見てみろセバスチャン。この間の記事が乗っている」


シエルは何通かの手紙が乗った盆を受け取ると、代わりにさっきの新聞を渡した。

「ああ、フェッロカンパニーの記事でしたら目を通しました」
にっこりと笑うセバスチャン。
「“死傷者を襲った凶器は、未だ見つかっておらず。検死に寄ればナイフのようなもので刺されたということである”…あの方が、片付けてくださったようですね」

「しかも表向きの貿易商ばかりでなく、裏の“フェッロファミリー”も何者かにツブされている」

「喜ばしいことではありませんか?わざわざ坊ちゃんが手を下さなくてよかったのですから」

セバスチャンの言葉に、シエルはため息をついた。

「あのお方のことが気になりますか?」

セバスチャンは笑いかける。
「気にならない方がおかしいだろう。結果だけを知らされても、これからあっちがどう動くのかわからないのだからな」

シエルは、机を指で叩いた。

「連絡は、来ているようですがね」

セバスチャンは、“失礼”と言ってシエルの手元から、一通の手紙を取った。


「宛名は“伯爵殿”差出人は“シルバー”。慣れない筆記体で書かれています」

















屋敷の扉の前に、ひとつのトランクを持って歩いてくる人物がいた。

「…門から屋敷が、こんなにも遠いとは……」

銀髪に赤メッシュの麗人。
タレ目がちな銀の瞳。大きな丸眼鏡…まるで顔のサイズと合っていない。

少し息を荒げながら、麗人は呟いた。
「貴族の方々は、こんな長い距離を歩かれるのか。うぅむ、なんとも健康的だ」

普通は門から馬車や車で来る。
そんな常識も知らない麗人は、変な知識を身につけ、門を叩いたのだった。

しかしその瞬間。




「よおぉし!今日こそはセバスチャンさんに褒めてもらえるように、お庭を綺麗にするんだ〜」

庭師のフィニが、るんるんと心ウキウキさせながら、扉を思いっきり開いたのだった。



麗人が扉を叩いたのと、フィニが馬鹿力で扉を開いたのは





ほぼ同時であった…。









ドバーン!!

「おぶっ」


麗人は、扉で顔を強打した。





「…?何だ今の音は」

シエルは、ふと気が付いてセバスチャンを呼び鈴で呼んだ。
(大方、またフィニが何か破壊したのだろうが…)

「お呼びですか?」
「さっきの音は何だ。フィニが何か破壊したのなら…」



「せ、セバスチャンさぁああああああん!」

シエルの部屋の扉が、乱暴に開いた。
「メイリン、主人の部屋に急に入室するのはいけませんとあれほど…」
「そそそそそそそれどころじゃないんですだ!早くっ、早く来てくださいですだよぉおおお!」

メイリンは半泣きになりながら、セバスチャンにすがりつく。

「えぇい一体何事だ!?」

シエルが痺れを切らして、立ち上がった。
「ぼ、坊ちゃん!坊ちゃんも来て下さいぃい!大変なんですだッ、フィニが、フィニが…」








「うわあああああん大丈夫ですかぁあああ!?」

フィニは玄関先で、わんわん泣き喚きながら何かを揺さぶっている。

「おいフィニ!そうやって揺さぶるんじゃねえよ!!こういうときはまず、止血をだな」

その隣で、おろおろと慌てる料理長・バルド。
「止血!?止血ってどうすればいいの!?」
泣きながらフィニは、バルドに言う。
「血が出てるところを抑えるんだよ!…て、あれ?」


物凄い力で揺さぶられていたもの…銀髪の麗人は、目を回している。

無傷なのは、一目瞭然であった。

「あ、あのぅ…だ、大丈夫でございますから…とにかく離してください」

「よかったぁああ!生き返ったああああ!」
フィニが抱きしめる。
「う、うげぇええええええ!?だ、だから離し」




「何の騒ぎですか?」


セバスチャンとシエルが、メイリンに連れられて玄関へやって来た。
そこには、泣きながら何者かを抱きしめるフィニと、それをどうにか止めようとするバルドの姿があった。

「あ!セバスチャン!!フィニをどうにかしてくれよ!さっきからこんなんで…」

「うわああああん!!死んじゃったのかと思いましたよーうッ!!」

「あの…、だから、離してくださぁい…ホントに死んでしまい…ま」



「お前は…!」

シエルはフィニが抱きしめている者に近づいた。
「止めなさいフィニ。お客様が苦しんでいます」
「…へっ?」

フィニはやっと我に帰り、絞め殺そうとしていた者を離した。



「あ、ありがとうございます…その説はどうも…」


へろへろになった麗人は、苦笑いを浮かべながらシエルに話しかけた。

「“シルバー”は、やはりお前か…」








「本ッッッ当に申し訳ありませんでしたー!!」

フィニは泣きながら頭を下げた。

「い、いえ…私めの不注意でございますので。お気になさらないで下さい」
麗人は、頭に冷えタオルを乗っけて答えた。
「でもスゴイですだ…!無傷だなんて」
「そうさなあ、フィニの馬鹿力を喰らっても平気なんてよ。セバスチャンぐらいだぜ」

麗人の周りには、使用人たちが囲っていた。


「貴方達何をしているんですか?お客様に失礼ですよ」

パン!パン!と、大きな手拍子が響く。
セバスチャンが、来客用のティーを持ってきたのだ。

「あぁ、お構いなく。私は客人扱いされるような身分の者ではございませんので…」

慌てて麗人は椅子から立ち上がる。

「そういうわけにもいかないだろう。わざわざ手紙まで出して来てもらったのだからな」


シエルがセバスチャンの隣に並ぶ。
「伯爵殿、改めまして挨拶を…」
麗人は腰を折った。

「私めはラクス・ネリテイ。先日は失礼を致しました」
「その件に関しては…“商談”の通り、証拠隠滅・フェッロファミリーの抹殺…そして」

「いや、私はただ頭を下げるしかございません。急なことだったとはいえ、貴方様を脅迫する形になってしましまた…。心から、お詫び申し上げます」

ラクスは目を伏せて、平謝りである。



(………なんだか、とても)




やりにくい。


シエルはそう思った。

それを察したのか、セバスチャンが代わりに話しかける。

「あなたは坊ちゃんを“保護”…お守りすることが目的と仰っていましたね。それは一体どういう意味なのですか?」


「…単刀直入に申し上げたいのは山々なのでございますが、それはこちらの“規則”で、勝手に漏らすわけにはいかないのです」


ラクスは困ったような顔をした。先日とは打って変わっている。
余裕ぶった素振りなど、微塵も見せない。

なんとも謙虚である。

「それは、あなたの正体も同じですか?」
「ええ、…まだ時期が早いのでございまして」

ラクスは眉を下げた。

「…それで、僕は何も知らされないまま知らないまま、お前にどうされるんだ?」

シエルは背もたれにもたれた。

「伯爵殿が難しく考えることは必要ございません。私はただ…」





ラクスは、膝の上で拳を握った。




「ここで執事として雇っていただければ、それで良いのです!」



「……………は?」



「“契約”…とまではいいませんが約束いたしましょう。私は伯爵殿の邪魔になるようなことは一切致しません。伯爵殿の下で忠実に勤めます。しかし、貴方様の“護衛”は仕事の一環であり他にもしなくてはならないことがございます」

「毎日お使えすることはできませんが、出来る限り伯爵殿のお側に置いていただければ、何の支障もございませんので」


「どうか、ご検討お願いいたします」


ラクスは、夕方になると帰っていった。

「つまり、奴は“自分がどういう素性の者で”“どういう目的で僕を監視するのか”…根本的に大事なことを話さず、雇ってくれと云うのか」

シエルはテーブルの上のチェスを、指先で持て遊ぶ。

「まず僕を“何”から“保護”するのかさえ言ってないぞ。信用するにも無理があるだろ…」

「確かにそうですね。疑うな、という方が無理でしょう」
セバスチャンは苦笑する。
「…しかし、それを承知で申してきたのでしょうね。とても、坊ちゃんを欺こうと思ってやっているとは思えません」

「それについては同感だ。奴は僕を嵌めようにも利点が無い。それに、悪魔じゃないなら…一体何なのか」
「悪魔でしたらわかるんですがね。坊ちゃんのようなお方の魂は、格別に美味しいでしょうし」

冗談とも本気ともとらえられないようなことを云うセバスチャン。
シエルはそれを横目で見ると、鼻で笑った。
「まあいいさ。丁度退屈していたところだ…」

「おや、ではあの方をお雇いになるので?」


セバスチャンの問いに、シエルは不適な笑みを浮かべるだけであった。












数日後。
ラクスはシエルに呼び出され、再び屋敷を訪れた。

「まず雇うにあたってだな、色々質問に答えてもらうぞ」

シエルは椅子に座り、ラクスの顔を見た。
相変わらず、顔に似合わない丸眼鏡をはめている。

「雇っていただけるのですか!?」

ラクスは、ぱああああぁっと顔を輝かせた。

「まぁな……」
シエルはその輝かしい笑顔に顔を背けた。眩しすぎるらしい。

「質問ですか…。あの、お答えできる範囲は決まっておりまして…」
「構わない。黙秘権はある」
シエルはセバスチャンに目配せをした。
すると、セバスチャンはラクスに紅茶を運ぶ。

“ありがとうございます”と、ラクスは微笑んで礼をする。

「まず手始めに、僕のことをどこまで知ってるのか教えてもらおう。お前はアズーロの元に居た時から、僕のことをいろいろ知っていたようだが」

「伯爵殿は、表向きは玩具会社の社長をしていらっしゃいますが、女王の名の下に秩序を守る“女王の番犬”であること。それに、貴方様のご出生のことや、悪魔…セバスさんと契約したことも、存じております。…これは、会社?の必須要綱でもあり、知っていなければならないことなのです」

ラクスは真剣な表情で語り出す。

「そもそも私は、貴方様だけでなくここのお屋敷に勤める使用人さんたちの過去や秘密、表には知られていないようなことも存じております。私は伯爵殿を守るためにそれらを知らされているのです…」

シエルは驚く。
「…流石に、普通の人間ではないというわけか」

「私め以外の者は他の業務を行っており、私めだけが特殊なのです。私だけが、伯爵殿の護衛という役目を負っているのでございます。ですから伯爵様の情報については、普通よりも長けております」

「ではラクスさん。あなたは一体、何から坊ちゃんを守るというのです?私だけでは力不足なのでしょうか」
セバスチャンはにっこりと笑う。

「はっきりとは申し上げられません…しかし、とても強力なものとだけ云っておきましょう。それに、セバスさんお一人では立ち向かえるようなものでもありません」

「いやにはっきりと云うな?」
シエルは少し笑いながら紅茶を飲んだ。
セバスチャンは、眉をピクッと動かした。

「私でも、無理なのですか」

「ええ。無理です」

ラクスは、銀色の瞳で見つめる。
ふっと、紅茶のカップに口元に運んだ。

しかし、香りを嗅いで置いた。

「時が来れば、直接全てをお話できます。それまで、どうかご辛抱を」


「………ま、いいさ。セバスチャンも一人だけだと忙しいしな」
シエルは云う。

「セバスチャンのサポート役として雇おう」
「ほ、ホントですか!?誠に有難うございます!!」


ラクスは立ち上がった。

「…とりあえず、一次審査は合格だ」

シエルは不適な笑みを浮かべる。

「一次…審査?」
ラクスは首を傾げる。

「………あぁ!この紅茶のことでございますね」
「申し訳ありませんラクスさん…坊ちゃんのご命令で、痺れ薬を混入させていただきました」

セバスチャンが困ったように笑う。

「匂いがおかしかったので何かと思えば…」
ラクスも“あはは…”と笑う。セバスチャンは肩をすくめた。

「まぁ、ファントムハイヴの執事になるのですから…これくらいできなくては、ね」

「次は二次審査だ。ラクス、別室に移動してもらおう」






三人が向かったのは、洗濯室。
「う、うぎゃぁあああああああ!」

そして女の悲鳴。
「な、何事ですか!?」

ラクスが慌てて向かう。
そして…



「た、助けてくださいですだ〜」

そこには、泡まみれのメイドが泣いていた。
「…こ、これはどういう…」
「ラクス、お前ウチの使用人たちのことを知ってるんだよな」

シエルは無表情で云う。

「え、えぇ…」
「言っておくが。ウチの使用人はセバスチャン以外使えないのだ」

「ヒドイですだ〜坊ちゃん…ワタシだってやればできるだよ〜」
メイドのメイリンは、シーツと共に泡に溺れている。

「では、ラクスさん。これを片付けてください。それが審査です」

セバスチャンは懐から時計を取り出した。
「えっ!?えっ!?えええ!?ちょ、ちょっと待ってください!私めはそ、そんな万能というわけじゃ」

「はいスタート!」


弁解するラクスをよそに、セバスチャンは勝手に審査を始めた。


「こ、これでよろしいでしょうか」
ラクスは、頭に泡をくっつけて笑いかける。

「す、すごく手際がいいですだ〜ラクスさん」
ついでに綺麗にしれもらった(と、云っても拭いただけ)メイリンは、感動している。

「16分57秒…中々のタイムですね」
セバスチャンが言う。
「よし、合格としよう。では、次はその泡まみれのシーツの洗濯だ。セバスチャン、手順を教えてやれ」


シエルは、満足そうに去って行った。
それにメイリンが連れ従う。

「?どうしたメイリン」
「ふふふ、坊ちゃんなんだか楽しそうですだね」

メイリンはニッコリと笑いかける。
「楽しい…まぁ、そうだな」
「ラクスさんを雇われるんですだか?」
「ああ、お前らはともかく、セバスチャンだけじゃ忙しい時に便利だろう。それに…」

「それに?」

「からかいがいがある奴だしな」
「か、からかう!?」

「セバスチャンよりもどこか抜けてるから、面白そうだろ」
シエルはにたりと笑った。
メイリンはそれを見て、寒気を覚えた。天使のような悪魔の笑顔とは、きっとこれのことをいうのだろう。






「いやあ!お天気がいいときの洗濯物干しは、気持ちがいいですねぇ」

ラクスは、真っ白なシーツが並んで干される庭で、ううんと伸びをした。

「業務を楽しくこなされているし、手際も良い。ラクスさんは出来た人材のようですね」

「そ、そんな!本当に私は何もかもできるというわけではないのですよ」

「知っての通り、私以外の使用人たちは皆あのような感じですので本当に助かります…」

セバスチャンは心の底から言った。
得体は知れぬがまともな人材だ。それにシエルも気に入っているようだし、自分の仕事がスムーズに出来るのが嬉しいのだ。

「では次は料理審査と行きましょうか」



「僕に三時のおやつを作ってくれ」

「お、おやつ…ということは洋菓子でございますよね?」

ラクスは広いキッチンに案内された。
「ここにあるものを好きに使っていただいてかまいません。あ、バルドは余計な手出しをしないこと。てゆうか貴方はキッチンから出てください」
「なんだよー!俺にも手伝わせろよー!!」

セバスチャンの冷たい一言にバルドは涙目になりながら叫んだ。




(洋菓子…洋菓子…)


独りきりにさせられたラクスは、エプロンをはめながらぶつぶつと呟く。
「洋菓子…かぁ」



「時間が掛かっているようですね」
セバスチャンは中庭のテラスへ紅茶を運んできた。
テーブルの上に静かに運ぶ。

「素性がわからないというのは厄介だな。奴を雇って僕の身に厄が掛かれば元も子もない」

「その心配はありませんよ。そういったところでラクスさんの名前は聞きませんでしたから」

「…調べたのか」

「ええ、しかしどこにもラクス・ネリテイという人物の手がかりはありませんでした。良い意味と、悪い意味で」

「だからこそ、近くで監視しておくというのも手だ」


シエルは紅茶を飲んだ。


「お待たせしました、伯爵殿」

ゆっくりと歩いてテラスへと現われたラクス。
お盆にひとつのケーキを乗せていた。

「…こ、こちらです」

テーブルの上に置く。

「ホットケーキ……」



シエルの目の前には、数枚重ねられたホットケーキである。
はちみつがかけられており、美味しそうな香りを引き立てている。

フォークを手に取り、ケーキを一口サイズに切り取って口へ運ぶ。

「あ、あの…私めはこう見えて日本育ちでして…。その、洋菓子作りは苦手というかそれしか作れないというか…」

ラクスはあわあわと慌てたように弁解する。
「…お口に合いましたでしょうか?」

「ん…普通にうまい」
「ほ、本当ですか!?」

シエルは感心したようにホットケーキをもぐもぐと食べ続ける。

「セバスチャンとまではいかないが、うちのバルドよりは断然腕は立つようだ」
「それは助かります。私のサポートはきちんと任せられそうですね」

「お褒めに上がり、光栄の極みでございます…!」



ラクスは嬉しそうに二人の後をついて歩く。

「お二人とも優しい方でよかったです。聞いた限りお二人とも、非道な印象でございましたから」

「私は坊ちゃんの命令で動いておりますから。非道なのは坊ちゃんのことでしょう」

「聞き捨てならんな。僕はただ、女王の番犬として仕事をこなしているだけだ。非道も何もない」


シエルは不敵に笑った。
「ラクス、お前町の方に住まいを持っていると言ったな。例の…他の仕事もあるなら住み込みでは難しいだろうが、とりあえずお前専用の部屋を与える。好きに使っていい」

「隣は私の部屋となっています。こちらはもともと他の従業員のための部屋なのですが、今は余ってしまっていて」

「お部屋まで与えてくださるのですか!ありがとうございます…!一生懸命働きます」

セバスチャンは扉を開けて案内した。
三人は部屋の中に入る。

大きな窓と、ベットが並べてある。
何の変哲もない只の部屋であった。

「宿泊せねばならない時は、こちらを使用させていただきます」
ラクスはベッドのシーツを撫でながら言った。
従業員のベッドであろうと、上等なものを使ってある。

「ところでラクス、お前一体何の仕事をしているんだ?セバスチャンが調べても出てこないとなれば…」


「人間が、ましてや悪魔がたどり着けるようなものではありませんので…。疑われるのはごもっともでございます。しかし最初にも言ったとおりまだ話せないのです」

ラクスは振り返り、申し訳なさそうに眉を落とした。

「…僕が、雇い主が言っても?」

「ええ。伯爵殿…雇い主の命令の前に、使命というものがありますので」

シエルはラクスを見つめた。
日本育ちと言ったが、その容姿にはそれらしさがひとつもかもし出ていない。
銀の髪に朱の混じった髪。銀の瞳、楕円に歪んだ瞳孔。

「使命とならば、仕方がありませんね。私も…坊ちゃんの命令に従わなければならないという使命があります」

セバスチャンは笑いながらラクスと対峙する。

「その使命は、契約によって交わされています。つまりは絶対なのです」

「ええ、理解しておりますよ。セバスさんと伯爵殿は契約で結ばれている…重々存じております。伯爵殿の命令は、絶対…」



「ですから、坊ちゃんにあなたを殺せといわれたら、殺さねばならないのです」


「それは困りました。私めも、仕事ですから…回避しなくてはなりません」


シエルは、ゆっくりと目を伏せた。
「セバスチャン命令だ、そいつから全てを聞きだせ。口を割らないのなら…」


「始末しろ」

「イエス、マイロード」


※以上未完。
以下からネタバレ解説。反転してご覧下さい。
なんだかんだでラクスも本気を出さずにじりじりと持久戦を繰り広げるので少しだけ飽きてきた坊ちゃん。
少しずつ力を増して組手をしていてもなかなか隙を見せないラクスにセバスチャンもイライラしてきたので本気で向かおうとするとそれの上を行くプレッシャーを掛けられてセバスチャンから降参を申し出る。そこに新しい楽しみを覚えた坊ちゃんはセバスチャンを負かすかもしれない人物として利用価値を見出しラクスを雇う。
なんだかんだ1期では切り裂きジャック事件でも裏切りのような行為をするラクスですがのちのち死神であることも坊ちゃんにバラし、その上で自らの任務と最大の目的である『死神派遣協会の裏を暴く』ということも話す。最終決戦では死に物狂いで坊ちゃんを守り、セバスチャンに堕天使討伐を任せ、自らも他の死神たちに合流するために向かうがその背後を死神の鎌が貫く。
疑惑と失意を抱いたまま、ラクスは死ぬ。

と、見せかけて実は魂魄が入れ物に入っていただけの『ラクシャーサ・ネリテイ』だったので死神の鎌で貫かれた魂は一度地獄へ戻りそして復活。ますます死神派遣協会の裏が立ち憚るので次は死神として英国へ行くのではなく羅刹天、鬼として(西洋でいう悪魔)出奔。
まずは坊ちゃんの生死を確認に行くが何とそこは『ファントムハイヴの他にも女王の番犬的な貴族が居る世界線(2期)』だったのだ。
その世界線が正しいルートとは思えなかったが自分が悪魔として動くには坊ちゃんと契約を結ぶ必要があったので仕方なく完全にファントムハイヴ派となる。もちろん恋人の死神とはたちまち敵関係に。
なんだかんだあって最終決戦は参加出来ず。悪魔になった坊ちゃんを屋敷でお出迎え。そして「この世界では、これにて終幕」と呟き姿を消す。
原作漫画ルートにて本来の『ラクス・ネリテイ』として行動。この時坊ちゃんの屋敷に雇ってもらおうとはせず死神として姿を隠し、たまに坊ちゃんを助けるけど正体は明かさないみたいな立ち居地で協力。そしてやはり死神派遣協会の裏を暴くため奔走。ここでは一度もやられる事はない。

みたいな。
切り裂きジャック事件のところはもっともっと深く掘り下げてラクスの活躍を書きたいものですが二度と無いでしょう…。ジャックの事は後の解説で。




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