流浪のふたり


「…だからァ…着いて来るなって言ってるでしょう?何なんですかオマエ、ねえ?聞いてますかァ?ねえ?」
後藤又兵衛はうんざりとした顔で嫌味を言う。しかし嫌味を言われた相手はひとっつも顔を歪めず無表情のまま淡々と答えた。
「何を申される後藤様。やつがれが貴殿の軍に入れば、伊達の情報は手に入り今後の動きの予想もあらかた着くというもの…何せやつがれは戦力になりますぞ。自分の実力には誇りを持っておりますれば。ここでやつがれを切り離せば貴殿の隊は著しく弱体化致しますれば」
「随分と自信満々じゃあないですかァ?ええ?伊達の女ァ」
「いえ、やつがれは只の浪人。貴殿と同じく主を無くした只の…武士、否。もはや初めから武士と名乗るのも恐れ多きみすぼらしい身分でありました。城に仕えていたとは言え、主殿の恩恵あってこそ。その城が落ち、流浪して追ったところ伊達政宗に拾われただけでありますれば。伊達へ居たのは気まぐれ、なんとも思っておりませぬ。受けた恩は確りとお返ししました、したらば女…などというにはありえないことでありますれば」
「あーあーあーあー!ありますればありますればって…うるっせえなあ!何ですオマエ、その喋り方?気に食わないんですけど、身分低い奴がァ?必死に上の人間に追い付こうと媚び売ってるような喋り方ァ…すっげー気に食わねえなぁ気持ち悪いんですよぉ、ねえ?」
「はぁ、貴殿を不愉快にさせてしまったのならば…謝罪致します。失礼をばお許し下さいませ」

敵陣へと向かう道中。
又兵衛は追跡者を追い払おうとしていたのだが、この調子でお喋りを続けるものだからどうも先に進まない。
「あぁあああクソ…面倒だ、全く…」

事の発端はこうである。
自分の閻魔帳に書かれている人物をバラしに行こうと、伊達領に乗り込んだ。しかし伊達に会う前に、独眼竜の右目に会う前に…。
名前も聞いたこと無い勿論情報も何も無い輩にそれを阻止され、一時撤退をしたら何故かその輩が着いてきたというわけだ。ひとまず奥州から遠ざかることにしたが、いつまで経ってもその輩は着いて来る。
輩の名前は、聞けば名無篠権兵衛でございますと、ふざけた答えが返ってきた。
何度本名を聞いても、本当に名前が無いと言い張る。
怪しい。怪しすぎる。
何故自分に着いて来るかと聞けば、
「貴殿に大変興味を持ちました。大変惹かれました。似たような、というには恐らくは全く違うものになるのでしょうが…貴殿についてゆけばやつがれの今後も定まるのではないかと感じた次第でありますれば」
と。
伊達居たのは、流れ出るそうなっただけであって、本意で従えていたわけじゃあない、と。
大政奉還だかなんだか偉い人が言っていたが、オレ様は別にどーでもいい。オレ様はオレ様のやりたいことをやるだけだ。
そういうところに"惚れた"と抜かしやがった。
「惚れたと申しましたが、それは別に女としてではありませんよ後藤殿。誤解しないでいただきたく。男として武士として、貴殿の下克上に惚れたのでございますれば」
「あーもう分かりましたってば。その話何回するんですか、ねえ?鬱陶しいんだよぉおオマエ…自覚ありますか、ねえ?」
「申し訳ござらん。貴殿が何度も同じようなことをお尋ねになるので、それに正直に答えていただけでありますれば」
「…今のは嫌味ですよねえ皮肉ですよねえ?そうやって大きい口も叩けるんじゃねえかよ何だァ?いい子ちゃんぶってたんですか、ねえ?腹立たしいったらありゃしねえなぁあ」
又兵衛は、奇刃を手に名無篠に詰め寄る。
背はそんなに変わらないはずだが、又兵衛が猫背である分、名無篠の方が大きく見える。ずいと寄る。すぐにでも殺せる位置。
すると、名無篠も自分の太刀に手を伸ばす。腰の辺りにぶら下げられた太刀。普通の太刀よりも曲線を描く長い刀身は、自分の奇歯となんだか少し似ていて、そこも腹が立った。
これを使って、舞でも踊るかの様にくるくると斬っていくのだ。指先の武具に細工がしてあって、透明で強靭な糸が自在に操れる。名無篠の太刀はその糸と繋がっており、まるで宙を鳥が飛ぶように遠くまで斬れるようになっている。

「あのねェ名無しの。名無しの権兵衛さん?いいですかァ?オレ様に着いて来るんならオレ様に絶対逆らわないこと抵抗しないこと絶対言うことを聞くことぜぇえええんぶ守ってくださいよ、ねえ?そしたらオマエの同行を特別に、許してやってもいいんですけど?特、別、に、ねえ?」
「相分かり申しました。善処致しますれば」
うむ、と頷き名無篠は太刀から手を離した。
「………はあ?オマエ、本当に馬鹿野郎ですねえ」
もう少し嫌がられるかと思いきや、あっさりと承知してしまう名無篠に、又兵衛は興ざめした。
「やつがれは後藤殿に着いていくと決めたのでありますれば、それに従うのは至極真っ当というものでございまする。ならば今日日から後藤殿は、やつがれの主君でありますれば。よろしくお願い致しまする、この身死ぬまで貴殿にお」
「あぁああああ!もういいです面倒です邪魔です鬱陶しいです」
「何でもお申し付けくださいませ後藤殿」
又兵衛の後を律儀に着いて来る名無篠。
「やつがれは何でも云うことをお聞きいたしますれば」
「もおおおおお!煩いって言ってるじゃないですか、ねえ?聞こえてないんですか伝わってないんですか学習能力がないんですかァ?もうその喋り方止めてくださいヤツガレってなんですか気持ち悪いんですよォ止めろぉ今すぐだ止めろ」
「ええっと、ではどうすれば…」
「今から、たった今からオマエは喋り方を変えてください。なりますればとかございますとかいいですから、ですますの普通の口調で喋ってください鬱陶しいんで。ヤツガレなんてダサいんで普通にしてください私でいいじゃないですか私で。ねえ」
「は、はい。かしこま…わ、分かりました?」
「そうですよォやれば出来るじゃねえか」
「お褒めいただき光栄でございま……あっいや…褒めてくれて…ありがとうございま、す?」
「ちょっと。調子乗ってんじゃねえですよ褒めてませんから、ねえ」

ぎゃあぎゃあと小一時間口論をしている二人を少し離れた場所から眺める浪人衆たちは、なんだかんだで似合う二人だなあと、思っていた。




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