クレしん世界トリップ我が子四天王


登場人物紹介
※クレしん時空の主要キャラの紹介は省きます

□菊弘
今回も日本の平和のために奔走するゾ
□セル
菊弘と一緒に日本の平和を守るゾ
□ラクス
今回は別の仕事が忙しいので欠席しているが…?
□サキュー
こいつが最初から登場しないということはお察しだゾ

○慈半
依頼を受けたら何でもするらしいゾ
○シンベエ
慈半おねいさんと仲良しの相棒だゾ

▽ワルハラワルキューレ
悪の組織ワルモーノヴァルキリーのボス。見た目は子供、頭脳はババア!
▽ジャンマー
悪い魔法使い
▽ゴンザレス
悪者筋肉担当
▽カヲル
悪者お色気担当

正義の味方、ラブ。
略してSML…正義の秘密結社は日夜世界の平和を守るために活動している。
「つかみました!テロ組織ワルモーノワルキューレは、現在日本へ向かっているとのこと!」
「でかしたぞ!日本のエージェントと連絡を取れ!」
SMLの本部では、慌ただしくエージェントたちが任務に追われていた。
「そ、それが…!日本のエージェントとの連絡が先刻から途絶えており…」
「な、なに!?ワルモーノたちに先手を打たれたか!?」
「緊急通信!日本からの緊急通信です!」
現場は、しんと静まり返った。リーダーであるエージェントが、電話を受け取り緊急通信を受ける。
「…こちら正義の味方、ラブ…SML本部」
『ごきげんよう正義の味方諸君、我々も正義の味方のつもりなのでどうか安心してほしい』
電話口から軽快な口調が流れ出す。
『我々はいわゆる日本の防衛部隊だ、君たちのエージェントと思われる者を数名こちらで保護させてもらっているよ?なにぶん、我々の任務の邪魔になってしまうのでね』
「…何者だ貴様、日本の防衛部隊だと?そんなもの存在しな」
『表向きはそうだ、そりゃあそうだ。何を大声で我々が日本の戦力であると言いふらす必要がある?君たちと同じで、秘密であることに意味があるのだよ我々…<陰陽寮>はね』
「オンミョウ、リョー?」
「聞いたことがあります、大昔の日本に存在した組織です。占いや呪術、星見に長けた集団だったかと…」
リーダーのそばで、他のエージェントが耳打ちした。
「そのオンミョウリョーが、一体どういうつもりでこちらのエージェントを捕縛している?そちらの任務とは一体何だ」
『まあまずは自己紹介といこうじゃないか。私の名前はハレアキラ、任務はたったひとつだけ。─日本の危機を救うことさ』



春日部。埼玉。のどかな町である。
「ほっほほーい、おまたせ〜」
「しんちゃん遅いよ〜!」
「帰ったらすぐ集まるって約束だっただろ」
「んもう、風間くんはすぐ怒るんだから…そんなんじゃ友達いなくなっちゃうよ?」
「お前が時間守らないからだろ!」
「まぁまぁ…喧嘩しないで…」
「それよりしんちゃん、ちゃんと考えてきたの?リアルおままごとの次の台本、しんちゃんが考えるんだったわよね?」
「うっ…そ、そうだったっけ…?」

子供たちが公園に集まり、遊具の上にたむろしていた。
のどかだ。とても、のどかである。
「……ワルハラ様、このような場所で取引とは……いかがなものでしょう…私はとても気が引けます…」
木陰の、影から声がひとつ。
その木の下で茶髪の少女が缶コーヒーを飲みながら、小声で返事をした。
「お黙りなさいジャンマー。あなたの声がもし、子供たちに聞かれでもしたら大騒ぎですわよ」
「ですから〜!こんなところで取引はよしましょうと…」
「お黙りなさいと、あたくしは言いましたわよジャンマー?」
少女は、可愛い顔を醜く歪めて影を睨み付けた。ひぃ、と影から小さな悲鳴が上がる。
「そもそも…わざわざこの公園を選んだのには理由がありますのよ。高尚な作戦のもと、動いておりますの。お分かり?ジャンマー」
「…………」
「お・分・か・り?」
「あっは、はい!黙れと言われたので黙っておりました!すみません!」
「臨機応変になさい!?ほんっとおバカねあなたは!そんなんだから宝の持ち腐れだとか言われるのですよ!?…まったく……いいですか?これは作戦のひとつなのです。見なさい、あたくしのような可憐な幼女、そして公園。これは大変お似合いでしょう?想像してごらんなさいな、暗〜いじめじめ〜っとした港の隅っこの方で、あたくしのような可憐な少女が居てごらんなさいな」
「ひどく不自然ですね」
「そうでしょうそうでしょう、だからあたくしは……うっ!?」

少女は急に言葉を詰まらせた。目の前に、ぼけっとした顔の子供が立っていたからだ。
「な、なんですの?何かあたくしにご用事が?」
影の中の者も、息をひそめていた。もしかして聞かれてしまったか?だとすれば厄介だ。影の中の者は、静かにパワーを貯めていた。最悪、この子供を消さなくてはならない。
「なにしてんの?」
子供はとぼけた声で訪ねた。
「……人を待っておりますの」
少女は、笑顔をひきつらせて答える。
「ふぅーん?どこの幼稚園?オラ、ふたば幼稚園の野原しんのすけ五歳」
「い、いえ…あたくしはこの国の人間ではありませんの」
「ええー!?外国人?」
しんのすけと名乗った子供は、ひときわ声を荒げた。
「すごいゾ!オラ外国の子供なんて、初めて見た!」
「どうしたの〜?しんちゃん」
しんのすけの声に、他の子供たちも集まってきてしまう。
少女はどんどん笑顔をひきつらせた。
「きゃー!かわいい〜!あなた目が青いのね!テレビに出てくる人みたい!ネネ、初めて生で見た!あたしネネっていうの!」
「ぼ、く…ボー…ちゃん…よろ、しく…」
「ぼく、ぼくは、マサオっていうんだ!は、はじめまして…!」
「ちょ、ちょっとみんな…そんな風に捲し立てたらかわいそうだろ?…。あ、あっはじめまして、僕は風間トオルって言います。ハロー?ハウアーユー?ナイストゥーミーチュー」
「…日本語で大丈夫ですわよ」
少女は、小さくため息をつきながら仕方なく答えた。
「ほうほう、日本語お上手ですなぁ…これなぁに?」
しんのすけは感心しながら、無遠慮に少女の手荷物である黒いトランクを触る。
「ちょっと?あなた、人の持ち物は勝手に触ってはいけないとお母様にならないと教えられませんでしたの?」
少女は、ばしっとしんのすけの手を叩いた。
「そんなこと母ちゃんは教えなかったゾ」
「まあ、なんてお母様でしょう!ひどいわね!」

みさえが、皿洗いをしながら盛大にくしゃみをした。

「外国の子なんだよね?こ、ここへは何をしに来たの?」
マサオが訪ねた。
「………観光ですわ」
「あなた名前は何て言うの?」
ネネの問いに、少女は缶コーヒーを飲んでから答えた。
「ワルハラヴァルキリー、ワルちゃんと呼んでもよいですわよ」

一緒に遊ぼうという流れになってしまった。
ワルハラは仕方なく付き合ってやっている。自分が取引場所を、良いスケープゴートになると言って公園を選んだのだから、馴染む必要があった。
「コーヒー飲めるの?あんなに苦いのに?」
「ええ、あたくし子供じゃありませんから」
しんのすけの言葉に、高飛車になって答えるワルハラ。ネネは、そんなワルハラの態度に、一人の好敵手を重ねる。
「ワルちゃんもあたしたちと同じ子供じゃない!」
「ワルハラさんは、いくつなの?」
トオルは、少し照れながら言った。と、いうかしんのすけ以外の男児たちは、皆ワルハラにデレデレしている。ネネは、それも気にくわなかった。
「あたくしにお聞きになっていらっしゃるの?レディに年齢を気安く訪ねるものではありませんことよ、利発そうな坊っちゃん」
「ワルちゃんって、なんとかざますって言うおばさんに似てるよね」
しんのすけが、悪気もなく言ってのける。ワルハラはわなわなと震えた。
「なっ!なっ!あた!失礼にもほどがありますわよ!?あたくしをそんな、おばさんだなんて!」
「そ、そうだぞしんのすけ!ワルちゃんに謝れよ!」
「えぇー?だってそういう喋り方だもん」
「たしかにしんちゃんのいう通りね〜きっととても年上なんだわ」
「ええそうよ!あたくし、あなたたちより何十倍何千倍も年上ですわよ!もう!たくさんですわ!ガキどもの相手なんて!!」
ワルハラはブチキレた。
『ワルハラ様!いけません、我慢してくださいませ!まだ取引相手が来ておりませんで…』
ジャンマーがテレパシーでワルハラを諌めた。しかし、ワルハラはぷんすかと怒ったまま公園を出ていってしまった。
「あーあ、しんのすけが悪いんだぞ」
「そうだよ、あんな風に言ったら誰でも怒るよ!」
「でもあの子、なんか偉そうだったからネネは嫌ぁーい」
子供たちは、また遊具の上に戻っていった。
しんのすけだけが、ワルハラが忘れていった手荷物である黒いトランクが気になっていた。しかし、遊具の上から皆に呼ばれたので、そのこともすぐに忘れて遊びに戻っていった。


「春日部のニアザリバーパークぅ?そげん名前のテーマパーク、春日部にはねえだろ」
「直訳すると、川のそば…不思議な名前のテーマパークですね?本当に、そのような場所で待ち合わせですか?」
「だって、そげんメールに書いてあったもん。ほれ、見てみ」
黒髪をひっつめて後ろで結っている長身の女は、隣のこれまた背の高い外国人の男に自分のスマホを見せた。金髪は、つんつんと跳ねまくっている。
「アー本当ですね?Near the river park…変な名前ですねー」
男はフームと小首を傾げた。
「あー…こげんめんどくせぇ依頼、受けるんじゃなかったわぁ。いくら馴染みの武器商人の頼みとはいえ…」
「でもじはん!久しぶりの日本ですから?観光も楽しめますねー!わたし、サイタマに来たから、ディズニー○ンドいきたいです!」
「ばか、ディズ○ーは千葉じゃ千葉。埼玉にゃ特になんもねえよシンベエ」
二人は銀色のアタッシュケースを交代交代で持ちながら、埼玉の春日部の川沿いを歩いていた。
「えぇー?仕事終わるでしたら、たくさん遊びたかったです…」
「まあ遊ぶ時間はあるわな、簡単な依頼やし。ブツ渡して、金もらって、おしまい。ただその…肝心の落ち合う場所がなぁ」
「あっ!あそこに子供います!子供に場所、聞いてみましょう!」
男は、川沿いを鼻唄混じりに歩いている子供に声をかけた。
「こんにちはー、この辺に住んでいるですか?教えてほしいこと、あります!」
「おおー!また外国人だ、今日はよく会うなぁ〜いいゾ?なんでも教えてあげる〜」
「ありがとうございます!えっと、Near the river parkというところを、知っていますか?」
「にあ、りば、ぱっく?なんだそれ?」
「オー…わかりませんか?聞いたこと、ありませんか?」
男は子供のそばにしゃがみこんでいる。
女がその後ろに立った。
「おめーの英語の発音がネイティブ過ぎて伝わっとらんのじゃ」
「……きれいな、おねいさん……」
「あ?」
子供が、しゅばばっと女の足元にすり寄った。顔を赤らめて、にたにたと笑っている。
「おねいさん、納豆にはネギ入れるタイプ?オラ野原しんのすけ〜五歳〜しんちゃんって呼んでいいよぉ〜」
「お、おう…ワシは慈半っちゅーもんじゃ。納豆にゃ特になんも入れん…」
「じはんおねいさん〜」
「しんのすけくんと言いますか?わたしもシンベエと言います!同じしんちゃんですね!」
「ほうほう〜おにいさんもしんちゃんかぁ、しんちゃん仲間だゾ」
「仲間ですね〜!」
「いや、和気あいあいとしとるとこ悪かばってん…シンベエ。もうすぐ取引の時間じゃ。はようニアザリバーパーク探さんと」
「パーク?パークってなぁに?」
しんのすけは、腕組みをして首を傾げた。同じくシンベエも首を傾げる。
「わからないですね…わたしたち、待ち合わせをしています。川のそば、という意味の英語です。しんちゃん、何か知りませんか?」
「おっ?かわのそば?かわのそば公園ならすぐそこだゾ?」
しんのすけの言葉に、二人はきょとんと目を丸くした。
「…かわのそば公園ってのが、あっとね?」
「じはん!きっとそこですよ!」
「オラご案内するゾ!」

シンベエと慈半は、しんのすけの後をついていった。

「ここだゾ、オラたちもこの公園でよく遊ぶんだー」
駆け出してブランコに向かったしんのすけの後を、シンベエは追った。一緒にブランコに乗っている。
慈半は周囲を観察した。しかし人の気配は無い。川の側の道をジョギングする人が去っていくのみ。
待ち合わせの時間は近づいている。ギリギリまで待ってみて、何の動きもなかったら武器商人に連絡を入れてみなくては…。と、考えているうちに木陰になっているベンチに気がついた。
そこには、不自然に黒いトランクが置いてある。
「おい、シンベエ」
慈半は、声を掛けて同時に目配せをした。シンベエがブランコから降りて、慈半の隣に並ぶ。しんのすけもついてきた。
「ンー…あれ、ですかね?」
「ものだけ置いてあるのはおかしい。今回の取引相手はちと危ねえ奴と聞いとる…罠の可能性も考えて、もしかしたら爆弾かもし」
「あれ、ワルちゃんのお荷物だゾ」
しんのすけは、シンベエの体をみのむしのようによじ登って、慈半と視線を合わせた。シンベエは、ニコニコと機嫌良さそうに肩に座らせてやる。
「わ、ワルちゃん?なんじゃお前、こん荷物の持ち主ば知っとるとか」
「知っとる知っとる〜」
しんのすけは、慈半の言葉を真似した。シンベエが懐から何か小さな機械を取り出して、黒いトランクにかざした。しばらくトランク全体を探ったあと、なんの反応も無かったので、無言で慈半を見つめて頷く。爆弾ではないようだ。

「あのね、オラたちワルちゃんと遊んでたんだゾ。でも途中でぷんすか怒って帰っちゃった…」
「遊んでたって…ワルちゃん?ってのはお前らと同じ子供か?」
「そうだゾ?」
「……相手は子供ですか?」
詳しいことは聞いてない、と慈半は肩をすくめる。
「ワルちゃん、忘れていったですね…しんちゃんはそのワルちゃんがどこへ行ったか、わからないですか?」
「うーん…オラにもたっぷりだゾ」
「それを言うなら、さっぱりじゃろ?」
「そーとも言う」
シンベエはしんのすけを肩から下ろすと、そのままベンチに一緒に座った。黒いトランクを挟んで、三人で誰もいない公園をぼーっと見つめる。
「じはんおねいさんと、シンベエおにいさんはワルちゃんのお友達?」
「んー?いんや、仕事の取引相手じゃ。ワシらの持ってきたこれと」
慈半は、銀色のアタッシュケースを親指で指す。ダイヤルロックが掛かっていた。
「そこの黒いトランクと交換する、そういう仕事」
「ほうほう、楽な仕事ですなぁ〜」
「ぷっ、ははは!まあな、楽な仕事やわ」
しんのすけの言葉に、慈半は笑いながらスマホを取り出した。取引相手の確認をするために、武器商人に連絡を取る。ベンチから立ち上がって、歩き出す。
「しんちゃん、お家帰る大丈夫ですか?お母さん、お父さん心配しますよ?」
「だいじょーぶだいじょーぶ、おにいさんたちが心配だからオラがついてるゾ。お助けするのは大事なことでしょ?」
「えらいですね〜!あっ、何か飲みますか?ここまで案内してくれた、お礼をします!」
「うっほほーい!やったぁやったぁ!オラ、オレンジジュース!」
「はい!わかりました、待っていてください」
シンベエは、公園の入り口にある自販機を目指した。

ぽつんと、一人きりになったしんのすけは、電話をしている慈半を眺めた。
日本語ではない言葉で、べらべらと捲し立てている。
ぼーっとしていると、何もない空間からすうっと手が延びてきた。
しんのすけはもちろん、慈半もシンベエは気づいていない。
手は、しんのすけの背後から延びてきて、こっそりと銀色のアタッシュケースのロックを外した。ガチャッ、とロック解除の音が響く。
「お?」
パカリ、とアタッシュケースは口を開ける。しんのすけは、ゆっくりと開いていくそれをほうほう、と感心しながら見つめた。中には、仰々しい機械が入っていた。チカチカと小さな電球が不規則に光っている。機械の中心には、手形の書き込まれたガラスの板がある。まるでそこに手を置いてみろ、というように。
「ほうほう」
しんのすけは二、三度頷くと、なんの躊躇いもなしに、そこに手をおいた。
手形の書かれたガラス板がチカッ!と光る。その光に、自販機でジュースを買ってきたシンベエも、電話中だった慈半がやっと気がついた。
「「あっ…あぁああああ〜!?!?!?な、な、なにやってる!?」」
二人はほぼ同時に叫んで、素早くしんのすけの元に駆けつけた。
「ど、ど、どうやって開けた!?ロック掛かっとったろ!?」
「か、勝手に開いてたゾ…」
「なにをしましたか!?こ、ここに手を置いたですか!?こ…これは…鍵と聞いていましたが…なんですかこれ!」
しんのすけの手のひらと、ガラス板を見比べる慈半。二人の慌てように、しんのすけはたらりと冷や汗をかいた。
「ああ、こいつァ鍵だよ…生体認証だ。今しんのすけの手のひらの指紋、脈拍、DNAがこの鍵に登録されちまったとだ…!なんてこった!取引相手が登録するはずだったんじゃろこれぇ!ど、ど、どうするよ!?バックレる!?バックレるしかねえべや!?」
「ご、ごめんなさい。じはんおねいさん…」
しんのすけは、消え入りそうな声で言う。慈半はしょんぼりとしているしんのすけが少し気の毒になって、困ったように笑みを作った。
「い、いや…ブツから目を離したワシらの責任じゃ。しんちゃんは悪うなかよ」
「このままこれを置いて立ち去るでしたら、しんちゃんはどうしますか?しんちゃんの登録は消せますかね」
シンベエは、機械をいじっている。しかし、うんともすんとも反応しない。
「…だめですね、一度登録すると解除は不可能です。しんちゃんが鍵であることは、変えられません」
「ま、待ってろ…もっかい武器商人の奴に連絡してみっで」
慈半は再びスマホを取り出した。
「しんちゃん、巻き込んでしまってすみませんね…」
シンベエが、しんのすけにオレンジジュースを渡す。
「オ、オラもごめん…」
「いえいえ!あなたは悪くないですよ!わたしたちのミスですから?あなたは何も気にしなくていいです」
シンベエはにこにこと笑いかけた。
「そうだ、もう日が暮れますね?おうちまで送りますから」
「うん…」
「じはん、歩きながらでいいですね?」
慈半は呼び出し音の続く電話を耳につけたまま、頷いた。そうして、三人でしんのすけの家まで向かうことになった。公園を出る。銀色のアタッシュケースと黒いトランクを持って。

「…ダメだ、さっきは捕まったが今は繋がらん。メッセ飛ばしとく。…結局さっきもココノエ本人が出らんだったとだ…くっそ〜厄介なもんに巻き込まれちまったなぁ…」
三人は仲良く川沿いの道を行く。
「……しんちゃん、今日の出来事は、秘密にできますか?誰にも話してはいけないです、大丈夫ですか?」
シンベエは、真面目な顔を作って先生のように口調を厳しくした。
「なんで?」
「もし、しんちゃんが鍵になったと悪い人に知られてしまったら、しんちゃんの命が危ないからです」
「え、えぇええ〜!?」
「おう、悪いけどそうやど。ワシらのやっとる仕事は危ない仕事でね、ほんでしんちゃんはその仕事の秘密ば知ってしまったとだ」
「オラ……どうすれば…」
青ざめるしんのすけを見て、慈半は慌てて声の調子を明るくする。
「だ、大丈夫じゃ!とにかくこのことば誰にも話さんのなら、何も起きんでね!?なんかあっても、ワシらが守ってやるでよ?」
「そうですよしんちゃん!わたしたち、とても強いですから?何かあっても守れますね!」
「ほ、ほうほう…わかったゾ、オラ秘密にする!」
「よし、えらいぞぉ」
慈半はしんのすけの頭をぐりぐりと強めに撫でた、おおぅおおぅと頭を揺さぶられながら、しんのすけは声をあげる。
あははははーと、シンベエはそれを見て笑った。が、急に真剣な表情になって、しんのすけと慈半の前に立ち憚った。200メートル先には、長身細身の長い黒マントの男と、ゴスロリ姿の少女が居た。
「お?あれがワルちゃんだゾ」
しんのすけがシンベエの足の間から、顔を出して言った。
「あれが?」
慈半も、しんのすけの側に屈んだ。声を潜める。そうだゾと答えるしんのすけに、しーっとジェスチャーをした。しんのすけは数度頷く。
「よろしいからしら、あなた方。そちらのトランクは、あたくしたちのものですの。お返しになってくださる?……あら?さっきの子供たちの中に居た…なんでした?しんのしん?しんすけ?」
「ワルハラ様、しんのすけくんです」
「そうでしたそうでした、しんのすけでしたね。何をしているのです?またあたくしの邪魔を?」
「違うゾ、オラは」
喋ろうとしたしんのすけの口を、慈半が塞いだ。代わりに慈半が続ける。
「こん子にゃ道案内ばお願いしとったとだ。口ぶりからするに、あんたらがワルキューレっちゅー組織じゃな?ワシらは運びば依頼されたもんじゃ」
慈半は黒いトランクと、銀のアタッシュケースを持って進み出た。
「こっちはあんたらの荷物らしいな?こいが依頼されて持ってきたブツじゃ」
銀のアタッシュケースを差し出す。
長身細身の黒マントが、慈半の目の前に立った。
「では、確かに」
受けとる。
慈半は黒いトランクを開けて中身を確認した。現金である。
「こっちも確認出来た。じゃあ、これからこん子ば家まで送らなあかんでね。失礼すっよ」
慈半はくるりときびすを返す。逆方向だよ、というようなしんのすけの目線に、こくりと頷いた。この場から早く立ち去ることが重要だと、慈半とシンベエは感じ取っていた。

「…ワルハラ様、どうしますか」
「……怪しいわね、あの二人さらっちゃいましょう。あれは何か隠している、拷問して吐かせるわよ」
「はい」
長身細身の黒マント…ジャンマーはマントを広げて影を作った。影の中から、もやもやとした黒い塊が二つ、四本足の獣のような形になって駆け出した。
二匹の化け物は、夕暮れの中を駆けていく。シンベエと慈半の背中に思いっきり飛び付いた。二人は予想だにしなかった攻撃に前のめりに躓いた。
すぐに体勢を立て直そうとして、二人ともそのままぐるりと振り替える。だが、それより早く化け物の影が大きくなり、二人に覆い被さったまま土手を転がり落ちていった。
「じはんおねいさん!シンベエおにいさん!」
しんのすけが、悲鳴に近い声をあげる。

「しんのすけくんはどうします?」
ジャンマーは、再び影を作り出した。
「そうねぇ、さすがに命を奪うのは可哀想だわ。記憶を消す程度にしてちょうだい」
「お優しいワルハラ様」
ジャンマーはにたりと笑いながら、影から再び化け物を生み出した。その化け物は先程の二匹と違い、人の形に近かった。
土手を転がり落ちたまま、化け物と素手で奮闘している二人を交互に見ながら、しんのすけは後ずさる。恐怖で声も出ない。
人の形をした影の化け物が、ゆっくりとしんのすけの頭に手を翳した。
「うぉおおおおおらああああ!!」
慈半の声。人の形をした影の化け物を、慈半が殴り倒した。しかし、背後から襲いかかってきた獣の化け物に押し倒され、シンベエが転がり落ちた方へと落ちていく。
「じ、じはんおねいさぁん!」
「逃げろしんちゃん!」
慈半は獣に噛みつかれながら、声を振り絞った。
慈半の声に、しんのすけはよろけながら駆け出す。
「逃がしませんよぉ〜!」
ジャンマーは、もう一匹人の形をした化け物を出した。のたのたとおぼつかない足取りで、しんのすけを追う。
しんのすけは、息も絶え絶えに走っていた。
すると、突然目の前の空間が割れた。ぱきーんと、きれいな音がして、そこからヒビが入り、じわじわと黒い異空間が広がっていった。そうしてそこから颯爽と、和服の者が現れる。
「幼児虐待とは、いただけないね」
和服の者は、走ってきたしんのすけを抱きかかえると、ばっと片手を前に翳した。化け物たちは急に凍ってしまったかのように、動きを止めた。
「セル、なんだこれは。この世界はこういうのアリなのか?」
セル、と呼ばれた赤い長髪のドレスの女は、菊弘の背後からにょっきりと姿を現した。
「アリらしいな。黒魔術的なものだろう、どれ…」
赤い長髪の女は、和服の者が動きを止めている化け物二匹を眺めると、右手を鉤爪のように鋭く尖らせて引っ掻いた。跡形もなく消えていく。
「お、おぉ〜!おつよいおねいさん!」
「ふふ、お褒めいただき光栄だよ。少年」

「私の他にも魔術を使うものが!?」
「いいわジャンマー、物は手にいれた。ここは一旦引きましょう…あの二人もまたあとで捕まえればいいわ…」
「は、はい!」
ジャンマーが口笛を吹くと、土手の方から二匹の獣が走って戻ってきた。そうしてジャンマーとワルハラの周囲をぐるぐると駆け回る。
やがて真っ黒な竜巻を起こして、姿も消えた。
突風に顔を隠していた和服の者は、舌打ちをする。
「逃したか…まぁいい、この子を助けられた」
「どうやらあちらはまだ事態に気付いていないようだな、時間はある。さっさと少年とその家族を保護しよう」

しんのすけは、和服の者に抱えられたまま土手の方を見た。しかしそこには、慈半とシンベエの姿はない。秘密だ、という約束を思い出して、ぐっと唇を噛んだ。きっと二人なら大丈夫だろう。
「…赤い髪のおねいさん、魔法使いなの?」
「うん?わたしかい?私は魔人セル、魔界の住人さ。よろしくね野原しんのすけくん」
「おおー!オラの名前を知ってる!…オラってそんなに有名人…?」
照れるしんのすけに呆れながら、和服の者はため息をついた。
「そうだね、君は本当に有名人だよしんのすけくん」
「……おにいさんはだれ」
「お、おにいさん!?…ま、まぁあながち間違ってはいないか…」
和服の者は、しんのすけのマイペースさに辟易する。

「私は熊谷菊弘、君のことを守るためにやって来たエージェントだ」


みさえは洗濯物を畳み終わると、ふぅーと一息ついた。
ベビーベッドでは、ひまわりがすやすやとお昼寝中である。
「しんのすけ、遅いわねぇ…またあの子門限破って…」
時計はすでに五時を過ぎている。
当たり前に門限を破るので、そこまで心配はしていない。しかし、夕飯の準備に取りかかろうとしたところ、不意にひまわりがぐずり出したのでみさえの不安は募っていった。
「お兄ちゃん遅いでちゅね〜?」
ひまわりは、みさえにあやされながら、たーいたーいと頷いた。みさえに抱かれて機嫌がいい。
「おかえり〜!」
「あっ帰ってきた!もぉ〜ただいま、で…しょ…?」
みさえはひまわりを抱いたまま、玄関へと向かった。ホッとしたと同時に、叱らなければと気を引き締める。しかし玄関の戸は開いていない。
「……し、しんちゃん?」
「どうしたの母ちゃん」
自分の足元で、しんのすけの声がした。
「ぎゃああ!?な、なんで後ろにいるのよあんたー!ど、どっから入ってきたの!?」
みさえは驚いて飛び上がった。
「ここだゾ」
「と、トイレ?なんでそんなとこから…」
「お邪魔しまぁ〜す…」
ガチャリ、とトイレの戸が開いて中から菊弘が出てくる。
「ぎゃっ、ぎゃあああ!?だ、だれ!?誰なの!?な、何でそんなとこから!?」
「すみません野原さん、お邪魔しております…」
「菊弘さんだゾ母ちゃん、この人エスエムラブのえーじぇんとさんなんだって」
「え、エスエム?!ラブ!?な、なんなんですか!?警察を呼びますよ!?」
「待って!?しんのすけくん変なこと言わないで!?違います野原さん!私はその、日本防衛部隊の隊長で…」
みさえはしんのすけを小脇に抱えると、後ずさって部屋の隅へ逃げ込んだ。
菊弘はあわあわと慌てながら、必死に説明をする。
「警察よりも偉くて、まあCIAとかFBIとかそういうものに近いエージェントでして…」
「菊、そういう説明は旦那さんが帰ってきてからの方がいいんじゃないか?」
台所の方からひょっこりと姿を現すセル。その神出鬼没さに、みさえが再び悲鳴を上げる。
「お前は余計に怖がらせるなよ!」
「ほうほう、菊弘さんはツッコミがお上手なんだね」
「ふっ…まぁね、伊達に何十年とツッコミキャラを……って違ぁう!そういう話はしてなーい!」
菊弘はしんのすけに向かって怒鳴った。そのせいで、ひまわりが泣き出してしまう。
「赤ちゃんが泣いてしまったじゃないか、菊。きっとお腹が空いているんだねぇ…どうぞお母様、お乳をあげてください。わたしが夕飯の準備をしますよ」
「そ、そんな…!い、いいですいいです!」
「ああ、そうですよね勝手に台所をいじられるのも嫌ですよね…お手伝いにとどめておくことにします」
「えっ?ええっ…?な、なんなんですか…もう…し、しんちゃんこの人たちなんなの?」
「だからさっきから言ってるゾ、オラたちをお守りしてくれるエスエムの人だって〜」
「だーかーら!そういう趣向の人みたいに言うんじゃないよ!もう!!」

「そ、それで…そのうちのしんのすけが悪の組織なんちゃらってのに命を狙われてるってか?」
野原家の大黒柱、ひろしはネクタイを緩めながら言った。
夕飯も済んで、皆はテーブルについてお茶を飲んでいる。
「命を…とまではいかないでしょう。こちらの手に入れた情報では、悪の組織ワルモーノたちはまだ鍵がしんのすけくんであることは気づいていません。しかし、逆を言えばそれに気がついたら…」
「しんのすけが、狙われるってわけか…」
ごくり、とひろしは生唾を飲み込んだ。そうして隣で呑気にテレビを見ているしんのすけの頭を小突く。
「まーたお前は、変なことに巻き込まれて…」
「いやぁ、それほどでもぉ」
「褒めてない!」
ひろしが怒鳴ると、しんのすけはきょとんと目を見開いた。その様子を見て、外の様子を見ていたセルがくすくすと笑う。
「鍵ってその、どういうことなの?生体認証…とかなんとか、もう少し分かりやすく説明してくれない?」
みさえは、腕の中で眠るひまわりをゆっくりと揺らしながら言う。
「よく映画などでセキュリティを解除するときに、特殊な機械に手をかざしたりしますよね?そういう仕組みでしんちゃん自体が鍵になってしまったんです。とある兵器の起動スイッチの鍵に……奴等が、ワルモーノたちが、これから入手する予定の兵器…名を<ゲバゲバ>と言います」
「ゼニゲバ?」
しんのすけの言葉に、菊弘が“ゲバゲバだよ”と訂正した。
「ゲバゲバ…これが一体どのような兵器なのかはまだ分かっていません。核兵器に匹敵するものだともっぱらの噂ですが、真実がどうであれ凄まじい兵器であることは間違いない。その兵器を使用するためには、生身の人間の生体認証が二人分必要なのです。簡単に使用させないように」
「外国の核爆弾もそんな仕組みだよなぁ。鍵は二つあって、同時に開けないと起動しないとかなんとか」
ひろしの言葉に、菊弘は頷く。
「ひろしさんの仰る通りです。その鍵のひとつが、しんのすけくんなのですよ。しんのすけくんが登録してしまったから…」
「あんたって子は…!変なものを触っちゃだめでしょ!?」
みさえはしんのすけに厳しく言った。テレビを消して、自分の方に向き直させる。
「勝手に開いたんだゾ…オラのせいじゃないゾ!」
「そういう問題じゃないでしょうが!」
「ま、まぁまぁ。…こうなってしまっては仕方ありません。幸い、まだしんのすけくんを拉致しようとする気配は感じられません。今のうちに、ご家族皆さんで避難していただくのが得策かと思います。どちらかのご実家に行っていただきたいのですが…」
「と、なると熊本か秋田なんだが…」
「いいですね、どちらも春日部から遠い。とにかく、ワルモーノたちは春日部を拠点としました。そこから離れるのがいい、移動中も護衛にSMLのエージェントがつきますからご安心を」
SMLと聞いて、ひろしとみさえは、んん?と同時に眉をひそめた。
「ご存じでしょう、ブタのヒヅメという組織と戦ったあのSMLです」
「あ、あなた筋肉さんやお色気さんとお知り合いなの!?」
「…いや、その二名のエージェントと関わり合いがあるわけではないのですが…彼らの組織と我々は同じようなもの。現在は協力体制を組んでおります。大概の情報は彼らから流れてきているものです、そのおかげであなたがた野原一家のことも知れました」
菊弘は、セルに目配せをした。セルは頷いて、どこからともなく小型通信機を二つ取り出す。
「これは発信器の役割も果たしています、みさえさんとひろしさんで一つずつお持ちください。突然ご実家に向かうというのも難しいでしょう、二日の猶予をいただいておりますので、その二日で準備を済ませてください」
「ま、待ってよ!そんなこといきなり言われても困るわ!」
「そうだぜ!俺も急に仕事は休めないぞ!?」
「難しいのは理解しております、しかししんのすけくんを守るためにもご家族の保護を優先したいのです。相手は悪の組織、血も涙もない奴等です…もし、あなたがたの誰かが人質に取られた場合、どうすることも出来ません。私たちは皆さんの命を平等に思っております。しんのすけくんが危ない目に会わないためにも、皆さん全員を危険から守る必要があるのですよ…どうかご了承いただきたい」
菊弘は、ゆっくりと頭を下げた。
ひろしとみさえは、黙ったまま見つめ合う。
「…みさえ、明日うちの実家に連絡しておいてくれないか?俺は会社の方、なんとかしてみるから」
「あなた…!」
「ありがとうございます、ひろしさん」
「その代わりと言っちゃあなんだけどさ…?会社休むのにあんたたちからこう、一言添えてもらえないかな?世界の危機だからーってのは大袈裟だけどさ…俺たちが危ないってのは説明出来るだろ?なんとか無理矢理、有給扱いとかにならねえかな!?」
「…あなた……」
ひろしの食い下がりっぷりに、みさえは呆れ返る。
「も、申し訳ないのですが…一応この事は口外法度でお願いしたいのです…」
「そ…そんなぁ…」
「やれやれ、父ちゃんはすぐそればっかりだなぁ」
「誰のせいだと思ってんだ誰の!」
ひろしは、脳内で必死に言い訳を考えていた。


翌朝。みさえが一番に起きると、ひろしとしんのすけを起こした。のろのろと二人は洗面所へ歩きだした。ほぼ寝ているが、毎日の習慣のせいで、体は勝手に動いている。
みさえは自分の身支度を済ませると、台所へ向かった。
「わっ!お、おはようございます!」
「おはようございます。…すみません、勝手に」
菊弘は台所のテーブルについており、新聞を広げて茶を飲んでいた。
泊まる部屋は、セルが作り出した異空間の部屋に寝泊まりしたらしい。今さらながらに、へんてこだなとみさえは思った。まあ、似たような不思議な経験は何度もしてきている。最初の、トイレからお邪魔しますには驚いたが、説明さえ聞いてしまえば、受け入れられる。
「朝御飯の準備を手伝いますよ」
菊弘は眼鏡を外して懐にしまうと、着物をたすき掛けし始めた。
「いいのよいいの!残り物並べるだけだから〜」
みさえは座ってて座ってて、と菊弘に笑いかけた。そうですか?とばつが悪そうに、菊弘は眉を下げる。
「あ、おはようございますぅ」
ひろしがパジャマ姿で台所にやって来た。
「おはようございます、お先に失礼致しました」
菊弘は新聞紙を畳み直して、ひろしの目の前に置いた。
「おぉ、ありがとう…。そういえば菊弘さん、あんたって一体何してる人なんだ?その、SMLと協力してるって言ってたけど…そこのエージェントではないんだよなぁ」
「あぁそういえば、私のきちんとした自己紹介はしてませんでしたね!これは失礼しました…、あっみさえさん私はご飯は大丈夫ですよ?えーっと……朝は食べないんです」
あら、そう?みさえは客用の茶碗にご飯をよそおうとしていた。客用茶碗を戸棚に戻す。
「表向きの仕事は、京都の晴明神社の神主です。本職は、昨日も説明したとおり…日本を守る部隊の隊長を任されています。SMLは世界を防衛していますが、我々は日本を守るためだけに存在する特殊な組織…世界の危機、イコール日本の危機でもあるので動いているだけであって、普段はこうして大勢で動くようなことはありません」
「神主さんなの?へぇー、だからお着物なのねぇ」
みさえが席についた。すると、しんのすけがのろのろとやって来る。
「かんぬしさん?なんの話だ?」
しんのすけは、眠たい目を擦りながら、みさえが注いでくれたオレンジジュースに口をつける。まだしっかりと目が開いていない。
「まあ簡単にいえば神社にいる人だね、巫女さんとか知ってる?」
「巫女さん!?オラ、巫女さん知ってるゾ!着物を着てるきれいなおねいさんでしょ〜?」
「う、うんまぁそうだね…神主はその巫女さんよりも偉い人、って感じかなぁ。まあもっと詳しくいえば難しくなるんだけど」
「セルおねいさんは?どこ?」
しんのすけの問いに、菊弘は答える。
「あいつは今、SMLの本部に行って情報交換と報告を済ませているよ」
「あの人…あの人は普通じゃないわよねぇ?」
みさえは、自然と声を潜めた。
「ええ、あれは魔人という生き物です。出来ることは物質生成、空間創成…あいつは結構何でも出来ちゃうスーパー生物ですよ」
「昨日のあれ、面白かったんだゾ母ちゃん。母ちゃんもやってもらえば?お部屋に行くんだゾ」
「え?なぁにしんちゃん、お部屋に行くって…」
みさえは小首を傾げる。
「ああ、異空間移動のことですね。セルは異空間に部屋を作ることが出来るんですよ、それが彼女の持つ能力のひとつでもあります。部屋を作って、扉から扉へ自由自在に行き来出来るんです」
「へー!そりゃあ便利だなぁ!遅刻しても間に合うってわけだ」
ひろしが笑いながら立ち上がった。着替えに行く。
「まぁ、あまり私情では使用できないんですけどね…」
菊弘が苦笑いする。みさえはなぁーんだ、と肩を落とした。
「しんのすけがいつも園の送迎バスに遅れるから…今日くらいは楽できると思ったのに」
「あー、そういえば報告書で読みました。しんのすけくん?今日は私も手伝うから、お母さんに苦労をかけさせないようにしよう」
「ええー?手伝うってなにをするの?オラ、お着替え手伝ってもらうんならセルおねいさんがいいゾ〜」
「こらっ!」
みさえが怒鳴る。しかし菊弘は、けらけらと笑った。不愉快には思っていない。
「ほらほら、そうと決まればさっさと朝御飯を食べる」
「んもぅ、母ちゃんが二人いるみたいだゾ…」
しんのすけは、しぶしぶとトーストを口に運んだ。

おはようございまーす、と元気な声が玄関に響いた。しんのすけとみさえは、慌ただしく玄関から出ていく。
菊弘は、その様子をこっそり観察していた。
送迎の時間に間に合ったことで、先生たちが驚いている。しんのすけは、相当の遅刻魔らしい。
みさえはその話題のあとに、明日からしばらくお休みさせますと断りを入れていた。どうかなさったんですか?という先生の問いには、あらかじめ用意していた理由を答えるみさえ。夫の両親の調子が悪いので、自分が行くことになった。だから子供たちも連れていくという理由だ。
幼稚園の先生は、まあそうでしたか…と声の調子を落とした。帰りはなるべく早くの予定ですが…いつになるか分からないのであっちについたらまた連絡します、とみさえは結んだ。しんのすけを見送る。

「まずは買い出しに向かいますか?」
菊弘は、ぐずり出していたひまわりをだっこしながら、みさえに話しかけた。
あら、ごめんなさいと菊弘に謝りながら、みさえはひまわりをだっこする。
「そうね、大体一週間分くらいでいいのかしら」
「まあそんなに大荷物でなくても大丈夫ですよ。必要なものはこちらで用意させることも出来ますし…」
「それでもひまわりのオムツとかは買いにいきたいのよね…」
「では、私もついていきます。荷物持ちもやりますから、どうぞ遠慮せずコキ使ってくださいね」
「そう?じゃあお言葉に甘えるわね!」
みさえの明るい言葉に、ひまわりは同調した。菊弘は、きゃいきゃいと笑うひまわりのほっぺをくすぐる。とても嬉しそうにひまわりが笑い声をあげた。


ワルハラは大きなため息をついた。自分専用のふわふわの椅子に座って、傍らのテーブルの紅茶を一口飲んだ。
「も、申し訳ありませんワルハラ様…」
ジャンマーが、その足元に土下座している。ワルハラは、その頭の上に自分の足を乗せる。
「うぐっ…!え、ええっと、例の運び屋の追跡はゴンザレスとカヲルに続けさせています。もうひとつの鍵も、武器商人の方から既に入手して…」
「で?あなたの登録は済んだのね?」
「は、はい!取引現場ですぐに行いました!ゲバゲバも、鍵が揃えばすぐにこちらにもたらされる手はずになっております!」
「で?」
「で…で?と、申しますと?」
おそるおそる顔を上げたジャンマー。ワルハラは椅子から降りて、ジャンマーの前に立つ。座っていても、目線は少し下げなくてはならない。
「もうひとつの鍵の行方を尋ねているのです!おばかですかあなたは!あなたとあなたの鍵、そしてあの憎たらしい小僧!そしてあたくしたちが持っている鍵!足りないものはなんですの!?」
「はいぃいい!そ、その憎たらしい小僧です!」
「運び屋の方に尋問するのも手段のひとつではありますけど!?それよりも直接その小僧…しんさく?しんたろう?」
「しんのすけ君ですワルハラ様」
「そのしんのすけを探した方が早いのでなくて?ジャンマー、あなたもう春日部を自分の<陣地>にしてしまっているのでしょう?ならばSMLなど敵ではありませんわ。拐ってきてしまいなさいな、その小僧を…」
ワルハラは、空になった紅茶のカップをジャンマーに差し出す。
ジャンマーはそれを受け取ると、ポカンと口を開けた。
「おかわりですわ!!それくらい察しなさい!」
「は、はい!ただいまお持ちしま!」
がしゃーん。ジャンマーは躓いてしまった。カップは割れる。
「ああああああ!もうっいいですわ自分でやりますから!あなたはさっさと小僧を浚ってきなさい!」
「承知いたし、ました!」
あわあわと、自分の長いマントに足を取られながらジャンマーはそのまま窓から飛んでいった。ここはただの雑居ビルの一室だ。悪の組織の拠点とは言いがたい。そしてその悪の組織のボスが、自らの飲み物のおかわりを注いでいるとなると、大きな大きなため息もつきたくなるというものだ。
「……あたくしは、ゲバゲバを手に入れて世界の頂点に立つ…。そしてこの呪いを解ける魔法使いを従えて、完璧なボディに戻るの!戻って、みせる…」
ワルハラは、ぎりぎりと歯軋りをした。そうして、高笑いをする。高笑いだけは、一流の悪役というような感じだった。


「しんちゃん秋田に行っちゃうの?」
「そうだゾ、えーっと」
マサオに言われて、しんのすけは理由を思い出す。しかしなかなか言葉が出てこない。
『お祖父様の調子がよくない、だから帰るんだろ?』
『おっ?』
しんのすけは、耳元で聞こえた声の主を探す。だが、どこにもいない。
「しんちゃん?どうしたの?」
「……じいちゃんの調子が良くないから、母ちゃんたちと一緒に行くんだゾ」
「そうなの?おじいちゃん、心配だねぇ…」
マサオが、ネネに呼ばれた。マサオは少しだけ嫌そうにそちらに向かう。
『しんのすけ、ちゃんと覚えていないとだめじゃないか』
「セルおねいさん?どこ?」
しんのすけは、遊具の中を探し回る。しかしどこにも居ない。
『ちゃんとここにはいるよ、姿は見えないようになっているけどね』
「ほーうほーう、透明人間ってやつですな」
『ちなみに声も他の人間には聞こえないから、わたしと喋る時は気を付けるんだ』
「どして?」
「おいしんのすけ、なに一人で喋ってるんだよ。ネネちゃんがおままごと始めるからって呼んでるぞ」
トオルがしんのすけを呼びに来た。しんのすけは、ほうほうと頷いた。
「すぐ行くー」
「早く来いよー?」
『な?変だと思われるから、このあとは余計なお喋りはやめておこうな』
「りょーかいだゾ」
しんのすけは、小声で返事をした。

夕方。さようならーさようならーと子供たちはそれぞれ帰っていく。
しんのすけも、アクション仮面の歌を歌いながら帰り道を行く。
「一人で帰れてえらいな、しんのすけ」
「お?セルおねいさん、出てきていいの?」
セルはすたっと地面に足をつけて、そうして突然現れた。しんのすけの隣に並んで歩く。
「まあ今は一緒に居ても不自然じゃないしね、誰か知り合いに会ったらお母様の親戚の人だと説明してくれたらいいさ」
「なるほど〜」
「ところで聞きたいことがあるんだが、いいかな」
「オラに?いいゾーオラ、たまねぎとピーマンが嫌いで…」
「あー違う違う、そういう質問じゃない」
セルは片手を振った。こほん、と咳払いをして改めて質問をする。
「しんのすけ、君は兵器ゲバゲバの鍵に登録されてしまったわけだが。鍵は既にあちらに…ワルモーノワルキューレに渡っている。そもそもその鍵を運んできた運び屋いるはずなんだが、その人たちとは会っていないのかい?」
セルの赤い瞳が、しんのすけを見下ろす。しんのすけは、脳裏に慈半とシンベエを思い浮かべた。そして約束を思い出す。
「オラ、しらないぞ」
「……………この年から嘘つくのが上手いと、将来が不安だなぁ」
「ん?オラの将来は、アクション仮面みたいに正義のヒーローになるんだゾ!?」
「ま、いいさ。運び屋の行方はSMLが追ってるし。こちらには関係の無いことだ」
セルに子供を問い詰めるような趣味は無い。運び屋のことを菊弘が聞かなかったのも、きっと同じような考えだからだろう。
「セルおねいさんたちも、オラたちと一緒に秋田のじいちゃんちに行くの?」
「いや?我々は君たちを安全な場所に送り届けたら、そのままワルモーノたちを倒しに行くよ」
「オラもお助けするゾ!」
「気持ちは嬉しいが、君が一緒にワルモーノのところに行ってしまったらそれこそ奴等の思う壺だ。それにワルモーノたちは強いぞ?君みたいな普通の五歳児が勝てる相手じゃない」
セルは笑いながら言う。それに対し、しんのすけはぷくーっと頬を膨らませた。
「オラ、つよいゾ!」
力瘤を作ってみせる。
「まぁ、可愛い腕だこと」
セルはそれを見てくすくすと笑った。しかし、すぐに真剣な表情になる。目だけで辺りを見回した。
「…どうしたのセルおねいさん、うんこ?」
「トイレを探してるんじゃないんだな、これが」
しんのすけの言葉にふっと微笑む。そして、素早くしんのすけを後ろ向きで小脇に抱えた。すぐに懐からスマホを取り出して、菊弘に緊急通信を入れる。
「まずいぞ、相手はそれなりに腕の立つ魔術師らしい…!春日部は既に奴等の」
「セルおねいさん!うしろ!」
しんのすけは、自分の前方から迫ってくる黒い影の化物を指差した。
セルはぐるりと旋回すると、自分の髪の毛から分身を切り離す。空中で形を変えた髪の毛は、赤い鎧の小さな騎士になった。騎士が三騎、ソードを構えて影の化け物たちに向かっていった。
「ちぃっ!やはり既にその手の者がついていたか…」
ジャンマーは影から、多くの獣を生み出していく。周囲はいつの間にか暗くなっていて、セルとしんのすけ以外の者は消えていた。
「あのおじさん、この前も見たゾ」
しんのすけだけ、呑気にそんなことを言う。
「ええ、再会出来て嬉しいかぎりですしんのすけ君」
「馴れ馴れしいおじさんだなぁ」
「おじさんではありません、私には立派な名が」
「たしか、ジャマーって言ってたゾ」
「ふむ、たしかに邪魔だもんな」
「ジャンマーです!!」
ジャンマーは、怒りに任せて獣たちの軍勢を放った。
セルの出した三騎士は、その流れに巻き込まれて消えていく。
駆け出したセル、しんのすけはその速さに感嘆の声をあげていた。

「どうしたセル、応答しろ!セル!」
「だ、大丈夫なの?」
スーパーで買い物を終えたみさえと菊弘、そしてひまわり。セルからの通信が途絶え、菊弘は狼狽していた。舌打ちをする。
「みさえさん、私はセルとしんのすけくんの方へ向かいます。あなたはこのままSMLのエージェントと一緒にご自宅へ。そしてそのまま秋田へ向かってください、しんのすけくんは私が連れてきます」
「まだ夫が…」
「ひろしさんの方にもエージェントを向かわせました、皆さん秋田で落ち合えますから」
菊弘はそれだけ言って走り出した。みさえはそれを、ぽかんと眺める。どこからともなく現れた黒服が、行きましょうとみさえを誘った。

「おぉー!速い速い!」
しんのすけは状況に似合わず喜んでいた。セルはため息をつく。
「肝の座り具合は好評かだなぁ」
「えへへ〜それほどでもぉ」
セルは少し息を切らせながら、ジャンマーの軍勢から逃げている。髪の毛を千切って、なんとか追撃してくるものたちを凌いでいるが、尻まであった長さの赤髪は、いつの間にか肩のあたりにまで減っていた。
「セル!」
「おぉ〜菊弘おにいさん。おひさー」
「ああ、朝振りだねしんのすけくん」
菊弘が、屋根の上から飛び降りてきた。並走して走る。
「菊、このままだとわたしの備えの魔力も尽きる。奴等には魔術で対抗出来ない」
「しまった…もしや、陣地作成魔法か?」
「だろうな。春日部は既に奴等の手に落ちた、私やお前の魔術では到底敵わんぞ」
ついにショーとヘアになってしまったセル。その髪から生まれた侍姿の赤い戦士が、セルと菊弘、そしてしんのすけを守るように立ち憚った。
「逃がしませんよお!」
ジャンマーは自分の杖を振るう。そこから放たれたビームが、侍たちに直撃した。髪が焼けるような臭いが、周囲に立ち込めた。
「ラクスもサキューもまだ応答に答えん…このままどうにか春日部から脱出するしか…」
「あぶなぁい!」
しんのすけの言葉に、セルは咄嗟にしんのすけを菊弘に渡して自分が盾になった。ジャンマーの放ったビームが直撃する。
「セル!!」
「セルおねいさん!」
セルは苦しそうに呻きながら、そうして姿を黒い雲に変えた。ジャンマーはそれを、瓶の中に閉じ込める。
「ふっふっふ!ここ春日部は既に私、ジャンマーの陣地内!あなた方のちんけな魔法は効かないのですよ!さぁ、観念してください。鍵を…しんのすけ君を渡してもらいます!」
「そんなことさせるか!鍵として使ったあとはどうするつもりだ?どうせ生きては返さないのだろう。私の命に代えても、この子は守る」
菊弘は、しんのすけを背中に背負った。
「菊弘おにいさん…」
「…あなた、今自分の命に代えてもとおっしゃいました?あぁ、あぁ…まるでこれじゃあ私は悪者みたいじゃないですか。ひどいですねぇ」
「悪者だゾ!おまえなんか、菊弘おにいさんがやっつけちゃうんだからな!セルおねいさんを返せー!」
しんのすけは吠える。ジャンマーはほっほっほっほっほ、と笑った。菊弘は逃げる準備をした。どこまで自分の魔力が制限されているか分からないが、飛んででも春日部から脱出しなくてはならない。
「私たちはそれぞれ、自分の夢を叶えるために動いているだけなのですよ?ワルハラ様も私も、自分の叶えたい夢のために行動しているのです。それを悪者?悪者扱いですか?」
「そうだな、私だって自分のワガママで動くことはある。しかしそのワガママが、大勢の迷惑になるのならば咎められるべきだ」
菊弘の言葉に、そうだそうだとしんのすけは声を荒げた。半分も言葉の意味は分かっていないが。
「ふん!負け犬の遠吠えにしか聞こえませんねぇ!食らえっ!スイトォル・タマシー!!」
ジャンマーは杖で三回、地面を叩いた。叩いた箇所から凄まじく速い風が、菊弘の体を通り抜けていく。声もなく、菊弘はそのままその場に崩れ落ちた。前のめりになったので、しんのすけは菊弘の背中から転がり落ちる。
「うわあっ!…っ菊弘、おにいさん!」
ころん、と転がったがすぐに立ち上がり、菊弘に駆け寄った。揺さぶっても反応は無い。
「おっほっほっほっほ!それはもうただの脱け殻ですよしんのすけ君、私が魂を抜いてしまいましたからねぇ」
ジャンマーはゆっくりと近づいてきた。しんのすけは怯えながらも、強気に睨み返す。
「た、魂を…?抜く?」
「それは死んだ、ということですよ。さ、私に子供をいたぶる趣味はありませんから、おとなしく着いてきてください?ここに入ってくだされば、私はもう手出しはしませんよ」
ジャンマーは影を作り出した。そこから檻つきの車が出てくる。まるでおもちゃのようなデザインだった。ジャンマーなりの気遣いなのかもしれない。
「お、オラ!絶対についていかないゾ!菊弘おにいさんを元に戻せ!」
しんのすけは、菊弘の肩にしがみつきながら大声で言う。しかしジャンマーは笑うばかりだ。
「おばかさんですねぇ!死んだものはもう戻りませんよ…」
悪い魔法使いの声に、しんのすけは言葉を無くした。何度か経験した別れ、二度と会えない別れ。
今まで一緒に喋っていた人が、突然消える。その消失感、そして虚無感に、五歳の子供はただ言葉をなくすばかりだった。
「菊弘…おにい、さん……」
名前を呼んでも、返事はない。

「やあしんちゃん!ぼくはイツカだよ、よろしくね!」
代わりに、別の者が答えた。




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