朝を連れてくる悪魔


HELLSING好きに30のお題【おはよう】



「君みたいな階級の高い悪魔が、一人の人間に目をつけるとはね」

着飾った紳士は隣の婦人にボソリと呟いた。
婦人は、口元を扇子で隠しそれに答える。
「まだ決めとるわけではない。妾のちょっとした好奇心ゆえじゃ」
「好奇心もいいけどさ、大概にしなよね。君、本気になれば魔界の王にだってなれるんだから」
「もったいのうと言うかや?ふん…お主は妾の本性を知っとるだろうに」
「まあね!僕もそれが好きで君にこうやって協力してるし」

紳士は、目元を隠したマスクを取る。
涼しげな切れ長の眼。少し顔色の悪いところを抜かせば、誰もが見ほれる美青年である。
隣の婦人も、薄い化粧にキリッとした顔立ち。
女らしい雰囲気と、男らしい雰囲気の混ざり合う妖艶な佇まいは、やはり周りを湧かせた。

「あまり目立ってはいかんの。さっさと済ませようぞ」

婦人はそれに気づいてか、紳士の袖を引いて、目的のものへと歩み寄った。
「済ませるって、もう手を出すつもりかい」
「まさか。相手はまだ子供ぞ。妾はそういう趣味は無い」

二人はテラスに出た。
テラスの階下には、一人の少年が付きの者と一緒に立っている。
その少年の顔は、哀愁が漂っており、余計な輩を近づけさせなかった。

「まるで地獄を知っているかのような顔じゃの」
「…嬉しそうに言っちゃってさ。彼があのヴラド?」
「妾の見たところ、彼奴は幽閉されている故に好き勝手されているのだろ」
「ふふふ、この時代にありがちなことだね。なぁに?まさか兵士達に?」

紳士は上品な笑みを浮かべる。
「やられとるじゃろうな」
同じく婦人も笑った。
「相変わらず非道だねリリス。そうやって闇に落ちた人間しか相手にしないんだから」
「貴様もあと百年生きてみれば判る。趣向というものが備わるのじゃ、毎日の食事というものにもな」


ふと、婦人は階下の少年・ヴラドを見下ろした。
漆黒の闇。
少年の髪、瞳、そして心。
「まだ若き子供ゆえ、手は下さんがのう」
「ふーん、どうだか。君にしちゃあお熱じゃないか」
「妬いておるのかえインクブス?」
「まぁね…って言っても君は僕を相手にしないだろ。じゃ、僕は久々の人間界で楽しんでくるよ」
「うむ、またアチラで会おうぞ…っと待てインクブス」

婦人は扇子を折りたたむ。

「なんだいリリス」

影の中に消えながら、インクブスは“リリス”を見た。

「リリスと呼ぶのは止めよ」
「……誇りに思っていいと思うんだけど。アディーの最初の妻なんでしょ?」

インクブスは、ニタリと笑った。



「…人妻扱いはよして欲しいものだ」
“リリス”は肩をすくめる。

ヴラドを見下ろす。
幽閉され、兵士達からは毎夜玩具にされる。
心に傷を負った少年。

(なんとも興味深い)

こみ上げてくる悦びのようなものを奥歯で噛締め、“リリス”はさっと身を翻した。

もっと近くで眺めてみようか。
欲が出てしまう。

危険な行為ではある。
この姿で人間の近くに居れば、気づく人間が出てくる。
せめて力を抑えればよかったと後悔した時には、廊下の先に人影が見えた。

(しまった、すれ違えば敏感な者はすぐ気づく)

“リリス”はすぐに曲がり角を戻り、壁の方にぴたりと背をつけた。
そこまで不審ではないように。
気がつく者が居れば、にこりと笑って会釈でもすればいい。


がやがやと人の話す声がする。
そして、その集団が“リリス”の視界にも入ってきた。

丁度、自分が居るところとは反対の方へ行くようだ。
しかも誰も気づいていない。

ほっとしたその時、


ぞっと、背筋が凍りついた。
集団が通り過ぎて、その者はまっすぐ見ていた。

が、視線だけは“リリス”を捕らえていた。

ヴラド、彼が“リリス”を見ていた。
これには驚き、ニコリとも会釈も何もできない。

それはほんの一秒だったかもしれない。
だが、永遠のようにその時は過ぎた。

やがて、“リリス”が我に帰った時には、ヴラドの背中は遠くにあった。


「…まさか、彼が気づくとは」

“リリス”は胸を撫で下ろした。
「ご婦人」
「はっはいぃいいいい!?」

急に声を掛けられて、変な声をあげてしまう。
「これはこれは、驚かせて申し訳ありませんでした。私、とあるお方から申し付けられて貴女様にお伝言を」
燕尾服を着こなしていることから、執事であるのがわかる。
「はて、とあるお方とは誰でございましょう?私には知り合いは少なくて…」
「自室へのお招きだそうで。ここの廊下をまっすぐ行かれてください、そこにいらっしゃいます」
「それでは誰だかわかりませんわ。もっと詳しく教えてくださいませ」

誰だろうか。
まさかインクブスがからかっているのか?

小首を傾げる“リリス”に対し、執事は申し訳なさそうに腰を折った。
「必要最低限のことは話すなと言われております」


なんだろう…。
とにかく行ってみるしかなかろうと、“リリス”は奥へ歩んでいった。


そこは、ひどく寒い部屋だった。
思い扉を開けると、真っ暗闇が身体を包んだ。
慣れた闇である。

「ここは私に与えられた牢獄という名の部屋です」

青年の声が、“リリス”の聴覚を刺激する。
声は、ベットの上にあった。

「そのお声は、ヴラド公とお見受けいたしますが」
「いかにもそうですよ。私がヴラド、この城に幽閉された者です」

くすくすと、笑い声が響く。

“リリス”は驚いていた。
まさか目的の者が自ら近づいてくれるとは。

しかし焦ってはならぬ。
まだ、だ。
まだこの者の心に残ってはいけない。この者の孤独は、もっと深く、もっと強くする必要がある。

「こちらに来てください美しいご婦人、私のお話の相手をしてください」

言われて“リリス”はベットの方へ歩み寄った。
「ヴラド公?どうして私をお呼びになられましたの?」
「どうして?貴女がそれをお聞きになるか。貴女は私を呼んでいたでしょう?」

ヴラドは、ベットの上に寝転がっていた。
美しい黒髪が、白いシーツに散らばる。それがなんとも扇情的である。
「私がお呼びになりましたか」

“リリス”もそれに乗ってやる。
この少年はもしや知っているのかもしれん。

“リリス”は長年の勘でそう感じた。
もしかしたら、この少年は私を魔の者と知っているのかもしれない。

「ずっと、見ていたでしょう?」
ヴラドは身を起こした。首を傾げてみせる。

「……えらく、妖艶に誘ってみるの」
“リリス”はクスリと笑った。
本性を現している。
ヴラドは少し怯んだ。
「妾を何者かと思うとるのかや?薄汚い娼婦?欲を持て余した貴婦人?」
「……私にしか見えない人かと」
「ほう、つまりは闇の者かえ?」

何をしておるのだ。
“リリス”は自問する。

これではまるで、答えを上げているようだ。

「私は、私は闇が見えるのか?それさえもわかりません。だから貴女を見たとき、それを確かめようとした。私は、穢れているから闇が取り込もうとする」
ヴラドは、うわ言のように言う。

「私は何なのでしょう。私はこうやって普通の人間なのに、私は、奴らは、」

「ヴラド、幼きヴラド?」
“リリス”はベットの上に身を置いた。
ヴラドは、今にも泣きそうな顔で“リリス”を見る。

「あなたは夜が怖いと思うかえ?」
「怖い。夜は、嫌なことばかりです」

ヴラドは素直に答えた。
そう、彼はまだこんなにも幼い。
狂う術も知らない。真っ白な柔らかい彼に、傷を付け、心を引き裂いているのは彼自身ではない。
彼は狂わねばならぬ。
自らの、意思で。

私が関わっては、何もならない。

(それは己の欲望のためなのか、それとも彼のためなのか)

“リリス”にはわからなくなっている。




「では妾が、あなたに朝を連れてこよう」

「それは、どうやって…?」


“リリス”はゆっくりとヴラドの身を押し倒した。
ヴラドは身を硬くする。
これから何をされるのか、彼は恐らくそういうことを想像した。
顔には落胆と、悲哀が満ちている。

「そういうことはしないさ」

“リリス”は優しく笑ってみせた。
「さぁ、目を閉じて」


ヴラドは、怯えながらも目を閉じた。



「これからずっと、わたしが朝をつれてきてあげる」


ヴラドの身体に、ふっと安心感が宿った。
それは“リリス”の魔力か否か。

「私が“おはよう”と声をかけてあげるわ。ね、ヴラド。それなら夜もすぐ終わる」

「私が貴女に、願えばいいのですか?」
ヴラドは既にまどろみの中にいた。
「そう、強く願えばきっと叶う」


“リリス”はまるで母親のように言い聞かせる。
叶わぬ、叶わぬ願いを諌めるかのような、子供だましの寝物語。


「おやすみヴラド。また、逢いましょう」


待って。


ヴラドは夢の中で、去っていく女の背中に手を伸ばした。
しかしそれは届かない。

「貴女の名前を、教えてください」


私は“サキュバリエス”
貴女の夢魔。


「おはようヴラド」


END


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