酔っぱらい本性


HELLSING好きに30のお題
【大好き】



「好きだ、大好きだアーカード」

セラスはどんがらがっしゃんと、大きな音を立ててずっこけた。
インテグラも同じく、机の上に置いてあった大量の書類に突っ込んだ。
ウォルターも、紅茶を注ぐカップを落としそうになった。

「愛してるアーカード、大好き、超好き」


サキューは、アーカードの座るソファーに乗った。
「大好き、もうホントに好き。どこが好きかっていうともう数え切れないほど好き」

熱烈な告白をされている当の本人は、固まったまま(正しくは輸血パックのストローを咥えたまま)動かない。
「可愛い…その赤い瞳、黒い髪、白い肌…たまらん、そそる」

「こ、これは一体どうしたんだ?サキュー」

大きなダメージを受けた三人の仲で、一番早く回復したインテグラが、力無く尋ねる。

サキューは少し赤らんだ顔をインテグラに向ける。
「どうしたもこうしたもあるかね我が女帝。我輩は愛しいものに愛情表現をしているのだ!嗚呼、アーカード!愛しのアーカード!」

云って、ついにサキューはアーカードを押し倒し、むぎゅうううううっと抱きしめた。

アーカードは、うっと唸ってソファーに転がる。
輸血パックだけは零さないように死守した。

「さ、サキューさん…いつもと様子がおかしいですね」
すりむいた鼻頭をさすりながら、インテグラの隣に並ぶ。
「何があったんでしょうな…昨晩は、アーカードと飲み明かしていたようですが」

ウォルターは、紅茶をインテグラに渡した。
それを受け取ると、インテグラはサキューに視線を移した。

サキューは抱き締めているアーカードに、頬やら首やら顔やらにキスしていた。
されている本人は、やはり無表情のままストローで血を啜っていた。

「大好き大好きー!ん〜!」
サキューはデレデレと顔を緩ませながら、アーカードの体に顔をうずめる。


三人は、ただその異様な光景を眺めているしかなかった。

「…おい、アーカード」
耐え切れなくなって、インテグラは恐らく事の元凶であろうアーカードに尋ねた。

「何だ?」

アーカードは、ストローを咥えたままインテグラを見た。
その首筋にはいつの間につけられたのか、赤い華が点々と咲いている。
アーカードの上に乗っているのは夢魔(サキュバス)だ。このままでは、この場で情事が始まってしまいかねない。

「これは…サキューは一体どうしてしまったのだ?お前の仕業か?」

「私の仕業といえばそうだが」
「そうか、お前の仕業か……じゃあのんびり血を飲んでないでどうにかせんか!」

インテグラは輸血パックを奪い取った。
“あっ”と名残惜しそうに輸血パックを見送り、アーカードは静かに答えた。

「どうにかしろと云われても。酔っ払いをどうこうする術は持っていない」

「酔っ払い?」

「ウォルターが言っただろう。昨晩二人で酒宴をしたのだ。それで、このザマだ」

アーカードはやれやれと肩をすくめた。

「酔っ払い…こいつは、酔っ払っているのか?」
インテグラは、怒りやら落胆やらなんやらで、複雑な顔をしている。

サキューは相変わらずアーカードに愛撫を続けている。
タイに手を掛けて、シャツのボタンを外そうとしている。それをアーカードは片手で制しながら、インテグラに言った。

「上等なワインを持っていたので、二人で飲み明かした。ざっと30本」

「さ、30本も!?」

セラスが声を上げる。
「私は何本飲もうがいつもと変わらないが、サキューは人間の体をかたどっているのでな。それなりに効くらしい」

「まぁ私が無理に進めて飲ませたようなものだから、私の仕業だな」

にたりと笑って、アーカードは自分の体に擦り寄っているサキューの頭を撫でた。

いつも己のことを小馬鹿にし、見下している己の“師”がベタベタと甘えてくるのは、気持ちがいいらしい。

「そう怒るなマイマスター、こいつをどうにかすれば良いのだろう?」

アーカードは、今にも噴火せんばかりに顔を真っ赤にして怒るインテグラをなだめた。
「今日一日、コイツと一緒に地下室に引きこもっているさ…なぁ?サキュバリエス」

「勿論だともアーカード、愛しいものとずっと一緒にいれるならどこでも構わない!」

お姫様抱っこされても、サキューはアーカードの首に両手を回し、熱烈に愛情を注いでいた。


「………なんだというのだ」
ただでさえ多忙なインテグラは、深くため息をついた。



アーカードは地下に戻ると、サキューが勝手に置いたサキュー専用のベッドに、それを投げた。
もふん、とやわらかい音がして、サキューはベッドに寝転がる。
サキューはそれが楽しかったのか、笑い声を上げた。

一方アーカードはというと、すごく不機嫌そうに顔を歪め、自分の椅子にどっかりと腰掛けた。
「フン、大根役者め」

アーカードは吐き捨てる。
「大根役者だと!?我輩はオペラの歌手をしていたときもあったのだぞ。それを大根役者呼ばわりとは…つれないねえ、アーカードちゃん」

サキューはけたけたと笑う。

「…そんな風に呼ぶな」

「アーカードちゃんアーカードちゃんアーカードちゃん」
「呼ぶなと云っている、サキュバリエス」


名前を言われては、従うしかないのでサキューは黙る。
しかし、楽しそうに笑っているのは変わらない。

「なあアーカード、我が愚弟よ。こっちに来ないのか?」

「…なんだ、抱いて欲しいか」

アーカードは、やはり心底嫌そうな顔をしてそう呟いた。
二言目にはいつもそうだ。
口を開けばやれセックスだのやれなんだのと、このエロ悪魔は本当にあの…


「…………………」

アーカードは沈黙する。

「?どうした我が愛しのアーカード」

サキューはベッドの上で半身を起こした。
不機嫌な顔のままのアーカードは、拗ねたように云う。
「…お前、本当に酔っ払いか。それとも演技か」

「酔っ払ってなどおらにゅ!」
サキューはベッドから降り、仁王立ちになって答えた。

「完全に酔っ払いなのだなわかったよし」

アーカードはついに呂律の回らなくなった夢魔を見て、無表情で立ち上がった。

「お?なんら。ヤるのかアーカード!」
デレデレと顔を緩ませるサキュー。

アーカードはもう正直見ていられなかった。が、こんな時こそやっておかねばならないことがある。

ぼろぼろにしてやる。
ずたずたにしてやる。
腕と足と、体を全部引きちぎってやる。

臓器と心臓を握りつぶしてやる。目の前でそれを食ってやる。
股から貫いて半分にしてやる。
そんでその片方だけ可愛がって、もう片方を嫉妬させてやる。


途中から混乱し始めて何をしたいのかわからなくなってはいるが、とにかくめちゃくちゃに犯してやる。

そう心に決めたとき…

好きだ、アーカード




心に響く、声がした。
アーカードは歩みを止める。
目の前には、無表情…否、真剣な顔つきの女がいた。

己と同じ赤い瞳は、温かく燃えている。

「愛してる、わたしのたいせつな吸血鬼」

サキューは、その冷たい唇に口付けを落とした。



アーカードは動けなかった。
女の唇が、己の唇に合わさっている間…おそらく数秒なのだが、動けないでいた。


我に帰ったのは、女が自分の体に崩れ落ちてきて、グースカピーと、眠り始めてからだった。



しばらく、その場に座り込んで、熟睡する女を抱いていた。




「あのぅ。マスター…?」

セラスは恐る恐る地下を訪れた。
「ウォルターさんに言われてお水を持ってきたんですケド……」

白い霧の立ち込める、その闇の空間に足を踏み入れる。
自分のマスターの気配は、そこにどっしりと存在する。しかし姿が見えない。

いつもの椅子の方にはいない。

「マスター?サキューさん?」


「ここだ婦警」
「ぎゃっぴぃいいいいいい!?」

うろちょろしていると、急に背後から声が聞こえたので、思わず叫んでしまった。
「うるさいぞ、静かにしろ」

アーカードはセラスに背を向けた状態で座り込んでいた。
「も、申し訳御座いません…!あ、あの…サキューさんはどこへ」

セラスはアーカードの前に回りこんだ。
「あ、」

アーカードが答えるまでもなく。
サキューはすやすやと寝息を立てて、アーカードの腕の中に納まっていた。

「急に眠ったのだ。おかげで動くタイミングを失っている」
「そ、そうですか」

セラスはアーカードに笑いかけた。
「でもマスター、優しいですね。起こさないようにしてるんですね」
「……………違う」

アーカードは不機嫌そうにサキューを見た。
幸せそうに眠りこける女。
こんなもの、今すぐ私の愛銃でぶち抜いてやりたい。

セラスは、そんなアーカードを見てニコニコと笑っている。
「それで、なんだ。水を持ってきたといっていたが」

アーカードはそんなセラスに殺気を込めた視線を送った。
それにびびって、セラスは思わず後ずさる。

「え!いや、あの!…お水を飲んだら少しは変わるかと思って…その、でも…もう眠ってらっしゃるから大丈夫でしょう…」
「寝たら治るのか」

「治るっていうか…病気じゃないのでその〜…正気には戻られると思いますよ」

セラスは冷や汗を流しながら、おっかない自分の主に答えた。

アーカードは、ふぅんとだけ云って、またサキューに目を落とした。


そんな姿は、やはりどこか可愛らしい。
そう感じてしまうを得ないセラスは、また笑顔を取り戻してアーカードに話しかけた。

セラスは、こういった点ではある意味最強かもしれない。

「酒飲み本性違わずっていいますよね。やっぱりサキューさんって、マスターのこと大好きなんですね!」
「…………どういうことだ」

「お酒飲んでも、その人の本性は変わらないってことです。サキューさん、どんなに酔っ払ってもマスターを好きって気持ちは変わらないんですよ」

セラスは、アーカードの懐で幸せそうに寝ているサキューを見て微笑んだ。

「愛されてますね、マスター」
にっこりと、セラスはアーカードに笑いかける。


アーカードは、云われてフリーズした。

「…どうなさいました?マス……」

セラスもフリーズしてしまった。
アーカードの顔は、暗闇でもわかるくらい真っ赤になっていた。

「ま、ままままままますたー…!」
「っやかましい!私は寝る!今すぐ寝る邪魔するな!」


アーカードはぐあっと立ち上がった。
サキューを抱えたまま、つかつかとサキューのベッドに歩んだ。
「こんなもの知らん!勝手に寝ていればいい!」
アーカードは喉で唸りながら、サキューをベッドに放り投げる。

そして自分もそこに寝転がる。
「私は寝るのだ婦警……出て行け」

アーカードは、精一杯の殺気を込めて言った。
しかし今更あの顔を見て、セラスは怯えようとも思えない。

「すすすすすっすみませんでしたー!!」

セラスは主人の意外な反応を見て、緩んでしまう顔を隠しながら早々と退室した。



「…………」
しばらくアーカードはそのまま動かなかった。

「う。うぅーん?」
サキューが寝返りを打つ。向き合う形になる。
「……この淫乱女が」

アーカードは、精一杯悪態を付いた。
その頬を触る。

するとサキューは、とっても幸せそうに微笑んだ。

アーカードは、黙ってそれを自分の方に抱き寄せた。




後日談。
「なんかものすごく頭痛いなぁ…昨日飲みすぎたな」

サキューは頭を抑えながら、インテグラたちのいる執務室に現われた。
「あ、おはようございますサキューさん!」
「おはよう…あ、あまり大きな声を出さないでくれ子猫ちゃん…頭に、響く」

サキューは力なく笑いながら、ソファーに座った。

「その様子だと、昨日のうちに酒は抜けたようだな」

書類を眺めながら、インテグラは云う。

「え?昨日のうちって…我が女帝。我輩は昨夜アーカードとワインを飲んだのだぞ?」
「…サキュー様、どうやら昨日の記憶がまったく無いようですな」

ウォルターが呆れたように笑う。
「貴女がアーカードと酒宴をなさったのはその前の日でございます」

「………ああ、なるほどね。我輩もしかして、昨日ものずごい酔っ払ってた?」
サキューは、目を伏せながら問うた。

「ええ、そりゃもう。アーカードに熱烈な愛情表現をしていましたよ」
ウォルターが笑って答えると、サキューは泣きそうな顔になった。

「うっ…そんな、屈辱的なこと、を……」
「したさ。とっても面白かったぞサキュバリエス」


ぬるりと、アーカードは現われた。
「お前はでろんでろんに酔っていたぞ。私にここでは云えないような恥ずかしい台詞をペラペラと吐いていた」

「も…もとはと云えば貴様が無理矢理飲ませたんだろうに!」

「私の口車にまんまと乗ったお前が悪い」


二人はぎゃいぎゃいと騒ぎあう。

「…うるさーい!!ケンカするなら地下でやれえ!!」
お決まりの、インテグラの雷が落ちた。
二人は、ぺいっと外に出される。


「…そんな恥ずかしいことを云っていたのか」
サキューはとぼとぼと歩きながら言う。
「ああ」
「……あと、なんか体が変に痛いのは何でだ?こう、節々がかなり軋むんだが…」
「…なんでだろうな」

サキューは、自分の体を摩った。
アーカードは、サキューが目を覚ますまで、彼女をずっと抱き締めて寝ていたのだった。


END



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