狂気の夜


私は覚醒すると同時に、飛び起きた。
軋むベット。古びた匂い。そこは私の部屋だった。
派遣協会の寮室ではない。従者として働く私の貸し家である。

「目、覚めた?」

見計らったように現れた赤髪の男。
漆黒のズボンだけを穿いて、髪から雫を垂らしながらこちらへ歩み寄ってきた。
「…私は……寝てた、のか」
「ええ、ぐっすりネ」
男は、タオルで頭を拭く。
「どれくらい?」
「ざっと三十分」
短い会話が、引っかかった。
「グレル」
私は男の名を呼んだ。
「あ?」
男は、頭を拭きながら此方を見た。口をへの字に歪めている。
「……何を」
怒っているのか、と訊こうとしたが。
男がそれを制した。
乱暴に押し倒され唇を奪われる。
「いいから早くシャワー浴びてきなさいヨ」
有無を言わせぬ言い方であった。ぎろりと、黄色い瞳で睨む。しかし口元は笑っていた。
私は、大人しくベットから降りた。
シャワールームに向かう。

なんだろうか…。

目が覚めたときから違和感がある。
日常だ。これは日常であると言い聞かせている気がしてならない。
日常か?これは本当に日常なのか?
自問してみるが、答えは出ない。
(考えすぎだ…)
私は、服を脱ぎ捨てながら洗面台の鏡を見た。
そして、驚愕した。

体は、傷だらけだった。

真っ赤な切り傷、真っ赤な打痕、真っ赤な

キスマーク。


途端、私の頭は鏡に叩きつけられた。
「がッ!!」
額に鏡の破片が突き刺さる。血が滲む。目の前が赤く染まる。
「ひゃぁはははははは!!今宵は満月ヨ、ラクシャーサ!!」
狂った赤髪の男が、私の頭を掴んでいる。
「お馬鹿さんねえアンタも。昨夜のことを覚えてないの?」
にたり、とひきつった笑顔を見せる。
「さ、くや…」
私は必死で脳を動かす。
しかしすでにダメージを受けている頭は、何も答えてくれない。
「覚えてないの?残念ねえ…、昨日はあんなに綺麗なお月様だったのに。綺麗な奇麗なキレイな上弦の月。アタシはアンタを殺した、いや、死なないんだけど。殺したの。お前が唯一死ねる日」
男が、私を抱きしめて座り込んだ。
「お前の姿が人間に戻る今日は、俺にとって望ましい日。お前の力が無力になる今日は、俺にとって」


最高に満たされる日。

私は、自分の首が折れる音を聴いた。
お前が死に苦しむ姿が、最高に魅力的で!





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