夜会で踊ろう



夜会の逢引2


「ひ、ひええええええええ!これが私でございますか!?」
「やっぱり元がいいから、全然綺麗になりますね!」

大量のメイク道具と鏡の前で、セラスはにっこりと笑った。
「どうだ、済んだか」
「ああインテグラ様!見てくださいよ!ズィアロウさんこんなに綺麗になりましたよ」

「…ほお」
インテグラは目を大きく見開いた。
セラスの側に座っていたのは、ズィアロウとは思えない美人だった。
流れるような銀髪を後ろで軽くくびり、清楚な白のマーメイドドレスに身を包むズィアロウはまったくの別人だった。

「これなら大丈夫だな。地味すぎず、派手すぎず」
「局長…早く来てくださいよ?私にも限界がありますゆえ…」

ズィアロウは立ち上がり、インテグラに歩み寄る。
普段ロングブーツでヒールの履物を履いているからか、ピンヒールでもよろけることなく歩いて見せた。
「わかっている。お前は私の代理として行くだけでいいんだ。下手に探るのは…」
「ええ、流石に危険な真似はいたしません。手がかりさえ得られれば、充分でございましょう」

「しかし…化けたなズィアロウ」

メイクこそ派手にしてはいないものの、整った顔に整ったメイクをすれば美しくなる。
長い睫は強調され、死人のように蒼褪めていた頬は薄いピンクで染まっている。
「頑張ってくださいね、ズィアロウさん」
「そうだ、名前を変えなければな。ズィアロウじゃ不自然だ」



「ジラさん、如何ですか?我が屋敷のバラ園は」

ジラ、と呼ばれた女はゆっくりと振り向いた。
「ええ。とても素敵なバラですわ」

銀髪の麗人は微笑む。
「ダンブル卿、今宵はこのような夜会にお招きありがとうございます…あら、いけないわ。招待されたのはインテグラルでしたわね」
「いいえ構いませんよ。貴方のような美人でしたら、いつでも歓迎します」
「お上手ですわ。インテグラルももう少ししたら仕事が終わると思いますので…」

男…ダンブル卿は美青年だった。
しかし年齢はもうすでに50を越えているはずである。それにしては若い容姿をしていた。
「お聞きしてもいいかしら、ダンブル卿」

ジラ…ズィアロウは美しい微笑を湛えながら男に言った。
「貴方は急に若返られたと、さっき婦人方の噂になっていましたの。私は貴方とお会いするのは初めてですからわかりませんが…ダンブル卿は何か若返りの秘訣をご存知?」
「ハッハッハ!婦人たちが私のことを話していましたか。まあ無理もない…今の私と昔は、まったくの別人ですから」

男はズィアロウの手を握り、バラ園へと誘った。
「いかがです、もうすぐダンスが始まります。バラ園でのワルツも、一興かと」
「リードしてくださいませ?私、ダンスが苦手なの」


…女言葉は疲れる。
ズィアロウは男に手を引かれながら心の中で呟いた。
しかしどうやらこの男とミレニアムがなんらかの繋がりを持っているのは間違いなさそうだ。
急に若返る男。
(吸血鬼化したに違いない。やはり人工吸血鬼の気配は、読み取れないな)

普通の人間の気配と吸血鬼の気配は異なる。
ズィアロウはそれを感じ取ることが可能だが、ミレニアムの作り出した吸血鬼は人間となんら変わりないのだ。

これで私に噛み付いてでもしたら、ビンゴなんだが。

(いや、冗談じゃない)

ズィアロウは苦笑した。
「この夜霧に濡れたバラ、美しいとは思いませんか?」
「え?ええ……バラはいつ見ても美しいですが、夜のバラは一段と綺麗ですわね。神秘的で」
「そうでしょう!?やはりジラさんは他の女性とは違う感性をしてらっしゃる。私の、理想の女性だ…」

ズィアロウは適当に言葉を並べただけなのだが、男にはそれが響いたらしい。
感極まったようにズィアロウの手を取り、そこに口付けを落とした。
鳥肌が立つズィアロウ。
「ミス・インテグラルが遅れてくれてよかったと思う私は、不謹慎ですか?…ミス・ジラ」
「そ、そうですわね!インテグラルったら、遅すぎますわね!」
「私としては、このまま貴女と一緒に…」
「だ、ダンブル卿!?ほ、ほらダンスが始まったようですわよ、音楽が」

ズィアロウの腰は、硬くホールドされた。
しっかりと背中に手を回されてしまい、身動きが取れなくなる。
「なっ……ダンブル卿…」
「貴女は美しい…ミス・ジラ。私の、若さの秘訣を是非ともお話したい」
「それはぜひお聞かせ願いたいのですが……あ、あの?…おやめください…っわ、私には…」

男は、うっすらと笑みを浮かべながらズィアロウの首筋に口を……


「お楽しみのところ失礼、ダンブル卿。インテグラル・ファルブルケ・ウィンゲーツ・ヘルシング卿がご到着いたしました」

二人しかいなかったバラ園に、突如現われた影。
それは恭しく腰を折り、顔を見せずに言った。

「……ミス・インテグラルが?き、君は何だね?急に入ってきて」

男はズィアロウから少し離れ、慌てて言った。

「私は貴方が今抱いているミス・ジラの、婚約者でございます」
「婚約者!?」

影は相変わらず顔を上げない。
しかしその上等なスーツに身を包んでいることから、上級紳士であることだけはわかる。

ズィアロウだけが、その影の正体を知っていた。
「インテグラル様とは長いお付き合いでございまして。今夜は夜会へのご案内と共に、我が妻を迎えに来た次第であります」

影は顔を上げた。
闇色の髪をオールバックにして後ろに流し、その切れ長の瞳は赤い光を放っていた。
「インテグラル様がお待ちです」
影は、そう云って退路をダンブル卿に勧めた。
ダンブル卿はその物言わぬ圧力に負け、逃げるようにバラ園から去って行った。

「……最初からこれが狙いでございますか?伯爵」

いつもの口調に戻り、ズィアロウは自分の肩を揉んだ。慣れない格好をして肩がこっている。

「おや、最初からとは一体どういうことかな。私にはさっぱりだよ、ジラ」
「〜っ!いつまでもしらばっくれないでくださ…!」

言葉は続かなかった。
アーカードはズィアロウの腰に手を回し、そのままターンをしたからだ。
ズィアロウは慌ててステップを踏む。
それを見ると、アーカードは満足そうに笑った。

「…なんですか、その髪型」
「夜会に行くというのでそれらしくしたまでだ」
「インテグラ局長は大丈夫なのですか?」
「ウォルターがついている。それに奴は白だ、裏が取れた。今その話でもしているのだろうよ」
「?裏が取れたとは…局長自ら調査を?」

ワルツを踊りながら二人は会話を続ける。

「私が行った。なぁに簡単だった。奴の付きの者に催眠術で聞きだしたが全てを知っていたよ。奴はただの若返り整形の常連だ。韓国の方にプロがいるらしい」
「は、はぁ…」
「その韓国の整形外科の医者の確認もできた。奴は完全に白だ、ミレニアムとはなんら関係ない」
「それは、よかった…」

ズィアロウは安堵の溜息をついた。
これ以上人間の中から、人工吸血鬼が増えるのは嫌だった。

「ところで夜のバラは綺麗だとかほざいていたが、本音はどうなのだ」
「…一体いつから聞いていたのですか…卿は。バラは、そもそもあまり好きではないのです。なんだかこう、ぎらぎらしていて」
「ハハハ、お前らしい」

アーカードは踊るのを止める。
二人は体を密着したまま、見詰め合った。
「夜霧に濡れたバラなどは、卑らしくて私は好きだがね」
「だから嫌いなのです……んっ」

アーカードは背中の手をズィアロウの頭に伸ばした。
唇を離さないように髪に手を通しながら、口内を犯した。
「ふ、あっ…ふう、ん…」
ズィアロウはいつものように息を荒くして、それに応えた。

「……お前が、他の男と踊るなんぞ見てられなかった」
「…え?伯爵…それは」

「ごほん!」

ズィアロウは咳払いにビクゥっと体を硬直させた。

「イチャイチャしているところ悪いが、もうそろそろ帰らなければならないのだ」
「きょ、局長!お疲れ様でございます」

ズィアロウはわたわたとアーカードから離れて、インテグラの元に向かう。
「お前こそご苦労だったな、私の代わりとはいえ良くやってくれた。礼を言う」
「いえ、お役に立てて光栄で御座います」
「アーカード、お前もよくやってくれた。いつもそのくらいの働きぶりを見せてくれればいいのだがな…」


「気が向けばそうしよう。さて我が主(マイマスター)、私はもう疲れたので先に帰らせていただく。昨日はほとんど休んでいないのだ」

「昨日?」
アーカードの言葉にズィアロウは首を傾げる。
しかし当の本人はさっさと蝙蝠に姿を変え、夜空に消えてしまっている。
変わりにインテグラが葉巻を咥えながら答えた。

「なんだ、聞いていないのか?お前が夜会に出席すると知ってダンブル卿のことを調査するのをかって出たのはあいつだ」
「え、えええ!?」
「それはもう慌てていたぞ、ダンブル卿が女好きというのは誰でも知っているからな。お前の身を案じてたのだろうよ」

インテグラはにやりと笑った。
「お前を夜会にやってよかったよ。やつが、アーカードが可愛い下僕のために一生懸命働く姿が見れた」


ズィアロウは帰りの車の中で一言も喋らなかった。
かわりに耳まで真っ赤だったが。


END





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