夜会で踊ろう
「わ、私が明日の夜会へ潜入捜査!?」
ズィアロウは飲んでいた紅茶を急いで飲み下し、驚きの言葉を発した。
「ズィアロウの今までの仕事を評価して言っているんだ。何も驚くことはないだろう」
「い、いえいえ!私が潜入しているのは街ですし…そう難しい仕事ではないので」
インテグラは資料を渡した。
「それでもセラスやアーカードには出来ないような面をクリアしているのだから、この仕事もこなせるさ」
「勝手が違います。夜会は貴族の方がいらっしゃるところですよ?私は一般市民として街にいるだけでありますれば…」
資料を読みながら、ズィアロウは驚愕した。
「ど、ドレス!?ドレスを着て行くのですか!?」
「そりゃそうだろう。踊ったりするのだから」
「インテグラ局長……一言よろしいでしょうか?私の思い違いだと良いのですが」
「ん?何だ、言ってみろ」
ズィアロウは、資料にもあった招待状の宛名を見て恐る恐る口にした。
「局長が、夜会に出たくないから私を身代わりにするのではありませんよね?」
「…………………そんなわけなかろう」
「それにしては長い沈黙でございますね…」
ズィアロウは怪訝そうな顔をした。
「いや実は。資料にもあるように、招待した企業は裏で奴ら…ミレニアムと絡んでいる可能性があってな。それも踏まえてお前に行って欲しいのだよ」
「そうなのですか?…ならば私が行くしかありませんね」
インテグラはあくまで真剣に言った。
そして心の中で、ほんとは行きたくないだけなのだと、ズィアロウに謝るのだった。
ズィアロウは資料を手に、自室でうんうんと唸っていた。
書かれている作戦はこうだ。
ズィアロウはインテグラの従姉妹として参加する。インテグラはその際『遅れてくる』という設定なのだ。
先に夜会に潜入したズィアロウはさりげなく主催者のことを探る。
長居は危険なので、時間になったら『遅れてきた』インテグラに迎えに来てもらい、そのまま帰還すれば良い。
なお、夜会なのでダンスと礼儀作法は必ず身につけておくこと。
「……ダンス…」
ズィアロウは深く溜息をついた。
礼儀作法はどうにかなるだろう。こう見えて母にどこに出しても恥ずかしくないよう、きちんとした教育を受けたのだ。
ダンス…ダンスとは一体どういう…
「ダンスといえば、夜会や晩餐会では当然必要になってくる嗜みだな」
ぬるりと壁からすり抜けて出てきたのは、マイマスター兼食糧のアーカードである。
「上級階級であるヘルシングの当主の従姉妹となれば、ダンスのひとつ踊れなくてはならんだろうな。もしお偉方のダンスのお誘いを断れば、機関に悪影響を及ぼしかねない」
「…わかっています!今からきちんとウォルターさんに習って」
「ウォルターはそんな暇など無い」
アーカードはさらりと言ってのける。
「だが明日の夜会まで時間がもうないな、とりあえず基礎のワルツをマスターすればよかろう」
「ウォ、ウォルターさんが無理ならば私は一体誰にご教授願えば?」
ズィアロウは顔をひきつらせる。嫌な予感がした
。
「目の前にいるだろう」
「男に合わせて踊れ、基本的に女は男にリードされていればよいのだ」
アーカードはズィアロウの背に手を添えた。
びくう!と体を硬直させるズィアロウ。
「そして曲が始まったら男が左足から踏み出し…ナチュラルターン」
くるりと、アーカードは優しくターンをする。
あわあわとよろけながら、それについていくズィアロウ。
「そんな足踏みをしてどうする。地団太を踏む子供ではないのだ、名の通りナチュラルに」
「は、はいい」
「男がリードしてくれるからといって、操り人形のようではいかんのだぞ」
「はっはい…申し訳ありません」
ズィアロウは何度かアーカードにリードされるうちにステップを覚えることができた。
「はぁ…ありがとうございます伯爵。これでダンスはなんとかなりそうです」
「恥さらしになってもらっては困るからな」
素直に感謝の気持ちを伝えたのに対し、アーカードは嫌味ったらしく笑った。
「ご安心ください。仕事ですから成功させてみせますので」
笑顔をひきつらせながら、ズィアロウは答えた。
「……まあ、気をつけることだ」
アーカードは去り際に呟く。
「気をつける、とは?」
「相手は女好きで有名な男だからな、せいぜい襲われないようにしろ」
「………はぁ?ま、まさか」
ズィアロウは元気に笑った。
私なんぞの女、女性にも見えないのにそんなことがあろうか。
そう高をくくれていたのも当日の朝までだった。
続く
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