恩返し


※雑渡出てきません

「おやぁ?」

上の方から声がした。
助かった!これで落とし穴から出られる。
伊作は俯いていた顔を上げた。自然と笑顔になる。

「…これは、肥溜めだと思うんだが。ぼうやの秘密基地か何かかな」

「へ!?あ、違います!落っこちて一人では出られないのです!お願いです、助けてください!」

「あらあら、それは大変だ。ちょっと待ちなさい」

声は落ち着いたように言った。
しばらく、何かごそごそとする音が聞こえる。

「ちょっと下がりなさい」

伊作は言われて、穴の中で後退する。

「よっ…と」

声の主はひらりと穴の中に舞い降りた。
服装からして薬売りだろう。
では穴の上からごそごそと聴こえていたのは、持っていた薬箱を置いていたのだろうか。

「あのぅ…」

伊作は薬売りに言う。

「ん?」

「あなたまで落ちてきては、意味がないのでは?」

「そんなことはない。どれ、私の肩に担がれなさい」

「え?」

「担いで、ぼうやを穴から出すから」

伊作はまさかの救出方法に唖然とした。
自分は15歳にもなるのに赤の他人(しかも初対面)に担がれるだなんて、さすがに恥ずかしい。
それに悪い気がする。

「えっと…それはその、」

伊作は口ごもる。
すると薬売りはさっさと伊作の腰を抱えあげた。

「うっわぁあ!」

「なんだい、ジタバタしないでくれよ」

ひょい、と軽々抱えられ伊作はおろおろと薬売りの体にしがみつく。

「さ、私の肩に足を掛けて上がりなさい」

抱えられた状態だと、伊作の視線からでも穴の外が見えた。

ああ…二時間前に見た山の景色だ。

申し訳ないと思いながらも、これ以上抱えられたままでいるのも悪いのでさっさと穴から出ることにする。

言われた通りに、抱えあげられてから薬売りの肩に足を掛ける。


(それにしてもこの人…すごい力持ちだなぁ)

自分よりも華奢な体をしているのに、伊作の体重をなんともせずに支えていた。

肩の上に右足、左足を置かせてもらう。

「あっ…つ」

「ん?どうかしたかい」

「あ、い…いえ」

伊作は穴の外に両肘をついた。腕の力で這い上がる。

薬売りがそれを下から持ち上げて助けてくれる。

「っくはー!や、やっと出れた…」


伊作は座り込んだ。

(……出れたけど…)


座り込んだまま、自分の左足を見る。
腫れてはいないが、青くなっていた。落ちたときにくじいたのだろうか。

「どこか怪我をしたの?」

「え!?いえ…あの、大丈夫です」

いつの間にか背後で薬売りが立っていた。

「…足をどうかしたのか」

「だ、大丈夫です歩けま……イテテ」


慌てて立ち上がると痛みが走った。
よろめくのを薬売りが支える。

薬売りは、少し笑っていた。






「すみません、本当にお世話になりっぱなしで…」

「いいんだよ、子供が大人に遠慮することはないさ」


伊作は背に薬箱を背負っていた。そして伊作を、薬売りが背負っていた。くじいた足は手当てをしてもらっている。

「にしても…あんな分かりやすい肥溜めに落ちるなんて、ぼうやは不運なんだね」

「よくみんなにも言われます…」

「だが、私のようにそんなぼうやを不運から救う人が必ずいるのだから、これからも困ることはないと思うがね」

「でも、それじゃあ何だか周りに助けられてばかりで。僕も何か出来たらいいんですけど…」


自分が出来ることは、限られている。


「いや、あまり深く考えなくてもいいんじゃないのかな…。皆がぼうやを助けてくれるのは、皆もぼうやに恩を返したいと思ってやっているのだろうから」


薬売りは、伊作を背負い直す。

「いつも通りに、毎日を過ごせばいいんじゃないのかなと…私は思うよ」

「……」

伊作は黙り込んでしまった。そんな風に言われたのは初めてだ。なんだか変な感覚がした。

「あー…、説教じみちゃったね。ごめんよぼうや」

薬売りが笑う。

「いえ!違うんです、ありがとう…ございます」

「いやなに、この歳になるとどうも説教じみたことしか言えない」

「そんな!薬売りのお兄さん…全然お若いじゃないですか」


伊作は薬売りの首を後ろから眺める。

「嬉しいことを言ってくれる。私はこう見えて三十路を越えたばかりなんだよ」

「!?」

「やあ、よく勘違いされるんだけどねえ。ぼうやくらいの子供たちからは同い年に間違われたりするもんだよ。あ、ぼうやはいくつだい?」

「じゅ、15です」

「15か、まだ12くらいに見られたりするよ私は」


“若く見られるのは別に厭じゃあないけどね”と、薬売りは楽しそうに笑った。
対して伊作は開いた口がしまらない。


「…す、すみません。本当に色々と」

「よく謝るぼうやだね。いいんだよ、別にこれくらい対したことはないのだからね。…それよりも本当にあの団子屋まででいいのかい?目的地まで送り届けるよ?」

薬売りは少し振り返って、伊作の方を見た。

「いいんです!もう一人で帰れますし…」



それに、忍術学園まで送り届けられるのは…



「そうかい?…ならいいんだが」

薬売りは前に向き直った。



伊作は、薬売りに対して疑惑があった。
初めは気のせいだと思っていたが、薬売りに手当てをしてもらっている時に、その疑惑は確かなものへと変わったのだ。

まず、あの穴からどうやって自力で脱出したというのだろう。
そして手当ての際に、薬箱の中が少し見えたのだが……


(薬箱には応急手当て程度の薬や包帯しか入っていなかった…それなのに)


この薬箱は、変にずっしりとしていた。


まさか、




「15ということは、来年は忍術学園も卒業か」

薬売りは、静かに言った。


「…………え」

「おっと。警戒するのは当たり前だが、私がぼうやに危害を加えることはないから安心しなさい。薬箱が重いのは小判が入っているからだ。武器は懐の短刀しか持っていない」


「え?あ?えっと?」

「密輸の阻止をね。私が仕えている城にとって悪影響な密輸を阻止するという任務を、今しがた終えてきたばかりで」

薬売りは伊作を抱え直す。

「く、薬売りのお兄さんは…」

「あまり大声では言えないが忍だよ」

「………一体いつから僕が…」

「道だ。ぼうやが来たであろう道と帰ろうとしていた道を推測して、めぼしい建物を浮かべていけばいいんだ…そしたら、ぼうやくらいの男児と忍術学園という組み合わせはすぐに出るんだな。ほら着いたよ、お団子屋」


伊作はすとんと下ろされた。気がつけば、自分が指定した団子屋に着いている。外に出ている長椅子に座らせられていた。

「くじいた足は帰ったらきちんと治療しなさいね」

薬売りは少しだけ笑いながら、伊作が背負っていた薬箱を受け取った。

「あ、あのっありがとうございました!」

伊作は慌てて立ち上がる。

「本当に、その」

「いいんだいいんだ、私もぼうやに恩返しをしたかったんだよ」

「…え?」




薬売りは薬箱を背負うと、さっと身を翻す。


「ぼうやに大切な人を助けてもらったから」

笑うことに慣れていないであろうその忍は、やはり少しだけ笑って去っていった。






…大切な人って誰なんだろうと考えているうちに
伊作は、忍術学園に帰りついていた。




(また、会えるかな)





伊作と阿草の、ファーストコンタクト






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