姑獲鳥を殺す


戦場の色は赤という。
だが私には夕日のような橙色に思えてならない。
幼い頃から戦場に居た私にとって、美しいという感覚がどうも鈍っているようだ。
私が美しいと思うのは、赤や橙色である。




「阿草さん、そろそろ火を放ちます」

「よろしく」



阿草は刀についた血をなぎ払って鞘に収めた。あらかじめ城内の偵察を行っていたのと、元武士である阿草が敵軍の予想される動きを把握していたため、そこまで時間と労力を掛けずに落城させることが出来た。

こちらの被害はほとんど無い。

阿草はぼろぼろになった座敷を後にし、上司の姿を探した。




城の中は真っ赤に血濡れていて、そして夕日にてらてらと光を放つ。

半ばそれに見とれながら、阿草は廊下を歩んで行った。
さすがに残党はいないようだ。

しかし阿草は数名の気配を感じ取った。

長い廊下を進むと、真っ白な壁に突き当たる。

それを軽く手で押すと、くるりと一回転した。

「隠し扉…」

裏の壁が汚れているということは、誰かがここを通ったということだった。感じ取った気配は、壁の下に伸びる地下から漂っている。

阿草は冷静に懐からクナイを取り出した。




戦場以外での殺しは嫌だった。特に暗闇での殺しは。


地下へたどり着くと、やはりそこにはあの男が居た。上司である雑渡だ。
雑渡は返り血を浴び、ぐちゃぐちゃになった着物を難とせず着ていた。
雨に濡れたように、肌にへばりついている。

「組頭、もうすぐ火を放ちます」

「あっ…そう」


我に帰ったようにはっと振り返る雑渡。
その手には、肉片のこびりついたクナイがあった。それを一瞥して、上司の体の向こうに視線をやると座敷牢が見えた。


「赤ちゃんがさ、居たんだよ」


上司は弁解するように、まるで悪戯して叱られた子供が言い訳をするように阿草に話しかけた。

座敷牢の中には、驚くほど痩せ細った女と数人の武士が居た。死体だった。

「赤ちゃんが居たんだ、女の子がそこに居て赤ちゃんを抱いてたんだろうね」

雑渡が、阿草の隣に並ぶ。阿草は無感情に座敷牢を眺めていた。

「赤ちゃんはそこの男に投げつけられて」

壁はトマトをぶつけたような染みが広がっていた。

「女の子は、男たちに襲われてた」

「それで、みんな殺したんですか?」

「赤ちゃんはまだ生きてると思うよ」

「女の…子?」

「うん、この城主の妾の子。」



混乱に乗してその女の子を襲おうとしていたのだろう。

「赤ちゃんは女の子のお兄さんとの子なんだってー」


雑渡はクナイの肉片を振り払った。
「ねえ、阿草もこんな感じだったんだよね」

「そうですよ」


阿草は死体だらけの座敷牢に足を踏み入れた。柵は既にめちゃくちゃになっている。
雑渡が派手にやったのだろう。

「赤ちゃん、生きてるでしょう?」

「………いいえ?」





阿草は嘘をついた。



「さ、帰りますよ組頭」

雑渡は、いいの?というような顔をした。
暗闇の中で返り血は真っ黒い液体に変わる。
私は、


私はそれが嫌だった。



「赤ちゃん助けないんだ。酷いね」

「中途半端に助ける貴方も非道ですよ」



私は、黒い液体に濡れた上司の姿を見たくなくて踵を返す。
上司は慌てて私の後ろをついてきた。

「助けてあげたら阿草みたいな子がさ、また増えるじゃないか」

「だから、」


助けないんですよ





私は暗闇の中で覚えていることがある。
何も見えない闇の中。
死体しかないその場所で

微かな夕日に照らされた
ひとつの影。




赤も橙色も見えぬ闇の中。

影の顔には確かに血がついていて、影の手は確かに血濡れて

肌は緋色に照らされて



影は幼子を拐っていった。さながら姑獲鳥のように。さながらウブメのように。





雑渡は阿草の手を握った。

「私はね、貴方にはなりたくないのですよ」





私は私の“姑獲鳥”を




姑獲鳥を殺す










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