孤独の傷


※サキュー出てきません



有象無象の区別無く、わたしはこの闇に飲まれた。
ザミエルを誑かした魔弾の射手は、亡霊となったのだ。

闇。紅い闇。
うごめくその波にわたしは漂っている。
有象無象の区別無く。わたしのかたちは彼の中に拡散した。
漂いながら考えることは何もない。
意思は彼の所有物なのだから。わたしは彼の所有物なのだから。

わたしは、彼なのだから。

酔ってしまいそうな揺れの中をふらふらと漂い、わたしは待つ。
彼が、わたしを求めるのを。


下腹部の辺りが、急に下に引き込まれるような感覚をした。
わたしの形はそのまとまりを無くし、どろどろと溶け込んでいる。
溶け込んではいるものの、ちれぢれになりきれない”わたし”が、彼の命令に従うのだ。

そして初めて、わたしは形を得ることが出来る。

「リップヴァーン・ウィンクル」
「はい」

下腹部の辺りから下の方に落ちていき、わたしはゆるゆると形を得た。
黒髪。跳ねた前髪。己の眼球で確認できるものはそれくらいだ。
今、己の顔はどんな顔をしているのだろう。
丸いダサい眼鏡は変わらないのだろうか。そばかすは?
余計な思考が蘇る。
「リップヴァーン・ウィンクル」
そう、わたしがリップヴァーン・ウィンクル。ラストバタリオン。ミレニアム。ヴェアウォルフ。哀れな吸血鬼。

魔弾の射手。

「お前の名を呼ぶのは誰彼か」
「ザミエル。わたしの、魔王」

わたしは、眼前の男を見た。彼はどこにいようが誰だろうが、彼だった。
真っ赤なコート、真っ黒い髪。獣のような瞳。
彼は玉座に座っていた。
「お前はなかなか使い道がありそうだ」
「お褒めにいただき、光栄ですザミエル」

わたしは震えた。悦びが体を駆け巡る。
嗚呼!彼が!彼の声がわたしの脳を舐める。そんな感覚だ。
わたしは跪く。
「ザミエル…ザミエル…」
「リップヴァーン、お前の使命は何だ」

男はゆっくりと玉座から立ち上がり、わたしのもとへ歩み寄った。

「ああザミエル、わたしは魔弾の射手…貴方の闇に堕ちた奴隷!貴方のためなら何でも…っ!?」

わたしは顔を上げ胸の前で指を組み懇願した。
そしてそれは、貫いた。わたしの両手を掠って、それはわたしの胸を貫いた。
「あっ…が?」

じんじんと、じんじんと痛みは広がっていく。
「いいいいい痛いぃいいいっひぃ、い!」
膝立ちの状態で胸を何かで貫かれた。わたしは組んでいた指を、硬直しかけていた指を慌てて離しそれを掴む。
それは手に良く馴染んだ。
愛用の、マスケット銃だった。
「あああっザミエル!ザミエル!」
わたしは、マスケット銃を引き抜こうとした。しかしそれを止める者が居る。彼だ。

彼は足でマスケット銃の柄をぐいと、押した。
「あぁああっ…!」
ずん、と激しく痛みが増す。おかしい、おかしい。彼の中なのだから、痛みなど。痛みなど。
かつん。ぎ、ぎぃぎぎぎ…

なんの音かしら。わたしは痛みに耐えながら背後を一生懸命見た。
マスケット銃は既に地についており、銃口が地を擦る音だった。
わたしの体は反っている。限界まで。もう地に頭がつく。
マスケット銃を握る両手は震えていた。

「ザミエル…い、痛いっ……」
「良い曲線美だ。お前の細い体は、反ることでその美しさが映える」

わたしは泣いていた。
痛い。こんな痛みには耐え切れない。
「ひい、う!痛い!痛いぃい」
「…喧しい口だ。何を今更痛がる必要がある?お前はこうやって私の中に入ったというのに」

男は柄を踏みつけていた足をどけた。
酷く面白くなさそうに、顔をしかめていた。

リップヴァーンはそれを涙と涎、血でぐちゃぐちゃにした顔で見上げている。

「くっ、お前にはその表情が一番似合う…笑顔や微笑、そのような純粋なものなどお前には似合いはしない。淫靡で穢れた、汚れた表情がとても似合う。なあ?汚らしいメス」

男はマスケット銃を強く引いた。
じゅるるるるという音がして、リップヴァーンの体からマスケット銃が引き抜かれる。
「あぁあああううう!」
恐ろしい感覚に驚愕の表情を浮かべ、リップヴァーンは声を上げた。
「そうだ、そうやって猫のように鳴けばいい」
そうしてまた、マスケット銃を押し、胸を貫く。
「うはぁあああ!がっ!あ、あ…」

痙攣しながら、体は奥底でうずいていた。
何故快楽が得られるのだろう。わたしは痛みを感じているはずなのに。
絶対に途切れることのない意識の中で、リップヴァーンは考えていた。
きっと。きっと彼がわたしを必要であると思う限り、わたしの形はそのまま存在し続けて。
彼がわたしを要らないと思わない限り、わたしの意識は彼と共にあるのだろう。

彼が、とても気持ちよさそうな顔をしている。
嗚呼、だからわたしも気持ちがいいのだろう。

わたしは、笑っていた。


やがてその遊びに飽きたのか、男はマスケット銃を引き抜いて遠くに捨てた。
そして跡形も無く消える。だが、彼が求めればそれはまた形を得るのだろう。

「ザミエル…」

彼はわたしの血を啜っている。肉を舐めている。
胸に空いた大きな穴。ぐじゅぐじゅになった穴の周りを、丹念に舐めて。彼は食事をしていた。
わたしはその舌のくすぐったい感覚を、上の空で感じていた。
無意識のうちに彼の髪を撫でていた。
嗚呼ザミエル。わたしの魔王。あなたはきっと、痛みに耐えているのね。

あなたも痛みに耐えている。
だからわたしに痛みを与えた。この大きな胸の傷。
わたしは知っていましたわ。あなたがどれだけ孤独かを。
エイブラハムが書いた『吸血鬼ドラキュラ』の物語。滑稽な、孤独な、可哀想な男のお話。
わたしはあなたを哀れんだ。
なんて孤独な男だろう、と。
ヘルシング教授に開けられた、胸の大きな傷。


孤独の傷。


「ザミエル、聞いてくださいな」

いつの間にかわたしの傷は塞がっていた。
彼は、わたしの胸に顔を押し付けてただ黙っていた。

「わたしは貴方の闇に堕ちた奴隷。なのに、なぜ」

男はその細い体を強く抱きしめていた。
痛みに耐えるかのように、その細い女の体を強く抱きしめていた。

「なぜ、貴方はそうわたしを求めてくださるのです」




わたしはリップヴァーン・ウィンクル。
彼の闇に堕ちた奴隷。


End


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