無神論者の僕が唯一、神様に感謝していること


私が唯一、神に

感謝 していること



女がびくびくと体を震わせた。
荒い息の下、溶けそうなお互いの体温。
おかしい。私には温度など無いのに。
私の体は熱を持ち、快楽に溺れている。
女は少し笑っていた。

女が勝手に持ち込んだキングサイズのベッド。
主に情事の際に使用される(女が就寝する時もか)。

上等な白のシーツの上に、男と女の体液をぶちまけて汚す。

そんな行為は、我々夜族にとってマヤカシでしかないのだろう。
だが、確かに女の肌は柔らかく。確かに女の中は暖かく。

「貴様、また跡を付けたな」

女は叱るような口調で私に言った。だがその顔は満更でもなさそうだ。

「己の所有物に目印をつけて何が悪い」
私は悪態をついて、己のそれを女から抜いた。
女が少しだけ呻く。
「…ハン、独占欲の強い男だ。情けない、そんなに自分に自信が無いのかね」
女は私以上に悪態を付く。
私に組敷かれていた女は、気だるそうに起き上がった。
互いに向かい合って座る。
「どうやっても我輩は貴様の所有物なのだぞ?それは契約により縛られている。何を、心配することがあるのか」
「心配しているわけじゃないさ」

私は女を押し倒して、乱暴に首筋にしゃぶりついた。
「おい、もう今日はやらないぞ」
女はくすぐったそうに身をよじる。
「お前は自由主義者だからな、どこの誰がお前を奪おうと取り戻してやるがお前がお前自身で逃げ出されては困る」
「そんなことするものか」
クスクスと、女は笑っている。
「いいや?お前のことだからいつか、いつかするさ。お前自ら逃げるとなると、私は手出しが出来ない」
「そうだなぁ、私が”来るなアーカード”とたった一言命令すればいいのだからな」

私は女の顔を、両手で包んだ。
「……だからこうやって、お前を縛りに縛って拘束して束縛して愉しませてやっているのだ」
「おや、それは利口だ。さすがは我が愚弟」
「だがサキュバリエス、お前は知っているのだろう。お前はこれからのことをすべて、知っているのだろう?」

私は溜息をつきながら、女の隣に倒れ込んだ。
「知っているという表現とは違うのだよ。前にも話したが”人生”とは大きな機械だ。大小様々な歯車が噛みつきあって何の動きもしない機械だ。
面白くもない、だがその一定の動きは面白い。それが貴様らの”人生”だ。”人生”を動かしているのが歯車、つまり人間だ」

「我輩はそれを見ているだけに過ぎない…否、見ている存在だったのだ。ヴラドという男を見つけるまではな」
女はにっこりと笑って私を見た。
そこには聖母のような暖かさがある。
「それで我輩はここにいるわけだ」
「…全能なる神たる存在のお前は、未来もわかるのだろう」
「大体はな。だが見ないことにしている。歯車(人間)になってから、未来を見ないほうが面白いということが解った」
「だから自分が私から離れていくのも知っていたりするのではないのか?」
「……まったく、自信家な伯爵様はどこにいったのかな?可愛い可愛いヴラドちゃん」

女はあきれ返ったように言った。
だが私は真剣だったから、誤魔化さなかった。
「私から離れていくのだろう、いずれは」
「あのなあアーカード、我輩がこんなに愛情表現をしているというのに…貴様は信じてくれないのか?」
「………」
「我輩の愛を、信じてはくれないのか!?愛しのアーカード!……すまん、ふざけすぎた」

黙り込んだ私を見て、女はふざけるのをやめた。
「アーカード、貴様を”アーカード”にしたのは私だ。契約は永遠だ。貴様と私が居る限り永遠に続くのだよ」
「永遠はない」
「ああ、だから今から作ろう」
「私とお前で、か」
「私とあなたで」


夢魔サキュバリエスは、男に静かに口付けた。
「なぁに簡単なことだ。神は人生を管理できていない、只々動き回る歯車に対し阿呆のように見とれているだけのものだからな。
うまくやれば永遠に動き続けられる。災厄も何もかも、我輩が回避してやればいいのだ。何もかも。
どんな秩序を破っても、我輩は貴様から離れないぞ。アーカード」

「そうか、」

私は目を瞑った。
どんな愛の告白よりも、嬉しい言葉だった。

(私はこれほどにまでも、この女に執着しているのだな…)


神様感謝します。
あなたがぼうっと歯車を眺め、あなたが何も気づかずただ眺め、
傍観者であることに感謝します。

おかげで私は彼女と出会えました。
彼女は、悪の化身。あなたの影。あなたの闇。
そっとあなたから分離して、あなたに気づかれないように
私の側に舞い降りました。

神様感謝します。
どんな仕打ちを受けようが感謝します。
皮肉と誠心をこめて、感謝申し上げます。

(かみさま わたしはあなたにいのりません)

祈りを捧げるのは、彼女だけです





「ああ、忘れていたよアーカード」

女は私のシャツを羽織り背中を向けながら、何かを投げた。
寝転んだままの私はそれを無造作に受け取る。

「今日はバレンタインデーだそうだ。驚いたろ?チョコレートだチョコレート。恋人が恋人にチョコを贈るんだそうだ。
貴様のことだからバレンタインデーなんてイベント知らなかったろヒハハハハ」
「…我が師よ、知っていたさ」
「なに?」

女は、はとして振り返った。

私の顔には、やるせなさがありありと浮かんでいただろう。
「だからいつもとは違う雰囲気にしてみたのだがな。鈍感なお前には理解できなかったようだ」
「えっ…そ、それはその……すまない。もしかして、楽しみにしていたのか?」

私は、どこにでも売ってあるようなチョコレート菓子を見つめる。
その辺の店で同じものが何十個と並んでいることだろう。
「別に、楽しみになどしていないさ?お前なんぞに、そんな期待など抱くわけもなかろう」
「そのわりにはショックを受けているな…すまないアーカード!明日…明日また違うのを」
「もう、よいのだ」

私はふっと微笑んで、自分の棺桶に戻った。




ヘルシングの地下室からは、どんどんと何かをしきりに叩く音と、女がしきりに謝る声が響いていた。




貴女に祈ることを許し給え


End


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