SNOW LOVE
※この前に『よろしい、ならば雪合戦だ』が入ります
インテグラが帰宅したので、二人は引き上げることにした。
「あ〜遊んだ遊んだ、楽しかった」
サキューはるんるんと上機嫌に廊下を歩く。
その後ろを、テンション低めにアーカードが続く。
「昔から雪合戦は好きでなぁ!冬が来たらわざわざ地上に出て遊んだものだ。ある時は子供の姿で子供たちと遊んだ。ある時は女学生たちと遊んだ」
白いコートにはまだ雪が乗っている。
頭にも。
「お前、寒くないのか」
アーカードは、後ろからコートの雪を払ってやる。するとサキューはくるりと振り返る。
「寒い?」
まさか振り返るとは思わなかったアーカードは、少しびっくりして手を引っ込める。
「寒いだろう…。お前は人間の体を型どっているのだからな。感覚は人間と同じだろうに」
「…………あー、そうかそうだったな」
サキューは頭の雪を払いながら苦笑した。
「久々でな、寒いという感覚を忘れていたよ」
「…つまり、寒いのか寒くないのか?」
よく見れば、サキューはコートの下にいつもの薄着である。
腹出し、生足出しの普段着。
「…うん!寒いな!」
馬鹿者が!
アーカードは怒鳴ってサキューを抱えた。
すぐ近くのシャワー室に放り込む。
「あイテッ!何するんだ我が愚弟!」
シャワー室に放り込み、自分もそこに入ってから後ろのカーテンを占める。
サキューのコートを脱がして投げ捨てた。
「?…??」
サキューがアーカードの行動を理解できずにいると、男はシャワーの蛇口をひねった。
「うわっぷ!」
熱い湯がシャワーから流れだし、サキューの体を濡らす。
「ちょ、貴様!服が濡れ……」
ざあざあと雨のように降り続ける湯の下で、
アーカードは膝をついていた。
サキューの腰に抱きつき、うつむいていた。
「…………アーカード?」
サキューは、男の名を呼んだ。
男は小刻みに震えている。抱き締めている手は、力強くサキューの腰を締め付けていた。
「いたいよ、アーカード」
言葉は優しかった。
サキューは静かに濡れる男の髪を撫でてやる。
お互いにびしょ濡れだ。
吸血鬼にとって流水は弱点であり避けたいものだ。しかし目の前で“何か”を恐れている吸血鬼は、そんなことはどうでも良いようだった。
「サキュー…サキュー」
アーカードは、掠れた声で女の名を呼ぶ。
「なんだ」
「―私の体の上に積もる雪は溶けないのだ」
「おや、それは困りものだな。凍傷になってしまうヒハハハ」
「ふざけるな…私は真剣だ」
アーカードは下からジト目で睨み返す。
「雪が溶けないから何だ、貴様は体温が無いのだから当たり前だろう?」
アーカードは立ち上がった。
立ち上がってコートを脱ぐ。
水を吸って重くなってしまったコートは、ぐしゃりと音を立てて落ちた。
「お前の上に積もる雪は、溶ける」
「…まあ、一応コレは人間の体だからな」
コレ、と言って体を指す。
「だがねアーカード君?我輩の正体というのは悪魔だぞ。悪魔は雪なんぞ浴びれもしない。形というものがそもそも無いようなものだからな」
「天から降りてくるものは全て避けるのだ。恵みの雨は、悪魔を避けるんだぞ?濡れなくていいから便利だろ」
サキューはニマニマと笑いながら冗談を言う。
…知っている。
知っている、とアーカードは繰り返した。
「……知っているさ、お前が人間じゃないことくらい」
「じゃあ何故そのように嘆くかな」
サキューは困ったように笑った。
はめていたサングラスを外し、下に落とす。
目の前でしゅんとしている男のタイを取って、服を脱がしていった。
雪のように白い肌。
そんな表現はありきたりだが、まさに男の肌は白かった。
生きていない、血流だけが皮膚の下に存在する。
生きた屍。
美しい屍。
儚い存在。
それを望んで作ったのは、この私なのだ。
サキュバリエスは、アーカードに悟られないように自嘲した笑みを浮かべた。
「寒そうな体をしているな」
サキューはアーカードの肩を撫でる。
「寒いのはお前の体だ」
アーカードはその手を取って引き寄せた。
暖かい雨の下で、二人は抱き合う。
サキューは感じていた。
男の皮膚の下に流れる、確かな血の鼓動を。
そして、冷えた体が己の体温を必死に自分のものにしようとしているのを。
「寒いな」
アーカードは、静かに呟いた。
End
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