SNOW LOVE


最悪の目覚めだった。

棺の重々しい扉が開いて、薄い明かりが私の顔を照らした。

なんだ、と目を開けると私の体に急に何かがドスンっとのし掛かった。

おもいっきり私の腹部にダイブしたそれは、私が“ぐえっ”と唸っても謝りもせず




「雪だ!」


と言った。






「雪だと?」

私は上半身を起こす。

「そうだ雪だ。白くて冷たい雪だ」


そいつはニコニコと笑って、私の肩を掴んだ。

「サキュバリエス…今は朝だ」

「そうだとも、朝だ。朝からたくさん積もったんだ」

「…そして雪とは水が固まったものだ」

「正確には大気の上層で冷やされた水蒸気が氷結し、純白の細かな結晶となって降ってくるものだな」

「辞書みたいなことを言うな、お前は…」



いつもよりも無邪気に微笑む女を見て、私はなんだか気が高ぶった。
最悪の目覚めだったが、まあいいさ。
たまには朝からそういうことをしてもよかろう。

両肩に置かれた手を取り、女を見つめる。


「私は雪は嫌だな。雨と似たようなものだしそれに…」


寒い、と呟いて女の体を寄せた。


ふわりと漂う女の香り。
この香りを嗅ぐと、とても安心する。

「サキュバリエス…」

私が女の名を呼ぶと、



「貴様アホかね。死体が寒いなど何を抜かすか」


女は私をべりっと剥がした。

「馬鹿なことを言ってないで外に出るぞ!雪合戦だ雪合戦!」


と、いうわけで私は屋敷の庭にいる。

冬の朝とはいえ、日差しはある。
私より先に起きていたセラスが、羨ましそうに日陰で私を見ている。


そんな目で私を見るな。代われれるものなら代わる。


「しっかしまあ〜元気だな。姐さん」

セラスの隣にいるのは、ワイルドギースの長を勤める男…ベルナドット。
「いいなぁサキューさん…楽しそうだな〜」

「まあまあセラス嬢ちゃん、夜になったら俺たちも皆で遊ぼうぜ、な?」



呑気なものだ。


私はぼーっと二人を眺めていた。
今は雪が止んでいるので、なんともないがこれが降りだしたらとんでもない。


雪を丸めてそれを大きくし、3つ積み重ねて人形を作るサキュバリエス。
なんだそれは…。

人形の顔を木の枝やら葉やらで作り、満足げに微笑む。


かと思うと、下にうずくまって何か違うものを作り出した。

私は気になったので、それを覗きこみに行く。

すると急に立ち上がり、私の避けて駆け出した。
手に雪の塊を持っている。

「子猫ちゃん!セラス!」


身長170はゆうに越えるスレンダーな体型をした女が、ブーツで雪の上を走る。
その後ろ姿を見て、私はひどくがっかりした。


(あれが…夢魔サキュバリエス…)



「子猫ちゃん見てみろ!雪ウサギだぞ!」

「子猫ちゃんって呼ぶのやめてくださいよっ…雪ウサギ?」


セラスは赤面しながらそれを受けとる。

「この赤いのが目で、耳がこれ」

「わぁ〜!可愛い!ありがとうございます」

「へ〜!上手いもんっスねえ」

なんとも和やかな雰囲気だ。

私は溜め息をついた。


楽しそうに会話をする三人から視線を外し、目の前にいる雪で出来た人形の頭を撫でる。


手袋の布越しからでもわかる、その冷たさ。

しかし手袋についた雪が、溶けることはない。



「アーカード!」


女が私の名を呼んだ。


振り返る。


と、



ベシャッと私の顔面に、雪の塊がぶち当たった。

私はそこに突っ立ったまま、しばらくじっとしていた。
雪が重力に負けて、顔から落ちる。それでも雪は溶けないので、私の顔は雪だらけだ。


「ヒ、」


女が

「ヒハハハハハハハハハハハハ!」


腹を抱えて笑い出した。

「あ、当たったヒハハハハハハハ!まさか…当たるとはヒハハ!」


女の後ろにいるセラスとベルナドットも、顔をそらしながらも笑っている。


私は、懐の銃を取り出した。


「わっ馬鹿!そんなもの撃つ…」


バキューン!バキューン!




「ば、ばかアーカード!急に発砲するやつがあるか!ジョークだぞ!?ほんの遊びなんだからな!?」


惜しいことに、女は魔力を使ってシールドを張り弾丸を回避したらしい。

私は怒りを露にして舌打ちをした。

「私は部屋に帰る」

「まあ待てよ我が愚弟」


怯えるセラスとベルナドットをよそに、私はつかつかと歩き出す。

それを止める女。

「悪かったよ。我輩もふざけすぎた」

「………いい歳した女がな、子供みたいにはしゃぐな愚か者め」

私は振り替えって女を睨んだ。


女は、しゅんとしたように眉を下げた。

私はすぐに向き直って、歩き出す。
私は悪くない。
私は、正当な意見を述べている。



「アーカード…」

名前を呼ばれたなら応じなくてはならない。

私は振り返った。



ベシャッ!




冷たい…雪の塊が……

「アーカード、雪合戦をしよう」


雪の塊が…私の顔に…

「ルールは簡単だ。雪の塊を敵に投げつける。どうだ我が愚弟?」


雪玉がなかなか落ちないので手で拭い落とした。

「認識した………我が師」



私は満面の笑みを浮かべて、雪玉を作った。









「嬢ちゃん…こりゃ雪合戦っていうのかな」

ベルナドットが、ふと呟く。

「…えっと、合戦って言うくらいですからこれくらいあっても…」

セラスは苦笑する。



目の前で繰り広げられている化物VS悪魔の雪合戦は、まさに合戦というか…最早戦争というか…


音の速さで飛び交う雪玉に、人間では到底出来ないであろうアクロバットな動き…

化物と悪魔は、とても楽しそうに笑い声を上げていた。

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