馴れ初め



ラクス・ネリテイ。
それが今度この回収課にやってくる死神の名前だ。
なんでも、特務を任せられるぐらいの成績の持ち主で上からも特別視されているとの噂だ。
同僚の独身女、アルダは書類を抱えながらグレルの隣で小口を叩いていた。

「特務だよ、特務。そんな人がうちの回収課に回されるなんてどういうことなの?」
「そんな奴が管理課に居てもしょうがないじゃない。だって特務の内容は確か…堕天使の討伐デショ?」
「そうなの?すごいねグレル、流石スピアーズさんと仲良しなだけある」
アルダはからかうように言う。
「仲良しぃ?まあね、全ッ然あっちは仲良くしてくれないけどネ!」
グレルは負けじと牙をむく。

「堕天使討伐を任された人が回収課?なんで?ますますわかんない」
「足りないおつむネー!まったく!管理課に居て事務処理するより、下界に行って魂回収しながら堕天使探す方が効率いいデショ?」
「ああなるほど!グレルって顔に似合わず賢いんだね」
「ちょっと?どういう意味?」

グレルはアルダを睨みつける。
にやにやと笑うアルダ。
「あのねえ?アタシは仕事ができないんじゃなくて、しないだけなの!」

「ほお、それは良いことを聞きましたグレル・サトクリフ」

絶対零度の声。
「ウィ、ウィル…!!」
「スピアーズさん!」

二人の反応は真逆だった。

「アルダ・ヤングハズバンド、任務ご苦労様でした。早速報告書を書き上げたのですね」
「はい!どっかのオカマと違って私は仕事をちゃんとこなします〜」
「ンマ、わかりやすく言ってくれちゃって!」
「グレル・サトクリフ、あなたも見習いなさい。これは昨晩のあなたの報告書です、もう一度書き直さなければならないところが多々あります。今日中に仕上げてください」

ウィリアムは淡々と告げ、書類をグレルに渡した。
「はいはーい…」

グレルは気だるそうに書類を受け取った。


※※※


回収課に続く長い廊下をヒールの音が静かに響いていた。
いつもの風景いつもの音。いつもの日常。
(ああ、いやになっちゃう)

ちょっとでいいから刺激が欲しい。

溜息をつきながら、つかつかと廊下を進んでいると

急に扉が開いて、グレルはその扉にぶつかってしまった。

「ぎゃうう!」
踏みつけられた子犬のような鳴き方をして、グレルは持っていた書類をぶちまけながら後ろへ尻餅をついた。

「い、いったーい!」
「も、申し訳ありません!大丈夫ですか!?」

扉を開けた主が、慌ててグレルに駆け寄った。
素早くグレルの手を取り引き上げ、立たせる。
その対応にグレルは文句も言う間がない。

「お怪我はありませんか?申し訳ない…こちらの不注意でした」
「え?あっ…い、いいのヨ」

グレルは、ぼおっと見つめた。

銀の髪に朱の混じった珍しい髪色。
ふわりとワックスで遊んでいるその柔らかな髪質は、この辺りでは見ない人種であることを示している。
白い肌にたれ目がちの瞳は、毒のような銀だった。

死神にはない、毒を持った銀の瞳をしていた。


「こちら大切な書類なのでしょう?汚れていませんか?」

銀髪の美青年が微笑みながらグレルの報告書を拾い集めている。

「……あ!ご、ごめんなさいネ、いいのヨほんとに。たいしたこと無いワ」
慌ててグレルも書類を拾う。

「おや、回収課の御方でしたか」
「え?」
「私めも本日から回収課にて従事させていただくのです。えーっと、ぐ、ぐ…」
「グレル・サトクリフよ」
「ああ失礼しました」

ラクスは書類にサインされたグレルの名前を見て言った。
「実は英語の筆記体が読めなくて…お恥ずかしい」
「アラ、やっぱり外国の人なのネ」
「ええ、日本育ちです」

二人はなんともなしに並んで歩き始めた。
「もしかしてアナタ、例の特務を任された新人さん?」
「申し遅れました、ラクス・ネリテイと申します」
「知ってるワ、噂になってるもの」

しかしこんな美青年だとは思わなかった。
グレルは心の中でにやりと笑った。

(ナイスなタイミングだワ)

退屈な日常にとんだ漫画的展開がやってきたのだ。


(しかも少女漫画的なネ!)


グレルはそりゃあもうご機嫌で、ラクスの隣を歩いていた。








―――――――





回収課の女子社員に大人気だった。
新人のラクス・ネリテイは。

歓迎会を近くのなんの変哲もない飲食店の個室を貸しきって開催し、食べたり飲んだりして子一時間は経った。

女子社員に囲まれて、ラクスはおろおろしながらもマシンガントークについていっていた。

「皆さん、ラクスさんはあなた方の後輩というわけではないのですからね。そこは踏まえてください」
その中でウィリアムは厳しく言い放つ。

「わかってますよー。なんでも、伝説の死神が推薦した死神なんでしょう?ラクスさんって」
「え、ええまあ…はい」
「それだけ腕が立つのねー!独身ですかぁ?」
「ま、まだこちらに来て日が浅いのでそのようなことは」
「日本には恋人はいなかったんですか?」

アルコールもまわっている分があり、女子社員たちはきゃいきゃいとはしゃぐ。

それを遠目で眺めながら、グレルは静かにワインを飲み下した。

「サトクリフ先輩はいかなくていいんスか?」
そんなグレルに軽々しく声を掛けるのは、後輩のロナルドである。

「いいのヨ、絶対落とせる自信があるから」
「うっわ、末恐ろしいッスね先輩って」
「何を今更?それにあの人、多分そっち系よ」
「…そ、そうスか」

ロナルドは苦い顔をする。
「だって、全然女に興味無いって顔してるもの」
それに対してグレルは淡々と言ってのける。
「それはー…何を根拠に言ってるんスか?」
「ほら見なさい、今男漁りで有名なアマンダが胸擦り付けてるケド、なんとも無いような顔してるデショ」

グレルが顎でしゃくった方を見ると、事実ラクスは胸が当たっていようが生足だ近くで組みかえられようが、むしろ困ったような表情をしていた。

「女の体に興味が無い、しかも奥手っぽい…悪いワねロナルド。あの人はアタシが頂くわ」
「そうっスか…がんばってください」

数日後に失恋してテンション最低な己の先輩を想像したので、台詞は自然と棒読みになった。

「あ、丁度いいワ!お手洗いに行くみたい!アタシも行ってくる!」
ロナルドの心境も知らずに、グレルはらんらんと目を輝かせながらラクスの後を追った。



※※※


「…ふー」

ラクスは、出入り口に近いトイレの前の細い廊下の壁に背をつけていた。

「お疲れ様。大変ね、女の子のお相手は」
「サトクリフさん」
「グレルって呼び捨てでいいワよ」
「…グレル」

名前を呼ばれたのかと思って思わずはっとする。
しかし只、ラクスは口にしただけのようで、グレルは少し恥ずかしくなった。

「お酒は得意な方ですか?」
「え、ええ!ちょっとここは熱くて」
「そうですねえ、私も雰囲気に酔ってしまって少々ふらつきます」
「フフフ、アナタ弱そうだもの」

グレルはラクスと並ぶ。

「異国は初めて?」
「いえ、一昔前に葬儀…知人と一緒に仕事をしていたので二度目の訪問になります」
「死神のお仕事?まあそうでしょうね、それで認められて特務に」
「そう対したものではありませんよ。普通の業務をしながらついでに特務をこなせばいいのですから」

ますます良い男だと思った。
仕事も出来る、対人関係も良好。まず顔もイケメン。
グレルは、にっこりと笑ってラクスと向き合った。

「うちの女子社員、強引デショ」
「ハハ…そうですね。皆さん、明るくて社交的です」
「アタシは?」
「グレルさんですか?」

グレルはンフ、と含み笑いをした。
「アタシはどうなのカシラ」
「グレルさんは…そうですね、不思議な人です。ああ!悪い意味じゃなくて、その…」

真剣に答えて、慌てて言い直す。
その姿がとても可愛らしくて、いじめてしましたくなる。
「分かってるワよ、ありがと」

グレルはクスクスと笑いながら、トイレへと向かった。
「ほら、サッサと済ませて戻りまショ?アイドルがいないと女の子達は退屈ヨ」
「アイドル、ですか…」

グレルのあとをラクスがついてくる。

右が女、左が男の至って普通なトイレ。

「アイドルよ、アナタ綺麗な顔してるし」
「いえ!私なんぞ、そこらへんの石ころと同じで……あれ?」
「え?なに?…………ん?」

二人は、同時に振り返った。

グレルは男性用トイレの扉に手を掛けている。
ラクスは、女性用トイレの扉に手を掛けている。


「ぐ、グレルさん……男、だったんで「ラクスって、女の子だったの!?」


グレルは悲鳴に近い声を上げた。
ラクスも同じくらい驚いているにも構わずに、グレルはラクスを女性用トイレの方へ押し込んだ。

「グレルさん!?な、何を!」

個室に二人で入る。
ラクスは急な展開についていけず、ただおろおろとする。

「ちょ、アンタほんとに女の子なの?」
「え…ええ、生まれてこの方、女です…けど」

物凄い剣幕で、グレルはラクスに掴みかかった。
「グレルさんは、あの…男性なんですよね」
「そうヨ、オカマ。れっきとした男性。ついてるワよ」
「つ、ついて」
ラクスは顔を赤らめる。

「アンタ…それで女とか、反則だワ」

グレルは未だ大人しくならない心臓を今すぐぶっ壊したい気持ちだった。
落ち着かせるために、蓋のしまったトイレの上に腰掛ける。

「も、申し訳ありません…その、グレルさんは男性がお好きなんですよね?オカマ、でしたら…」
「……まぁ、ね」

イケメンの男はとりあえずロックオン、そんなグレルだったが今は少し違った。

「一目惚れなんだケド」

いつものことだ。
「……だ、誰が誰に?」
「アタシが、アンタに」
「え」


男にも女にも、こんな台詞を自分のような者が言えば
引くに決まっている。

諦めを持って、グレルは顔を上げた。

そこには、顔を真っ赤にした銀髪の美青年が居た。

「え…っと?どうしたのラクス」
「…へ!?あ、いえ!えっとその……」


しばらく二人は、女子トイレの個室で見詰め合っていた。







ラクスの意識は、再び歓迎会の宴の中に戻ってからはっきりとしてきた。
それまでぼーっとしていて、自分がどんな風にトイレから戻ってきたのかをまるで覚えていなかった。
酒も進まなければ食欲もない。

グレルのが居る方は勿論見れない。

それはグレルも同じだった。
「…トイレまで追いかけていって何が起きたんでスか先輩」
「何でも無いワよ。ちょっとアタシにもどう処理していいかわからないダケ」
「混乱してるみたいですけど…大丈夫スか?」

ロナルドは本気で心配した。
「もうすぐお開きっぽいスから、頑張ってくださいよ」
自分で言っておいて、何を頑張れと応援すればいいのだろうと思う。
「うん、頑張るワ」
自分で答えておいて、何を頑張ればいいのだろうと思った。


歓迎会は、あっさりとお開きになった。
二次会だのなんだのと女子社員と数名の男子社員が騒いでいる。
ウィリアムはそういったものは苦手なので、歓迎会の後半で既に退出していた。

「先輩、俺は一応女子社員狙いで二次会行きますけど。先輩はいいんスか?」
「アタシはいいワ。今日はもう…」

「あの、グレルさん」

ロナルドに背を向けて帰路につこうと思ったときに、ラクスがその背中を追いかけてきた。
ロナルドはそれを見て口笛を吹く。
「お疲れ様でーっす」
「はいはいお疲れ、なぁにラクス」

グレルは後輩の冷やかしを軽く受け流し、ラクスの方を向いた。
「ご無礼をいたしました」

ラクスは、グレルが予想していない行動に出た。
ぽかんと、グレルは口を開ける。
「あなたを女性だと勘違いしていました。申し訳ありません」
「い、いやいいのヨ…アタシだってアンタのこと男だと思ってたし…」
「私はいいのです、こういう形(なり)ですから…。さぞかし、傷つかれたでしょう。私はあなたに失礼なことを言いました。本当に、ご無礼を」

「そしてまだ出会って間もない私を好いて…好いて下さって本当に有難うございます。私は、その…あなたのような素敵な方にあのように言ってもらって、とても嬉しかったです。あ、ありがとうございました」
真面目に、本当に真面目に頭を下げるラクス。

「あ、アンタって」

思わず笑いがこみ上げてくる。

「アンタって死ぬほど生真面目ちゃんネ」
言って、げらげらと笑い出すグレル。それに対しどうリアクション取っていいかわからないラクス。
「アハハハハハ!ヒー!面白くて死にそう!オッケー…わかったワ、アンタって生真面目ジェントルマンちゃんなのネ?アハハハ!」
「えっと、グレルさん?…大丈夫ですか?」
「大丈夫、アタシは至って正常ヨ。もうこの際だから、どんどんぶっちゃけちゃいましょうかネ」

腹を抱えて笑っていたグレルは、すっと背筋を伸ばして言った。

「アタシ、根拠の無い一目惚れしたのヨ。アンタに」

「は、はい」

「覚悟して。アンタがアタシのことを忌み嫌わない限り、付きまとうから」

「はい……って、ええぇえ!?」



グレルは、にたりと笑った。
日常を退屈だと思うことは、これから先しばらくなさそうだ。




―――――






例の歓迎会が開催されて、早一週間が経った。
グレルは宣言どおり、堂々とラクスにアピールし続けている。
しかし派遣協会の社員は、ラクスのことを女だと気づいていない。気づいているのはグレルと、多分ウィリアムくらいだった。
グレルは、着々と行動に移っていた。

「それでその、何故私たちはグレルさんのお宅に向かっているのでしょうか…」

ラクスは手を取られ、連れられるままになっていた。
グレルはんふっと含み笑いをする。
「同僚と親睦を深めるために決まってるじゃない」
「は、はぁ…」

うまく流されている気がするが、ラクスは頷くことにした。
「それに、言ったじゃないアタシ。これからも付きまとうって」
「ええ、仰られました」
「敬語禁止!そろそろ慣れなさいヨ!付きまとうってことはアンタにアタシにぞっこんになってもらうために色々しますってことなのヨ?」
「そんな急にはできませ…いや、できない……えぇ!?色々って一体」
「色々って、色々ヨ」
「ま、まだ私たちは出会って一週間しか」
「そんな考え方古いと思うワよ。それにアンタ、何考えてんの…?」

グレルは、くるりと振り返り、ラクスの鼻に人差し指を突きつけた。
「アンタはそういうこと考えてるのかも知れないけど?アタシはアンタに美味しいワインを飲ませてあげたいダ・ケ」
「……ぐっ!」

羞恥に顔を赤らめるラクス。
「そ、そんなことって…!考えているわけがないだろう!」
「アラ、いい具合に敬語が抜けてきたワね」

グレルはラクスをからかう。
そんなこんなで、ふざけあいながら二人はグレル宅に到着した。


簡素な造りの鉄階段を上ると、至って普通のアパートの一室に案内された。
表札には何も書かれていない。
「どうぞ。適当に座っておいて」

中に案内されて、まずラクスは香水の香りに鼻腔を侵された。
グレルと同じ匂いだった。

廊下を進むとすぐにキッチンがあって、グレルはそこに姿を消した。
ラクスは奥の部屋に向かう。
広いとも狭いともいえない室内には、一人用のテーブルに二つの椅子が置いてあり、奥には部屋の主が寝るのであろうキングサイズのベッドがあった。
ベッドは、あまり見ないようにそれを背にして椅子に腰掛けた。

机のすぐ側の窓から、月明かりが差し込んでいる。

しばらくしてグレルがワインとグラスを持って来る。
「にしても、他の女達そろそろアンタが女だって気がついてもいいと思うワ」
「仕方ないよ、どう見ても女には見えないから」

ワイングラスを受け取って、ラクスは微笑んだ。
「アタシが付きまとっているからっていうのもあるワよねー」
「そうかな」

グレルも同じく微笑みながら、ワインを注いだ。
真っ赤な液体が月明かりに照らされて輝く。赤ワインの香りが、ふたりを包んだ。

「乾杯」
「乾杯」

グラスを打ち合わせて、ぐいとワインを飲む。

ラクスは白い喉を露にした。
グレルは少しだけグラスに口をつけて、それを眺めていた。
やがて視線が絡み合う。

「…ねえ?アンタ、男の人好きになったことあるの」
「急に何を聞くかと思えば…そ、そりゃあまあ、人並みに」
「あらそう、意外におませさんネ」
「そういうグレルは、どうなんだい?」
「男の人?そりゃあアンタ、ウィリアムに決まってるじゃない!今のところアタシの中ではウィルが一番ネ!」

グレルはうっとりと顔を緩ませた。
ラクスは複雑な気持ちでワインに口をつける。
「厳しくてクールな性格…アタシ、ああいうタイプが好みなのヨ」
「確かに好きそうだ」
「…女はアンタが初めてヨ」

ラクスは、グラスに唇をつけたまま止まった。

「女は、ラクスが初めて」

銀の瞳を、大きく見開いてグレルを見つめる。
「アンタ、アタシのことをどう扱っていいかわからないんでショ?アンタのことを好きって言っておきながら他の男にキャーキャー言ってるから。でもそれってアンタとは違うのよ?ウィルやそのほかのイケメンはアタシにとってただのアイドルみたいなもんヨ。けど、アンタは違うの」





______________________






「アンタは他の奴らとは確定的に違うところがあると思うの。アタシみたいに、特殊なところが」

グレルは、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
ラクスは慌ててグラスをテーブルの上に置く。

暗闇でもなお目立つその赤い髪は、月明かりに照らされ蒼へと変色する。

「アナタはアタシに必要なの」

グレルは、低く呟いてラクスの手を取った。
椅子に座ったまま、ラクスはわたわたとグレルに向き合う。
「アタシはきっと、アナタに必要になるワ」

白い顔が近づいて、薔薇の香りがしたかと思えばそれは


男が漂わせている香水のものだった。

しばらく軽い口付けだけを交わして、グレルはラクスを愛撫した。
髪を撫でてそのまま首筋をなぞるように指で辿っていく。
不安なのかラクスの手はグレルの服を皺になるほど強く掴んでいる。

「…ねえ、初めて?」
「いや……そういうわけでは」

睫と睫が触れるくらい近くで会話をする。
ラクスの銀髪には赤が混じっている。その赤が、まるで自分のようで。まるで自分が混じっているようで。

絹のような肌に己の頬を寄せてみる。
それに面白いくらい反応するラクスの体。
「ウブなの?」
「いや、だからそういうわけでは」

グレルはそれに笑いを隠せずにクスクスと笑う。
肩を震わせて、そのままラクスのタイを解く。

「あ、あの。グレル」
「ごめんなさいね、怖いかもしれないけど」

純白のタイを解けば、人形のような肌が現われる。
「もう我慢の限界なんだ」


椅子に座らせたまま、自分はラクスの両膝を割ってそこに膝を置く。
半ば無理矢理に上着を脱がせ、身動きを取れなくしたのは、自分を拒絶する彼女の姿を見たくなかったからだ。
肘のところまでシャツを脱がせれば自由ではなくなる。
そんなことを考えさせる余裕など持たせてはいけない。口内に舌をねじ込んで犯す。
彼女の唾液を啜って飲む。彼女の息が荒い。熱い。
「あ、ぐ…グレル」

水分をたっぷりと含んだ銀の瞳。
たぶん、そこから流れ落ちるのは銀の涙。

そんな幻想を抱きながらも、グレルは冷静に、かつ迅速に自分の服を脱ぎ捨てる。
既にその細い上半身を晒されていた彼女の体を抱き済めるように抱え、そのままベッドの方に連れて行く。

「グレル、私は…ん!」

言葉を聞きたくない。
グレルは彼女の口を己の口で塞いだ。


聞きたくないんだ。


乱暴に、だが己の牙で彼女を傷つけないように。
ただ快楽を貪るように。彼女の体を貪るように。
「私は、お前を」

ラクスは止まらない愛撫に身悶えながら、震える声で言う。
豊かとは言いがたいその胸に軽く歯を立てて、グレルは跡をつけた。
「わ、たしは……お前、をっ」

ズボンと下着は既に片足に引っかかっているだけだった。
胸や腹に舌を這わせ、ラクスの味を覚えようとするグレル。それは哀しい行為に見えた。
半ば諦めの感情を持った行為に見えた。

「もう何も言わないで」

男は落ち着かない心臓を叱咤しながら、冷静を装った。
「聞いてグレル…っ」
女は快感を拒絶するように言った。
喘ぐのを堪え、目の前の男と向き合おうと。

グレルは、下がった眉をもっと下げてラクスの顔を見た。
目に生理的な涙を溜め、頬を紅く染める。
そこには女の姿があった。
「アンタって、そんな顔もするのネ」
「い、今は仕方ないだろ!だいたいいきなり…ってちがうちがう!……聞いて」

ラクスはグレルの顔を両手で掴んだ。
「私はお前を拒絶しない」


掴んで、引き寄せた。
がっちりと唇と合わせて、もう離さないというように。
深い口付けをした。

死神の心は溶けて壊れた気がした。
うるさかった心臓の音はもっとうるさくなった。
それは性欲のせいかもしれない。
それはまやかしなのかもしれない。

本能的なものなのかもしれない。
それでも二人は、その幻想に溺れたかった。

グレルはそのままラクスをきつく抱きしめて、己の雄を女のそれに押し入れた。
女は苦しく呻いて、一度体を硬くした。
しかし何度が動いて慣らせると、ゆっくりと男を受け入れ始めた。
呻きも喘ぎ声に変わり、息を早くした。
女は始終何かに耐えるようにしていた。
何か、は何なのかわからない。恐怖、だろうか。

口をだらしなく空けて喘ぐことはしない。歯を食いしばり、唇を震わせる。

一体何に耐えているのか。まだ男にはわからない。
だからただ口付けを落として、女に自分がお前を愛しているということを教えてやるしかなかった。

優しい、しかし官能的な口付けを交わす。

女は必死で男を包み込もうと抱きついて。
ラクスは泣いているような声でグレルに、好きと伝えた。

聞きたくない言葉のひとつだった。

ラクスが何かに耐えているように。
グレルも何かに怯えていた。
だがもうその言葉を口にすれば、全てが無に変わった。

「アタシも、好き」


_______________________





グレルは目を覚ました。
すぐに視界に入ってくるのは、くすんで汚れた自宅の天井。
鼻腔を刺激したのは、フレンチトーストの香り。

「おはよう、お寝坊さん」

ラクスは微笑と嫌味をたたえながら、机に朝食を運んできた。
「さっさと顔を洗って来い。冷めてしまうぞ」

二人用の小さなテーブルに、白い皿が二つ並べられる。
目玉焼きとフレンチトースト、そして生野菜が盛り付けられていた。

「この前セバスさんに美味しいドレッシングの作り方を教わって」

ラクスは軽快におしゃべりを続ける。
キッチンに一瞬消えると、手には二つのマグカップとドレッシング。
「自分でアレンジしたんだ。サラダにかけて食べてみてくれ」

「……ねえ、初めての時のこと覚えてる?」

グレルは欠伸をしながら、ベットの上に座った。
「…………初めてと、いうと」
「アタシとアンタの初エッチ」
「朝からそんな話をしてはいけない、と教わったことはないか」

ラクスはわかりやすく話を逸らした。
それを見て、グレルはにんまりと笑う。
「アタシは覚えてるワー。アンタがすんごい初々しいの、今でもそんな感じは残ってるけどネ。あれはもう二度と見れないワ」

「…グレル?早くしないと遅刻をするよ?」
ラクスは圧力のある笑顔でグレルを脅す。

「はいはーい」

グレルは着ていたシャツをベッドに脱ぎ捨てて洗面所のあるバスルームに向かった。

「ま、でも…」
ラクスの座る椅子の前で立ち止まる。

「?な、に……」

グレルはラクスの顎を指で少し上げて、口付けをした。

「……ハイ、起きてすぐのばい菌だらけな口でチュー。アンタもアタシとの初エッチを覚えててくれて嬉しかったワ」
「!?」

グレルはギザっ歯をむき出しにして、にんまりと笑った。
「馬鹿なことやってないで、早く身支度を済ませろ!ったく」
「はぁい」

グレルは楽しそうに笑いながら、バスルームに消えた。




机のすぐ側にある大きな窓には、あの日二人で飲んだ赤ワインの空瓶が
枯れることの無い薔薇と一緒に飾ってあった。





END


以下あとがき。




ははははは、今更ふたりがウブな話なんて書けやしないよ!
カップルの初めてってこんなかんじで何がなんだかわからないまま終わるのでは?というのを踏まえて書こうと思ったら何か変な感じになっちまったぜ。
グレルとラクスは病んで病んで狂って狂ってやってれば丁度良いかと←
もう!グレルもラクスも普通の人じゃなさすぎる!
以上、ここまでお読みくださったお客様ありがとうございました。


↑というあとがきも踏まえた今の段階でのあとがき
いやはや、最早こんなイチャラブ見せ付けられてもどうしようもないくらい二人はメンヘラでグロテスクな感じだからね。もうなにこれ黒歴史かな?ってくらい二人にして見れば猫被ってるし嘘っぱちだしで笑っちゃう。
未だにラクスがグレルのことを溺愛してて心底尊敬してて神のように崇めている感が強いからラブラブカップルなんてもうどこにいったの。夫婦なの。カカア天下なの否、亭主関白なの性別が不明だよ!!!!!




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