分裂



たまにアタシが分裂するのヨ。


そのまんまの意味でね。





真っ赤な髪をぐしゃぐしゃに掻きむしりながら、男は奇声を上げていた。
頭痛が酷いらしい。そして頭が自分のことを呼んでいるらしくて、そっちに向かおうとしているのだが向かわなければならない場所がわからなくて「役立たずのこの両足を切ってくれ」と、四分に…いや三分に一回は私にねだっていた。
「頭が呼んでいるなら頭のあるとこに行けば良いのでは」
私はベッドに横たわりながら言う。
「成る程、頭いいなお前」
男は涙を流していたのを止めた。ケロリとした顔をする。
男は私の横に座り込んでいた。裸体にシャツだけの格好。
「頭のあるとこってこっちかな」
男は私の腹を踏んづけてベッドから降りようとした。ぐちゅばきぃ。
「違うと思う。頭は上にあるだろ?このベッドの上だよきっと」
男の足を掴んでベッドから降ろさないようにした。両足を切らないでおいてよかった。いや、どこそこ行くのなら切った方がよかったのだろうな。
じゃあ切ってやろうかな、と思ったら男が掴まれた足を嬉しそうに眺めるものだから…止めた。止めるしかないだろう。
「上ってこっちかな」
男は私の体の上に乗っかって私の顔を見ていた。そして触る。撫でるように。まさぐりながら上を探す。やがて男の手が私の目に触った。ぬるりとした感覚が楽しかったのか、男はひひひと笑った。
「痛いな」
私は言う。だが私も笑った。
「上はたぶんこっちだな」
目をぐりぐりと触られるのはくすぐったかったので、男の体を引き倒して私の隣に寝かせた。
腕枕をして頭を抱え込んだ。男はまた泣き出した。
「……あたしがいるわ」
「どこに?」
女はぐすぐすとぐずりながら怯える。
「そこよ、そこにいるの」
女が天井を見ないように指差した。ベッドの真上の天井には真っ赤な血がこびりついていて、成る程女の髪の毛と同じようになびいていた。
「大丈夫だよ、あれは私の血が着いてるだけだ。噴き出したやつ」
女を慰めてやる。
「ねえ、あたし…誰か呼んだかしら。呼んだわよね?おーいって」
「ああ、君だったのかい?さっき誰かに呼ばれたんだが…っていう人がいたよ」
私の言葉を聞くと女はあら、と驚いたような顔をした。
「それはいけないわ!あたしったら呼ぶだけでっ…必死だったの、呼ぶだけで来て欲しい場所を伝えてなかったわ!」
女は飛び起きる。私の腹を踏んづけてベッドから降りようとした。ぐちゅばきぃ。腹を踏んづけられたのはこれで何回目だろうか……いやいいんだ。感覚は無いのだし。無いというか腹が無いのだし。背骨も再構築しては折られ再構築しては折られの繰り返しだった。
何回も何回も踏んづけていくものだからなかなか回復しきれずに内臓は露になっていた。正直寒い。
「待ってマドモアゼル、場所を伝えるなら私が引き受けるよ」
女の足を掴んでベッドから降ろさないようにした。両足を切らないでおいて本当によかった。いや、どこそこ行くのなら切った方がよかったのだろうなあ。
切っちゃおうかな、と思ったら女が掴まれた足を嬉しそうに眺めるものだから…止めた。やはり踏ん切りはつかない。甘いなあ私も。
「あら優しいのね」
女はにこりと笑った。私も笑い返す。
「なんと伝えればいいかな?」
「こっちに来て、帰っておいでって伝えてくださる?」

女は私の上に乗っかって私の顔を見ていた。
「場所は?帰る場所は?」
「………………場所」

女は急にピタリと止まった。今まで生きていた人形だったのにいきなり死んだような人形になる。硝子玉でできた眼球は本当に硝子玉になって、ビロードの肌は本当にビロードになった。

「困ったなラクス」

グレルは低く呻いた。

「帰って来て欲しい場所が、どうしても見つからない」

グレルは苦しそうに呻いた。私は起き上がる。腹はまだドデカイ穴が空いていて腹筋も背筋も存在しなかったが、腕力だけあれば十分だった。
グレルは私の胸で苦しそうに呻いていた。
「どうしたらいいラクス。帰って来て欲しい場所が見当たらないんだ。帰って来て欲しいのに」
「頭が呼んでたんだよな」
私はグレルの髪を撫でた。私の血がこびりついてカピカピになっている。
分裂したグレルらが帰ってきたら一緒に風呂に入ろう。
「お前は頭が呼んでいてさ迷っていたのだから、頭に帰ればいいのでは?」
「成る程、賢いなお前」

男はケロリとした顔をした。
「じゃあ帰るぜ、俺は。頭に」
「ああ、お達者でムッシュー」
男はすっと立ち上がってベッドから降りた。


「こんこん、ただいま。今帰ったよ」
男は淡々と言った。
「あら誰かしら、がちゃっ」
女は振りかえる。
「いやあ外は寒かったなあ」
「まあ!あなたは誰!?ここはあたしの場所なのよ!」
「なんだと?おかしいな…俺の帰る場所だと思ったのに」
「知らないわよこのキチガイ!さっさと消えて!ここはあたしの場所なのよ!」
「キチガイだと!?こっちの台詞だ馬鹿女!!こんなところこっちから願い下げだ!ばたん!」

男は女に追い出された。
「……どういうことだい、これは」
男は困り果てた表情で肩を竦めた。
「おかしいな…確かに頭が呼んでいたから頭に帰るものだと思ったのだが」

男は苛々と髪を掻きむしりながら、奇声を上げた。
私は考える。
頭に居たのが女なのだろう。ああ、女が居るから頭は駄目なのかな?じゃあ男が居れる場所は空いてるところだな。
…そもそも頭に居る女がさ迷ってる男を呼んだのだから、男は女の居る場所に来るだろう。なのにあの態度だ。やはり女はわからない。

「グレル」


私は恋人の名を呼んだ。

「ん?」
グレルは棒のように突っ立ってこちらを見た。

「帰る場所はここだよ、グレルの」


私は心臓を指した。
「…そうか、わかった。…………おお!どうやらここは空き部屋みたいだぜ!ありがとよ」
男は安心しきったように胸を撫で下ろした。
「世話になったな」
男は笑う。
「いいってことよ。私とお前の仲だろムッシュー」
私も笑い返して手を振った。


「……………あら、お腹治ったのネ」

涙と鼻水と血で顔をぐしゃぐしゃにしながら、急にポーカーフェイスに戻ったグレル。
私はさっと手を下ろした。不審な目で見られてしまう。
「まあね」
それを誤魔化すように私はベッドから降り、グレルに歩み寄った。
「はあ、ダルいワ。運動のあとだから」
「犯して殺していじくり倒せば、そりゃあ疲れるさ」

私は渇いた笑いを投げ掛ける。

「化け物がよく言うワね」
「お前に言われたくないよ、ジャック・ザ・リッパー」



二人はふざけあいながら、抱き合った。

「なあ、お風呂に入ろうグレル」
「そうね、髪の毛がカッピカピ」






ねえ、ラクシャーサ
男の俺と女のあたしとアタシ どれが一番好き?



どれも一緒だろ
結局


分裂していようが、脳は変わらず頭蓋骨の中でふよふよ浮遊していて
安定などしていないのだから
心臓だって骨や筋肉に支えられてそこにはまっているだけで
安定などしていないのだから

魂だって 一緒だ




私とお前は安定していないのだから




だから…
どれが一番好きなの?

…お前だよ




こうやって分裂しても
結局ラクスの前では関係ないらしいの。
それはとても有難いワ。
アタシはラクスしか、いないのネ本当に。



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