「そんなの超馬鹿なだけじゃないですか…っ!」

愛くるしい瞳からぼろぼろ大粒の雨が降る。一方通行はその突然の涙にギョッとし、思わず飲もうとして手に持っていた缶コーヒーをがしゃんと音を響かせ床に落としてしまった。古臭いカーペットに黒い液体が染み込んでいく。

「…なに泣いてンだよ」
「ごれは涙じゃありません。汗です。超鼻水です。鼻水ならぬ目水です」
「いやそれ涙だろォが」
「あなたには分かりませんよ、一生!」

うわぁあああん、と今度はちっちゃな子供のように泣き喚く。一方通行は頬をひきつらせ、絹旗を幼児退行させた原因に視線をずらすと、そこには大きなスクリーンに映し出された映像が見えた。浮気をされた女性が男性にそれでも愛してると言って男性の目の前で自殺してしまう、理解しがたい内容の映画だった。正直な感想、つまらない。絹旗曰わく下らなさが醍醐味だと言うのだがやっぱり一方通行には分からない。頭が堅いのかと思い、最初は真剣に考察していたもののこみ上げてくるのは眠気だけだった。つまり、このラブストーリーに共感して泣き出してしまう絹旗のほうがおかしいということになる。

「なんで、なんであなたが死ななきゃいけないんですか!あなたには超罪はないじゃないですか…」
「…それほど男が憎くて、ンでもまだ愛してるからじゃねェの?わかンねェけど、男に非はねェだろ」
「なに言ってるんですか!私なら真っ先に男を超ぶん殴ります!」

えいっと、窒素を纏った足で前の椅子を蹴り倒す。いや、破壊する。頑丈に作られているはずの椅子は呆気なく、ぼっきり横半分に折れた。整然と並ぶ椅子で絹旗の正面だけが断面をむきだしのままの隙間ができた。これは弁償じゃすまねェぞと一方通行は財布の中身を思い出しながら、深いため息をついた。

「……なんで諦めちゃうんですか…まだ可能性なんて超あるのに」
「可能性だァ?」
「はい。男がもう一度超振り向いてくれることです」
「そンなの無理だろ。愛想つかして浮気したンだから」
「諦めなければ報われます。それがどんな形であっても、超死ぬなんて絶対に許されません!」

絹旗は語気荒く言うと、瞳から滝のように落ちてくる涙をお気に入りのニットのワンピースの袖でぐりぐりと擦った。一方通行はそんな雑に処理しようとする絹旗にハンカチを受け取るように促した。絹旗はその清潔に畳まれたハンカチをぐいっと睨みつけ、頬を膨らませた。

「…男のくせにマメじゃないですか。超きもいです」
「違ェよ。打ち止めがいろンなもン零すから持ってるだけだ」
「相変わらず超ロリコンなんですね」
「さァて絹旗ちゃン。ハンバーグとスパゲッティどっちがお好きかなァ?」
「どっちも嫌です!全く、いつか後ろから超窒素パンチ食らわせますよ」
「反射したら死ぬぞ」
「う…っ、それは超だめです。私はまだ死ぬわけにはいきませんからね」

絹旗は一方通行の爽やかブルーのハンカチを強奪するかのように無理やり受け取り、ずびずび、鼻をかんだ。一方通行の頬が強張るのが見えた。

「ふぅ、超すっきりしました。このハンカチ最高に素敵な洗剤の香りがします」
「洗って返却しろよ…」
「当たり前です。そうじゃないと第一位にぶっ殺されちゃいますからね」
「つゥか、さっきから死ぬとか殺されるとかなンなンだよ」
「あれ、分かりませんか?」
「分かンねェよ。お前みたいな暗部にいたやつがどォして生死に拘ってンだよ」

絹旗はうーん、と考えこむようにして顎に手をそえた。はて、一体どうしたものか。絹旗は別に死ぬことが嫌なのではない。死ぬ前にやらねばならないことがあるのだ。だから、映画で呆気なく首を切った女のように未練残して死んでたまるか、と絹旗は考えている。それでも死を迎えることはあまりにも容易い。個人の希望になど無関心で、否応なしに閉じていってしまう。

「そうですよ」

絹旗の瞳がきらりと輝く。

「そうですよ、いつだって死ぬ後悔のないように生きれば超最高じゃないですか!」
「あァ?なンだその道徳の教科書みてェな考えは」
「だ、か、ら、私は今から超素直になります!」

無邪気な笑顔が一方通行を見た。いたずらをしたあとの子供のような瞳が赤とかちあい、

「この心臓が止まる前に、超伝えたいことがあるんです」

そう言って、一方通行の骨のような肩に手を掛け顔を寄せた。


/終末の鼓動

一周年企画