『鈴科百合子』
何気なく開いた裏表紙に書かれた、機械に打ち出されたようなきっちりとした文字。見た覚えのあるその名前に、インデックスは記憶を掘り返して、つい最近借りた本の中の一冊を棚から下ろす。表紙に書かれたタイトルを確認するやいなや、すぐに裏表紙を開き、そこに貼られた紙を見ると、自分の名前の上に一人、佇むかのように『鈴科百合子』という名があった。
思いがけない発見に、じわりと胸が熱くなった。インデックスという少女はこの街の正式な住民ではないため学校にも行けず、同居人の不幸な少年がいない昼間はどうも暇なので、たまにこうやって図書館に訪れる。平日の図書館は、大して人もおらず集中して読書をするのはもってこいで、何より日本の文学というのに初めて携わるのだから片っ端に読んでいきたいと意気込んで、早3ヶ月。もう何冊読んだのか、と数えたくないくらいに読了してきたが、その度インデックスは鈴科百合子という可愛らしい名前と遭遇する。一体どんな少女なのか。髪は長い、短い? 身長は、見た目は、優しい人だろうか。インデックスは彼女の名前を見つける度に心の中で快哉を叫ぶ。もはや自分は知識を深めたいのではなく、彼女の名前を探しているだけではないのか、と勘違いを起こさせるほど、インデックスは少女に夢中だった。『鈴科百合子』が出現するのに決まった方程式はない。凝りに凝ったミステリー小説から、砂糖満載の恋愛小説に、馬鹿みたいなギャグ漫画に、可愛らしいファンタジーな童話にまで、彼女は名前を刻んでいる。果たして、趣味が多い女の子なのか、飽きやすい性格なのか、片っ端から文字を読んでいっているだけだからか。インデックスにはなにひとつわからない。この頭の中に蠢くのはたったひとつの名前、

「鈴科、百合子?」

少年の唇がひくり、と僅かにひきつった。

「とうま、知らない?」
「知ってるもなにも……、クラスメートなんですが」

インデックスの碧眼が、獲物を見つけた肉食獣のようにきらりと光る。崩れそうだけど崩れない黄金比率にご飯が盛られた茶碗と齧りすぎて先っぽが欠けてる箸を机に置いて、ツンツン頭の少年に詰め寄った。

「クラスメート、ってことは同じ教室で勉学を共にする友人なんだよね!」
「ゆ、友人? まぁ、あながち間違っちゃいない…のかなぁ。で、鈴科が一体どうしたんだ」
「会いたいんだよ!」
「え」
「その子とお友達になりたいかも!」
「ええええ!? いやまて、鈴科は口が悪くてな、良い奴で可愛いけど、扱いにくいとゆーかなんとゆーか」
「とうまは、ゆりこのこと好き?」
「す、いや、友達としては好きですが…」
「なら、大丈夫なんだよ。これでも私はとうまのこと信頼してるからね」

当麻は少し眉を垂らせ、考えこむように眉間に皺をよせた。インデックスを鈴科に会わせることが嫌なのではない。鈴科がそれに賛同してくれるかが問題なのだ。彼女は鈴科百合子といった古風で日本人らしい名前とは裏腹に、獰猛で短気だ。しかし、そんな少女と会いたいと必死に懇願するインデックスを悲しませるようなこともしたくない。当麻は考えぬいた末、ズボンから携帯を取り出す。

「明日、日曜日だしな。昼間の三時、あいつもそれくらいなら起きられるだろ」
「え、」
「ただし、鈴科の機嫌が悪くなったらどうにかしてくださいね。とばっちりを食らうのはいつも上条さんなんですから」
「とうまは無神経だから当たり前かも!」
「インデックスさん…ひどいっ」

さて、一体どんな人なのだろう。インデックスは期待と夢を胸いっぱいに膨らませて、『鈴科百合子』と小さく呟いた。


/わたしをみつけて君をみつけて


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