「死ねっ!!」

吐き捨てるように叫ばれたあとに、白く細い手のひらが少年の頬を力一杯叩いた。一体何が起きたのか理解できない上条は、目を白黒とさせ、ぱたぱたと目蓋を開閉させる。はて、どうしてこの真っ白な少女は死ねと心に突き刺さる言葉を涙ぐみながら言ったのか。紅葉がくっつきヒリヒリと痛む頬をさすりながら、どうしたんだと素っ気なく問いた。が、百合子は馬鹿、死ねと憤慨するだけでこうまで不機嫌になってしまった道筋が明快にならない。上条は困ったように眉を潜め、百合子のさらさらと滑らかな髪をくしゃりと撫で、そのままグイッと小さな頭を自身の胸に引き寄せた。百合子は声もあげずに、上条の硬い胸板に顔を埋め、すんっと鼻を啜った。

「なぁ百合子。俺は頭悪いから、言ってくれなきゃわからないんですよ」
「言ったって、わかンねェよ」
「でも、百合子が泣いてるとこなんて上条さんは見たくない」
「……」
「嫌じゃないなら、言ってくれよ。それが俺に対する理不尽な文句だとしても、不幸だ、なんて言葉で片付けないからさ」

ぽんぽん、と百合子の背中を優しく叩く。相変わらず強く抱きしめにくい、頼りない背中だ。今日はより一層、儚げに視界に映るから、消えてしまわぬようについつい強く抱きしめたくなる。だけど痛覚に弱い百合子はそれを嫌がるから、衝動をぐっと堪えながら、少女の発言を待つ。

「……昨日」

ぶっきらぼうな、掠れた声が薄い唇からぽつりと紡がれていく。上条は小さな声をひとつも聞き逃してたまるかと、耳を傾ける。

「スーパー、特売でェ、お前が、いて」
「昨日の特売、お前もいたのか? ブルジョワな百合子さんが珍しいな」
「……そこで、お前、胸のでっけェ女とか、髪の長い女と仲よさげに話してて…」
「吹寄と姫神のことか。あいつらも特売目当てでいつも会うんだよなぁ。肉ばっかり選んでたら叱られますけど」
「もォいい」
「ええっ!?」

百合子の細い腕が上条の胸板を押し返す(握力が低いから効果はないけど)。その行動にどうして、なんで、と上条の拙い頭の中はクエスチョンマークだらけになり混乱する。

「ちょ、百合子わかんねぇって!」
「ばっかじゃねェの! なンでわかンねェンだよ!」
「上条さんの脳みそはあまり精密にできてないんです!」
「〜っ、お前が、」

百合子の真っ白な顔が一気に真っ赤に染まる。この鈍感大王に、誤魔化しも曖昧な言葉も通用しない。必要なのは純然たる素直さ。自身の胸に溜め込む全ての想いを吐き出さなければ伝わらない。でもそれは、百合子の無駄に高いプライドを全部かなぐり捨てなければならない。逡巡。そしてギュッと瞼を閉じて、思いっきり酸素を吸い込み、

「お前が他の女と、仲良くしてるからだァァァァァァァァ!」

絶叫。しん、と騒然だった街は時間が止まったかのように静まり返り、道を歩いていた周辺の人間の視線が二人に集中した。しかし対峙する上条たちを視界で確認すると、すぐにただの痴話喧嘩かくそったれ、と認識して、時間は二人を残して元通りに動きだす。上条は、唇をだらしなく開けたまま真っ赤になった少女をぼんやりと見つめる。百合子は、叫んだせいか肩を上下に動かしながら身長差のある上条を上目遣いで睨んでいた。が、威厳もなければ、怖くもなかった。むしろ小動物のようにぷるぷる震えるその姿に愛しさが湧いてくる。
百合子は再びぼすん、と上条の胸に顔を埋めて、うゥと小さく唸った。

「え、つまり、百合子さんは、」
「言うなァ……、恥ずかしい」
「は、はい」

なんてこったい。まさか、そんなバカな。あの傍若無人、唯我独尊の鈴科百合子が、上条当麻が『他の女の子と仲良くしていた』それだけで、不機嫌になったと叫んだ。つまり、それは嫉妬。百合子が上条をちゃんと想ってくれている証拠という訳になる。流石の鈍感大王も、ここまで言われたら、気づかないわけがない。
上条は、自然とにやける口元を隠そうともせず、百合子の背中に手をまわす。ほわん、とした甘い香りがさらに上条の頬を緩めた。

「……うわ、なんだ、なんだよ、なんですか三段活用!」
「だから嫌だったンだよォ!」
「あ〜、これやばい。上条さん今、世界で一番幸せかも。今なら幸せすぎて死ねるかも」
「……随分とハードル低いな。なンで、そンなに嬉しそうなンだよ。俺は落ち込ンでたのに」

しょぼんと項垂れた百合子の耳元で上条は小さく微笑みながら、そうだなぁと一度間を空けてから囁く。

「百合子が可愛いからだよ」
「……ばか」


/恋愛音痴


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