「えろいことしよーぜ」

唐突に垣根は呟いた。その発言に百合子は声をあげる暇もなく、大きな掌で肩を押され、そのままぼすんと薄く細い身体が高級ベッドに吸い込まれるように倒れた。すかさず垣根は少女に覆い被さり、細い手首を頭上あたりで纏めて、押さえつける。
一体何なのだ、このクソヤロウは。ぎりっと歯を食いしばりながら、「なにやってるンですかァ?」と苛立ちを飛ばす。が、垣根は口の端を上げ、百合子を余裕綽々に見下ろしながら、質問で返す。

「ドキドキしてきた?」
「なに言ってンだよ童貞」
「いいんだよ今から卒業するんだし。一緒にな」
「何でオマエと仲良く卒業しなきゃなンねェンだよ」
「……んじゃ、他の男とヤるのかよ」

ぷくぅと可愛くもないのに垣根は頬を膨らませた。百合子はため息を吐き出し、眉を潜める。

「調子こくと痛いめにあうぜ」
「人類みんな最初は童貞。恥ずかしいことじゃない。それに俺の初めてはお前に捧げることが運命だったんだよ」

垣根はキザな台詞を万人受けしそうな笑顔を浮かべて発言する。普通の年頃の女の子なら、この顔だけはイケメンな男のメルヘンチックな口説きにぐらりと傾くだろう。だが、百合子には少しも伝わらず、ブツブツが白い肌をひしめき、整った顔を歪めて、

「……気持ち悪い」
「!?!!!」

ばっさりと切り捨てた。

「オマエさ、もしかしてどっかのAVに影響されたンじゃねェの? なンだよ、初めてを捧げるって…きっめェ」
「……」

ぐさり、と突き刺さるだけではなく、心臓をスプーンで抉るように垣根の胸の奥に激痛が走った。ただでさえ、童貞と言われてちょっぴり傷ついている少年のガラスの心は、少女がズカズカと土足で荒らし、修正不可能なところまで罅が入ってしまった。それでも百合子はどんどんズタボロな心を引き裂いていく。

「つゥかよォ、お前付け焼き刃程度の知識で俺に手ェ出すつもりか?」
「も、もう…やめ…」
「男になりてェなら、もっと度胸つけてこい」
「うぅ……っ」

垣根はようやく掴んでいた腕をはなし、ぼすんと百合子の肩あたりに頭を埋めた。百合子は面倒臭そうにため息を零しながらも、茶色に染め上げた頭をワシャワシャと乱暴に撫で回す。

「泣いてンじゃねェよ」
「泣いて……ねぇよ」

ならどうして肩が震えてるンだよ。そう聞こうとしたが、下らない応酬が続くことが見え見えなので、諦めて、天井を見上げながら首を巡らしていく。この男はいつもこうだった。ちょっと揺すっただけですぐに意志がブレて崩れていく。肝心な場面では普段は強気な態度も窄み、弱気になってしまう。そう、所謂、ヘタレとも言う。

(ったく、いつまで待ってればいいンだよ)

百合子はピンク色の唇を尖らせ、まだ微かに震えている男を紅で射抜く。垣根帝督は気づいていない。百合子は毒は吐いてるが、一度も抵抗なんかしていないことを。

(早く気づけ、バカ野郎)


/微炭酸ジュブナイル


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