ふんふん、と幸せいっぱいな鼻歌が聞こえる。そっと目線をそちらにずらせば、なぜか頬を少し赤らめながらぎごちない手つきで携帯を弄る愛しく麗しい少女が一人。一体誰と連絡を取り合ってるのか。もしや彼女はまだあの猿にその清廉な心を傾かせているのだろうか。それだけは許さない、許してたまるか。ぎりぎりと歯ぎしりしながら瞳から血が流れるかと思うほど見つめ続けていれば、少女は締まらない顔つきのまま立ち上がり、お花を摘みに行こうとすると、都合よく携帯は無防備に少女のフローラルの香りが染み付いたベッドに放り出された。黒子は瞳孔をカッと開かせ、――音速を超えた。ほんの一瞬。されど一瞬、彼女はまさにありとあらゆる超能力者を超えた。全ては、たった一人の少女の安全の為に。世界はこれを愛と呼ぶ。だが、開いた携帯を見た黒子は心臓がひんやりと冷たくなるのを感じた。画面いっぱいに映し出された画像は、可愛らしいキャラクターのカエルでもましてや自身でもない。不自然にツンツンと尖った黒髪に、平凡そうな顔つき、頭の悪そうな制服の着こなし。そう、彼こそ黒子の最大の敵。わなわなと震え上がる憎悪を、黒子は抑えきれず大きく深呼吸をしたあと、絶叫した。

「ああああああああああ、お姉さまああああぁああ!!ぐぅううう、あの類人猿なんかの写真を待ち受けにいいあああああああああ!」
「人の携帯勝手に見てんじゃないわよ、ごらあああ!!!」
「ああああいあああお姉様あああ痺れるあううぅあ…」

美琴の容赦ない電撃を浴びた黒子は、まさに黒焦げ状態だが、その手には未だにしっかりと美琴の携帯を握りしめている。美琴は黒子の恐ろしい執念にひくりと口元を動かした。

「ったく、あんたはプライバシーって言葉を知らないの?」
「お…姉様、そんな写真より、黒子の、黒子のベストショットを差し上げますので、そちらを待ち受けにしてくださいです…の」
「は、へ、いや、これはちょっと間違っちゃっただけで別に待ち受けにするつもりなんか全くなかったのよ。操作ミスよ操作ミス!」
「…」

美琴はあたふたと真っ赤になりながら言い訳をし続ける。黒子はどう考えてもツンデレの発言としか思えない美琴の言葉を黙って聞き続けること3分

「だ、だからつまり私はあんな馬鹿のことはなんとも思ってない…ってあれ黒子?」

忽然と黒子の姿は消えていた。上下左右を確認するが黒子の気配はどこにもない。風紀委員の仕事に呼ばれたのだろうか。まあどちらにせよ大したことではないだろう、と美琴は開きっぱなしのままベッドに投げ捨てられたまま携帯に視線を落とす。画面いっぱいに映る少年の顔に思わず美琴の頬がふにゃあと緩んだ。学園都市のどこかで瞬間移動の能力を持った後輩がその少年に攻撃を仕掛けていることも知らずに。


/恋は病