インデックスは鼻をすんと啜り、どこからか漂う不愉快な臭いに眉を潜めた。完全記憶能力を持たなくとも分かるこの特徴的な鼻につく臭いは――。インデックスは小走りで長い廊下をずんずん進み、三十四個の細かい古傷がついた扉を開ける。ぎいと軋んだ音とともに、インデックスの視界に赤い色に染め上げた髪と右目の下辺りにバーコードの刺青を入れた長身の少年が映る。赤い少年はインデックスに気づき、やあおはよう、なんて呑気に挨拶をするがインデックスは少年の口の端にある物にむうっと頬を膨らませ、床を大きく踏みつけながら少年、ステイルに近づく。その小さな身体から醸し出される妙な威圧感にステイルはクエスチョンマークを浮かべた。今日は彼女の機嫌を損ねるようなことはしてはいないはずだ。ならば原因はただひとつ、

「食べたばかりなのにもうお腹が減ったのかな?」
「す、すている!れでぃーにそれは失礼かも!」
「じゃあ一体…」
「たばこはダメなんだよ!」
「うん?」
「最低あと十年はまつべきなんだよ」
「ああ…」

ステイルは無意識に口にくわえた煙草にようやく気づいた。もう暫くは口につけてこなかったはずなのに、と携帯しておいている灰皿にぐりぐりと押し付けながら、インデックスの訝しげな視線に小さくため息を吐く。

「やれやれ、君はいつも口うるさいね」
「私はシスターなんだよ!すているが間違った道に進んでたらちゃんともどしてあげなきゃいけないの。もう、いつもいつもどうしてなんだよ!」
「うん、病気なんだろうね。煙草も一種の麻薬さ、止めたくても止められない」
「麻薬!?」
「と言っても、法律で認められてるんだ」
「で、でも、嫌なんだよ!すている死んじゃ嫌なんだよ!!」
「はは、大丈夫だよ。僕は、それくらいのことで死んでたまるかって決めてるからね」

ステイルの一回り大きな手のひらがインデックスの柔らかな頬をゆっくりとさする。インデックスもその温かさに気持ちよさそうに目を細め、口元をふにゃりと脱力させた。

「それなら良かった。すているとはずっとずっと一緒にいたいんだよ。あ、かおりも一緒!」
「…うん」

ずっと一緒だ。ステイルは少し声を震わしながら、呟いた。

「…ステイル。ちょっと吸いすぎかと思います」
「放っておいてくれ」

ステイルは気遣いの言葉を無視して、何十本めかになる煙草に火をつけた。神裂は少し心配そうにステイルを一瞥して、唇を噛み締める。あの子との思い出に縛られているのは何もステイルだけじゃない。過ぎる回顧。二度と見れない夢。ステイルはルーンの枚数を確認し、初めて見る噂に名高い街の風景をまなこに映す。もう彼女が記憶を取り戻すことがなくとも、約束は自分の中にしか残っていなくとも、彼女のために、生きて死ぬのだ。ステイルはゆっくりと紫煙を吐いて、溢れ出しそうに揺れ動く目を閉じた。


/声なき形のスターチス