あいつは真夜中に忍び込んでくる。しかも俺は狸寝入りを決め込んでるから、ひどく後ろめたい。かと言って、寝室に侵入してきた少女にどうした、なんて気の利いた言葉を掛けられるほど情に溢れた男でもない。最初から一緒に寝たいと寂しいと素直に言えば可愛いものを、きっとヒマラヤ以上に高い、宇宙までもを飲み込むようなプライドが素直になるという人間らしさを邪魔しているんだろう。本当に可愛くない女だ。
あいつが寝室まで来るまでの葛藤なんてものはどうでもいい。どうせ悩みに悩み抜いてから、予想以上に軋んでしまう扉に手をかけるのだろう。問題なのは、深夜三時という常識外れの時間帯に俺を強制的に覚醒させて、たった二時間で退出してしまうことだ。怪物だ化け物だと日常茶飯事のように蔑まれても、所詮は人間だから三大欲求にはどう抗っても適わないはずなのに、何事もなかったように朝におはようと声をかけてくるあいつの真っ白で無垢な頬を、思い切り叩きたくなる。だけど、普段は不機嫌一色のオーラをまるごと背負い、文句や悪口の絶えないあいつが見せる不器用で幼稚な唯一の行動を咎められるわけもなく、扉が開く小さな音が鼓膜に届けばそっと彼女が安心して入ってこられるスペースを用意する。抱き締めたいとか、男は狼だとかそういった衝動的なものは惜しみながらも、全てゴミ箱に乱雑に押し込み、あいつの柔らかな匂いを感じながらようやく浅い眠りを迎える。
今日もまた静まり返った寝室にぎぃと扉が小さな悲鳴をあげる。それと同時に、布団の真ん中に沈めていた身体を少し左に移動させてあいつがだんご虫のように縮まってしがみつくのを待つ。だが

「起きてンだろ」

なぜか、聞き慣れている声が暗闇を覆った。本来ならばこの透き通った音はいつもの無機質な朝を迎える合図なのに、彼女はそれを自ら破壊した。返事をして変化を求めるか、聞こえぬフリをして現状を守るか。そうこう迷っているうちに、今度はあまりにも弱々しい今にも泣いてしまいそうな声が降ってきた。

「馬鹿みてェな理由だけど、眠れねェンだよ、ずっと」

それでも、返事に戸惑った。知っていたはずだ、互いに気づかぬ振りをし続けて、つまらない毎日をクラゲのように漂っていたことくらい。背後から感じる突き刺すような視線に誤魔化すのは無理そうだと判断した後、謝罪か悪口かどんな言葉を吐き出せば丸く収まるのかを頭をフル回転させて、ようやく喉から出てきたは音は情けなく掠れていた。

「子守唄でも歌ってほしいのか?」
「嫌だ、キモイ」
「なら、何がお望みだよ」
「そのままでいい」

こつりと何かが背中にぶつかる。背骨あたりにかかる微かな吐息が妙に暖かい。

「このままが、いい」

傷の舐めあいだと言われても、同じ地獄で生きて、束の間の安堵と休息を得る。

「…おやすみ、」

優しい声は少女の不安定な心をゆっくりと撫ぜた。


/ベッドルームの迷子たち