ザクザク音をたてる貝殻の上を歩いていたのに、いつの間にか足元は靴に食い込む柔らかい泥になっていた。それでも美琴は無言のまま足を運ぶ。海から流れ込んでくる潮のために、足元はますますぬかるんでいく。

「…どこまで行くンだよ」

無愛想な声に美琴の足はようやくぴたりと止まった。気づけば随分と遠くまで歩いていたらしく、二人の靴はもう泥だらけだった。

「うーん、…無人島か宇宙かな」
「行くかよ」
「行こうよ、どうせあんた暇でしょ」
「行かねェつってンだろ。さっさと帰るぞ」

だけど美琴は針金で固定された人形のように、一歩もうごかない。しかも「嫌よ」と断固拒否の体制に入り、一方通行は小さな苛立ちを募らせた。

「…そンな我が儘が通用するほどもォガキじゃねェだろ」
「でも、大人なんかじゃない、まだ、あんたも、私も、みんな」
「チッ、何が言いてェンだよ。美琴ちゃンはピーターパン症候群ってつですかァ?」
「違うわ、あんたと、ずっと一緒にいられる場所を探したいだけ」

例えそれが歪で絶望的なものだとしても。

「私、あんたが、あんたのことが、」

美琴が言葉に乗せて吐き出そうとしたその時、美琴の唇を骨ばった感触が覆った。白い、頼りない手のひら。それは美琴の心を塞ぎ、アーモンド型の瞳をこれでもかと言うくらい大きく開かせた。

「言うな、」
「っ」
「頼むから、それ以上は、言うンじゃねェ」

一方通行の切れ切れな震えた声に、美琴の目端から雫がぼろぼろと落ちた。嗚咽することもなく、大粒の涙が砂の上をじわりと湿らす。
泥のように沈殿し、固着した想いはもう剥がれてくれない。それなのに黒い海底のずっと奥深くに閉じ込めなければいけない、美琴はその事実を受け止めきれずにその場にしゃがみこんだ。

「っ、…あんたは、このままでいいの?」
「いいンだよ。オマエが幸せになってくれンなら、それで」
「…自分の幸せを捨ててまで、私が幸せになれるとでも思ってるわけ!? やめてよ、もう、嫌だよそんなの、私は、あんたが、あんたが」

振り絞るように、それでも体中の水分が喉につっかえてそれ以上は上手に出てこなかった。
一方通行は、たくさんのものを見えてしまう瞳を瞼で固く閉じた。気づけば、ずっと、見て見ぬふりをしてきた。一方通行も美琴もすれ違いにすれ違いを重ねて、何があろうと、届くことは決してないことを知っていた。いつしかこの恋が間違っていると気づいたときから、ずっと。
沖の方で、数羽のカモメが風に乗って滑るように飛び交い、時折悲しげな声で鳴いていた。一方通行はさらにずっと沖の、空と海の境界線に視線をずらし「帰るぞ」とだけ言った。


/二人が馬鹿なら良かったね