熱い、と身体の内側が訴える。汗ばむ額にぴったり貼り付く冷えピタはすでにただのぬるピタと進化しており、現在の体温が異常を来していることを改めて実感できる。そして、どうしてこんな暑い時期に風邪なんて厄介なものを運んできてしまったのかと上条はぼんやりとした思考回路の中で後悔した。せめてこの部屋の冷房が直っていたら、と視界の端にぽつんと存在するつい最近壊れた役立たずをにらみつける。しかし、命のない物体にどんなに憤慨して、罵詈雑言を並べて殴りつけても返ってくるのは空しい沈黙だけで、上条は苛立ちをどこにもぶつけられずに天井を眺めることしかできなかった。

(くそ……、不幸だ)

不幸とは嫌なくらいに連続して重なり、精神にも肉体にも大打撃を与える。ただでさえ身体は悲鳴をあげているのに、これ以上の不幸など受け入れたら、最悪の場合死に際まで追い込まれる可能性だってある。素直に寝て、完全回復を待つしか風邪を治す方法はない。

(仕方ない…寝るか…)

上条はそっと瞼を閉ざそうとしたとき、トタトタと床が小さく鳴った。目線だけをゆっくりと音の方向へと動かすと、暑苦しい修道服を着込んだ少女が心配そうに眉をハの字に垂れさせているのが見えた。

「とうま、起きてても大丈夫なの?辛くないの?」

寂しさに溢れさせた声が、心細く今にも泣いてしまいそうな少女の姿が、上条の心にチクリチクリ、罪悪感を植え付けた。

「あ、ああ、ちょっと眠ったら落ち着きましたよ」

上条はインデックスを少しでも安堵させるために優しく微笑む。本当は今にでも崩れそうなくらい辛くて苦しい。それでも、全て押し殺してでもインデックスの笑顔を絶やしたくない。インデックスも上条の落ち着いた何時もと変わらない笑みを見て、にこっと優しく目じりを細め、口角をあげた。

「とうま」
「ん?」
「うそはだめなんだよ」

そう言って、インデックスはそっと上条専用の茶碗を差し出す。どろりとした白いものから、ゆらゆら薄い湯気が空気中を漂う。上条はインデックスが持つ茶碗の中身の正体に対して頼りない記憶を巡らせる。今の上条当麻は風邪など引いたことはなく、絶賛初体験中のせいか、その白いものがなにを意図しているかは分からなかった。しかし、確かに温かみに溢れるそれは上条の胸をゆるりと揺さぶった。

「こもえに電話したらね、これで栄養つけてあげなさいって。そしてねとうまは、平気で嘘をつくからちゃんと見張ってあげなさいって言われたんだだよ」
「インデックス……」

思いがけない気遣いに上条の涙腺がじわりと緩んだ。こいついつの間に成長したんだ、とまるで娘を見守る父親のような心境を抱きながら、インデックスがもつお椀をじぃっと見つめた。

「えへへ、私だってやればできるんだよ」

インデックスは白いどろりとしたご飯をスプーンですくいあげ、こもった熱を冷ますためにふぅふぅと息を吹きかけたのち、上条の口元まで持っていく。その流れが理解できず、首を傾げればインデックスは口をへの字にさせ、ぷくりと柔らかな頬を膨らませた。

「もう!どうして分からないかな!あーん、なんだよ」
「え、えええ!?」
「あーん」
「あ、あー…ん」

上条はまるで新婚夫婦かのような行為に気恥ずかしさを感じながらも口を開き、インデックスの好意を素直に受け取る。だけどやってくるものは薄味でも甘味でもなく、酸味と、洗剤の香りだった。一体どうしたらこんなおかゆが出来上がったのか。キッチンは地獄と化してはないだろうか。今度は胃痛やら下痢やらに苛まれそうだ。次々と浮かんでくる平常運転の不幸に上条はくつくつと喉からこみ上げる笑いを、表面に零した。

「っく、あはは、これは早く復活しないと二人で野垂れ死にエンドでせうね」
「むう、悔しいけど事実なんだよ」
「うん、でも旨い!世界一のおかゆだぜ、インデックス」

上条のはじけた笑顔に、インデックスはちょっぴり照れくさそうに頬をぴんくに染め、はにかむ。

「とうまのもやしばっかりの料理が世界でいちばんなんだよ」


/あなたに魔法をひとつ