前兆というものはあったのかもしれない。目の前を横切った黒猫とか、黄色い車をたくさん見てしまったとか、ジンクスや占いといった類など全く信じていない一方通行もふと打ち止めが乙女心と語っていた、曖昧で朧気な幻想を頭の隅で考えてしまった。ばっかじゃねェの。自分を貶すように呟き、その場所でうずくまる。横っ腹を手のひらでぐいっと押さえつけ、離し、また押す。それでも波打つような腹痛は消えず、不意に瞼の奥がじんわりと熱くなった。しかし腹痛が理由で涙を流すなんて出来るわけがなく、ただただ唇を噛み締めた。

「一方通行?」

急にしゃがみ込んだ一方通行に上条は目線を合わせる。赤は不安げに揺れ動き、顔色はもはや死体のようにも見えた。これはただ事じゃないと鈍感大王も額から冷や汗を流し、息を呑む。そっ、と骨ばった肩に手を置く。呼吸は少し荒かった。

「どうした具合でも悪いのか?病院ならすぐそこだぞ」
「…いいから、放っておけェ」
「いや、今のお前だけ置いて楽しくゲーセンに行くわけにはいきませんってば。どうせまた一人っきりで無理するんだろ?」
「無理なンかしてねェ。早く、消えろ、邪魔だ、うぜェンだよ、しンじまえ」

掠れた意志の弱い声色に、うそつき、と上条の唇が四文字だけを紡ぐと、一方通行の身体がふわりと浮かんだ。赤い目にうつるのは自分よりも少し大きな背中と、ツンツンとした黒い髪の毛。一方通行がぱちぱちと瞼を開閉させながら状況を飲み込めずにいる一方、上条はあまりの軽さに驚愕した。まるで空気のような重みに、一方通行のほうがいつか消えてしまいそうな気がして上条は小さな身体を支える腕に力を込めた。大丈夫、一方通行はちゃんとここにいる。言い聞かせるように、上条は一歩を踏み出す。

「一方通行、いいんだよもう。泣けないならそれでいいんだ。でも偶には胸の内にあるものを叫んだっていいんだぜ。笑ったやつは俺が片っ端から殴りに行くよ、だから、泣いちまえよ、弱虫らしくさ」

一方通行はその砂糖菓子のような甘い言葉に嗚咽しそうになった。「甘ェンだよ、オマエは」と今度はしっかりと言葉になって色々なものを吐き出してしまいそうな唇が優しい弧を描き、瞼を閉じた。
上条は背中で落ち着きを取り戻した一方通行にホッと一息をついて、優しく歌うように言う。

「でも苦いよりはいいじゃねぇか」

優しく汗臭い匂いが一方通行の鼻腔を擽る。いつの間にか痛みは少しずつ柔らかい暖かみへと変化していた。


/泣けよ弱虫
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