「昨日、子犬が車に轢かれた音を聞いたんだ」 「?」 土御門は独り言のようにぽつりぽつりと語りはじめた。 「骨が折れる音だったんだぜぃ。まるで自分の骨が粉々になったような感じだったにゃー」 「それはそれはご愁傷様デシタ」 「俺はそのとき、ふと御坂を思い出してな」 「え、やめてよ気持ち悪い」 「お転婆なお姫様は無知なくせしてがむしゃらに飛び出すから、あの子犬のように簡単に死んじゃうんじゃないかって。だから俺はお前が引き戻れなくなる前に止めにきたってわけだにゃ」 サングラスで覆われた理知的な瞳が美琴を射抜いた。土御門の珍しい真摯な表情にぐっと息を詰まらせると、言葉が思うように出てこなくなった。ぱくぱく唇を開閉させてようやく音をなして姿を表したものは、もはや言葉として意味のないようなものばかりで美琴は唇を噤んだ。 「手足を引きちぎってでも、これ以上こっちには来させない」 「な、なに言ってんのよ、どうして私があんたなんかに心配されないといけないのよ!」 「…はぁ、これだからお姫様はお子ちゃまって言われるんだぜぃ?」 「なっ、」 「分かんないか? どうして俺がわざわざお前に会って忠告する理由。なんにも知らねぇ餓鬼は踏み入れていい世界じゃないんだよ」 「……私は決めたの。あんたみたいなバカと一緒に戦うって。だからあんたが私にどんな説教をしようが、私は私の道を行く。こんなところで足踏みなんかしてられないっての」 土御門は呆れたような浅いため息をを吐いた。そしてズボンのベルトに挟んでいた拳銃をなれた手つき取り出すと、美琴の方向へと構えた。美琴は一瞬たじろいだが、どうせ撃ち抜くことはできないと踏んで、ぎろりと土御門を睨み返す。 「ふん、そんな玩具が私に通用するとでも?」 「全く。でも、これならどうかにゃー?」 「な、」 土御門は美琴に向けていた銃口を自身の金色の頭にぐりっと押し付けた。土御門は相変わらず余裕綽々な表情のままで不気味なオーラを纏わせていた。安全装置を人差し指で外す冷ややか音が耳に届く前に、美琴はすぐさま微調整した細い電流を一直線に土御門の手のひらに直撃させた。拳銃はばちりと音を響かせた電撃によって弾かれ、宙をくるくる回転しながら、がしゃんと空しい音をたててフローリングに転がった。美琴は肩で息を弾ませながら、眉をギュッと眉間に寄せて土御門に怒号を飛ばす。 「なにやってんのよ、あんたは自殺でもしたいのか!?」 土御門は用意していたかのように頬に笑みを浮かべた。 「ほら、やっぱり」 「何がよ」 「お前には人っ子一人見殺す度胸もなければ、自分の手のひらを汚す勇気なんてこれっぽっちもないみたいだにゃ」 「っ、!」 「暗部に馬鹿正直者はいらない」 土御門は床に落ちた拳銃を片足で軽く蹴った。美琴はからん、からんと軽快な音をたてて届けられた黒い物体を揺れる視界の中で確認した。漫画やテレビでしか間近で見たことがなかったそれはあまりにも小さかった。小さくて、黒光りが綺麗で、美琴は初めて突きつけられた現実の残虐さに肩を震わせた。 「触れもしないんだろう。お前はここじゃ何もできないただの役立たずなんだ。諦めて寮に帰れ」 刃のように尖った口調が美琴を追い詰める。確かに人を殺すことを躊躇う美琴には、土御門と共に戦うことは不可能なのかもしれない。それでも美琴は漠然と抱えていた土御門への想いに気づいたとき、彼が闇の中で生きていると知ったとき、彼が抱えるもの全部背負ってやると決心した。そのためにはたったこれだけの駆け引きに怯えてる場合ではない、と美琴は震える身体を抑えるためにスカートの裾をつかみ、ギュッと瞼を閉じ、叫ぶ。 「私だって戦える!私だって、あんたのために、あんたと地獄だって行ける!!だから……、お願い、私も一緒に連れていってよ」 土御門の張りつめていた目元から柔らかい笑みが零れた。土御門は美琴の元へと脚を進め、床に転がる拳銃を拾う。「気持ちだけ受け取っておくぜぃ」とだけ呟き、背中を向けた。 「行かないで」 「すまねえな」 「私も、戦う、戦える」 「それは無理なお願いですたい。ここから先は俺たちの管轄だ。お前はお前の居場所で戦えばいい」 柔らかな拒絶は美琴の涙腺を破壊した。土御門はぼろぼろ、赤ん坊のように涙を流す美琴を一瞥しただけで、笑顔を絶やさないまま暗闇に溶けて消えていった。 /枯渇した優しさで |