「転校するンだ」
「……はい?」

帰り道の別れ際。百合子が吐き捨てた言葉は、上条を戸惑わせるには十分すぎるビッグニュースだった。上条は何度か瞬きを繰り返して、ごくりと唾を飲み込む。頭の回転が遅いせいか、上手く処理することができない。でも百合子は平然と、悲しむような素振りもみせずに「これでお別れってわけだァ」とだけ言って背中を向けた。上条は離れていく小さな背中に言葉のひとつも出せず、その場に立ち尽くす。いつもの場所でいつものようにまた明日、と言ったはずのに、戻ってきた返事は予想を遥かに飛び越えて、果ては銀河まで二、三周して、脳みそが演算を停止しておよそ数分。

「……転校!?」

ようやく理解できたころには時すでに遅し。少女の姿はすっかり夕焼けに溶けて、消えてしまっていた。
思い返せば、百合子はいつだって突然だった。学校で誰もが名前を問えば「ああ、あいつか…」と答えられるほど色々な意味で有名な鈴科百合子に、初めて声をかけられたのは、夏休みの前日。明日から長期休暇だと幸せな気分に浸りながら帰ろうとしていた時に、「ゲーセンって知ってるか」なんて意味の分からない誘いを受けてから、百合子との関係が始まった。
それから夏休みはほとんど彼女と地下街を歩きまわり、彼女の顔面凶器な義父に殺されそうになったり、夏休みが終了するやいなや青髪ピアスは力いっぱいぶん殴ってくるし、土御門はなぜかニヤニヤと笑っていたり、相変わらずの不幸オンリーだったけど、確かに百合子といる時間は楽しかった。ぽろぽろと零れ落ちそうなくらい幸せそうな無邪気な笑顔は、頭の悪い上条でも鮮明に覚えている。

(なんつーか、突然現れたくせにすぐに消えるのかよ。はは、まるで人魚姫じゃないか鈴科さん)

別に転校は泡になって消えるというわけではない。彼女がどこに行くのかは分からないが、遠かろうと近かろうと何かがきっかけで再開できるかもしれない。上条はドラマで良く見る感動の再会シーンを思い浮かべると、ぽつり、となぜか生暖かい液体が頬を伝い、硬い地面をぬらした。雨かと思って見上げたら、青い空に燦々と存在する太陽に不機嫌な知らせはない。では、この一点の染みは何なのか。頭を抱え、考えて、考えて、考えぬいて数秒。答えはいとも簡単であっさりとしていた。

(ああ、そっか、俺は、あいつの隣にいたいんだ。ずっと、ずっと)

迷いなんて全部吹き飛ばして、今すぐにでもこの想いを上手に届けたい。でも、きっと、何度練習したってこのどんくさい頭は何一つ覚えちゃくれない。なら、どうすればいい。どうやったらあの強がりな女の子を引き止め、娘を溺愛する義父を説得できるか。

(そんなの、当たって砕けるしかねぇだろ!)

上条は黒いコンクリートを強く蹴り、身体を前のめりにしてまっすぐに駆け出した。

/いちごさい