あくせられーたと呼ばれる少年がいる。一方通行と書いてアクセラレータ。噂好きな後輩曰わく、最強かつ最凶。悪魔のような性格と、桁外れに優秀な頭脳。関わったら殺される。まさに歩く凶器。RPGゲームの極悪非道な魔王。こんな話をしているだけで殺られるらしい。御坂美琴はそんな会話を思い出し、体育館裏で壁に背を預けながら読書に勤しむ少年を見てぶふっと息を吹き出した。少年は怪訝そうに顔をあげて、真っ赤な瞳で美琴を射抜く。

「なに笑ってンだ」
「いやー、あんたって色んな意味で有名人でしょ? 根も葉もない噂をちょろーっと小耳に挟んでね。目を合わせたら呪われるって…ふふふ」
「なンだその中二病的発想」
「あんたももっと学校に来ればいいのに。そしたら念願の友達も増えるわよー?」
「余計なお世話ですゥ」

『体育館裏に出現する白い悪魔』と七不思議にまでなった少年が実はただの面倒くさがりやだと知ったら他の人はどんなに驚くだろう。そしてこのコミュ障が実は同じクラスの不登校鈴科くんだと気づいたら腰を抜かすかもしれない。
予想という名前の妄想を繰り広げなら美琴は気分良さげに微笑む。

「くそ、さっきから気持ち悪ィンだよ」
「あんたが面白いのが悪いのよ」
「わっかンねェな。どこをどォ見て俺がユーモア溢れる人間だと判断したンだよ」
「わざわざ白髪に染めたり、カラーコンタクトしたり、バンドとかやってるのかと思ったら、ただのもやしなところ?」
「そォか、美琴ちゃンは死にたいのか」
「だめ、暴力反対よ」

美琴は笑いながら顔の前あたりで手をひらひらと振る。が、一方通行は納得がいかず、赤い目を細めながら、美琴の顔に細い指をのばし、

「い"ッ」

コツンっ!と額にデコピンを喰らわせた。美琴は攻撃を喰らった箇所を抑えながら、ううっと呻き声をあげる。

「ざまァみろ」
「暴力反対って言ったじゃない! あぁ、いたい…っ爪食い込んだ、絶対!」
「爪だァ? ン、あァ、割とのびてたな」

一方通行は爪をパチンパチンと弄りながら、くつくつと嫌みったらしく笑う。

「ちょっとは心配しなさいよね! 顔に傷残ったらどうしてくれるのよ!」
「あァ? オマエの分厚い面の皮はこの程度で傷つきゃしねェよ」
「む、ムカつく! 一体どういう意味なのよ!!」
「うっせェな。耳元でキャンキャン吠えてンじゃねェぞ」
「誰のせいだと思ってんだゴルァァァァ!!!」
「ちょ、ま、っげふ」

美琴の秘技回し蹴りが見事に腹部に命中し、一方通行の薄い唇からくぐもった声が漏れた。

「げっ……」

美琴は頬をひくひくとひきつらせ、地面に腹を抑えながら手をつく少年を見る。元来白い顔が薄気味悪いほど真っ青に染まっている。まさかこんなにも素敵にヒットするとは思っていなかった美琴は慌てて、一方通行の背中をさすり大丈夫?と優しく声をかけた。女神のような優しく甘い声色だった。が、

「っかはっ、げほっ…、くかきっ」
「!?」
「くかきかけこかかきくけききこかかきくここくけけけこきくかくけけこかくけきかこけききくくくききかきくこくくけくかきくこけくけくきくきくきこかかかーーーッ!!」
「きゃーーっ!?!!」

突然、一方通行は地面に這いつくばっていた体を跳ね上げ、叫びに近い笑い声を溢れ出させた。美琴は反射的に少年から距離をとり、体を震わせながら後退していく。

「あ、あのねぇ、一方通行。私が悪かった。私が悪かったから、その奇妙な笑い方しながら近づいてこないでくださいお願いします」
「くかかっ、どォ料理してやろォかなァ?」
「私は人間よ! そ、それにこんな肉つきのない女の子料理したって、ダークマターが誕生するだけよ」
「ざァァァァンねンでしたァァァ! ダークマターには常識はねェンだよォォォ」
「え、あ、いみわかんな、いやぁああああああああ!」

かくして、リアル鬼ごっこが始まった。


「ぜぇ…はぁ、も、ギブっアップ」

美琴は肩で息をしながら、地面にパタリと膝をついた。それを確認した一方通行も息切れしながら、美琴の隣でまるで泥のように寝転がった。

「ひ、久しぶりに全速力で走っちゃったじゃない…」
「お前のせい…だァ」
「はは、悪かった、わね」

美琴は膝を崩し、汚れるのも気にせずに少年のように地面に仰向けに寝そべった。ふいに吸い込まれそうな空が眩しくて目を細めた。

「まぁ、でも楽しかったかも」
「楽しかっただァ?」
「あんたといると楽しいの。あ、別に深い意味なんてないわよっ!!」
「はいはい分かってますゥ」

一方通行は適当に美琴をあしらいながら、小さく苦笑いを浮かべる。

「ねぇ、ちゃんと学校来たら?」
「めンどくせェ」

迷いのないその発言に、美琴はむっと頬を膨らませ、上半身だけ起きあがらせ、一方通行の顔を見下すように睨みつける。

「き……来てほしいって言ったら?」
「あァ?」
「せっかく同じクラスなんだし、その、一緒に昼ご飯とか、あんた頭良いから勉強教えてもらいたいし、それに、毎日、会える…し」

ゴニョゴニョと口ごもりながらも美琴はなんとか伝えようとするが、変なプライドが邪魔をして素直に言葉は出てこない。一方通行は、そんな美琴を知ってか知らずか一度小さなため息を吐いて、

「友達いねェのか」

一刀両断する。

「うぅっ、あああ、あんたに言われたくないわよ! いないってわけじゃないのよ。なんか、みんな変に私のこと美化しすぎってゆうか…御坂様とか柄じゃないのよ…」
確か御坂美琴は学年でもトップレベルの成績だったはずだ、と一方通行の優秀な頭脳が記憶を掘り返す。姿形も綺麗で、凛々しい雰囲気を背負っているせいかクラスメイトからは憧れの的となってしまい美琴は馴染めずにいた。一方通行は一度も自身の教室に入ったことはないし、授業を受けたこともないので事情はよく分からない。が、美琴の少し沈んだ面もちはどうしても見るに耐えない。調子が狂う、と言っても構わない。一方通行は舌打ちを零し、身体をゆっくりと立ち上がらせた。それを見た美琴は地に足の裏をつかせて、制服についた土埃をパンパンと手ではたく。

「さて、と。昼休みも終わるからあんたとの遊びも終了ね」
「俺って何組だっけェ?」
「え、私と同じだから一組だけど……。知らなかったの?」
「興味なかったンだよ」

吐き捨てるようにそう言い、一方通行は校舎のほうに脚を進めた。美琴はその行動に小首を傾げあんたの居場所はあっちよ、と体育館裏を指差した。だが、一方通行は立ち止まり、美琴のほうに振り向くと、

「昼休みはそろそろ終わる時間なンだろ」

/あのブルーまで飛んでいけ!