垣根は平日の町中でフラフラと歩く一方通行の姿を見かけ、躊躇なく攻撃をしかけた。垣根の華奢な背中から大きく開かれた6枚の白い翼はコンクリートを引き裂き、空気を重く振動させる。だが一方通行は首もとのチョッカーに手を触れただけで、圧倒的な力を反射した。毅然と突っ立ったまま、怒りも怯えもない赤い瞳の怪物はため息をつく。そしてやる気がないと言うようにポケットに手をつっこみ、呆れたような低い声で言う。

「救えねェな、オマエも」

垣根はすぐさま高度な演算を展開させる。『この世には存在しない物質』を精製し、一方通行の反射の隙間を、弱点を狙う。一方通行は゛最強゛ではあっても゛無敵゛ではない。すり抜けられないと思われる反射には、いくつかの欠点がある。それは彼との数え切れない戦闘を繰り返して、垣根が気づいたことだった。その欠点に未元物質をかい潜らせ、偽装してしまえば勝機が見えてくる。だが王座に君臨する怪物はより高度で緻密な演算を繰り出し、すぐさま解析してしまう。垣根が放った攻撃は、簡単に反射され、垣根はそれを必死で避けていくしか他はない。
それでも数打てば当たる、と垣根はむやみやたらに攻撃し続けると、ついに疲労と焦りのせいで両足は地面に崩れ、背中をアスファルトに強打した。勢いよくぶつけたせいで頭に響くような鈍い痛みに垣根が怯んでいる瞬間、垣根の引き締まった腹部に華奢な右足が勢いよく落ちてきた。重力操作をされたそれは内臓が潰れるような衝撃を与え、くぐもった悲鳴が垣根の口から洩れる。
一方通行は苦しそうに血反吐を吐く垣根にさも興味なさげにぐりぐりと革靴の踵で腹部を刺激する。痛覚も操作しているのか、尋常ではない激痛が垣根の身体を駆け巡った。辛うじて残っている力である程度カバーするものの、垣根の身体は内側も外側も既にボロボロだった。普通ならとっくのとうに死を迎えているだろう。
一方通行はそんな第二位の情けない姿を、鼻で笑った。

「おいおい、第二位様よォ。この程度じゃ一生俺は殺せねェぞ?」
「ぐっ…!!」

にやりと厭らしい笑みを浮かべ、こちらをバカにしたように見下ろす男に垣根は眉根を寄せる。
これで何度目だろうか。この男を学園都市の玉座から蹴落としたくてたまらないというのに、垣根は一方通行に勝てない。ダメージは多少与えられるものの、最終的にはいつもこうしてねじ伏せられてしまう。

「いい加減にしたらどォだ。こっちもオマエとのお遊びに付き合ってられるほど暇じゃねェンだよ」
「…なん、だ、と」
「いくら不意打ちを打とうが、ご自慢の『常識の通用しない物質』を俺にぶつけよォが、オマエは俺には勝てねェ。それとも格下の垣根ちゃンには学習能力がねェのか?」

垣根は一方通行の挑発に反論することができない自身の弱さと情けなさに思わず泣きそうになるのをぐっとこらえた。
この白濁が、酷く腹立たしい存在になったのはいつだったか。初めてあれを見たときか、強大すぎる能力にねじ伏せられたときか。どちらにせよ自尊心の強い垣根にとって一方通行のような存在は、ただ気分を悪くさせる害虫そのものだった。
だから垣根はあの細い首をこの手でへし折って、呼吸ごと奪ってしまいたかった。蹴り落として、排除してしまいたかった。殺して、八つ裂きにして、一緒に死んでしまいたいと思った。
だけど、垣根は馬鹿ではない。ずっと彼だけには適わないと気づいていた。彼だけには勝つことも、優越感を得ることもできないと、初めて会った時から知っていた。
一方通行は再びため息を吐いて、静かになった垣根の腹部から足を除ける。もう彼女には攻撃をするほどの余力はないと判断して、チョッカーに触れた。そして一方通行は時間を確認するために黒い携帯を取り出すと意外にも時間を食ってしまっていたことに気づき、眉を潜めた。

「…最後に頭の弱い垣根ちゃンに忠告だけしといてやるよ。街中で能力ぶっ放すな。とくにクソガキが俺の隣にいるときはな」

クソガキ。垣根は一方通行が言った単語に目を丸くさせた。クソガキ、というのはおそらく垣根が彼に襲い掛かる前に隣にいた茶髪のアホ毛の少女だろう。一方通行が待たせている、第三位のクローンの女の子。垣根は一方通行が関わったアホらしい実験を知っている。彼に課せられているハンデの理由も、暗部にいれば案外簡単に情報は回ってくる。それはそれで構わない。一方通行が弱くなっても、垣根では勝てないのは既に認知済みだ。垣根が引っ掛かっているのは、「クソガキ」とあまりにも可哀そうな呼び方をしているわりには、あの少女の話をする怪物の顔が少しだけ、ほんの少しだけ優しくなる。それは普段から凶悪な一方通行の睥睨しか見ていない垣根からは一目瞭然だった。
垣根は自分と同じかもしくはそれ以上だと思っていた怪物が、あんな表情ができると知り急に胸のつっかえが取れたような感覚に陥った。同時に、腹の奥底から笑いがこみ上げてきて、大声をあげて笑うと傷口が開いたのか激痛が走った。

「なンだよ、とォとォ狂ったか?」
「あはは、はは、ははは、あー、ちくしょう痛ぇ…、なんでこんな男に勝てないかなあ…」
「弱いからだろォが」
「死ねもやし包茎ロリコン野郎」
「くたばれクソビッチ」

殺してやりたい。あの顔を潰して、全身の骨という骨を粉々てやりたい。
垣根は明日もまた彼を殺すための策を練りながら、少女のもとへと去っていく一方通行を見てふっと笑った。あの少女が自身であったらどれだけ幸せか、なんて下らないことを想像しながら。


/白日のモンスター