学園都市の図書館はひどく閑散としていた。試験の時期になればある程度チラホラと人の姿を見ることはあるかもしれないが、学生は普段はあまり公共の図書館を利用しないせいか、今も2人しかいない。司書のおじさんでさえもぐっすりと眠っている状態で、それでいいのかと図書館の機能を疑ってしまう。2人きりなら落ち着けるだろうと一方通行はあまり気にせずに、目当ての本をピックアップしていく。美琴も協力するため、ずらりと棚に並べられた本を眺めていく。

「んー、これは?」
「あァ? ンなの小学生向けだろ」
「いや、いくらなんでもそれはないわよ」美琴は手に取った蔵書に視線を落とす。恐ろしいほど分厚く、題名からして吐き気がする。例え優秀な御坂美琴には理解できるとしても、普通の小学生が好き好んで読む本ではない。

「あァ、これだこれ」
「うわぁ……」

一方通行が棚から手にとったものもまた、見るからに拒否反応が出てしまうような代物だった。嫌そうに口元を引きつらせる美琴をよそにぺらぺら、と一方通行は適当に捲りながら確認作業を行う。

(……案外コイツ真面目ね)

美琴はいつにもまして真剣そうな一方通行の横顔に感心する。彼は普段は泣く子がもっと泣く凶悪面と呼ばれるように、年中不機嫌を表情に貼り付けているのだが、本当はとても端正な顔立ちをしているということを不意に実感させられる。妬ましいくらい白くきめ細かい艶やかな肌。白銀の髪の隙間から見える細い首筋。鋭く、冷たく、それでいて危うい狂気めいた紅の瞳。綺麗だ、と率直に思える。変な話、日本人とは思えない容姿に羨ましいとでさえ思ってしまう。

「なに見てンだよ」

美琴の瞳が紅とかち合う。どうやら視線に気づかれてしまったらしく、美琴は慌てて、

「な、なによ。あんたなんか見てるわけないじゃない。わ、私は、あんたの本が面白そうだなって思っただけで……」
「ほォ」

自分で墓穴を掘っていることを知らずに、なんとか誤魔化そうとする。が、一方通行は嫌みったらしくニヤリと口元を歪める。こんな時の彼は、ちょっぴり、いやすごく意地が悪い。わざと突き放すような台詞を吐いたり、恥ずかしい言葉を公然と呟いたりしてくる。嫌だと言ってもやめない。美琴はそんなドがつくSから、少しでも離れようと、後ずさりする。だがむなしく、簡単に腕を掴まれてしまい、一方通行は自身の顔を美琴の耳元に近づける。白い髪が御坂の頬を掠り、心臓が爆発したかのように高鳴りして、ふにゃっと変な声が唇から漏れた。

「ひゃは、なにを期待しちゃってンのかなァ、美琴ちゃンは」

 囁くように、息を耳に吹きかける。

「なななななちょ、あ、ばか、ややややめ…なしゃい、よ」
「あァ、もしかして俺見てなにか感じてたのかなァ?」
「〜っ、自意識過剰よ!」
「御坂さン、図書館では静粛にィ」
「う、うぅ……ばかぁ…」

美琴は茹で蛸のように真っ赤になる。鼻孔に微かに香る一方通行の甘いような、苦いような不思議な匂いにくらくらと頭の中が揺れるような感覚に陥り、手に持っていた本が大きな音をたてて落下した。一方通行は一度舌打ちをしてから、ようやく耳元から離れ、落下した本を拾うため腰を落とした。

(…ま、まだバクバクしてる)

美琴は、いまだ高鳴る心臓を胸元をギュッと抑えつける。そして耳元では、まだ囁きがなぜか木霊している。吹きかけられた息のせいで、体が溶けてしまいそうになる。

(なによ、なんなのよ、もぉ……ばかばかばか一方通行のばか)

「なァ」
「ひゃうっ!」

戸惑っている間に、本を拾い上げたのか、一方通行の端正な顔が今度は吐息がかかる位置にあった。美琴はその至近距離に羞恥し、少年の顔が見えないように、うつむきながら抵抗する。

「いい加減に、はなれなさいよ」
「ふーン」

くいっと、顎に細く骨張った指が添えられ、無理やり視線をあわせられる。綺麗な紅に、御坂美琴の胸は相変わらず苦しく圧迫される。このまま人生の全ての鼓動をこの場所で消費してしまうのかと思うくらいに、心臓が大きく波打つ。

「なァ美琴。どォしてほしい? 言ってみろ」

やめてって言ってもやめないくせに。全部分かってるくせに、呼び捨てするなんて。美琴は内心で悪態をつきながら、

「……意地悪」

泣きそうな、甘い声で呟いた。


/kiss me