少女の可憐で艶やかな唇は「愛してる」と冷ややかに紡ぎ、一方通行は下腹部にのしかかる少女の重みに鬱陶しげに眉をひそめた。彼女は一方通行が本気で守りたいと、大切にしたいと思えた初めての異性で、つまり甘酸っぱい初恋の相手だ。無邪気で、素直じゃなくて、いつも一生懸命で、まるで太陽のような暖かさを秘めた笑顔が眩い女の子。それが御坂美琴。一方通行が愛した少女。だが、今の御坂美琴にはそんな面影は見当たらない。今までが嘘だったかのように、美琴は口元を厭らしく艶めかしく歪めると、言葉では言い表せない威圧感を孕んだ声で、

「アンタはこうでもしないとまたどっか行っちゃうよね」

ひんやりとした柔らかな手のひらが首筋に触れ、びくりと一方通行の体が小さく震えた。その小動物のような反応に美琴は指先で細すぎる喉元の首輪を弄びながら、にんまりと微笑み、外してもいいかしらと歌うように囁く。

「……ダメに、決まってンだろォ、が」
「大切な繋がりだもんね」

でも、と美琴は声を震わせながら言った。

「…こんな、こんなものがあるから、アンタは苦しむんじゃない」

美琴は、白い髪を優しく梳き、一方通行の乾いた唇に小鳥のようなキスを落とす。触れるだけのたどたどしいキス。それでも一方通行は小さく微笑んだ。優しく、切なく、秀麗に。そっと骨ばった手が美琴の柔らかな茶色の髪に伸ばされ、ワシャワシャと撫でられる。そのぶっきらぼうな優しさに美琴は喉をこくりとならし、申し訳なさそうに眼瞼を閉じる。

「……ごめんね、一方通行」
「ァ? っ、」

苦い謝罪を最後に、カチッと無機質な音が響いた。すると紅の瞳からは光が消え失せ、肢体は力なく放り投げられた。一方通行の脳はもう正常に働かない。美琴が目前にいることも、会話することも、何が起きているのかも理解できない。まるで廃人だ。だが、それで彼が救われるのなら構わない。美琴は、手のひらを白い頬に滑らせ、愛しい名前を呟く。

「一方通行」
「wnbg好pjm」
「うん、私も好きよ。愛してる。あんたは私が解放するから。だからね、もう苦しまなくていいの」

美琴は知っていた。一方通行が闇に溺れていることを、妹達を守るためにその手を赤に染めたことを。そのたびに、自分自身の無力さを嘆き、私は何もできないと鬱々とした。辛かった、悔しかった、泣きたかった。でも、傍にいたかった。好きだった、愛していた。だから、この手で全てを断ち切ろうと決めた。一方通行の薄く上下する胸板を手のひらでさすり、心臓がある場所で動きを止める。トクン、トクンと優しい動きに思わず口元がふわりと緩んだ。だが美琴の電撃を与えれば、恐らく一瞬でこの命の証は止まる。多少痛みは伴うかもしれない。それでも、彼が大切に傷ついてまで守ってきた少女たちに気づかれる前に終わらせることが、彼女の最後の最低で温かい優しさ。歪な幼い愛。

「これからは、ずぅーっと一緒ね」

美琴は、一方通行の虚ろな目にかかる長めの前髪をはらい、額に小さなキスを落とすと花が綻ぶような笑顔を浮かべた。


/アリスの描いた宇宙