「俺は別に短距離が好きだから走ってンだ!」
「ぷはぁっ!あんたねぇ、素直になりなさいよ!!本当は長距離のが好きなンですゥって!」
「誰に口聞いてンだ!お前もそのウニ頭に言いたいことがあンだろォ?」
「ななな、何言っちゃってんのよ!べ、別にコイツなんかに伝えたいことなんて…でも…、いや、ない!なんにもない!」
「ははァーン。なンだァ美琴ちゃァン。顔真っ赤にさせちゃってよォ。なァなァ上条くゥン?御坂美琴さンはねぇ」
「わわわわわわわああああああああ〜っ!!」

何だこの痴話喧嘩。まさか2人はなんてふと思ったが、2人は腐れ縁だと言った。そうだとしたらこの仲の良さはそのせいなのかもしれない。

(って何安心してんだ俺)

ちくりと胸に突き刺す痛みに疑問を持ちながら、首を傾げる。真っ赤になりながら一方通行と会話をする御坂美琴。
ちくちく、ちくちく。針が心臓を縫い付けていくような、妙な感覚。

(え……?)

どうやら鈍感は自身の想いにも鈍感らしい。
顔を赤く染めながら慌てふためいている御坂美琴を放っておき、一方通行は上条当麻をチラリと伺う。

「ンで、上条は長距離やンのかよ?」
「え、ああ!…一緒に走る?」
「…遠慮しますゥ」

自嘲じみた苦笑いを浮かべ、一方通行は視線を逸らす。色々と聞いてしまった手前、上条はどうすることもできず、正反対で似たような境遇に同情する。

「走ればいいだろ、白もやし」
「エース様は格好悪いところ見せられないってか」
「げ…」

その声に一方通行は心底嫌そうに眉をひそめる。上条も納得したようにああと呟いた。一人は、どこのホストですかと問いたくなる顔立ちに長身。まるで漫画のようなイケメン少年垣根帝督。一人は、上条さん好みのお姉様。胸も大きく、態度も大きく、口を開けば下ネタというとんでも少女麦野沈利。2人とも陸上部の部員の二年の先輩である。

「一方通行、お前IH出るんだから体力つけろ馬鹿死ね糞」
「あァ?同じくIHに出るメルヘン野郎はお空高くで踊ってろ屑」

一触即発。
まるで触れてはいけないような禍々しい空気が2人の間に交差する。この人達いつから仲が悪かったっけ、と上条はぼそりと呟くと、

「私には仲が良いように見えるけどね」
「へ?」
「『喧嘩するほど仲が良い』あながち間違っちゃいないと思うわよ。まぁあまりにも2人ともああなりすぎて、流石に苛々するけど」

麦野沈利は、チラリと上条当麻を見た。そして未だにブツブツと呟き続ける御坂美琴を見て、ため息を吐いた。

「あんたもいい加減にしたらぁ?お姉さんもあんまし暇じゃないし、握り潰してやりたい」
「ヒィッ!」

キュッと何かが縮こまる。麦野沈利はその身体からは予想できない、有り得ない握力を有する。つまり怪力。砲丸投げをさせれは世界にも通用しちゃう、怪力乱神。想像しただけで失神しそうになる。麦野沈利の言葉はそれ程までに強力だった。あまりにも顔色を青くさせて、ブルブルと身体を震わす上条を見て麦野沈利はクスリと笑う。女性らしい、艶めかしい微笑み。それもどこか儚げで、切なくて、いつもの強気で我が儘な少女はそこにいなかった。

「私も人のこと言えた柄じゃないけどさ」
「え?」
「…さて、練習練習。おら御坂!うじうじしてんじゃねぇよ、毛虫で挟むぞ」
「ひゃうっ!」

(やっぱ怖ぇ…)

ピピーッとホイッスルの高い音が空いっぱいにこだまする。ぴたり、と騒がしかった声が止まり、顔色も変わる。和気藹々といった空気が一瞬にして張り詰め、みなが一斉にグラウンドの中心へとその鍛え上げられた足を伸ばす。――強豪。この高校がそう呼ばれる所以のひとつにあげられる人物がいる。人間、と言うのもどこか語弊があるのかもしれない。なぜならそれはいつだって逆さまだからだ。普通に立っているところをまず見たことがない。男にも女にも、若者にも老人にも、聖人にも罪人にも見える人間。アレイスター・クロウリー。かつてこの世界を揺るがせた陸上選手。いくつも記録を塗り替え、世界中の人を魅了させた。もう何年も前の伝説。そしてこれからの伝説を創作し続ける。アレイスターは、グラウンドの中心で逆立ちになりながら、怪しく、飄々と微笑み、高々と宣言する。

「さぁ、――練習だ」


/青春クラッシュ