肋骨が透けて見えるようだ。彼が一体どんな食生活を送っているのか詳細までは知らないが、きっとまともではないのだろう。余りにも痩せすぎているので、本当にぽっきり折れてしまうのではないのか、と一度戸惑いの色を浮かべた。だが、どうせここで終わるのだからどうでもいいいか、と薄っぺらい腹を革靴で押し潰すように踏みつける。ぐゥっとくぐもった声が細い喉から漏れ、その苦痛が含んだ声に思わず美琴は表面に笑みをこぼした。あの第一位が、自分のたった一本の足だけで床に倒れ伏している。その事実が、美琴の中の暴虐心をひどく揺すぶった。

「私さ、やめたんだよね。ぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶ」
「っぐァ……っ」
「ねぇ、なんで能力使わないの? 贖罪のつもり? それとも、ただのマゾヒスト?」
「ゥあ、……黙れ」
「あ、使わないんじゃなくて、使えないんだっけ。この顔見てると、怖くて震えちゃうの? かーわいい〜」
「っ……いいから、どけェっ!!」
「でも、ごめんね。私、許すのもやめたんだ」

抑揚のない美琴の声に、一方通行はぞわりと背中を震わす。これではクローンより感情がないのではないかと思うほど、美琴の愛くるしい瞳には生きている光が見当たらない。美琴は一方通行の腹部からようやく足を離した。が、ホッとしたのもつかの間、今度は美琴は一方通行にのしかかった。見下すような冷たい視線が不安げに揺れる赤とかち合い、美琴は腹の底からこみあげる狂ったような笑い声を包み隠さずに狭い室内いっぱいに響かせた。

「なんで、あいつも、あんたも」
「…っあァ?」
「さんざん、期待だけさせておいて、むかつく。ああ、でも私、もう戻れないや」

奇妙に微笑みながら上着のポケットから何かを取り出した。ぎらり、と耀艶に光るそれに一方通行は赤い目を細めた。

「……なンだ、それ」

うっとりとで包丁をなでる美琴は一方通行を一瞥して瞼を閉じた。少女にはあの温かな場所に戻るつもりは毛頭ない。もう遅い。懇願したところで、この凶器で心臓を一突きした白いあの子が奇跡の復活をするわけないし、あの少年が振り向いてくれるわけではないのだから。美琴はひんやりとした切っ先を、仰向けの少年の身体に向ける。そこにはもう、戸惑いも迷いもない。あるのは汚らしい憎悪と我侭な狂気。たったそれっぽち。

「大嫌いだったよ、一方通行」
「生憎だな。俺もだよ、くそ野郎」

爛々と光る赤い目が美琴を睨んだ。それに美琴は臆することもせず「あら、奇遇ね」と楽しそうに声を弾ませた。

「そっかぁ、お揃いかぁ……。じゃあ、いいよね。大嫌いな私に殺されるのも本望よね」
「間違っちゃいねェな」
「ふふふ、初めてね。あんたとこうやって分かり合えるなんて、ふふ、でも、これが最期なんて皮肉」

なんて哀れで、なんて滑稽で、なんて醜い姿だろうと一方通行は思う。人間とはどうしてこうも容易く崩れてしまうのか。暗澹とした世界は、たった一人の無邪気な女の子までをも変えるのか。ならどうして誰一人この少女を止められなかったのか。どうしてこうなってまで抱え込んだのか。神様ってやつはそれも全部運命だと投げ捨てるのだろうか。

「……気に食わねェな」

ぽつり、と呟いた。美琴はにんまりと三日月のように口元を引き裂き、

「大丈夫、ダイジョーブ。死ぬのって簡単だから。あんたが一番よくわかってるでしょ。ね?」

美琴は刃物の柄の部分をぎゅうと力強く握りしめ、そのまま少年に振りかざした。
刃が体を突き抜ける瞬間、小さく一方通行が微笑んだような気がしたが、そんなことはどうだっていい。少女はもう世界を見失ってしまったのだから。


/ロンリーガールの愛情論