ばったり街中で出会った吹寄は、俺を見るなり大きな瞳をさらにまん丸にしたかと思えば、すぐさま眉間を不機嫌な色で染めた。今まで何をしていたんだ貴様。怒気を孕んだ声は僅かに震えていた。しかしロシアで魔術師やら天使やらと戦って死にかけてましたなんて言えるわけもなく、実家で色々とありましてと適当な嘘をつけば、当たり前だが吹寄は納得がいかないとこちらを強く睥睨した。そんな相変わらずのお節介さが懐かしく思えてへらりと笑みを零せば、吹寄は何がおかしいとむっと唇を尖らせた。記憶を失ってしまった自身と彼女はさほど長い時を過ごしてはいないが、彼女は出会った当時からフラフラしていたであろう俺に怒ってばかりだったんだろうなあと思う。だからこそ吹寄は戦時中だと言うのにぱったりと音信不通になってしまった自身を心の底から気にかけていてくれたのだろう。しかし戦争が終わってこうして何事もなかったように学園都市をフラフラ歩いている俺を見て、吹寄は思わず泣きそうになったんじゃないかって自惚れたことを言ったら、どすんと重たい拳が鳩尾に飛んできた。今まで喰らってきた正義の鉄拳とは比べ物にならない激烈な痛みと胃の辺りからこみ上げる吐き気に堪えながら、ようやく喉から出てきた掠れた声でごめんと途切れ途切れに言えば、吹寄の瞳からしょっぱい水がぼとぼと零れ落ちた。初めて見る吹寄の涙があまりにも綺麗で言葉を見失っていたら、吹寄は小さく馬鹿野郎と吐き捨てた。震えた声が鼓膜をゆるりと包む。馬鹿野郎、馬鹿、ばか。吹寄は、とても優しい。こんな馬鹿な俺のことをいつも怒ってくれる。そのせいで、俺がいなくなったことを人一倍気にして、ひとりきりで泣いていたのかもしれない。俺は吹寄を悲しませてしまったことに対する後悔と決して孤独ではなかったという喜びを噛み締め、もう一度ごめんと言った。女の子と付き合ったことはないから女心というものは一切分からないし、こういう場合何が最善なのかは分からないが、でも確かに俺はぐずぐずと涙の海に溺れる吹寄を掬いあげなきゃと思って、吹寄の柔らかい身体を精一杯に抱きしめた。そうしたら吹寄はようやく声を上げて泣いた。情けないくらいに弱々しい吹寄は、なんだかとても可愛くて、仄かに香る甘い匂いが俺の涙腺を緩めた。ごめん、吹寄、これからもまた突然いなくなるかもしれねえんだ、今やらなきゃいけないことがたくさんあって、守りたい人もいる、でも必ず戻ってくる、必ず。吹寄は鼻を啜り、当たり前だ馬鹿者と真っ赤に腫らした瞳を柔らかく細めた。

/世界で、愛で、すべてだろう