※浜面かわいそう
※垣根が最低

浜面は腹の脇から流れ出す大量の血液を右の手ひらでぐっと抑える。ずるずると肩の力だけで芋虫のようにコンクリートの上を這いずれば、ふと視界の端で誰かの千切れた左腕を捉えた。男のものと見える限り恐らく逃げ遅れたスキルアウトだろう。断面は悲惨なまでにミンチだった。筋肉も骨もボロボロだった。刀ですっぱりと綺麗に切断されたのではなく、猛獣に食いちぎられたかのような目を背けたくなる惨状に、さあっと血の気が引いていく。しかし今この場所で倒れるわけにはいかない。浜面は荒く乱れた呼吸をなんとか整えるために、冷静になろうと額を地面にくっつけたが、どうしてこうなったのか、幾ら考えても分からなかった。ただ理解できたのは、己は麦野以上の怪物か何かに殺されかけているということだ。
浜面仕上はおよそ価値のない、謂わばどこにでもある薄汚れたガラクタのような人間だ。海岸に打ち上げられたゴミでも構わない。とにかく自他共に認める本当にどうしようもなく救いようのない馬鹿だった。それでもようやく居場所を見つけ出して、自慢ではないが自分には到底不釣り合いな彼女も出来た。幸せだった、楽しかった。減らず口ばかりの彼女たちがこんな男に死ぬなと言うからこうしてみっともなく生に縋ってきた。それだけの無力で情けない平凡な男だ。
カツンっと、革靴が地面を叩く音が響いた。浜面の心臓が猛烈な速度で鼓動を打ち始めた。カツンカツン、段々と大きくなる足音にごくりと息をのみ、痛みで痺れてきた手を小刻みに震わす。霞む視界に写る細身で長身の男は、浜面の地面に倒れふす姿に小さな舌打ちをこぼして、ぴたりと足を止めた。

「無能力者のゴミがこの俺を煩わせやがって」

垣根帝督。学園都市第二位。未元物質。彼を表現するにはこれだけで十分だ。最早この場を命を保って生き長らえるのは、第一位か、上条くらいの圧倒的な力を持つ者だけだ。浜面は、自身の無力さに唇を噛み締め、垣根を精一杯に強く睥睨した。

「なん、で」
「あ?」
「なんで、だ、よ!俺なんか殺して、なんにもなんねえぞ」

浜面の必死な訴えに垣根はくつくつと嘲笑を漏らした。

「ムカつくから殺す、邪魔だから殺す。虫一匹を処分するのに理由っていらねえだろ」
「は、」
「最近ようやく肉体を取り戻したばっかでよ、体が鈍ってんだ。ま、光栄に思え。この俺に殺されるんだからな、ハマヅラくん」

垣根の背中から大小の白い翼が生えた。窓から差し込む朝日と反射して、キラキラと宝石のような輝きと神々しさを放つ異様な姿に、浜面は神に助けをこうことも、天国も地獄を思い描くこともしなかった。浜面は勢いよく自身に牙を向ける翼とコンクリートを引き裂くような轟音をぼんやり見つめながら、大切な少女との約束を守りきれなかった悔しさだけが瞳をじわりと海で溢れさせた。


/あゝ、絶望の朝よ!