突き刺したカッターナイフにそのまま力を込めれば奥へと奥へと嵌っていく。止まらないよ、止めるな、止めたいよ、止まらせない。言葉の応酬を繰り返していくうちにもカッターナイフはずぶずぶと皮膚と肉を突き破り、沈んでいく。やがて鋭く尖った刃の先は心の臓に到達した。百合子はその感覚をまるで生命の神秘に出会ったかのような感動を覚えた。あれほど死にたかった一方通行の心臓は不思議なことにまだ歌っている。あなたはまだ生きることにしがみついているのね、なんて言えば彼はつまらなさそうに苦笑を零した。

「俺は化け物だからな。最期までそンなもンなンだよ」
「嘘だ」
「あ?」
「血が赤い。私と同じ。みんなと変わらない」
「映画の見過ぎだ」
「私が知ってる化け物はいつもみんなグチャグチャしてるよ」
「見た目はな」
「そっか」
「そォだよ」

だから、ほら。一方通行は促し、百合子も首を縦に振る。終わらせよう。自身のために、彼のためにすべて。柄を握る手のひらに力をこめた。だが、カッターナイフはぴくりとも動かない。百合子は自分の意思に反して起こっている今の現状に戸惑う。どうして、どうして。何度もそう自分自身に問えば、今度は自分の心臓に針を刺しているように激烈な痛みが訪れた。赤い瞳から塩分を含んだ水が大粒の雨のようにほたりと落ちた。一方通行は百合子の突然の涙にちょっと吃驚したようで、すぐさま百合子の頬に冷たい手のひらが触れ、涙の跡を拭った。

「どォしたンだ」
「一方通行は、嘘吐き、だ」
「あ?」
「痛いンだ。痛くて、苦しいンだ。普通の人間じゃないから分からねェよ。教えて、一方通行。これが、寂しいってことなの?」
「…ただの勘違いだ」
「そンなンじゃない。私は、ただ、」
「なンだよ」
「…ひとりになンかしないで」

ぽつり。一方通行の真っ白い胸に、雫が落ちる。ぽたり、ほたり。雫は形を歪めて、彼の身体から流れる血液とごちゃまぜになって床に広がっていく。

「嘘、吐き」
「…泣くンじゃねェよ」
「ずっと、側にいるって、約束したンだろ、一方通行が、オマエが」
「そォだな」
「なら」
「オマエは幸せになれる」

人間は酷く脆い。一方通行が触れる、たったそれだけで人間なんて簡単に死んでしまう。一方通行は百合子がこうして息をする前からずっとそれだけを恐れては独りで泣き喚いた。自分だけではどうしようもならない強大な力を前にして怯えていた。いつしか憎むことすらも諦めいった。一方通行はどんどんおかしくなった。狂って、狂って、ようやく照りだした光があまりに輝いていたから酔ってしまった。

「…ばかやろォ、結局オマエは逃げたかっただけだろ」

血だまりのなかの白濁は百合子の言葉に微笑んだ。初めて見た一方通行の笑顔があまりにも綺麗で無邪気だったから、手のひらが震えてやっぱりカッターナイフは動かせずに、ただただ目頭が熱くなった。網膜が焼きつく。一方通行の消えていく姿がちりちり焦がれていく。痛いよ、一方通行。

「一方通行。ひとりにしないで。百合子も一緒だよ。だって百合子はそのために生まれたンだもン」

そォだな。一方通行はそっと目蓋を閉じた。

「ずっと、一緒だ」

隙間だらけの心臓はまだ生きたいと泣いている。


/ねぇ神様はやく、はやく、はやく堕として