「私ね、アンタが大好きよ」

上条は顔を弾かせた。
ベットの中央で力なく座り込む少女が消えそうな声でつぶやいた言葉を、頭の中で繰り返しながら、生唾を飲む。

「大好きよ、本当に」

あの日。命をかけて、右手ひとつで怪物に立ち向かった彼に、恋をしたあの日。
彼とお揃いの携帯電話を購入したあの日。
彼の記憶が壊れてしまっていると知ったあの日。
遠く、極寒の海に落ちていく彼の手を掴めなかったあの日。
今度こそ、彼と一緒に戦うと決意したあの日。
無邪気に、無垢に、彼を好きだと、愛していると、共にいたいと、美琴はずっと想いつづけていた。
しかし――

美琴はぼたぼたと涙をシーツの上に落とす。赤黒い血はすでにカラカラに乾いてしまっていて、涙などでは消えもしない。
恐らくこのわだかまりも一生消えずに、美琴の幼い心に重くのしかかっていく。
彼が好意を寄せる相手は美琴ではない。
それを承知で、美琴は傷ついてる彼の心につけこみ、二度と切れない糸を結んだはずだった。

「ごめんなさ…いっ」
「御坂」
「ごめんなさい…私、私!」
「御坂、オレが、悪いんだ、オレが、オレがオマエに謝らなきゃいけないんだ」

下腹部の鈍い痛みが、シーツの赤い跡が冷たい現実を生々しくつきつけた。
このシーツから微かに香っていたあの子のやさしい匂いが、心臓をきりきりと痛めつける。
たった一晩の行為が、永遠と思わせた想いのすべてをセピア色に変えてしまった。
上条は震える美琴を抱きしめることもできず、唇を強く噛んだ。

「…ごめん、御坂。本当に、ごめん」

幼い愛は、いつだって出来の悪いがらんどうな心を傷つける。
冷えたシーツの、赤黒い染みをなぞって、あの子のぬくもりを求めている彼の最後の言葉に、ひとつの恋が終わりを告げた。


/心の底に降るれどもきみは見えずただ苦しく