頬を平手で思い切り叩かれ、勢いよく股間を蹴られた。オレはおもに後者の攻撃による気絶しそうなレベルの痛みに悲鳴もあげられず、口をパクパクさせながら白目を剥けた。頭の中が真っ白になり、意識を手放そうとした瞬間、今度は麦野のこぶしがみぞおちに直撃し、むりやり覚醒させられた。能力を使わないことが彼女の残り少ない良心なのかもしれないが、怪力と謳われる彼女の攻撃は大の男であるオレでもつらい。
オレは無残にも真夏のアスファルトの上に倒れ、あまりの熱さに背中が焼かれているような感覚に陥るが麦野から受けた数々のダメージにより立ち上がることができずに、せめて叫ばないようにと歯を食いしばった。
今日は愛しの滝壺とデートだと麦野に告げた瞬間これだ。麦野は俺を邪魔したいのだろうか、そうとしか考えられない。独り身の妬みは、醜い。

「はあ、浜面ごときに無駄な時間使っちゃったわね」
「そっちが絡んできたくせに…」
「あぁ?」
「何でもないです」

たった一人の女に我ながら情けないと感じながらも、麦野の凄みはある意味第一位レベルのため仕方がない。それよりも。
残ったわずかの力を振り絞り、地面から立ち上がる。殴られすぎたのか、太陽の熱さにやられたのか頭の中がクラクラする。それでも待ち合わせの時間はとうに過ぎてしまっている。

「滝壺も趣味悪いわね。あの子くらいなら放っておいても男が近づいてくるのに」
「…そう、なのかもな。滝壺がどうしてこんなオレを選んだのか、いまだに良く分かんねーよ。まあ、でも、ちょっと分かりにくいこともあるけど、愛されてるってことはちゃんと分かるよ」
「あっそ」
「…何苛立ってるんだよ」
「はぁ?」
「いや。オマエが理不尽なのはいつものことだけど、こうも一方的なのは理由があるからじゃねぇのか」

麦野は不機嫌そうに眉を顰め、舌打ちをひとつ零した。

「あんたには関係ないわよ」
「…そうか?そうなら、良いんだが。何かあったらオレに言えよ。オレはいつだって麦野の味方だし、麦野が困ってるならすぐ駆けつけるからな」
「…そういうところがうざいのよ」
「え?」
「なんでもねーよ!おら、女を待たせる男とかミジンコ以下、早く私の視界から消えろ!」
「み、ミジンコ以下!!!っ、ちくしょう!!」

痛覚など滝壺に出会えば忘れてしまうだろう。
愛しい彼女にはそれだけの力がある。
オレは麦野にじゃあなと別れを告げ、痛むに体に鞭を打ち、滝壺が待つ場所へと駆け出した。不思議と体が軽いのも、滝壺のパワーのおかげだろう。
麦野は目つきを鋭くさせ、苛立ちを前面に押し出しているかのように腕組みをし、囁くようにバカとつぶやいた。
麦野の小さな罵倒がなぜだか寂しそうな音としてオレの耳に木霊するように残った。


/いつもこうして何もしないまま少しずつ離れてゆくのを見ていた