「あくせられーた」

透き通った幼い声が、不気味に静まり返っていた路地裏に突如響き渡り、一方通行の鼓膜と、閉ざしていたはずの心をぐるりと揺らした。自身の家にいるはずの少女がどうしてこんな場所に現れたのか、どうして彼女がこのことを知っているのか。学園都市で一番と称される脳が何通りもの原因を打ち出すが、結局は理由などもうどうでもいいと気づき、思考するのをやめた。少女が本当の『一方通行』を知ってしまったことに変わりはないし、頭の良い少女のことだから、同居を続けていればいつかばれることは薄々気づいていた。時間の問題だったのだ。

「…それは」

インデックスが酷く悲しそうな顔で一方通行の足元を見つめる。一方通行の足元には同じ顔をした少女の死体が無残な姿で転がっていた。ある少女は腕がもげ、ある少女は目がなかった。ある少女は上半身だけ、ある少女はコンクリートの破片が頭のてっぺんから足の先まで串刺し状態だった。
インデックスはこの悲惨で壮絶な光景から決して目をそらさず、毅然としたまま一方通行の赤い瞳を見つめ返す。交差しあう対照的な視線、静寂に包まれる殺気。インデックスの腕の中にいた猫が不気味な空気に耐えきれなかったのか、にゃあと小さく鳴いて、ぴょんと飛び跳ねて逃げていったのをきっかけに、一方通行がくつくつと喉の奥からで乾いた笑みをこぼした。

「く、か、かかか、これで分かっただろ。これがオレなンだよ。無敵になるためにクローンを殺しまくる怪物なンだよ。さっさとオレの前から消えた方がいいンじゃねェのかァ?」

一方通行は口元を三日月のように歪ませながら、インデックスを脅す。しかしインデックスは動こうともせず、一方通行をただただ真っ直ぐ見つめる。どこまでも青く、純粋な瞳は、一方通行の中でくすぶっている何かを苛立たせる。一方通行は今にでもあの小さな身体ごと潰してしまいそうになる衝動を押さえ込むように、彼女から視線を逸らした。

「早く、消えろ。あの赤い髪の神父でも、刀の女でもオマエが頼れそォな人間はオレだけじゃねェはずだ」

その言葉にインデックスは首を横に振った。
「私は逃げないんだよ」
「オマエに何ができるってンだ」
「…確かに私には、魔術も科学も使えないから、あくせられーたの力にはなれないかもしれない。でも、私はあくせられーたに救われたんだよ」

一歩、インデックスが足を前へと進める。血だまりを踏み、死骸の山の中心で立ち尽くす一方通行に腕をを伸ばす。一方通行は思わず自身へと伸びてくる幼い手のひらから後ずさった。反射という能力を全身に纏ったこの体では簡単に小さなインデックスは傷ついてしまう。
そう考えて、ふと数分前まで息をしていた少女たちの死骸が視界の端にうつり、一方通行は眉根に力をいれた。

(オレは何をやってるンだ)

命に重さなどない。妹達もクローンとはいえ、目の前のシスターのように確かに生きていた。それを奪うことも、踏みにじることも、卑しめることも、許されないはずだ。
一方通行はそれでも無敵になりたかった。最初の妹達をこの能力で殺したときから、誰一人、一方通行と戦おうと思う人間がいなくなるまで、例えそれがどんな手段であろうと選ばないと決めた。

(なのに、今更、オレは何を戸惑ってやがンだ)

「…あのね、あくせられーた。私の心の中には、私の神様がいるんだよ。もちろん、あなたの中にも神様がいるよ」
「…」
「私の神様は、たったひとりだよ。私をたすけてくれた、私の、とっても大事な大事な、ひとなんだよ」
「っ、」
「私を、たすけてくれてありがとう。今度は私の番だよ」

インデックスはにっこりと満面の笑みを浮かべたまま、一方通行の体に飛びついた。一方通行は咄嗟に反射を切って、インデックスの体を受け止める。インでっすは小さな腕をしっかりと一方通行の背中を掴み、ちょうど心臓あたりに顔を埋めた。

「いっぱい、いっぱい、泣いてもいいんだよ。そして、いっぱい生きて、償うんだよ。私はあなたのために、あなたの神様のために祈りをささげることくらいしかできないけれど、あくせられーたの隣でずっとずっとご飯をたべて、いっぱいあくせられーたのことを知りたいかも。だから一緒にいてほしいんだよ、私の居場所はあなたと隣なんだよ」

インデックスの柔らかい温もりが、一方通行の何かを壊した。世界も、時間も、心もガラガラと音をたてて、底なしの沼に沈めていたはずの体が、どこか懐かしい優しさに包まれる。

「…オマエは本当に大バカだ」
「あなたといれるなら、私はそれで構わないかも」


/その罪にきみの名を